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第四十九話 心配性の幼馴染

メッセージでいろいろと質問来てたので、活動報告で答えました。

良かったら見ておいてください。


27日昼更新はお休みです。




 まずいとかやばいとか。そういう言葉が頭によぎる前に、まず俺は〝落ち着け〟と自分に言い聞かせた。

 落ち着け。落ち着けば問題ない。

 そう自分に何度も言い聞かせながら俺は動揺を最小限に抑え込む。

 自分は今、シルバーなのだ。アルノルトじゃない。

 それならば弁明もいらない。

 むしろ弁明をしてはいけない。隠さなければならないことなど、シルバーにはないからだ。


「気になるか?」

「当たり前でしょ!? 誰に聞いたの!?」

「それを言う義務も義理も俺にはないな」


 ふっと余裕を感じさせる笑いを浮かべながらシルバーらしい対応を心掛ける。戦闘中のエルナは危険だ。些細な言い回しでも気づかれかねん。違和感を覚えさせたら終わりだ。

 エルナの性格を考えれば、少なくとも今の時点では俺の正体に気づかれるわけにはいかない。


「なんですって!?」

「ほら、動き出すようだぞ? このままでいいのか?」

「っっ! あとで必ず話してもらうわよ!」

「それはその時の気分だな」


 上手く流してレヴィアターノに注意を向ける。

 そして俺はエルナの代わりに海上近くまで降下し、体勢を整えつつあるレヴィアターノの前に立つ。

 そこで小さく息を吐き、早鐘を打つ心臓を右手で抑える。呼吸を整え、どうにか気持ちを落ち着かせる。

 まったく、竜よりもビビらされるとは思わなかったぞ。さすがは最強の幼馴染。まぁ俺の不注意だけど。

 このあとはどうとでもなる。別に答えずに転移で逃げてもいいし、上手く話を作ってもいい。

 個人的な危機は去った。あとは目の前の海竜だけだ。


『おのれ……傷を負うのはいつぶりか……しかも人間に負わせられるとは』

「だから言ったはずだ。人間を舐めるなと」

『一撃を喰らってわかった。あの娘、魔王を斬った者の末裔か。憎たらしい剣を持ちおって……』

「だったらどうする? 撤退するか?」

『笑わせるな……竜が人間怖さに退くなどあってはならんのだ!!』


 そう言ってレヴィアターノは大きな口を開けて咆哮をあげた。

 竜の咆哮。それはあらゆるモノを怯ませる。心を砕く一撃だ。

 気の弱い者なら失神してしまうだろう。実際、レヴィアターノの周りにいた艦隊は大騒ぎになっている。

 これはまずいか。さっさと離脱してほしいんだが、まだ多数の船が戦闘海域に残っている。


『我の体に傷をつけた落とし前はつけてもらおう!』

「先に仕掛けておいて勝手だな。さすがは竜だ」


 そう言い返しつつ、俺はゆっくりと高度をあげる。

 もう少し時間を稼ぐ必要があるからだ。


「女勇者。耳を貸せ」

「なによ……?」

「なぜ距離を取る?」

「あなたがいきなり私のこと海に突き落とすかもしれないでしょ……!」


 警戒する猫のごとく、エルナは距離を取って体を震わせる。

 この大事な局面で風呂を嫌がる猫みたいな反応をしないでほしい。

 まったく。


「そんなことはしない。さすがに海竜と勇者を同時に相手する自信はないのでな」

「どうだかっ!」


 そう言いつつ、エルナもレヴィアターノへの警戒は緩めない。

 レヴィアターノは口を開き、さきほどの水のブレスを放ってきた。

 防御魔法を使って減速させつつ、その間に俺たちはその場を離れる。

