第六話 ライバルたち
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皇帝の子供といえど毎日皇帝に会えるわけじゃない。広大な帝国を統治する皇帝は多忙だからだ。
皇帝はほぼ毎日、臣下たちと会議をするがそれに参加できるのは重要な役職にある者だけだ。〝重臣会議〟と呼ばれるその御前会議に参加することができる子息は今のところ第二皇子のみだ。
しかし、その日は帝都にいる皇子、皇女が重臣会議への参加を命じられた。
「珍しいね。なんだろう?」
「年に一度あるかないかだからな、こんなこと。なにか報告があるんだろうさ」
血みどろの帝位争いをやめろなんて常識的な発言は期待できない。むしろ帝位争いを勝ち抜いてこそ、帝国の皇帝にふさわしいと考えている親だ。
親である前に皇帝。広い帝国を維持し、発展させることができる優秀な後継者を準備することが皇帝の責務と公言してはばからない人でもある。そのためには多少の犠牲にも目を瞑るだろう。
「報告か……良い報告だといいけどね」
「十中八九、碌な報告じゃないと思うぞ」
そんな会話をしながら俺たちは皇帝の玉座がある〝玉座の間〟へと向かった。
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「皆、ご苦労」
「皇帝陛下に拝謁いたします」
玉座に座った金髪の男に全員が跪いて頭を下げた。
アードラシア帝国の第三十一代皇帝、ヨハネス・レークス・アードラー。年は五十一歳。しかし見た目にはまだ四十代前半に見える。
六百年以上続く帝国の皇帝にして我らが父上だ。
その周りにいるのは文官や武官をまとめる重臣ばかり。
そんな彼らの視線はまっすぐ俺たち、皇帝の子供たちに注がれている。その数は十一人。
「九人の皇子に二人の皇女。欠席者はいないようだな。国境にいる長女は残念だが、まぁあれは放っておいていい。ワシは嬉しく思うぞ、子供たちよ」
亡くなった長兄を含め、実に十三人の子供がいる父上は満足そうに揃った子供たちを見つめる。
上は二十八歳、下は十歳。これだけ揃うことは滅多にない。
そんな中、ひときわガタイのでかい男が声を発した。
「皇帝陛下。今回はどんなご用件で? 戦争ならぜひ、俺に行かせていただきたい。帝国の威を余すことなく敵国に叩き込んでみせましょう!」
大きな鎧を身に纏った赤い髪の大男。第三皇子、ゴードン・レークス・アードラーだ。将軍の一人であり、〝皇子〟の中では最強の武人でもある。
人によっては威風堂々なんて表現を使うが、俺からすれば傲岸不遜っていう表現のほうがしっくりくる。それくらい自信満々で偉そうだ。
好戦的で軍のタカ派は基本的にゴードンの味方だ。こいつが皇帝になったら帝国は拡大政策を取り続けることになるだろう。大陸の強国たちと戦い、大陸統一まで向かうかもしれない。戦功が欲しい者たちからすれば良い皇帝だろうさ。
戦争を望まない者からすれば最悪に近い皇帝だろうけど。
「ゴードン。お前は相変わらずだな」
「口を開けば戦争、戦争。脳筋にもほどがあるわ。見なさい、陛下も困ってるわよ?」
苦笑する父上を見て、長い緑髪を持つ女が口を出す。
黒いローブに身を包んだその女は第二皇女、ザンドラ・レークス・アードラー。顔は整っているが目つきが悪い。そのせいで全体的にきつい印象をうける。たぶん性格の悪さがそのまま目つきに表れているんだろう。実際、そのきつい印象は間違ってない。
三人の兄姉の中でもっとも残忍なのはこのザンドラだ。その性格からかザンドラは禁術とされている魔法を好み、どんどん復活させている。それが魔導師たちに好評というわけだ。
こいつが皇帝になれば帝国は魔法大国になるだろう。ただし、非人道的な研究も容認される狂った国だろうけど。
「ふん、軟弱な魔導師にはわからんだろうな。戦場で活躍し、戦場で散るのが武人の誉れ。口出しするならば捻りつぶすぞ?」
「あら? 物騒な物言いね。そんなに誉れが欲しいなら私がプレゼントしてあげましょうか?」
一瞬でその場の空気がぴりつく。
どっちが物騒だか。殺すぞといったのと同義だろうに。
よくまぁ皇帝の前でそこまで争うことができるな。こいつらどういう神経してるんだ?
