第四十五話 名代任命
「父上! このトラウゴットがお願いをしたくまいりました! どうか!」
「この無礼者! 会議中にいきなり入ってくるでない! そしてやかましい!」
「ひぃぃぃ!!?? も、申し訳ありません!!」
「はぁ……」
玉座の間の両開きの扉をバンッ! とかっこよく開いて突入したトラウ兄さんは大声で父上に語り掛け、速攻で負けず劣らず大きな声で怒られて外に戻ってきた。
あまりに恐ろしかったのだろう。微かに息を乱しながらトラウ兄さんは告げる。
「はぁはぁ……ガツンと言ってきたでありますぞ……」
「まぁ、あなたがそれでいいならいいが……」
やっぱりこの人は文才がない。
今の状況をどうやってガツンと言ったと表現できるんだろうか。どう見てもガツンと言われた側だろうに。
さしものフィーネも苦笑いを浮かべている。
まったく……。皇后の息子で頭も悪くない。こういう性格じゃなきゃ帝位争いにも加われただろうに。
呆れつつ、俺は玉座の間の扉を静かに開ける。
門番は当然いるが阻止しようとする者はいない。俺の姿を見て、ピンとこない帝都の民などいないからだ。
「失礼する。皇帝陛下」
「ふん……珍しい客が来たな」
「シルバーが皇帝陛下に拝謁します」
「なにが拝謁だ。門を通って城に来たなら真っ先にワシに報告が入るはずだが?」
「緊急時ゆえ少々マナーに反する入り方をさせていただいた」
「城は帝国の中心。そこへの無断侵入は即死罪でもおかしくないのだぞ? マナー違反で済む話ではない。殺されに来たのか? それともいつでもワシを暗殺できるというアピールのつもりか?」
「牽制は不要。あなたが愚かな君主ならこのような入り方はしない。賢明であるあなたは俺をどうこうしたりはしないし、暗殺など不可能であることも知っているはずだ。だから無礼ではあるが正式ではない入り方をさせていただいた。そこは謝罪しよう」
帝剣城の上層。つまり皇帝の生活スペースには強力な結界が張ってあるため、ここでの転移魔法は使えない。
またその周辺には常に近衛騎士が控えており、暗殺なんて考える奴は頭がどうかしている。
本気でやる気になったとして、俺でも届くかどうか。なにせ帝剣城には俺も知らない様々なギミックがある。対暗殺に対する逃げ道だってあるだろう。一度でも取り逃がせば、今度はこっちが地の果てまで追われることになる。
そんな馬鹿な真似はするわけがない。
「それでも許せないというのであれば、前回助けたことでチャラにしていただきたい」
「ふむ、まぁよいだろう。それで用件は南部の件か?」
「ええ。〝なぜか〟冒険者ギルドから情報が漏れたようで。ギルドはあなた方が余計なことをしないか気が気じゃない様子だ」
なぜかという部分を強調していうと、父上は鼻で笑う。
さすがに気づいているか。今、父上の目の前にはエリク、ゴードン、ザンドラがいる。この三人の誰かが情報を引き出したのだ。
「余計なこととはひどい言いようだ。ワシらが南部を救おうとするのがそんなにいけないことか?」
「それは構わないと俺は思っている。ギルドはどうだか知らないが、あなた方が正しい対処をすれば救われる者も多いだろう。俺が危惧しているのは間違った対処をすることだ」
「さすがはSS級冒険者。なかなかに傲慢だ。帝国の正否をお前が決めるのか?」
「正否を決めるのは俺ではなく結果だ。そして間違った対処は結果が火を見るよりも明らかだと言っている」
しばし俺と父上は視線を交差させる。
不遜もいいところだが、それが許されるのがSS級冒険者だ。俺がいることによって帝国は多くのモンスターの脅威から守られている。今回、南部で起こったような出来事が帝国で起きても、俺がいることで帝国は混乱しないで済む。
だからある程度の不敬も目を瞑ってもらえるわけだ。まぁ父上は性格上、不敬というだけで罰したりはしないが。
「では聞こう。何が正しく、何が間違っている?」