 レヴィアターノのブレスは天にまで上り、雲を切り裂く。直撃したらひとたまりもないだろうな。

 あんなものを市街地に撃たれたら終わりだ。


「何か策があるのっ!?」

「もう一度奴を斬れるか?」

「無理ね。もう警戒されてるから同じ手は使えないわ。海じゃなきゃいくらでもやりようがあるけど……」


 少し意気込んで海を見るエルナだが、すぐに怯んだように肩を落とす。

 その間にもレヴィアターノは大量の水弾を放ってくる。俺はそれをすべて相殺しながら一つエルナに提案する。


「では海じゃなきゃどうにかなるんだな?」

「どうする気よ?」

「海を割る」

「はぁ!?」


 信じられないといった様子でエルナが叫ぶが、残念ながら本気だ。

 結界で封じ込めて空に飛ばすというのも考えたが、それだと逃げられたときに面倒だ。

 なんだかんだ竜だからな。翼が傷ついているが、おそらく飛ぼうと思えばまだ飛べる。


「結界で海の一部を隔離する。それなら君は問題なく戦えるだろ?」

「海のど真ん中に空っぽの箱を作るってことかしら?」

「そうなるな」

「結界を解いたら?」

「海の中だな」


 淡々と告げるとエルナの顔が一瞬、恐怖にひきつる。

 思わず想像してしまったんだろうな。


「嫌よ! 倒したあとに結界を解くかもしれないじゃない!」

「帝国を敵に回すようなことはしない。だいたい、帝国の騎士なら我儘を言ってる場合じゃないのはわかるはずだが?」

「うっ……それは……」

「俺は決め手に欠ける。魔法を詠唱しても邪魔されるだろうしな。あんまり時間をかけると被害も増えるし、これが互いのためだと思うが?」

「……あなたを信用しろと?」

「そうだな。信用してくれ」

「素顔も見せない相手をどう信用しろっていうのよ……」


 エルナが俺のことを恨めしそうに睨んでくる。

 やめてくれ。俺が悪いんじゃない。

 俺だって水恐怖症の女を海の中に向かわせたくはないが、簡単な方法がこれくらいしかない。

 しばらく黙っていたエルナが一言呟く。


「――教えなさい。私の水恐怖症を誰に聞いたの?」

「……口止めされているんだが?」

「いいからいいなさい!」

「はぁ……アルノルト皇子だ。ロンディネにいるときに情報を交換してな。そのときに聞いた」

「アルが? あなたに? 言っておくけど、アルはなかなか人を信用しないわ。重要な情報を信用しない人間に渡すこともしない。騙っているなら容赦しないわよ?」


 ひどい言い草だ。

 まぁたしかに言う通りではあるが。


「騙ってはいない。どうすれば信じる?」

「……アルはなんて言ったの? あなたに私の弱点を教えるとき」


 俺はしばし黙る。

 俺ならばエルナの弱点を教えるとき、なんというだろう?

 どんな理由があれば弱点を他者に明かす?

 そう考えたとき、スッと言葉が出てきた。


「手のかかる幼馴染だけどよろしく頼む、だそうだ。彼なりに水恐怖症の君を心配していたんだろう」

「っ!?」


 一瞬、エルナは顔を赤くし、そして俯いた。

 そして。


「心配性なんだから……まったく……アルの馬鹿……」


 二、三言呟くとエルナはため息を吐き、ゆっくりと高度を下げ始めた。


「了承ということでいいかな?」

「ええ、けどあなたを信用したわけじゃないわ。あなたを信用したアルを信用しただけ。アルがあなたに私の弱点を教えていいと思ったなら……まぁいいわ。ちょっと気に食わないけど、アルなら許してあげる」


