第四十八話 女勇者と仮面冒険者
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「足を引っ張ったら承知しないわよ? 仮面冒険者」
「こちらの台詞だぞ、女勇者」
「なっ!? 私が足を引っ張るわけないでしょ!?」
「そうか? ずいぶんと苦戦していたようだが? 素直に名代を連れてきてくれてありがとうと言ったらどうだ?」
俺の挑発的な言葉にエルナが肩を震わせる。
おー、怒ってる怒ってる。
そんなエルナの様子を楽しみながら、俺は防御と治癒の結界をアルバトロの公都全体に張る。
エルナがなんとか奮戦してたようで、民が集中している部分には被害はない。ただ、それでも怪我人は多数。逃げまどう人々も多い。
ただ先ほどよりは落ち着きを取り戻している。
トラウ兄さんが過剰なほど大げさにエルナへ聖剣召喚の許可を出したから、公都全体に救援が来たことは伝わった。
別にその効果を狙ったわけじゃないだろう。トラウ兄さんがああいう演説をしたのは半分は趣味で、半分は名代としてのパフォーマンスだ。できるだけ大げさにして、帝国の威信やら存在感を示すことがトラウ兄さんの役割だった。それを果たしただけだ。
それでも公都の混乱が緩和したのはトラウ兄さんのおかげだ。
性格が残念でなければぜひ皇帝に推したいところなんだがなぁ。
「聞いてるの!? シルバー!」
「ん? なんだ? 何か言ったか?」
「あら、そう……私の言葉なんて聞く価値もないって言いたいのかしら?」
エルナが青筋を浮かべながら笑う。
そんなエルナに苦笑しつつ、俺は訊く。
「すまないな。他のことを考えていた。それで君のことだ。どうせあの海竜の倒し方についてかな?」
「わかってるなら答えなさい。なにか策がある? ないなら私の策でいくわよ?」
「まぁないわけじゃないが、まずは勇者のお手並み拝見といこう。俺は何をすれば?」
「とにかく公都を守りつつ、気を引きなさい。私が斬るから」
「俺は囮か。君らしいな」
そんなことを言いつつ、俺は少しだけ前に出る。
それを了承と受け取ったのか、エルナはエルナでその場から移動する。
『我の水弾を防ぐ人間がいるとはな。驚きだ』
「俺も驚いている。竜は賢いモンスターだ。なぜ人間とあえて争う道を選んだ?」
『ふん、不本意な眠りにつかされたのだ。その雪辱を果たさねば竜の誇りを失うことになる。我はすべての生物の頂点に君臨する竜だ! 人間などに舐められてたまるものかっ!』
「誇りか……くだらないな。命よりも大切か?」
『まるで我に勝てるといわんばかりの台詞だな?』
「勝てるさ。人間を舐めるな」
そう言った瞬間、レヴィアターノの前に大量の水弾が浮かび上がった。
百や二百じゃきかない。さきほどまで本気じゃなかったということか。
『もう一度言おう。人間ごときに舐められてはたまらんのだっ!』
「こちらももう一度言おう。人間を舐めるな」
そう言って俺は自分の背後にほぼ同数の魔法陣を展開した。
一撃の重さじゃ防がれるから、手数を増やしたんだろうが。
「手数で俺に勝てると思うなよ?」
『人間がっ!』
公都の上空で無数の水弾と魔法がぶつかり合う。
まるで合戦だ。
互いに決め手に欠ける消耗戦。足りなくなればレヴィアターノは水弾を、俺は魔法をどんどん追加して、弾幕を張り続ける。
状況を知らない者が見れば特殊な花火と思ってしまうかもしれない。それくらい色とりどりの火花が空で散っていた。
『くっ! 生意気なっ!』
そう言ってレヴィアターノは口を大きく開く。
今までの水弾はあくまでレヴィアターノの能力であって、竜特有の攻撃手段〝ブレス〟ではない。
ようやく切り札を切らせることができたか。
そう思っているとレヴィアターノの口の中で水がどんどん圧縮されていく。そして小さな玉まで圧縮され、そこから光線のように水のブレスが発射された。
俺はいくつも重ね掛けした防御魔法で逸らそうとするが、そんなものは存在しないと言うかのように水のブレスはすべて貫いて俺に向かってくる。
「マジかっ!?」
咄嗟にその場を離脱すると、俺が今までいた場所を水のブレスが通り過ぎていき、公都の奥にある山を易々と貫いていく。
「やっべぇ……」
その光景を見て、俺はさすがに冷や汗をかいた。
幾重にも重ねた俺の防御魔法を貫いたうえであの威力っておかしいだろ。
超高圧縮したウォーターカッターってところか。レヴィアターノ版の聖剣だな。ありゃあ。
なんでもバターみたいに斬れるし、貫ける。
これは防衛戦は不利だな。さっさと決めにいったほうがいい。
さすがに連発できないのか、レヴィアターノは俺の隙をついて水弾をけしかけてくる。それを相殺しながら俺は空を見る。
そこではエルナが精神統一をしていた。
あれはガチで竜を斬る気だな。あそこまで集中してるエルナを見るのは久々だ。
ただ。
「早くしろよ……」
トラウ兄さんのときとは比較にならないほどの水弾をどうにか相殺しながら、俺は文句を口にする。
だが、そんな声も今のエルナの耳には入らない。
そしてレヴィアターノと俺が一瞬、間を置いた瞬間。
エルナは空から急降下を開始した。目指すはもちろんレヴィアターノだ。
『調子に乗るな!!』
レヴィアターノは水弾をエルナに放つが、エルナは最小限の動きで避ける。
そしてレヴィアターノの頭部に向かって聖剣を振り下ろす。
眩い聖剣を見て、危険と判断したんだろう。
レヴィアターノは身をよじって回避する。だが、レヴィアターノの巨体で回避しきれるはずもない。
胴体をがっつり切り裂かれ、そのまま左側の翼も斬り落とされる。
『ぐぉぉぉぉぉぉ!!??』
痛みと驚きでレヴィアターノは海へと沈んでいく。
今が最大の好機だ。追い打ちをかけるべきなんだが……。
「あいつ……」
空の上でエルナは追い打ちをかけようと降下しては、やっぱり怖いとばかりに空へ上っていくという奇妙な動作を繰り広げていた。
俺はそんなエルナの傍によると。
「やっぱり海の上では役立たずか」
「う、うるさいわねっ! 怖いものは怖いんだから仕方ないでしょ!?」
レヴィアターノは体の大半を海に沈めている。追い打ちをかけるには海上まで接近する必要がある。だが、エルナにはそれができない。
集中してたのはこのためか。一撃で決めないと追撃しないといけないからな。
まったく、こいつは……。
「仕方ない。役割を変えるか」
「ば、馬鹿にしないでっ! 私が本命であなたが囮! その役割を変える気はないわ!」
そうは言いつつ、エルナはいつまでも追い打ちをかけようとはしない。
呆れてため息をついていると、エルナがふと何かに気づいた。
それは。
「シルバー……あなたどうして私が水が苦手だと知っているの?」
あっ……。
ついついいつもの調子で会話をしてしまった。
それはシルバー史上、もっとも不注意な言葉だった。
ちょっと短めですがキリが良いので、ここで切りました(笑)
やっぱりあの台詞は死亡フラグだった……。