<< 前へ次へ >>  更新
39/414

第三十八話 ロンディネの情勢

20日のお昼はお休みしまーす。






「帝国第七皇子、アルノルト・レークス・アードラーがロンディネ公王陛下に拝謁いたします」

「おお、アルノルト皇子。よく来られた。弟君の船は嵐に遭われたとか。ご無事を祈っておる」

「ありがとうございます」


 そう言ってレオナルトはアルノルトとしてロンディネの公王に挨拶した。

 ロンディネ公王は見事な口髭と顎髭を持った小太りの男で、年は四十後半。

 名前はカルロ・ディ・ロンディネ。

 長く続くアルバトロとの戦争を父から継続して行っており、アルバトロが他国の協力を得ているのを見て自らも帝国の手を借りようと帝国に親善大使を送り、アルたちが来るきっかけを作った人物だ。


「さっそくだが、アルノルト皇子。弟君が不在な以上、使節団のトップはあなたということでよろしいか?」

「はい、そうなります」


 レオは極力余計なことを言わず、質問にだけ答える。

 レオの後ろで膝をついているエルナからもそこは何度も念を押されていた。

 しかし、それだけで乗り切れるほど世の中甘くはない。


「では、皇帝陛下の返事を聞きたいのだが?」


 そう言ってロンディネ公王は身を乗り出した。

 すでにロンディネ公国は帝国に向けて対アルバトロ公国における援助を求めていた。

 それについての皇帝の返答はノーだった。しかし、財宝の中にはいくつかの兵器や設計図を混ぜていた。公式にはノーといいつつもロンディネとの関係を切る気はない。そういう意図だったが、その兵器のほとんどはアルが乗っていた船に積んであり、すべて海の底に沈んでしまっていた。

 レオはどう答えるべきか迷い、迷ったときのためにあらかじめ決めていた答えを口にした。


「それについては我が近衛騎士よりお伝えしたいと思います。エルナ」

「はい。お初にお目にかかります、公王陛下。私は帝国近衛騎士団所属、第三騎士隊隊長のエルナ・フォン・アムスベルグと申します」

「あ、アムスベルグ……噂の勇爵家の神童か……お、驚いたぞ。近衛騎士が同伴するとは聞いていたが、まさかその……」

「聖剣使いが来るとは思いませんでしたか?」


 エルナの言葉にロンディネ公王は何度も頷く。

 それに対してエルナはクスリと笑って、場の緊張をほぐす。

 見た目だけ見れば可憐で美しい少女であるエルナが笑ったことで、少しの場の空気が和らいだ。


「ご安心を。帝国外では聖剣を使うことはできません」

「い、いや、疑ったわけではないのだ……気を悪くしたなら謝ろう」

「いえ、我がアムスベルグ勇爵家はそういう存在だと言うことはよく理解しております。そしてこれが答えです。公王陛下」

「ど、どういうことだ……? しっかりとわかるように説明してくれ」


 わけがわからないと言った様子のロンディネ公王にエルナは説明を始める。


「帝国は軍事大国です。その帝国が動くということは、私のような近衛騎士や精鋭の将軍が動くということです。単刀直入に言わせていただければ、帝国にとって貴国やアルバトロ公国を滅ぼすことは容易なのです」

「う、うむ、だろうな。それは理解しているつもりだ」

「さすがは公王陛下。ご英明であらせられます。しかし、我が帝国にもライバルがおります。もしも私が正式に貴国の援軍としてこの地に来たとしましょう。そうなるとライバルたちは喜んでアルバトロ公国に手を貸します。そうなれば待っているのは両国の疲弊と南部の荒廃です」

「な、なんと……」

「残念ながらこれが答えなのです。公王陛下。我が帝国は強すぎるがゆえに動けばほかの国も動きます。ゆえに皇帝陛下は貴国の援助要請にお答えできません。貴国が優勢であればなおさらです」

「う、うむ……さすが皇帝陛下。よく大陸の情勢を考えておられる。しかしだな。我が国だけではアルバトロ公国を落とすのは難しいのだ。あの国に手を貸す国がいるからだ」


 そのことにエルナは頷く。

 もちろんそのことは承知している。だから、これで我慢しろという意味で兵器や設計図を持ってきたのだが、それがない以上はうまく言葉で黙らせるしかない。


「もちろん承知しております。ですからこれから親善を続け、少しずつ御助力できればと皇帝陛下はお考えです。その手始めとして皇帝陛下は私を送ったのです。帝国の武威を見せるためです。いかがでしょう? 公王陛下。勇者の家系の力にご興味はありませんか?」

