第三話 SS級冒険者
12時更新分。24時にも更新予定です。
「ひどい状況だな、まったく」
シルバーの恰好になりながら、俺はセバスと共に問題となっているモンスターの巣を遠目から見ていた。
クライネルト公爵領に出現したモンスターのランクはAA級。
FからSS級まであるランクの中では上から四番目。A級以上の冒険者が四から五人のパーティーを組んで対処するレベルのモンスターであり、帝国にある冒険者ギルドでは少々手に余るレベルのモンスターだ。
実際、クライネルト公爵は冒険者ギルドに依頼を出して、B級冒険者四人とA級冒険者二人からなる六名のパーティーが派遣されてきているが解決には至っていない。
「マザースライムが相手じゃ仕方ないか」
領都から少し離れたところにある山。
そこに無数のスライムが湧いていた。一匹一匹は雑魚だが、あまりにも数が多い。こいつらがあちこちに遠征して、作物を食い荒らしたりするため公爵は騎士を連れて対処に追われているというわけだ。
どうしてこれほどのスライムが大量発生したかといえば、山に潜むマザースライムといわれるレアモンスターの仕業だ。
マザースライムはその名のとおり、スライムの母として子供スライムを生み出すことができるモンスターだ。なにもかも吸収し、栄養に変えて子供スライムを生み続ける。こいつのせいで壊滅した国まであるほどの厄介なモンスターだ。
対処法としてはマザースライムが巣を定めて、子供スライムを増やす前に討伐することだが公爵が冒険者ギルドに依頼を出した時点ですらすでに手遅れだった。
記録を見る限り、マザースライムが生んだ子供スライムはもはや軍隊だ。
「とにかくさっさとマザースライムを討伐しないとキリがないな」
「そのとおりですが、すでに依頼を受けている冒険者たちにどう説明するおつもりで?」
「それが問題だ」
冒険者は基本的にアウトローだ。
貴族社会のように位が上だからへりくだるということはない。彼らは自分が受けた依頼に全力で取り組む。それが自分のためであり、自分の信用を守るためだからだ。
そんな冒険者たちは、たとえSS級冒険者であっても割り込みを許さない。ギルドからの正式な書状でもあれば別だろうが、今の俺は完全に別口で依頼を受けている。
「冒険者のそういう気風は好きだけど、今は悩みの種だな」
「彼らの出方次第では時間がかかるやもしれませんな」
「正直、そんな時間はない。現地の冒険者がそれを理解していることを願おう。先に帰っていてくれ。俺がなんとかする」
「御武運を」
そう言って俺はセバスと別れて、山の近くにキャンプしている冒険者たちの下へ向かった。
さすがにセバスを連れていくと怪しまれるし、俺の正体にも近づかれてしまうからだ。
「これはこれは。SS級冒険者様がわざわざご足労してくださったぞ、みんな」
外で見張りをしていた赤い髪の青年がそういうと、テントの中にいた冒険者がぞろぞろと顔を出す。
五人が男で一人が女。
全員、目つきが厳しい。
「このパーティーのリーダーをやってるアベルってもんだ。ランクはA級。あんたから見れば小物だろうけどな」
「SS級冒険者のシルバーだ」
アベルが差し出した手を俺は握る。
軽く握った俺に対して、アベルは砕けろとばかりに力をこめてくる。
やっぱり気に入らないみたいだな。
「あんたが援軍としてくることは公爵から聞いた。だが、はいそうですかと依頼を譲ってちゃ冒険者なんてやってられないんだ。わかるよな?」
「ああ、理解している」
「依頼への割り込みは冒険者としてのマナーに違反してる。それも理解してるか?」
「ああ、もちろんだ」
手を下ろすと俺は残る五人に視線を移す。
立ち振る舞いから見て、もうひとりのA級冒険者は女のほうか。
茶色の髪を短めのポニーテールにしており、顔は帽子を被っているためよく見えないが女であることは間違いないと思う。
恰好は完全に少年であり、男と見間違える奴も少なくないだろうな。
女冒険者はおそらくアベルのパーティーへの助っ人。一歩引いているし、アベルに何か言うつもりはないらしい。
そういうことならアベルを説得すればどうにかなるか。
「もちろんだぁ? わかってるならなんで割り込みをかけに来た!? 貴族様との伝手まで使いやがって! あんたほどの冒険者なら依頼に困ることはねぇだろうが!」
「言いたいことはもっともだ。不満もわかる。だから罵声を浴びせようが、俺を殴ろうが君らの勝手だ。文句を言うつもりはない」
「なにぃ?」
「ただ……冒険者として君らに聞きたい。この状況をどうにかできるのか?」
「……」
アベルは答えない。
ほかの者も同様だ。ここでできるというのは簡単だが、冒険者は信用が命だ。簡単にできない依頼をできるといってはいけない。
この場にいる六人はこの近くでは最高レベルの冒険者だ。おそらく自分たちで依頼を選んだわけじゃなく、ギルド支部がこの六人に話を持ち掛けたんだろう。
しかし来てみれば聞いていた状況よりもかなり悪い状況だった。マザースライムは強さが変動するモンスターだ。巣で栄養を取り続ければどんどん強くなる。そして子供スライムを生んでいく。子供スライムを生む度に弱体化するが、その子供スライムがどんどん栄養を持ってくるためやがては手がつけられなくなる。
こうまで悪化した以上、マザースライムを早々に始末しなければこの辺り一帯の安全が脅かされてしまう。