そんなことを思っていると咳払いをする青い髪の男がいた。
「弟妹の御無礼をお許しください。皇帝陛下」
そう言って男は頭を下げた。
その男は子供たちの中では一番皇帝に近いところにいる。眼鏡をかけた長身で、その眼光は鋭い。
第二皇子、エリク・レークス・アードラー。
子供たちの中で唯一、外務大臣として重臣会議に出席できる権利を持ち、諸外国との外交をまとめる天才。頭脳面においては皇太子以上と評価されており、現在、もっとも帝位に近い男だ。
こいつが皇帝になれば帝国は間違いなく安泰だろう。しかし、冷静にして冷徹なこの男の統治は民からすれば息苦しさを感じるだろう。そしてリアリストなこの男は将来の反乱分子を生かしてはおかない。こいつが皇帝になったら間違いなく俺たちは殺される。
だからこそ、俺たちは帝位争いに身を置くしかないんだ。
代表として謝罪するエリクをゴードンとザンドラが睨む。良いところをエリクにとられた形だからな。
「よい。競い合うのはいいことだ。ワシもそうやって皇帝になったからな」
競い合いはやがて殺し合いになる。
それはこの場にいる者は全員承知している。それでも皇帝はそれを容認する。それが帝国のためと信じているからだ。
「さて、そういうわけで皆には競い合ってもらおうと思う。そのためにワシは皆を集めた」
「力比べなら望むところです」
「まぁ待て、ゴードン。そう物事を簡単に捉えるな。十歳の末弟とお前でどうやって力比べをする? そこで今回、ワシは数十年ぶりにとある祭りを復活させようと思う」
「祭り、ですか?」
エリクの言葉に父上は頷くとニヤリと不敵に笑う。
この人は若い頃は戦場で鳴らした武人であり、自分が軍を率いた戦いでは負け知らずの名将である。ときおり浮かべる豪快な笑みにそういった側面が出てくる。
「騎士狩猟祭。各近衛騎士隊が狩ったモンスターのレア度や大きさを競う祭りだ。まだまだモンスターが国土に多かった時代は頻繁に行われていたが、最近では冒険者が優秀なので行われなくなった祭りだな。それを復活させようと思う」
近衛騎士というのは帝国の最精鋭だ。皇帝直属の騎士団であり、領主に仕える騎士たちとは一線を画する。
帝国の切り札でもあり、軍が苦戦する場合は援軍として派遣されて勝利をもたらしてきた皇帝の剣たちだ。その忠誠は皇帝のみに向く。
それを動員しての祭りとなればかなり大がかりになるだろうな。
「なるほど。最近はモンスターの活動が活発ですからね。しかし、冒険者ギルドがそれを許しますか?」
冒険者の仕事は大陸全土の民をモンスターから守ること。つまりモンスターを狩るのが彼らの仕事だ。もちろん、そうじゃない依頼もあるが大部分はモンスター関連の仕事となる。
そんな冒険者にとって、自分たちの仕事を奪いかねない祭りは面白くないだろう。
「その心配はない。ちゃんとギルド本部に許可は取った。帝国各地にある支部では最近、帝国で発生するレアモンスターの被害に対処しきれてないため、ぜひやってほしいそうだ。クライネルト公爵もだいぶモンスターに悩まされたらしいからな。向こうも協力的だ」
素直に受け取ることはできないな。その言い分は。
帝国のようにあまりモンスターが出ない地域にギルド支部があるのは、帝国が維持費を負担しているからだ。それは、モンスターが出たときはお願いしますよー、って意味だ。しかし、クライネルト公爵領で冒険者ギルドはその費用に見合う働きが出来なかった。シルバーは冒険者ギルドとは違うルートで動いたし、シルバーが解決したから冒険者ギルドの手柄だとは言えない。
そこらへんを加味して、正しいやりとりはこうだろうな。
