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第五十六話 帝都の最外層

12時更新分、24時更新分。



 亜人商会の帝都支店を出た俺はフィーネと共に馬車へ乗り込む。

 一応、フィーネは変装用のマントを着ている。

 それを見て俺は少し考え込む。


「どうかしましたか?」

「フィーネは……小さい子供とか平気か?」

「えっと……じ、自分の子供という意味でしょうか!?」


 なんだか緊張した様子でフィーネが逆に問いかけてくる。

 どんな勘違いをしてるのやら。


「違う違う。普通に小さな子供がわちゃわちゃしてるのは平気か?」

「あ、なるほど……それなら大丈夫です! あ、それならって自分の子供が大丈夫じゃないという意味ではなくてですね!」

「わかってるよ。じゃあ少し寄り道してもいいか?」

「はぅ……寄り道?」

「ああ、昔馴染みに会いにいこうかと思ってな」


 そう言って俺は従者に目的地を告げたのだった。




■■■




 帝都は帝剣城を中心に、広大な城下町が円形で構成されている。

 城下町は何層かに区切られており、外側にいけばいくほど貧困層が暮らしている。

 そして俺が向かったのは最外層。

 そこにある小さな剣術道場だった。


「ここは?」

「昔馴染みの冒険者がやってる道場だ。無料で最外層の子供たちに剣術を教えてる」

「無料で?」

「最外層の多くは金に困ってるからな。抜け出す方法は手っ取り早く強くなること。けど、剣術を習う金なんてない。だから最外層出身の奴らが無料でいろいろと教えてるのさ」


 そう説明しながら俺は窓から道場を覗く。

 それにつられてフィーネも一緒に覗いた。

 そこでは。


「とりゃぁぁぁぁぁ!!」

「あちょぉぉぉぉ!!」

「うぉぉぉぉぉ!!」

「てぇぇぇぇぇい!!」

「馬鹿! おい! いい加減にしろ! 柔らかい棒だからって調子に乗んな!」

「……イジメ?」

「いや子供に遊ばれてるだけだな……」


 道場の中では複数の子供に攻撃され、ボコボコにされている男がいた。

 明るい茶髪に同じ色の目。頬から首のところまで切り傷があり、やや強面感があるが、子供に絡まれているところを見ればそんな印象も消し飛ぶ。

 名前はガイ。子供の頃、よく遊んだ男だ。

 今は冒険者をやりながら、こうして最外層の子供たちの面倒を見てる。


「先生ー。外に誰かいるぞー」

「はっ! そんな安い手に乗る奴がいるか! 俺は見んぞ!」

「あー、呆れた目をしてるー。絶対、先生の知り合いだぞー」

「先生の馬鹿さ加減に呆れたんだよ!」

「俺は馬鹿じゃない!」

「じゃあ見て見ろよー」

「このクソガキども……ええい! 見てやるさ!」


 そう言って俺たちのほうを見たガイと俺の視線が合う。

 ガイは驚いたように目を見開くが、後ろでは子供たちがしめしめと笑っている。

 思わず嘆息をつくと、ガイが後ろからタコ殴りにされた。


「いまだやれ!」

「本当に見たぞ!」

「やはり大馬鹿者だ!」

「ぐわぁぁぁぁ! この! 真面目に客だ! ちょっと! 待て! 落ち着けー!」

「ふふ……楽しそうですね」

「楽しそうねぇ……」


 まぁ嫌ではないだろうが、楽しいかと言われると微妙だろうな。

 一日ならまだしも、ほぼ毎日あの元気すぎる子供たちを相手にするのは骨が折れそうだ。

 結局ガイは言うことを聞かない子供たちに一発ずつ拳骨をかまして、大人しくさせてからこちらに向かってきた。


「おー! アル! 久しぶりだな!」

「ああ、元気そうだな。ガイ。それで……いいのか? 悶絶してんぞ?」

「平気だ平気。最外層の子供たちを舐めるな!」

「まぁそういうならいいんだが……」


 子供たちの年齢はクリスタよりやや下くらいか。

 一番元気がいい年ごろだ。

 道場にいるのは男ばかり。女は女で別の場所で習い事をしてるのかもしれないな。


「しかし、急にどうしたんだ?」

「いや、どうしてるかなと思ってな。最近会ってなかったから少し心配だった」

「相変わらずだな! お前らとは違って俺たちはタフなんだ! 早々くたばりやしないぜ!」


 そう言ってガイは自分の腕を見せる。

 剣を振っている者の腕だ。引き締まってはいるが、必要な筋肉はびっしりと中に詰まっている。

 傷跡も少し増えた。冒険者といってもガイのランクはB級。そろそろA級も見えてきた頃だろうが、それでも圧倒的に強いわけじゃない。


「みたいだな。安心したよ。にしても、剣術道場じゃなかったのか? あれじゃ遊びだろ?」

「いいんだよ! 最初はあんなんで。相手を攻撃する。反撃されると痛い。覚えることはそれだけでいい。全員が全員、冒険者になるわけじゃない。才能があったり、夢があったりする奴はそのうち自分で考えるようになる。そしたら細かいことを教えてやればいいんだ」

「お前みたいにか?」

「おうよ! 最外層民を舐めるなって。貴族様みたいに型とかは俺たちにはいらない。子供に教えなきゃいけないのは、攻撃したら反撃されるってこと。反撃されると痛いってこと。それさえわかれば無闇に相手を攻撃しなくなる。痛みは早めに知っておくべきだ。そうじゃないとお前さんをイジメてた陰険貴族みたいになっちまう」

