第四十二話 遠話相談
土日は法事で実家に帰る必要があります。その準備があるので今日の夜は更新お休みします。一応、毎日更新だけは欠かさないつもりですが、忙しかったらお休みするかもしれません。勝手ながらご容赦ください。
「じゃあ行ってくるよ」
「ああ、行ってこい」
そう言って俺はレオと別れを告げる。
ロンディネ公王は次の日には艦隊を整えた。早いもんだ。ここらへんの手際の差が今の南部の領土に出ているといってもいいだろうな。
今回はロンディネ公王自らが出陣し、アルバトロ公国との正式な同盟を結びにいく。とはいえ、それ以上にアルバトロ方面にいるだろう海竜への対処というのが一番だろう。
「アル。一人で大丈夫なの?」
やや心配そうにエルナが訊ねてくる。その視線は頑なに海のほうには向かない。この時点でもう怖いみたいだな。
今回はマルクもレオ側だ。俺の傍には限られた人間しかいない。
だが、ロンディネに残る俺の傍に有能な人間は必要ない。
「わざわざアルバトロ公国の海域に戻った以上、海竜の狙いはアルバトロ公国だ。この国ならしばらく安心さ。むしろ俺にはお前が大丈夫か? って感じだが? ほら、見てみろよ。海が綺麗だぞ?」
「だ、だ、大丈夫よ! せ、戦闘になれば……い、いけるわ。そ、それにアルの言うとおり……き、綺麗ねぇ……ま、まるで絵の中に飛び込んだみたい……」
港から見える海を見て、エルナが顔を青くしながらそんなことを言った。海を見る目がもう死んでいる。
ほぼ間違いなく戦闘になっても使い物にならないだろうな。
エルナは陸地で戦わせるのがベターだな。ま、レオならそんなこと言わなくても平気だろ。
「後は任せた。エルナのフォローもしてやってくれ」
「うん、任せて。兄さんは気長に待っててよ」
「そうだな。戦闘はお前らに任せるよ。どうにか終わらせてきてくれ。海竜がいたんじゃ帝国にも簡単には帰れないからな」
俺はそんな調子で二人を見送る。
そして艦隊が見えなくなると城へと戻って、自分に与えられた部屋に引きこもった。このままずっと寝ていたいところだが、さすがにそういうわけにもいかない。
一応、ベッドに寝ているように見える幻術を施し、俺は窓から部屋を出る。
向かう先はロンディネにある冒険者ギルド支部だ。
もちろんアルノルトのまま行くわけじゃない。幻術でシルバーの恰好になってからいく。
だが、ここにシルバーがいると一般の冒険者たちが知ると騒ぎになるので、支部に入る前に冒険者たちは眠りの魔法で眠らせる。
全員が眠ったところで俺は支部へと入る。
対象になっていなかった受付嬢は起きているが、異変に狼狽していた。
「ど、どなたでしょう……!?」
「帝都支部所属、SS級冒険者のシルバーだ。騒ぎにしたくないので他の冒険者には眠ってもらった。怖がらせてすまない」
「し、シルバー? あの有名な?」
「有名かどうかは知らないがな」
そう言って俺は冒険者カードを受付嬢に見せる。
恐る恐る受け取った受付嬢は、その内容を見て驚愕の声をあげた。
「ほ、本物!?」
「だからそう言っている。すまないが遠話室を貸してほしい」
冒険者ギルドの支部には遠話室というのが存在する。
特殊な結界が張られた部屋で、中央に置かれた水晶によって本部やほかの支部の遠話室にある水晶と繋ぐことができる。
大陸各地に支部を置き、モンスターへの素早い対応が求められるギルド秘伝の技術だ。
「わ、わかりました! こちらへどうぞ!」
支部の遠話室を使えるのはギルド職員かS級以上の冒険者だけだ。
単独で高ランクモンスターに対応できるS級以上の冒険者はギルド内でも扱いは別格ということだな。
遠話室に案内された俺は、すぐに本部へとつないだ。
そして。
「SS級のシルバーだ。副ギルド長を呼んでくれ」
『かしこまりました』
さすがに本部の職員は慣れてるな。