『高い金を払っているのにモンスターを討伐できないとかどういうこと?』
『すみません……』
『我が国でモンスター討伐もかねて祭りするけど、承認しろよ?』
『いえ、その……それは……我が方としては承認はちょっと……』
『あん? じゃあ優秀な冒険者を回せよ』
『そ、それもちょっと……』
『どっちかだぞ?』
『……で、では祭りのほうで……』
こんなところだろうな。
この曲者揃いの子供たちの父だ。クライネルト公爵領での出来事を取引に使わないわけがない。
ギルド本部としても現地の冒険者と帝国との板挟みで大変だっただろうな。
まぁ、最近はたしかに帝国領内で今までにないくらいモンスターが出るようになった。しかも高レベルのモンスターだ。
何も対策を打たなければ民や農作物はもちろん、冒険者たちにも被害が出かねない。そういう意味では帝国の精鋭である帝国近衛騎士団でレアモンスターを狩るのは妙策だ。祭りにすれば収益も見込めるし、民も安心できる。
さすがは皇帝。良い策を思いつく。
ただし、その祭りで俺たちをどう使うつもりなのかというのが問題だ。
「承知しました。つまり騎士の部隊を率いて、我々にモンスターを狩れというわけですね?」
「さすがはエリクだ。察しがよいな。ワシ自らお前たちに騎士を割り振る。共に出撃してもよし、吉報を待つもよし。とにかく大いに祭りを盛り上がらせてほしい」
そう言って皇帝は話を締めくくる。わざわざ自分で割り振るといったのは優秀な騎士を自分にという工作が出来なくするためだろう。
出撃しても待ってもよいというのは、前に出るのが苦手な者への配慮に聞こえるが、騎士は共に前に出ることもできない者に忠誠は誓わない。これは帝位を狙う者にとっては致命的な打撃となる。
皇帝としては、帝位を狙う者ならば戦わないまでもせめて同じ場所に立つ気概を持てと言いたいんだろうな。それが見せれなければ帝位を狙う資格なしといったところか。
「皇帝陛下。祭りの件は承知しましたが、一つお聞きしたい」
「なんだ? ゴードン」
「それで勝った暁には何が頂けるのです? ちゃちなものではやる気が出ない」
「ふむ、そうだな。お前は何が欲しい?」
「もちろん皇太子の座です」
悪びれもせずにゴードンは告げる。
ザンドラは視線で殺せるなら殺してしまいたいと言わんばかりの目で睨んでおり、エリクも表面上は冷静そうだが内心では苛立っているだろうな。
「お前は正直な奴だな。よろしい、そんな正直なお前に免じてワシも正直に話そう。皇太子の座をこんな祭りでは決められん」
「当然よ、こんな祭りで皇太子を決めたら諸外国から笑われるわ」
「そうだな、ザンドラ。しかし、褒美なしというわけにもいかぬからな。そこで、だ。ワシは優勝者を全権大使に任じようと思う。どこの国に派遣するかは今後の諸外国の動き次第だがな」
全員が息をのんだ。
全権大使を皇子や皇女が務めるとなれば、少なくともその派遣された国はその皇子や皇女が有力な後継者候補と思う。そして派遣された者はその派遣された国とパイプを繋ぐことになる。
帝位を争う者からすればそのポストは喉から手が出るほどほしいものだろう。
最も旨味が薄いのは外務大臣であるエリクだが、それでも全権大使の地位は欲しいはずだし、なにより外務大臣でありながらほかの候補者に外交の場を奪われるというのはプライドと名声に傷がつく。
失うものがある以上、エリクも本気でいくだろうな。
騎士団は帝国の最精鋭。誰が割り振られても騎士は本気を出すだろうし、結局は皇子皇女の采配次第となる。
面倒なことになりそうだ。
そんなことを思いながら俺はレオを優勝させるための策を練り始めた。