第五十八話 ときどき兄でいつも弟
この回は割と自信作です(/・ω・)/
「そんなに元気のいい子なの? 会ってみたいわね」
「ええ、母上も気に入ると思いますよ」
そう言いながらレオは紅茶を飲む。
次の日、レオはすぐに南部へ行くことを告げにミツバの下を訪れていた。
慌ただしい息子に対して、ミツバは特別なにか言うようなことはしなかった。頑張れといえば余計に頑張るし、頑張るなと言っても頑張ってしまう息子だと知っているからだ。
だからミツバは任務には触れず、ほかのことを聞いていたのだが、そこでリタの話題になったのだ。
「リタがクリスタの友達になってくれればいいんですが」
レオの頭には反対されるという考えがなかった。
普通なら家柄について訊かれるだろうが、その手の話はミツバには無縁だからだ。どのような身分であれ、良い人なら付き合うべきだし、悪い人なら付き合わないほうがいい。ミツバは一貫しているのだ。
「クリスタは女の子だからか、あまり友達もいないようだものね。貴族の友達とも表面上の付き合いのようだし、やっぱり同世代の仲の良い友達がいると安心よね」
「ええ、そうですよ。今度、機会があったら連れてきますね」
「あらあら、あなたがそんなこと言うなんて。だいぶ気に入ったのね」
「ああいう子は好きです。クリスタは大人しいですし、リタとならうまくやれると思うんです」
「そう? 数年して妻にするとか言い出すんじゃないの?」
からかい交じりの言葉にレオは苦笑する。
まだまだ子供のリタをそういう目で見ることはない。
だが、妻にするならリタのように元気のいい女性がいいとも思っていた。
ただ、ここでそれを言えば何を言われるのかわからないため、レオはありきたりな答えを返した。
「こんな状況じゃ妻のことは考えられませんよ。もっと落ち着いたとき、リタが素敵な女性になっていたら考えますよ」
「面白味のない子ねぇ。そんなんだとアルにとられるわよ?」
「ははは、確かに兄さんは佳い女性と縁がありますからね」
「笑ってる場合じゃないでしょうに。いい? レオ。佳い女は完璧な男には惚れないわ。ほどほどに駄目になったほうがモテるのよ」
「なら大丈夫ですね。僕は駄目なところだらけですから」
「私から見れば確かにそのとおりなのだけど、世の女性から見れば違うわ。もっと思いっきり駄目なところを曝け出しなさい。あなたはもう少し我を出すべきだわ。尖った部分は誰にだって必要よ」
「参考にしますね」
そう言ってレオは話が長くなる前に紅茶を飲み干し、その場を立ち上がる。
このままでは佳い女を落とすためには、という講義が始まりかねないからだ。
「では、失礼します」
「まったく……体には気をつけなさい」
「はい」
そう言ってレオはミツバの下を後にした。
■■■
帰り道。
レオはふと城の広場に向かった。
帝剣城はその名のとおり、剣に似た形をしており、鍔にあたる部分が左右に突き出ている。そこは広場となっており、騎士候補の訓練はそこで行われていた。
元々、城で行われているのは正規の騎士候補生の訓練ではない。
正規の騎士候補生はちゃんとした学校で訓練しており、今回の訓練生は貧困層で騎士学校に通ってない者たちの中から素質ある者を集められている。流民や貧しい者たちでも騎士になる素質があるならばチャンスを与えるべきと、皇太子が提案したもので毎年行われている。
その中から近衛騎士になった者はいないが、地方の貴族の騎士になったり、冒険者になったり、軍に入ったり。彼らには彼らなりの道が切り開かれるのだ。
そんな広場ではもう訓練が終わっていた。
もう訓練生の姿はなく、レオはなんだか残念な気分になったのだが。
「クーちゃーん!!」
すぐに吹き飛んだ。
騒々しい子供の声を聞き、レオは思わず笑みがこぼれる。
だが、声のほうを見て思わず柱の影に隠れてしまった。
その理由は。
「り、リタ……声が大きい……」
リタが手を振って駆け寄ったクーちゃんがクリスタだったからだ。
いつものように兎のぬいぐるみを持ったクリスタは、やや緊張した様子でリタに話しかけていた。
それはこれまで見たことのない光景で、ついついレオは感動してしまった。
「そうか……もう友達になってたのか……余計なお世話だったか」
「何が余計なお世話なの?」
「っっ!?」
「はい、大きな声を出さないで」
口元に指を当てられたレオは叫ぶのをやめる。
そんなレオに声をかけたのはエルナだった。
エルナはレオが隠れていた柱の影からそっとクリスタたちのほうを覗く。
そして。
「やっぱり血って争えないのね……」
「そうだね。クリスタもなんだかんだ僕らの妹だったんだ。良い友達を見つけてくれたよ」
「そうじゃなくて、あなたとトラウゴット殿下の話よ。どっちが目当てなの? こんな柱の影からクリスタ殿下を見つめてたならトラウゴット殿下並みだし、もう一人の子が目当てならちょっと幼馴染として距離を置かせてもらうわ」
「……うん?」
「まさか両方……?」
「ち、ち、違うよ! そうじゃなくて……!」
本気で距離を取ったエルナを見て、深刻な勘違いがあることを察したレオはなんとか誤解を解こうとするがその声を聞きつけて好奇心旺盛なリタがレオたちのほうを覗き込んだ。
「あー! レオ兄!」
そう言ってリタは嬉しそうにレオに抱きつく。