「ギードか……。たしかにあいつは痛みを知らないで育った典型例だろうな」


 苦笑しているとガイが視線でフィーネの紹介を促す。

 俺はああ、とつぶやくとガイの口を手でふさぐ。

 そしてフィーネに、顔を見せてやってくれと告げた。


「はい」

「んんん、んんん!!??」

「はいはい。黙ってくれー。わざわざお忍びで来てる意味がないだろ」


 案の定、ガイは驚愕して声を出そうとした。

 多分、蒼鴎姫ブラウ・メーヴェと叫ぼうとしたんだろうな。


「っ!? ど、どんな厄介ごとをもってきたんだ……!?」

「厄介ごとなんて持ってきてない。単純にフィーネと仕事をした帰りってだけだ」

「蒼鴎姫と一緒に仕事!? アルのくせに生意気なっ! 許せん!!」

「ちょっ……く、くるしい……」

「うるさい! 帝都中の男の恨みをくらえぇぇぇ!!」

「ぎ、ギブ……」

「あ、あの……アル様が倒れてしまいます……」

「あ、はい。でも平気ですよ。こいつはいつも死にかけてたんで、意外にタフなんです」


 一瞬でにこやかな顔に変わったガイは、俺の首から手を離す。

 この野郎……。

 調子のいいこと言いやがって。

 そんなことを思っていると、子供の一人が道場から顔を出した。

 そして何を思ったのか、フィーネの傍に駆け寄り、フィーネに抱きつく。

 ああ、目線が低い子供は常に覗き込んでるようなもんだからな。


「綺麗な女の人だー!」

「このっ! お前! 羨ましいぞ!」

「えへへ! いい匂いするー。ねぇねぇ、お姉さんって先生の恋人ー?」

「ふふ、さぁどうでしょうね?」


 抱きつかれたフィーネは嫌な顔もせず、子供の髪を撫でながらそんなことを言う。

 笑顔を見せてくれたことが嬉しかったのか、子供は甘えるようにフィーネにさらに抱きつく。

 それを見てガイが悔しそうに歯を食いしばっている。


「子供に嫉妬かよ……」

「うるさい! お前に俺の気持ちがわかってたまるか!」

「こっち来て!」

「きゃっ! えっと……」

「いいぞ。遊んでやってくれ」

「は、はい!」


 フィーネとしても満更ではなかったようだ。

 すぐに道場に入り、子供たちと打ち解け始めた。

 ベタベタと子供たちがフィーネに引っ付くのを見て、ガイは嫉妬と恐怖で震え始めた。


「あああああ……どうしよう……そろそろやめさせないと俺が打ち首に……でも、子供に微笑むフィーネ様を見ていたい……ああああああ……どうしよう……羨ましい……」

「嫉妬するのか、自分の身を心配するのかどっちかにしろ」

「どっちかというなら心配のほうが先だな。さすがに打ち首は嫌だ」

「お前はさっき皇子の首を絞めたんだが、そこらへんわかってるのか?」

「お前はいいんだよ。お前に不敬罪を適用したら、真っ先にエルナが捕まるだろ? だから平気だ」

「どんな理論だよ……」


 ま、こうやって気を使わないでいてくれるから今でも交流が続いているんだが。

 子供の頃ならまだしも、大人になれば次第に立場を意識し始める。

 馬鹿にされていても皇子は皇子。そうやって距離が離れた奴らは結構いる。

 そんな中でガイは貴重な存在だ。


「懐かしいなぁ。エルナとはいいライバルだった」

「二百敗くらいしててライバルっていうのは無理があるだろ」