「それを説明するのは俺の仕事じゃない。俺はすでに俺ができるだけの伝手を使った。それは後ろの二人の仕事だ」
そう言って俺は父上の前から一歩引く。
代わりにトラウ兄さんとフィーネが父上の前に出た。
フィーネの姿を認めて、父上の顔がほころぶ。
「元気そうだな。フィーネ」
「はい、皇帝陛下。このような形で拝謁することをお許しください」
「よいよい。お前ならいつでも会いにくるといい」
その姿は溺愛する娘に会った父親のそれだ。
とはいえ、その言葉を真に受けていつでも会いにいくほどフィーネは子供じゃないし、そこを利用して帝位争いを有利に運ぼうとも俺は思わない。
なぜなら父上はどれだけ溺愛していても、罪を犯せば裁ける皇帝だからだ。フィーネを溺愛していても、こちらに有利な判断を下すことはない。
「お心遣いに感謝いたします」
「ち、父上。自分を」
「皇帝陛下だ。トラウ」
「あー、皇帝陛下。率直に言わせていただくと、自分を皇帝の名代として派遣していただきたいのですぞ。南部に」
フィーネが挨拶から入って段取りよく進めようとしているのに、この空気の読めない四男はいきなりぶっこみやがった。
まぁ父上相手に下手な駆け引きをするだけ無駄っていう判断かもしれないけど。というか、そう思いたい。
「寝言は寝ていいなさい。豚」
「あまり横やりは感心しないな」
「邪魔をするなら潰すぞ?」
間髪容れずに黙っていた三人がトラウ兄さんに口撃を仕掛ける。
いきなり罵声を浴びせられたトラウ兄さんは微かにひるんだ様子を見せながらも、空気の読めない発言で切り返す。
「あ、相変わらず口調と目つきが厳しいですぞ、ザンドラ女史……だから結婚できないのでは?」
「挽肉にして家畜の餌にするわよ?」
「ひぃぃぃ!!??」
よくもまぁ父上の前でそんな発言をできるな。二人とも。
緊張感がやや欠如した中、フィーネが咳払いをして自分に注目を集める。
そして。
「発言をよろしいでしょうか?」
「よいぞ」
「ありがとうございます。トラウゴット殿下を説得したのは私です。理由は南部に軍を送ることは帝国に利がないからです」
「ほう? フィーネが軍事を語るか」
「女の浅知恵ではありますが、どうかお聞きください。帝国が南部の救援を掲げて軍を送ったとしても、到着までに幾日もかかります。その間に海竜が倒されれば無駄骨となりますし、仮に到着したとしても相手は海竜。艦隊といえど壊滅させられる恐れがあります。古来より竜退治に軍が投入されたことはありません。これは竜という存在を討伐するのには数よりも質が重要だからです。ゆえに私はトラウゴット殿下を名代として派遣し、南部にいるエルナ様に聖剣の使用を許可するのが帝国の利になると考えます」
流暢にしゃべるフィーネだが、さすがにフィーネ自身の考えじゃない。というよりはフィーネも似たような考え方ではあるが、ここまで論理だてて喋るようなことはしない。
ここに来る前に皇帝への説明はフィーネがするということは話しておいた。そこで皇帝に説明することをあらかじめリンフィアが考えて、フィーネに伝えていたのだ。
「ふむふむ、なるほど。一理ある。しかし、フィーネ。名代がトラウでなければならない理由はなんだ?」
「ほかのお三方では格が高すぎます。今回の名代の役目は聖剣の運搬です。ほかのお三方に任せてしまえば、名声に傷がつくでしょう。申し訳ありませんが、トラウゴット殿下ならばその心配はありません」
「フィーネ女史、辛辣でありますなぁ……でも可愛いから許すでありますぞ。可愛いは正義ですからな」
「トラウ、少し黙っておれ……」
頭痛を堪えるように額を抑えつつ、父上がトラウ兄さんに釘をさす。まぁ頭痛がしてくるよな。俺もしてきたし。
「皇帝陛下。俺から
「許可しよう」
「蒼鴎姫。お前の理屈であれば、俺が軍を率いて名代となっても同じではないか? 頑なに軍を派遣させたくないのはなぜだ? 聖剣使いと帝国軍が一緒になって負けるとでもいうのか?」
