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第五十五話 フィーネの使い道

12時更新分。24時更新予定。


3月7日の24時更新はお休みです。そのかわり登場人物紹介を第八章の最初にアップしました。





 俺もレオも任務を任されたとはいえ、すぐに帝都を出発するわけじゃない。

 準備もあるし、俺にいたっては姉上次第だ。

 その間に俺たちはできることをそれぞれやっていた。

 レオは有力者との会談、そして取り込み。

 俺は亜人商会の代表への対応。


「どんな人なんだ?」

「良い人ですよ」

「フィーネの良い人はあてにならないからなぁ」

「そんなっ!?」


 ショックを受けたようにフィーネが叫ぶ。

 だが、事実だ。フィーネやレオに人類を選別させたら大抵は良い人になりかねない。

 この二人は人の悪い部分より良い部分を見る。

 俺とは逆だ。トラウ兄さんを見て、この二人は良いところをまず探す。俺はまずデブだなって思う。これが人間力の差というやつだろう。

 ただし悲しいことに、世の中は後者の感想を抱く奴のほうが生きやすいようにできている。

 だからこそ、支えてやろうって気になるんだが。


「お待ちしておりました。殿下、フィーネ様。代表がお待ちです」

「聞いてはいたがエルフが秘書とはな。どういう経緯で亜人商会に?」


 部屋の前で俺たちに挨拶したのはエルフの秘書だ。

 フィーネたちから聞いてはいたが珍しい。

 エルフというのは各地の隠れ里で集落ごとに暮らしている。

 閉鎖的で里の周りには結界を張って、外に出ないことが多い。エルフという言葉を聞いた者は多くても、エルフを見た者はそう多くはないだろう。

 長命で容姿端麗。長老の中には千年生きている者もいるらしい。

 そんなエルフが外で多くの者と関わっているだけでも驚きなのに、商会で吸血鬼の秘書をしてるってのはちょっと信じがたい。


「私たちエルフは閉鎖的です。それが種族としての特性なのです。しかし、私は外の世界を見てみたかった。エルフの中では異端だったのです。だから里を出て、外の世界に出ました。けれど、外の世界は私が思っているよりもずっと厳しいものでした。そんなとき、代表が私を商会にいれてくれたんです。この商会はそういう亜人たちの受け皿なのです」

「良いお話ですね。アル様」

「作り話じゃないならな」


 あえてそういう風に言ってみた。

 フィーネがなぜそんなことを言うのかと視線で俺を咎めるが、気にしない。

 俺の言葉を聞き、エルフの秘書が少しだけ目を細めた。いくぶんか機嫌が悪そうになりながら、信じるかどうかはお任せしますと告げて一歩下がった。

 どうやら本当の話みたいだな。


「失礼する」


 俺は代表の部屋へと入っていく。

 すると聞いていた話とは違うことが起きた。


「お初におめにかかります、アルノルト殿下。亜人商会の代表を務めるユリヤと申します」


 緩くウェーブのかかった銀色の髪。それを肩にかかる程度で整えている。

 紅玉のような赤目は興味深そうに俺を見ていた。

 吸血鬼らしく綺麗な容姿をしている。白い肌の感じといい、見ていると東部で出会った吸血鬼を思い出させる。奴らを思い出すとついつい、落ちていくフィーネの姿も思い出してしまう。