 そう言ってエルナはそのままレヴィアターノの傍まで降りていく。

 傍といってもそもそもデカいレヴィアターノだ。頭部近くにいってもまだ海からは距離がある。しかし、エルナからすればもはや死地に近いだろう。

 さっさと始めるとするか。

 俺はレヴィアターノとエルナがいる場所を中心に四角い結界を形成する。そしてそれをどんどん広げていく。

 海は結界に押し出されて割れていき、それによって傍にいた船たちもこの海域から離れていく。

 そして結界は完全に海の底までたどり着き、陸地が見えるようになった。


『ふん! 結界を張って一対一とは剛毅なものだ。そこまで自信があるのか? 娘よ』

「自信なんてないわよ……断言できるわ。ここは私が来た中で一番最悪な場所よ……」


 エルナがそういうのもわからんでもない。

 なにせ結界で水が入ってこないとはいえ、四方を水の壁に囲まれている。

 エルナからすれば地獄と変わりないだろう。

 だが、それでもエルナは聖剣を上段に構える。


「でも、それでも……私は戦う! 私の幼馴染をこれ以上、心配させるわけにはいかないから!」


 そう言ってエルナは聖剣に魔力を満たしていく。

 聖剣はその魔力を光り輝く聖気に変えて、どんどん輝きを増していく。


『ぬっ!? これはっ!?』

「星の聖剣よ……その力を解放せよ……我が敵を打ち滅ぼすために!!」


 そう言って光が聖剣の刀身にどんどん集束していく。

 圧倒的光量が聖剣の刃に集まった。それはもはや太陽に近い。

 その剣を持ったまま、エルナは真っすぐ突撃する。


『舐めるなっ!!』


 レヴィアターノも水のブレスで迎え撃つ。

 万物を切り裂く水のブレスがエルナに迫るが、エルナはそれを聖剣で受け止める。そしてそのまま前進を続けた。


『なにぃ!?』

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」


 聖剣はレヴィアターノの水のブレスすら切り裂いていく。

 そしてエルナは加速する。


「光天集斬!!」


 エルナの必殺の一撃は五十メートルを超えるレヴィアターノを一撃で両断した。

 しかし、それだけじゃない。

 俺が張っていた結界まで易々と切り裂いた。


「ちっ!」


 俺は水が流れこむ結界の中に降りていくと、エルナを抱えて空へと避難する。


「ちょっ!? 放して!」

「水の前でパニックになっていたのによく言うな、君は。ありがとうくらい言ったらどうなんだ?」

「その状態から助けるのがあなたの役目でしょ! 恩着せがましく言わないで! 大体、あなたの結界が柔なのがいけないんじゃない!」


 俺の結界を柔と評する奴なんて、この大陸でどれほどいるか。少なくとも初めて言われたぞ。

 思わず素の調子で返しそうになるが、なんとか堪える。

 それにまだ終わりじゃない。


「柔で悪かったな。君が結界を壊したせいで一苦労だ」


 そう言って俺は結界の穴をふさぎ、結界を海から引きあげて小さな穴を開いて中の水を出す。

 エルナは怪訝な様子で俺を見る。


「なにしてるのよ?」

「竜の体は高く売れる。しかもS級指定の竜だ。街を復興させるには十分なお金になるだろう」

「あら? 討伐したから自分のモノにするのかと思ったけど違うのね」

「普通なら討伐した者の物だが、今回は特殊だからな。被害を受けた国が使うべきだろう」

「ふーん……少し見直したわ。そういうことも考えているのね」

「どこぞの剣だけ振るう女勇者とは違うのだよ」

「なっ!?」


 エルナが怒りで肩を震わせる。

 そんな中でも俺は崩壊した港にレヴィアターノの死体をそっと置く。

 俺の意図はあとでエルナから説明してもらえばいいだろう。

 さて、そろそろお暇するか。


「では俺は失礼する」

「待ちなさい! あなた一体、アルとどんな関係なのよ!?」

「どんな関係か……我々は共謀者だ。同じ謀を描き、実践している。これ以上は本人に聞くんだな。答えてくれるかは君次第だろう」


 そう言って俺は短距離の転移でアルバトロ公国の城まで飛ぶ。

 トラウ兄さんを置いてはいけないと思ったからだったが……。


「え、エヴァ女史……こ、今度、自分のモデルになってくれないだろうか? で、できれば自分を兄と想定して兄様と言ってくれると創作が捗ります……!」

「えっ……あ、その……」


 よし、置いていこう。

 早々に見切りをつけて俺はロンディネの部屋に舞い戻る。

 速攻で服を着替え、その服に幻術をかけて荷物の中にしまう。

 シルバーとしての痕跡をすべて排除したあと、俺はベッドの上で横になる。


「あー……今回も疲れたなぁ……」


 そんなことを呟きながら俺は眠りにつく。

 なにか大切なことを忘れていた気がするが、それを考えるほどの体力も気力も残っていなかった。

ふー、終わった終わった。

長かったなぁ。この第二部もそろそろ終わりです。

色んなことに決着がつき、あとは帰るだけ。


だといいんですがねぇ(笑)

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