「おお! そういうことか! それはよい!」


 ようやく意図を察したロンディネ公王は沈んでいた表情を明るくさせる。

 帝国に断られたとなれば大きく方針を変更しなければいけないからだ。

 ロンディネ公国単独ではもはやアルバトロ公国を落とせないのだ。時間をかければできなくはないだろうが、それでは駄目だとロンディネ公王は考えていた。

 自分の代で南部を統一しなければとロンディネ公王は考えていた。そうしなければ日夜巨大化する中央の国々に勝てず、いずれは飲みこまれる。

 そのために自分が統一王になるという設計が公王の頭の中にはあった。それは野心がおおいに含まれたものであったが、本当に南部のことを思っての考えでもあった。

 そんなロンディネ公王にとって、最強の人間である勇者の末裔の力はぜひ見ておきたいところだったのだ。


「うーむ、しかしだな。我が国には一対一でそなたの相手ができる者はいない。そこでだ、アルノルト皇子。こちらは複数でも構わないだろうか?」

「本人がよいのであれば否はありません」

「構いません」

「そうかそうか。では十人でどうだ? さすがに」

「わかりました。十人ですね」


 そう言ってエルナはあっさり受けた。

 まさかこんなにあっさり受け入れられるとは思っていなかったロンディネ公王だが、いまさら変更するわけにもいかず城にいる腕利きの騎士を十人呼び寄せる。

 そして玉座の前に開けられたスペースで一対十の戦いが始まった。


「おおおおぉぉぉ!!」


 まず最初に火ぶたを切ったのは大柄な騎士だった。

 模擬剣をもって突っ込むが、エルナから見れば隙だらけな突撃だった。

 私の部下なら基礎からやりなおしね、なんてことを思いつつ、エルナは軽く剣を振るう。

 それだけで乾いた音とともに大柄な騎士が持っていた模擬剣が半ばで折れた。


「えっ……?」

「同時に掛かってくることをおすすめするわよ?」


 まるで鋭利な刃物で斬られたかのような切断面に大柄な騎士はさーっと顔を青くする。

 そんな大柄な騎士に構わず、エルナは残る九人を見る。

 一瞬、エルナの視線に怯んだ騎士たちだったが、すぐに公王の前だと思いだして勇気を振り絞って斬りかかる。

 まずは三人が三方向からの同時攻撃。

 エルナからすれば欠伸が出るような遅さの攻撃で、すべての剣を払うようなしぐさで半ばから斬り落とす。

 模擬剣で模擬剣を斬り落とすという神業を何度も見せつけられた残りの騎士たちは、知らず知らずのうちに後ずさる。そんな騎士たちをエルナは一喝した。


「騎士なら主君の前で後ずさるのはやめなさい! ロンディネに騎士はいないと謗られるわよ!」

「は、はい! 行きます!」


 まるで教官と生徒だ。

 そんなことをレオは目の前の光景を見て思っていた。

 一喝された騎士たちは恐れずにエルナに向かっていく。そして初めてエルナが剣を受け止める。

 それだけでロンディネ側には歓声が沸いた。

 しかし、それはエルナの演出だ。それに気づいているのはエルナの部下とレオくらいだろうか。

 あえて圧倒的力を見せつけ、その後は相手の顔を立てるために少しだけ手加減する。近衛騎士が貴族などを相手にするときによくする手法だ。

 幸い、ロンディネ側に気づいた者はいない。

 そのことにホッとしつつ、こんなことがいつまで続くのかとレオは小さくため息を吐いた。


「兄さんも苦労してるのかなぁ……」


 誰にも聞こえないように呟く。

 レオにとってアルは昔から自分じゃできないことをできるすごい兄だった。

 子供の頃、誰にも登れない木があった。子供たちの中では、誰が一番最初に登れるかという話でもちきりだった。レオは一生懸命木登りの練習をしたが、結局レオはもちろん誰も登れず、そのまま木登りのブームは過ぎた。

 しかし、それから少しあとにその木の上で小鳥が怪我をしているのをレオは見つけた。

 だが、登ることのできないレオには何もできなかった。

 そんなとき、アルが通りかかって事情を聞くと待っていろと言って姿を消した。

 そしてしばらくするとアルは戻ってきて、あっさりと小鳥を巣に戻して助けて見せた。

 アルは皇帝の部屋にあった宙に浮ける貴重な魔導具を、無断で借りてきて事態を解決したのだ。

 こんな風にアルはレオには思いもよらない方法で事態を解決する兄なのだ。そんな兄ならば自分の代わりなど簡単にこなして見せるだろう。

 そう思い、レオは自分のことに集中した。

 そして一生懸命ぐうたらになろうと決意したのだった。

予約投稿忘れてました(笑)

<< 前へ次へ >>目次  更新