「――マザースライムは私たちが聞いていたよりもずいぶんと大きくなっていました。何度か挑みましたが、致命傷を与えることができずに撤退しています。完全に火力不足ですね」
これまで黙っていた女冒険者が口を開く。
それを聞きアベルが舌打ちをした。アベルもそのことは理解しているみたいだな。
「君たちが絶対に俺を依頼に関わらせたくないというなら、俺は依頼には関わらない。ただし、この地域の安全のためにギルド本部に直接現状を報告して緊急クエストを発行してもらう。それを受けて改めてここに来ることになるだろう。しかし、それでも数日はかかる。その間に君たちが討伐できるなら止めはしない。だが……その数日でこの地域は大いに脅かされる」
「……わかってるさ。あんたほどの冒険者が金欲しさにこんなところに来るわけがないってことくらいな……」
「報酬はそちらがすべて受け取っていい。どうかマザースライムの討伐を俺に任せてほしい。冒険者としてこれ以上の被害拡大は見逃せない」
「……わかった。俺たちじゃ力不足だと認めるさ……あんたの好きにしてくれ」
アベルは項垂れてその場に座り込む。
自分の実力で冒険者は成り上がる。その冒険者が受けた依頼を達成できないと言うのは屈辱以外の何物でもない。
プライドに拘ってそのまま無謀な依頼を続けて死ぬ冒険者だっているくらいだ。そういう意味ではアベルは賢く、周りが見えている冒険者だ。
「すまん、みんな……」
アベルがそう言ってパーティーの面々に謝った。アベル一人なら強行したかもしれないが、パーティーメンバーのことも考えたんだろう。良いリーダーだ。
「君らがマザースライムに攻撃を仕掛けたから、この程度で済んでる。君らがいなきゃとっくにこのあたりはスライムだらけだろうさ。本来ならA級以上の冒険者のみでパーティーを組んであたる依頼だ。よくやってくれた。ギルドも君たちに感謝するだろう」
「はっ……SS級冒険者に褒められる日がくるとはな」
「皮肉に取らないでほしい。心から俺も感謝してるし、君らに借りができたと思っている。なにかあれば帝都支部を訪ねてくれ。力になる」
そういうと俺はそのまま山に向かって手を伸ばす。
怪訝そうに俺を見つめる六人を無視して、俺は詠唱を開始した。
≪我は天意を代行する者・我は天と地の法を知る者・断罪の時来たれり・咎人は震え罪無き者は歓喜せよ・我が言の葉は神の言の葉・我が一撃は神の一撃・この手に集まるは天焦がす劫火・天焔よ咎人を灰燼と化せ――エクスキューション・プロミネンス≫
八節もの長大な詠唱。俺の伸ばした手の先には馬鹿でかい魔法陣が展開された。
現代に伝わる魔法でここまで長い詠唱はない。最高で七節だ。八節となると現代に伝わっていない魔法ということになる。
かつて魔法が今より栄えていた頃の魔法。それが古代魔法だ。
才能ある者しか使えないそれらはいつしか忘れ去られ、伝承する者が途絶えて失われた。
それらを復活させるには残された貴重な書物から読み解くほかない。そんなわけで古代魔法を使う者なんて大陸でも数えるほどしかいない。
当然、目にすることができる者も少ない。
だからある意味、この場にいる六人は貴重な経験をしたといえるだろう。
巨大な魔法陣に魔力が満ちる。すると魔法陣の周りに小規模な魔法陣がさらに六個出現した。
その小規模な魔法陣はグルグルと巨大な魔法陣の周りを回る。
そしてもはや崩壊寸前まで魔力が高まったとき。
輝く炎の閃光が魔法陣から発射された。
それは瞬く間に山の木々を焼き尽くし、そこを巣としていたスライムたちも焼き尽くす。それだけには留まらず、山そのものすら完全に燃やし尽くしてしまった。
あとに残ったのは焦げて黒くなった地面のみ。
「これでもうスライムが増えることはないか」
「まじかよ……」
「……これがSS級冒険者が使う古代魔法……」
アベルと女冒険者が呟く。
ほかの者は絶句してただただ今、目の前で起きたことを理解しようと試みている。
山を吹き飛ばす魔法。それはもはや伝説に近いレベルの魔法だ。
いきなり目の前で起こされても理解が追い付かないんだろうな。
「報告を頼めるか?」
「……あんたが行くべきだ。俺らは何もしてない。公爵領を救ったんだ。英雄だぞ?」
「悪いが興味はないんだ。ほかにやることもある。あとは任せた」
そう言って俺は転移魔法でその場を後にする。
転移した先はクライネルト公爵の屋敷にある一室。俺に割り当てられた部屋だ。
まだアルノルト皇子は公爵領に留まっていることになっている。シルバーがマザースライムを討伐したという報告を公爵と共に受け、公爵から助力の言質を取ってようやく仕事が終わる。
それまでは油断できない。
そんなことを思いながら俺は銀の仮面を外す。
それが致命的な油断だったと気づいたのは声が聞こえてからだった。
「え……?」
自分が予想していない事態が起きた。
そんな声色だった。
聞き覚えのある声を聞き、まず俺は後悔する。
部屋に誰もいないと思っていたからだ。皇子に割り当てられた部屋だ。皇子の許可なく入る者なんていないと思ってた。
振り返り、その顔を見て俺はさらに後悔する。
「……フィーネ」
「……アルノルト皇子……?」
そこにいたのは絶世の美女にして公爵の娘。
簡単に口封じはできない少女、フィーネがそこにいた。