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第六十五話 第一皇女

少し短いです。

区切りがよかったので。




 帝都を出て一週間が経った。

 まったりラインフェルト公爵領に向かっていた俺は、ようやくラインフェルト公爵領の領都にたどり着いた。


「ようこそ。ここが我がラインフェルト公爵領の領都エルツで、これが我が屋敷です」

「ようやくですね」


 馬車から降りた俺は大きく伸びをする。目の前には大きめの屋敷。十分に大きいが公爵が住むモノとしては小さいほうだろうな。

 まぁ東南部にあるこのラインフェルト公爵領はそもそも他の公爵領と比べて大きくない。これぐらいがちょうどいいのかもしれないな。


「長旅でしたし、まずはゆっくり休みましょう」

「そうですね。さすがに疲れました」


 クライネルト公爵領に行ったときは馬で五日だった。走りっぱなしで馬を潰す勢いだった。それは急ぎたかったからだ。だが、今回は急ぎじゃない。だからまったりと馬車で一週間かけてやってきた。

 とはいえ、今回使ったのは皇族や公爵が使う最新鋭の魔導馬車。通常の馬車と比べてかなり早くついた。


「申し訳ありません。僕が喋りっぱなしでしたから、疲れさせてしまいましたね」


 そう言ってユルゲンは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 それに対して俺は苦笑で返す。たしかに馬車の中でユルゲンは常に喋っていた。

 嫌だったわけではない。だが、嫌じゃないからといって疲れないわけじゃない。


「できればお風呂に入りたいですね」

「お任せください。我が屋敷には大浴場があります。母がそこには拘りがありましてね」

「それは楽しみだ」


 そんなことを言いながら俺はユルゲンに案内されて屋敷へと入っていく。

 だが、屋敷に入るとユルゲンの執事と思われる老人が慌ててユルゲンに駆け寄ってくる。


「どうしたんだ? そんなに慌てて」

「た、大変でございます! お、落ち着いてお聞きください!」

「まずはそっちが落ち着くんだ。ゆっくりでいい」


 そう言ってユルゲンは執事を落ち着かせる。

 深呼吸した執事は幾分か落ち着いた様子で言葉を発する。


「で、殿下がさきほど到着されました」

「ああ、知ってる。僕と一緒に来たんだ」

「ち、違います! アルノルト殿下ではなく!」

「殿下というから紛らわしくなる。元帥閣下と呼んでもらいたいものだ」


 聞いただけで思わず膝をつきたくなる声が俺の耳に飛んできた。

 威圧的なわけではない。しかし、逆らってはいけないと相手にわからせる天性の上位者の声。

 人に命令するために生まれてきたと言われても信じてしまうその声の主は、階段からゆっくりと降りてくる。

 豊かな金髪に紫色の瞳。女性にしては背が高い。グラマーでぴっちりとした軍服だとそのスタイルの良さが窺える。見る者を虜にする美女だが、その女性は黒い軍服の上から青いマントを羽織っていた。帝国において青いマントをつけられる軍人は三人の元帥のみだ。