それを見てエルナの顔が深刻なモノへ変わった。
これはまずいと思ったレオは何か言おうとするが。
「ち、違うんだ! これはそうじゃなくて、そういう関係ではなく、えーと、えーと」
「……」
テンパって要領の得ない説明が疑惑をより強めてしまう。
そうこうしているうちにクリスタもやってきた。
「レオ兄様? エルナも……」
「お久しぶりです。殿下」
「久しぶり……リタはレオ兄様と知り合い……?」
「うん! 部屋に連れてってもらった!!」
一瞬、レオとエルナが黙り込む。
クリスタはそうなんだと答えているが、エルナはまさかの発言に明らかに狼狽する。
「ま、ま、ま、まさか……本当に……」
「ち、違うよ? エルナ、これは違くてね……」
タイミングの良すぎるリタの発言にレオは何て言うべきか困ってしまう。
その間もリタはレオの腰にしがみ付いたり、手にぶらさがったりとやりたい放題している。
だが、本当にまずい状況はその後だった。
人の気配を感じて、レオは広場の入り口を見る。
そこでは両手で口を押えているフィーネがいた。
ああ、厄介なことになったと直感で察したレオが弁明を口にする前に、フィーネはおろおろと狼狽え始めた。
「あ、アル様! れ、レオ様が幼女趣味に目覚めてしまいました! わ、私はどうすればよいのでしょうか!? どうすれば傷つけないで済みますか!?」
すでに傷ついていますとは言えず、レオはがっくりと肩を落とす。
このままアルに揶揄われるんだろうなぁと覚悟を決めていると、ひょっこりとアルが顔を出した。
そして。
「なんの話をしてるんだ?」
「あ、アル! レオがトラウゴッド殿下と同じ道に落ちちゃったわ!?」
「ど、どうしましょう!?」
「トラウ兄さんと同じ道ねぇ。あの人の変態性はレオじゃ到底真似できないレベルだぞ。まだ落ちてないから安心しろ」
「どういう説明の仕方してるのさ!? なんの慰めにもならないよ! ちゃんと誤解といてよ!」
「はっはっは、わかってるから安心しろ」
そう言ってアルはレオの手にぶら下がっていたリタの傍に近寄る。
アルのほうに気付いたリタは、驚愕したように口を開ける。
「な、なにぃ!!?? 同じ顔が二人!?」
「これは間違いないな。ガイが言ってた女の子は君か」
「なっ、なぜ先生の名を!? レオ兄と同じ顔だし……さては超強い魔導師が化けているんだな! レオ兄の顔を返せー!!」
そう言ってリタはアルの方へ突っ込む。
だが、アルはリーチの差を利用して、リタの頭を押さえて抑え込む。
「このっ! 卑怯だぞー!」
「さすがガイの教え子。かなり馬鹿っぽいな。いいか、よく聞けよ。俺はアルノルト。レオの双子の兄貴だ」
「ふた、ご……?」
「うん……アル兄様……どっちもクリスタの兄様」
しばし頭の整理に時間を要したのか、リタは固まるが、やがて納得したのか両手をポンと叩く。
そしてアルのほうを指さして。
「アル兄! 特徴はぼさぼさ頭!」
その次にレオのほうを指さして。
「レオ兄! 特徴はイケメン!」
「なんだ、その覚え方は。同じ顔だろ?」
「チッチッチ! 舐めちゃいけませんぜ! アル兄! リタほどになればどっちがイケメンかわかるのだ! ねっ! レオ兄!」
「そっちは兄さんだよ」
さきほどまでレオがいた場所に抱きついたリタは、はっとした様子で声の主を見上げる。
そこにはちゃんと整った髪と服を着た男がいた。
振り返ると、逆方向にも同じ顔で整った髪と服を着た男がいた。
「う、う、うおぉぉぉぉ!!?? レオ兄が分身した!!?? お、お、恐るべし! 双子!」
「アル兄様……リタをからかわないで……」
「はっはっは。悪い悪い」
そう言ってアルは髪をくしゃくしゃにして、閉めていたボタンをはずして服を再度着崩す。
そしてリタの頭もくしゃくしゃと撫でると、踵を返す。
「じゃあな。俺はやることがあるから、三人で遊んでろ」
「兄さんがやること?」
「お前の代わりに仕事をしておいてやる。すぐに南部に行っちまうだろ? クリスタとその子と遊んでやれ。クリスタもレオと遊びたいだろ?」
「うん……」
「リタも遊ぶー!」
「ああ、弟と妹をよろしく頼む」
「えっ!? 兄さん!?」
「部屋に連れ込むなよー」
「ちょっと! 違うよ!? 変な気の遣い方してない!? 違うからね!?」
後ろで騒ぐレオに手を振りながら、アルはフィーネとエルナを連れてその場を後にする。
「なんで機嫌良さそうなのよ?」
「そうですね。なんだか、アル様は機嫌良さそうに見えます」
「そうか? まぁそうかもな。久々に自然体のレオが見れた。いつも考え込む奴だしさ。ああやって肩の力を抜いているのは久々な気がする。リタに感謝しなきゃな」
そう言ってアルは身だしなみを整え、髪も整える。
そして背筋を伸ばして珍しくやる気を見せる。
「さて、レオの代わりに頑張りますか」
「もう……レオのことになると頑張るのね。アルは」
「弟だからな」
「素晴らしい兄弟愛です!」
そんなやり取りをしながら三人は階段を登っていくのだった。
結局、広場に残ったレオは子供二人に振り回され、日が暮れるまで遊ばれることをアルは知る由もないのである。
「くそー……謀ったなぁ兄さん……」
とりあえず次から本編が動くかなぁ。動かせたらいいなぁと思ってます(笑)
あ、PCは直りました。御心配おかけしてすみません<m(__)m>