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第五十七話 少女の名はリタ

3月9日の昼はPCが不調のため、お休みします。



 帝剣城は広い。

 この城に住んでいる皇族でもない限り、あちこちを行き来することすらできないうえに、各皇帝がその代によって隠し部屋や隠し通路を作っているため、皇帝ですらすべてを知らない城だ。

 そんな城の中層階。

 そこに一人の少女が迷い込んでいた。


「うーん……迷った!」


 少女は困ったような表情で、あまり困ってなさそうな声を出した。

 上層は皇帝のエリアであり、中層は皇族と重臣たちのエリアだ。皇帝に届けるまでもない報告はここで裁決される。

 アルやレオの部屋もこのエリアにある。しかし、身分のはっきりしない少女がここに迷い込むのは危険すぎる行為だった。

 捕まれば身許が確かめられるまでは拘束されてしまう。

 だが、少女は暢気だった。

 くすんだ金髪をサイドポニーでまとめた少女の年齢は十代前半、せいぜい十一、二歳だろう。

 腰には木剣をさしていることから、騎士見習い、もしくはそれに近い立場なのは城に務める者ならすぐにわかる。

 ただ、大抵の騎士見習いはこんな場所まで入ってこない。


「困ったなぁ困ったなぁ……あたしのご飯食べられたらどうしよう……」


 アルが傍にいれば飯の心配かよ、と呆れそうなことを呟きながら、少女は顔をあげて歩き出す。

 そのうち見知った場所に出るだろうという、あまりにも無謀な考えを抱いていたからだ。


「階段を登ったのがまずかったかなぁ。教官も登っちゃ駄目だって言っていたような、言っていなかったような」

「おい! そこの子供!」


 少女は声をかけられて背筋を伸ばす。

 そして壊れた人形のようにゆっくりと首を後ろに回す。

 すると、そこには槍を持った衛兵が二人いた。どちらも訝しんだ視線を少女に向けている。


「何者だ? どうやって入った?」

「騎士訓練中の子供じゃないか? 決まりを破って登ってきたんだろうな。決まりの守れない奴は騎士はなれんぞ」

「えーと、あのね……」

「落第だな。こっちに来い! 教官に突き出してやる」


 そう言って衛兵たちが少女に手を伸ばす。

 だが、そんな衛兵たちを遮るように黒髪の男が少女に声をかけた。


「ああ、ここにいたのか。駄目じゃないか。僕から離れたら」

「れ、レオナルト様!?」

「ああ、すまない。この子は僕が呼んだんだ。暇そうにしてたから荷物運びを手伝ってもらおうと思ってね。君らも手伝うかい?」

「い、いえ! 私たちは任務がありますので!」

「レオナルト様が呼んだとは知らず、失礼いたしました! 我々は任務に戻ります!」

「そうか。じゃあよろしく頼むよ」


 笑顔で衛兵たちに手を振ったレオは、軽く周囲を見渡し、誰もいなくなったことを確認すると、軽くため息をついて言葉を発する。


「危なかったね」

「……い、い」

「い?」

「イケメンだな! 兄ちゃん! 兄ちゃんみたいな人をイケメンって言うって先生が言ってた! 助けてくれてありがと!」


 そう言って少女は快活な笑みを浮かべる。

 あまりにも馴れ馴れしい態度にレオは目を丸くするが、すぐにクスリと笑って少女を手招きする。


「君は元気がいいね。騎士訓練に参加していたのかい?」

「うん!」

「そっか。じゃああとで僕が一緒にいってあげるよ。そしたら教官も怒らないだろうしね。ただし、僕の仕事を手伝ってもらうよ?」

「おー! 取引というやつだな! よろしい! うけたまわった!」

「交渉成立だね。僕はレオナルト。親しい人はレオと呼ぶよ。君は?」

「リタの名前はねー」

「うん、リタって言うんだね」

「なぜわかった!?」

「あはは、面白い子だね」


 そう言ってレオはリタを連れて自分の部屋へ向かった。




■■■




「いいかい、リタ。これは重要任務だ。リタを信じて任せるよ?」

「う、うん! 頑張るぜ!」


 そう言ってレオはリタの前に大量のお菓子を置く。

 どれも貴族の女性や城下町の女性からプレゼントされたお菓子だ。毒味は済んでいるものばかりだが、とにかく量が多い。

 南部より帰還してからレオの人気はすさまじく、とくに女性人気は今まで以上になっていた。それもこれも兄さんのせいだとレオは考えていた。

 漂流した者たちのためにあらゆる手を尽くしたという話は帝都にも届いており、とくに自ら海に飛び込んだという話と、重傷者のために白旗をあげた話は美談として最近では帝都で一番人気の話だった。