 クリスタを大人にして、妖艶さと不敵さと力強さを付け加えたようなその女性の名はリーゼロッテ・レークス・アードラー。

 帝国第一皇女にして皇族最強の将軍だ。


「リーゼ姉上……! どうしてこちらに!?」

「久々に会った姉になんだそれは? やり直せ」

「え……」

「やり直せ」

「……お久しぶりです。リーゼ姉上。お元気そうで何よりです」

「よろしい」


 有無を言わせぬ口調と目で告げられ、俺はしぶしぶ挨拶からやり直す。

 そんな俺に満足したのか、リーゼ姉上は笑みを浮かべて傍によってくる。


「久しぶりだな、アル。お前も元気そうで何よりだ。クリスタはどうしている?」


 いきなり世間話に移ってきた。相変わらずマイペースで強引だ。

 ユルゲンは呆気にとられつつも膝をついている。

 まずはお邪魔しているとか言うのが普通だろうに。

 まぁ、この姉に何を言っても無駄か。他者に合わせられないんじゃなくて、合わせる気がない。唯我独尊を地でいくのがこの人だ。


「クリスタも元気です。最近は同年代の友人もできて、よく笑うようになりました」

「そうか。面倒を見てもらって悪いな」

「いえ、妹ですから。それに一番面倒を見ているのは母上です」

「そうか。義母上もお元気か?」

「はい。いつもどおりです」


 一連の報告を聞いてリーゼ姉上は満足そうに頷く。

 そしてようやく視線がユルゲンへと向いた。


「ユルゲン。いない間に邪魔をして済まなかったな」

「いえ、歓迎もできず申し訳ありません」

「リーゼ姉上。改めて訊きますが、どうしてこちらへ?」


 予定では到着してから手紙を出す予定だった。

 まさかもう来ているとはさすがに予想外だ。

 東部の国境からここまではそこまで遠くはない。まぁ帝都に比べればって話だが。

 特に姉上からすれば大した距離じゃないだろう。とはいえ、姉上は東部国境を預かる元帥。そう簡単に動ける身分じゃないはずだが。


「新兵の練兵を後方で行っていてな。そこでお前がここに来るという知らせが届いた」

「知らせが届いたって……」


 どういう情報網を敷いているのやら。

 耳の早さもさることながら、それを聞いて先回りする行動力もどうかしてる。


「さて、私は来た理由を言ったが、お前はどうしてユルゲンと一緒にここまで来た?」

「え……それは……」


 しまったな。墓穴を掘った。

 正直に言うべきか。それとも誤魔化すべきか。

 少し迷っている間に、リーゼ姉上はフッと笑う。


「言わなくていい。どうせ父上に言われたのだろう?」

「……よくお分かりで」

「父親だからな。やりそうなことはよくわかる」


 呆れたようにため息を吐くとリーゼ姉上はユルゲンの方を見る。

 ユルゲンは気まずそうな顔をしているが、それでも誤魔化す様子は見えない。


「懲りん奴だな、ユルゲン。今度は弟まで抱き込んで、どうするつもりだ?」

「いつも通りです。リーゼロッテ様」

「そうか。では私の答えも一緒だ。私はお前と結婚する気はない。私は共に死ねぬ者とは結婚しない」

「よく存じております。それでも僕は……!」

「くどい。久々にアルと話がしたい。部屋を借りるぞ」

「……はい」


 マントを翻し、リーゼ姉上はまるで自分の屋敷のように歩いていく。

 その背中がついてこいと語っていたが、さすがにそういうわけにもいかない。


「リーゼ姉上。長旅で疲れています。一度汗を流しても構いませんか?」

「私は気にはしない」

「俺が気にします」

「乙女みたいなことを言う奴だな。まぁいい。私もさっぱりしたかったところだ。久々に一緒に入るか」

「はい……?」


 何を言い出すんだ。この姉は。

 入るわけないだろうが!


「い、いえ、遠慮しておきます……!」

「遠慮するな。背中を流してやる」

「お、俺はラインフェルト公爵と一緒に入ります! 道中で友人となったんです! ここはやはり裸の付き合いをしたいところです!」


 苦しいが姉上に思いとどまらせるためには仕方ない。

 俺のそんな思いを察したのか、ユルゲンも援護してくれる。


「リーゼロッテ様。アルノルト殿下の背中は僕が流しましょう。ですのでご安心ください」

「そうか」

「はい。ですからリーゼ姉上はお部屋で」

「仕方ない。三人で入るか」

「はい!?」

「別々に入るのは面倒だろう? なに、安心しろ。人に見せて恥ずかしい体はしていない」

「ぶっ!!」


 思わず想像してしまったのだろう。

 ユルゲンが大量の鼻血を出してうずくまる。

 それを見て、リーゼ姉上は愉快そうに笑う。


「はっはっは、相変わらず初心だな。ユルゲン」

「笑いごとじゃありませんよ! とにかく姉上は部屋にいてください! いいですね!?」

「なんだ? 姉と入るのが嫌なのか?」

「ええ、嫌です! 嫌ですから部屋にいてください!」

「そうか。それは仕方ないな。じゃあ二人でさっぱりしてこい」


 そう言ってリーゼ姉上はつまらなそうに階段を登っていく。

 危なかった。危うく公爵を殺すところだった。現役の元帥でしかも第一皇女が、公爵を鼻血で出血死させるとか笑えない殺人事件だ。文字通り悩殺だしな。


「公爵、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です……しかし、さすがはリーゼロッテ様。剛毅なお方だ……」

「女を捨てているだけかと……」

「いいえ、ああやって僕を翻弄する方なんです……だけど、それがまたあの方の魅力なんです……」

「もう姉上ならなんでもいいんですね……」


 どっちも変わり者だとため息を吐きつつ、俺はユルゲンと共に大浴場へ長旅の疲れを洗い流しにいったのだった。

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