 やや不快そうな表情になったんだろう。ユリヤは苦笑して頭を下げた。


「まったく関係ありませんが、同族がしたことは深く謝罪いたします。申し訳ありませんでした」

「……失礼した。第七皇子、アルノルト・レークス・アードラーだ」


 フィーネがせっかくまとめた関係を俺が壊してちゃ仕方ない。

 すぐに謝罪して俺はフィーネと共に席についた。


「して殿下。今回はどのようなご用件で?」

「単刀直入に言わせてもらう。フィーネをどう使う気だ?」


 フィーネの名を貸してほしい。

 それが彼女の出した条件だ。

 俺の考えが正しいならば、彼女は帝都で初となる商品の売り出し方をする気だ。


「どう使う気というのは人聞きが悪いですね」

「敬語はよしてくれ。自然でいい。どうも君のは聞いてて違和感がある」

「あら、そう? せっかく皇子用にお客様対応モードにしたのに」

「俺はお客様じゃない。取引相手だ。腹の内が読めない喋り方はよせ」

「まぁそっちがそういうならやめるわ。あたしもこっちのほうが楽だしねー」


 そう言ってユリヤは人好きのする笑みを浮かべた。

 商人は大抵そうだが、人たらしの素質を持っている。

 他人に取り入り、気付けば懐に潜っている。

 ユリヤも例外ではないんだろう。


「フィーネの使い道だけど……どう使うと思います?」

「質問に質問で返すな」

「いいじゃない。出涸らし皇子がどれくらいできるのか気になるの」

「そのあだ名を知っているなら不要だろ。無能だから出涸らしなんだ」


 一連のやり取りのあと、ユリヤはスッとフィーネのほうに視線をやった。

 まずい。

 そう思ったときには遅かった。

 ユリヤはニンマリと笑う。


「そんな無能が喋っているのに、フィーネに慌てた様子がないわ。むしろ信頼すら感じるのだけど?」

「え? あ、えっと……」

「フィーネを広告として使う。フィーネが使った物と宣伝し、可能ならフィーネの絵を店に出す」


 フィーネの反応で見抜かれた以上、誤魔化すだけ無駄。

 さっさと話を進ませるために俺はそう自分の中にあったプランを話す。

 それを聞くとユリヤは少し驚いた表情を浮かべた。


「驚いた……無能を装ってると思ってたけど、思った以上に切れ者なんだ。能ある鷹は爪を隠すって言うけど、そのとおりね」

「別に装ってないし隠してもいない。何にもやる気を示さなかったら、周りがそういう風に呼び出しただけだ」

「今は違うの?」

「弟を皇帝にすると決めた。弟はフィーネと似ている。世の中を生きていくには誠実すぎる。だから周りが守ってやらなきゃいけない。騙し合いや駆け引きは俺の担当だ。レオやフィーネを欺く奴は俺が潰す」

「……肝に銘じておくわ」


 睨みつけ、視線でユリヤを牽制する。

 得体のしれない恐ろしさを感じたんだろう。ユリヤは少し緊張した様子で答えた。

 それを見て、俺は警戒を解いていつも通り再度問う。


「それで? フィーネをどう使うつもりなんだ?」

「……大体はあなたと一緒よ。最初は化粧品を売るつもり。あの蒼鴎姫が使っている化粧品っていえば飛ぶように売れるわ」

「だろうな。そして亜人商会というマイナスイメージもそれで払拭される。堂々と帝都に参入できるわけか」

「あたしたちばかりが得しているみたいな言い方はしないで。ちゃんとやることはやるわ」

「まぁそれは少し先だな。まずは対抗勢力に協力してる商会を潰せ。資金源を断ってやれば派手な動きはできなくなる」


 簡単そうに言う俺に対して、ユリヤは小さくため息を吐く。

 まぁその反応は正しい。

 なにせ対抗勢力に協力している商会は、どれも帝都に根を張る大商会だ。潰すなんてほぼ無理だ。


「対抗勢力に協力できない程度の打撃を与えろってことなんだろうけど……半殺しくらいでいいの?」

「いやもうちょっとだな。四分の三殺しくらいで頼む」

「ほぼ死んでるじゃない……ま、努力はするわ。あとはそちらへの資金援助だけど、どれくらい必要なの?」

「今は必要ない。必要なとき、必要なだけ用意してくれ」

「お金が湧いてくるとでも思ってるの? 大きな金額になればなるほど、そんなにすぐ用意はできないわ」

「わかってる。それでもやれと言ってるんだ」


 厳しい要求にユリヤは呆れたように首を横に振った。

 だがユリヤは頷くしかない。

 これくらい厳しい要求をクリアできないならフィーネを貸してはやれない。


「まったく……とんでもない勢力に手を貸すことになったわ」

「恨むならフィーネを恨むんだな」

「嫌よ。可愛い子は恨まないわ。恨むならアンタを恨むわ」

「勝手にしろ。さて、行くぞ。フィーネ」

「あ、は、はい!」


 出されたお茶菓子を堪能していたフィーネは慌てた様子でそれを食べきって、立ち去る準備を始める。

 それを見てユリヤが唇を尖らせる。


「もうちょっとゆっくりしていってもいいじゃない」

「あいにくやることが多くてな。そっちはそっちで商品の準備を始めてろ。頃合いを見てまた連絡する」

「ふーん。ねぇ、アルノルト。アンタがどうしてもって言うなら全力で協力してあげてもいいわよ? あたしが一声かければほぼすべての亜人が協力してくれる」

「時期が来たら頼むかもな。今はその時じゃないし、代償が何になるかわからんから遠慮しておく」


 妖艶な表情で俺を見つめてくるユリヤの誘いを俺は断った。

 どうもこの女には魔性の雰囲気を感じる。

 悪い印象はないが、かといって良い印象もない。

 なんだろうか。好奇心旺盛な猫というべきか。

 突っ込んでほしくないところまで首を突っ込んできそうな感じがする。

 探られて困ることがないなら別にいいんだが、あいにく探られて困ることしかない。

 商人として有能なのは間違いないが、今はなるべく距離を取ろう。

 そう決意して俺はユリヤの下から立ち去った。

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