「いいえ、ゴードン殿下。勝利は間違いないでしょう。しかし、時間がかかります。幸い、ここにはシルバー様がおられます。シルバー様ならば名代と数人の護衛を転移魔法で南部に連れていけます。今は数よりも早さ。それに帝国最強の聖剣使いと帝国最強の冒険者。この二人がいるならば軍は不要でしょう。もちろん帝国の名声は大陸に響きますし、帝国の損害もありません」
完璧だな。
ゴードンは頭を働かせて反論を考えているようだが、この状況じゃ三人に勝ち目はない。
帝国の利を説くならばこれ以上の手はないからだ。
帝国の被害はなく、名声だけを勝ち取れる。そしてさきほどフィーネが言ったように名代として聖剣の運搬役を引き受ければ、ただの引き立て役となり三人の名声とプライドに傷がつく。
しかし。
「詭弁ね。私たち帝国が独力で南部を救ってこそ名声が響くのよ。冒険者ギルドと協力なんてごめんだわ。それなら冒険者ギルドだけでやればいいのよ」
「ふむ、エリク。お前はどう思う?」
「私はフィーネの意見に賛成です。これがもっとも帝国に利があるでしょう。ザンドラの意見は冒険者ギルドとの関係悪化を招くばかりか、帝国、ひいては皇帝陛下の器が小さいという風聞を立たせることになるかと」
さすがはエリクだな。
状況を見極めて早々に勝ち馬に乗って、しかもザンドラへの攻撃も忘れない。
ザンドラが鋭くエリクを睨みつけるが、エリクはどこ吹く風だ。
そんな中、ゴードンが真っすぐ父上を見つめる。
「皇帝陛下。すべて俺に任せていただきたい。この機に乗じて南部を手に入れてみせよう」
それは何一つ包み隠さない言葉だった。
南部救援など建前で、それを機に侵略するのだとゴードンは告げたわけだ。
それに対して、父上は苦笑する。
「正直な奴だな。しかし、今は南部などいらん。欲しいならば自分が皇帝になったときに奪うのだな。この話はフィーネの案で終わりだ。今、南部を手に入れる旨味は薄く、海竜討伐に軍を派遣するのも利はない」
「しかし、父上!」
「皇帝陛下だ、ザンドラ」
「くっ! 皇帝陛下! 冒険者側の思惑に乗る必要はありません!」
「前回、冒険者ギルドを蔑ろにして痛い目にあったしな。今回はシルバーの顔を立てて、冒険者ギルドに協力してやろう。わざわざ頼みに来たのだ。エルナがいた方が楽なのだろう?」
「ええ、単独でやるのは骨が折れるでしょうし」
「では決まりだ。トラウ、前に出よ」
そう言うと父上は自分の指につけている指輪を外す。
それは代々、皇帝に引き継がれてきた魔法の指輪だ。つけているときに効果などはないが、他者に皇帝の権利の一部を任せることができる。つまり名代を指名するときに使うアイテムということだ。
「トラウゴット・レークス・アードラーを我が名代に命じる。南部に赴き、勇者に剣を届けるがよい」
「かしこまりました」
さすがにここでは変なことを言わないか。
ちょっとハラハラしていた俺はホッと息を吐く。
そんな中、玉座に伝令が入ってきた。
「報告! アルバトロ公国に海竜出現! 冒険者ギルドがシルバー殿を探しておいでです!」
「来たか……」
「近衛騎士隊を一つ護衛につけるが、シルバー。息子を頼むぞ」
「ご安心を。かすり傷一つなくお返しいたしましょう」
「どうせなら護衛は美少女がよかったでありますな」
「南部にあなた好みの近衛騎士がいますから、彼女で我慢していただきたい」
「あまりに規格外に強い女性は自分の守備範囲外なのですぞ」
エルナが聞いたら激怒しそうだな。
そんなことを思いながら、俺はトラウ兄さんたちと共に帝都支部へと向かうのだった。
ふー、なんとかここまで来ました。
できるだけ全部のキャラに出番をあげたいと思っているのですが、頭脳担当なリンフィアは基本的に裏方で出てくることがないのが悩み(-_-;)
数日、更新速度を落としてすみませんでした。どうにか二回更新に戻せそうです。