「百九十七敗だ。間違えるな」

「そこには拘りあるのかよ……」


 子供の頃のガイは最外層のガキ大将みたいな存在だった。

 中層くらいに出張ってきて、悪さをするのが日常茶飯事。そんな中で俺やエルナと出会った。

 最初は確かパン屋のパンを盗んだガイを匿ったのがきっかけだったか。そしてエルナにバレて二人してボコボコにされた。

 それ以来、ガイはエルナをライバル視して何度も挑んでは何度も負けた。

 だが、その経験がガイを強くした。最外層民がタフというのは本当だ。こいつらは決してあきらめない。


「で? 本当は何しに来たんだよ? ただ様子を見に来たわけじゃないだろ?」

「妙に鋭いな、お前は。実はレオが南部辺境の流民問題を調査することになった。元々、流民だったお前に聞きたい。辺境じゃまだ差別は色濃いと思うか?」


 ガイは流民だ。

 ガイの両親が流民であり、差別の中で育った。

 それがガイの反骨精神の源だったのかもしれない。

 だからガイは流民とか関係のない冒険者を目指していた。父上が流民を帝国の民と認めてからも、数年は流民への差別は帝都ですらあったからだ。


「間違いないだろうな。皇帝陛下が流民を帝国民として認めるって宣言してから十一年か? 俺からすればまだ十一年だ。そんなんじゃ差別は消えない。特に貴族の意識は変わらない。そういう風に教育されてきたからだ」

「……そうか。それが聞けて安心したよ」

「安心した?」

「南部辺境で起きたのは流民の村を標的にした人攫いだ。貴族が関わっていないなら、正直、レオが出向くほどの問題じゃない。だが、確実に差別が存在して、それに貴族が関わってる可能性が高いならレオが出向く価値はある。きっとあいつなら解決できるし、あいつがいかなきゃ駄目な問題だ」

「相変わらず弟贔屓が凄い奴だな、お前は。皇太子殿下と重ねてるのかもしれないが、あの人みたいな人はなかなか出てこない。帝都で流民への差別が薄れたのも、あの人が元流民を重用し始めたからだ。あの人は特別だ……特別だった」

「そうかもな……でも、レオも半分同じ血を引いてる」

「お前もだろうが?」

「俺はいいんだよ。俺は」


 そんなことを言いながら俺は苦笑する。

 道場の中ではフィーネが楽しそうに子供たちと遊んでいる。

 ちょっとした息抜きになればと思ってフィーネも連れてきたが、正解だったようだな。


「ああ、そうだ。俺の教え子が今、城にいるんだ。会ったらよろしく頼む」

「教え子?」

「かなり才能のある子でな。城で行われてる騎士訓練に推薦したんだ。今は住み込みで訓練を受けてるはずだ」

「へぇ、どんな子だ?」

「女なんだが、うるさい奴だな。とにかくうるさい。会えばわかる。うるさいぞー」


 そういうガイの顔は笑顔だった。

 なんだかんだ子供が好きなんだろうな。

 結局、かなりの時間、そこで遊んだあと俺とフィーネはその場を後にしたのだった。


ちょっと本筋とは関係ない話が続きます。

どこかで入れようと思ってたんですが、結局ここらへんしかいれる場所がないので。

みんな大好きプリセンスザンドラ、あ、違った。クリスタのお話ですm(__)m

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