驚くこともせず冷静に対応してくれる。
しばらく待っていると水晶に髭面のおっさんの顔が浮かび上がった。
黒い髪に青い瞳。ナイスミドルという言葉が似合うそのおっさんの名前はクライド。
かつてはS級冒険者として大陸中を駆け巡った猛者だ。今は引退して本部の副ギルド長をしている。
『どうしてお前さんが南部の支部から遠話してくるんだ?』
「知人に会いに来ててな」
『知人ねぇ。お前にそんな奴がいたとは驚きだ』
「人間だからな。知人くらいはいる。それはさておき、妙な噂を耳にした。事実か?」
『隠しても仕方ないか……事実だ。アルバトロ公国から正式に海竜討伐依頼が来た。本部は今、てんやわんやだぞ』
「だろうな。本部の認定ランクは?」
『Sになる予定だ。ただ、これからの破壊活動次第じゃSS級に上がる。そうなればSS級冒険者が複数であたる最上位討伐クエストだ』
「やめておけ。海竜を討伐できてもアルバトロ公国がめちゃくちゃになるぞ」
俺以外のSS級冒険者たちが複数集まる。
それは冒険者ギルドとしても避けたい事態だろうな。どいつもこいつも化け物みたいな強さを持ってるくせに、常識は持ち合わせていない。
奴らが揃えば海竜と引き換えに海の生物が全部死ぬとか、港町が再起不能になるとか、そういう規模の被害が出かねない。
『俺だって招集したくはない。悪いんだが、ちょうどいいから討伐してくれるか?』
「おつかいみたいに言うな。このあと所用で帝都に戻る。その後で良いなら引き受けよう」
『そうか……早めにやってほしいんだがなぁ』
「何か問題でも起きたのか?」
『……極秘の情報だったんだが、なぜか帝国に漏れた。そして帝国では救援の話し合いがされているらしい』
「上手く介入できれば南部に大きな貸しが作れるからな。だが……二次災害が増える可能性もある」
というか間違いなく増える。
艦隊なんて派遣しても嵐で沈められるだけだ。
帝国にできるのは精鋭を派遣することだが、そんなことするよりは現地にいるエルナに任せたほうがいい。
おそらく父上が考えているのは、エルナに聖剣を使わせるべきかどうかだろうな。
『そのとおり。帝国が介入して混乱する前に冒険者ギルドとしては片をつけたい』
「気持ちはわかるが、いつどこに現れるかわからない海竜を南部で待ち続けるのはごめんだ。出現したならばすぐに向かう。それでどうだ?」
『まぁそれで我慢しよう。俺のほうで話は通しておく。最近の帝国は帝位争いで面倒だ。できれば介入させたくない。出現の報告が来たらすぐに向かってくれ』
「善処しよう」
そう答えて俺は遠話を終了させる。
冒険者ギルドの極秘情報が漏れたか……。嫌な予感がするな。
これを機に手柄をあげようとしている者がいる気がする。
そこらへんを上手く阻止しないと状況がぐちゃぐちゃになりかねない。
ここはやはり帝都に一度戻るべきだな。
「ありがとう。では失礼する」
「は、はい!」
受付嬢に礼を言うと俺はロンディネ支部を出た。
明日になったら帝都に飛ぶか。
フィーネたちの状況確認と帝国の介入具合を見てみよう。
もしも帝国が本気で介入する方向で動いているなら、目論見を潰すのはシルバーとしての立場に影響するし良くない。
上手く帝国と冒険者ギルド。どちらの顔も立てつつ解決できればベストだが。
「まぁ、戻ってから次第か」
幻術を解いてアルノルトに戻ってから呟く。
最悪、そこに手が回らないくらいフィーネたちが追い詰められている可能性もあるし、やはり戻ってみないとわからない。
「とにかく無茶していないといいんだがな」
フィーネはああ見えて無茶をする。
吸血鬼と戦ったときも平気で時計塔に登り、落ちている最中も自分の身よりも笛を優先させた。
自分を軽んじているところがある。
そういう面が出てないといいんだけど。
そんな心配をしながら俺は城へと戻るのだった。