 どちらもアルがしたことなので、レオとしてはすべて兄さんがやったことですと言いたいのだが、さすがにそんなことを言うわけにもいかず、こうして毎日送られてくるお菓子を食べていたのだ。

 しかし、いくらレオでもそろそろ限界だった。


「ぜ、全部食べていいのっ!?」

「ああ、いいよ。これを食べるのがリタの任務だからね」

「了解! リタがんばる!」


 そう言ってリタは目を輝かせながら袋を開け始めた。

 見たことのないお菓子にリタはまばゆい笑顔を見せる。

 そんなリタを見て、なんだか罪悪感を覚えたレオは少し視線を逸らす。小さな女の子を煽てて、自分が辛いことをやらせる。なんだがやり口が卑怯者のような気がしたのだ。

 とはいえ、レオはこれ以上食べられないし、アルが食べるとも思えない。食べきれない分を捨ててしまうなら、こうして誰かに食べてもらったほうがいいはずだ。

 そう自分を納得させたレオは、リタのためにお茶をいれる。


「美味しい! すごく美味しい!」

「そう、それはよかった。はい、お茶だよ。熱いから気を付けてね」

「ありがと! レオ兄」

「レオ兄?」

「うん! レオナルト兄ちゃん。略してレオ兄! だめ?」

「ううん、いいよ。好きに呼んでくれて。僕はちょっと書類を整理するから、それが終わったら教官のところまで行こうか」

「ラジャー!!」


 レオは元気なリタを見て、自然と笑顔を浮かべていた。

 快活で遠慮を知らないリタの雰囲気は、レオにとっては新鮮だった。城にいれば大抵の人間が気を遣ってくる。

 笑顔もどこか嘘くさく、息苦しさを感じるときが多かった。それは南部で成果を残してからは顕著となった。

 そういう中でリタの純粋で快活な態度は清涼剤のように、レオの心を癒していた。


「ねぇ、レオ兄。レオ兄は偉い人なの?」

「どうしたんだい? 急に?」

「うんとね。さっきの人がレオ兄を様づけしてたから。様づけされる人は偉いって先生が言ってた」

「まぁ僕の父親は偉いね。だからみんな僕に様をつけてくれるだけだよ。僕が偉いわけじゃない。ちなみにその先生っていうのは教官のこと?」

「ううん。リタに剣術を教えてくれた冒険者のお兄ちゃん。レオ兄とあんまり変わらない年じゃないかなぁ。でもレオ兄のほうがずっとカッコいい! 先生はいっつも道場の子どもにイジメられてるし、女の人に振られては泣いてるから」

「愉快な人そうだね。リタも先生のこと好きみたいだし、会ってみたいかな」

「うん! リタは先生のこと好きだよ! 城で訓練を受けれるのも先生が頼んでくれたおかげなんだって! だからリタは立派な騎士か冒険者になるんだー」


 そう言ってリタは果実の入ったパイにかぶりつく。

 行儀とは無縁のその食べっぷりに苦笑しつつ、この笑顔を見れば作ってくれた人も悪い気はしないだろうなとレオは考えていた。

 そしてある程度、書類の整理を終えたレオは立ち上がる。

 その頃には机のお菓子は大半は片付いていた。しかし、リタも限界のようでお腹いっぱいでぐったりしていた。

 だが、リタはノロノロと起き上がると残り少ないお菓子に手を伸ばす。


「無理しないでいいよ?」

「だ、駄目だぁ……リタは約束は守る女だ……食べきらないと……」

「ふふ、偉いね。じゃあ手に取ったのは食べてもらおうかな。残りは僕が食べるから」

「りょ、了解した……お、お安いごようだぜ……」


 そんなことを言いながらリタは最後のチョコを口の中にいれていく。

 その間に少しだけ残っていたお菓子をレオは平らげてしまう。だが、レオは急かすようなことはしない。ゆっくりでもしっかりと食べるリタを見つめていた。

 そして。


「た、食べきったぞー!!」

「お見事」

「えっへん!」


 レオはリタの頭を撫でる。リタは満面の笑みでそれを受け入れた。

 そのあと、レオはリタを下の階まで送っていく。


「ねぇ、レオ兄。また会いにきていい?」

「いいよ。好きなときにおいで」

「うん! また来る!」


 そう言ってレオはリタと別れた。

 教官には怒らないように言い含め、衛兵には姿を見たら通すように伝える。

 部屋に戻ったレオは散らかったお菓子のゴミを片付けながら、クリスタといい友達になってくれるかもと考えたのだった。


はい、というわけで新キャラのリタですね。

こういうキャラは書いてて楽しい(笑)

少しばかり本筋から逸れますが、ご容赦ください。

ちゃんとリタも第三部で活躍しますから( ´艸`)

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