第三十五話 銀髪の吸血鬼
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亜人商会というのはその名のとおり、亜人が経営する商会だ。
構成員はすべて亜人。その特異性から注目を集めがちだが、様々な亜人を抱えているためその仕事ぶりはほかの商会を大きく上回る。
荷物を運ぶのは力の強い亜人に。運搬は足の速い亜人に。採取は鼻の利く亜人に。
各々が得意とする分野では人間を大きく上回る亜人だ。それを適材適所に配置されれば人間以上の結果を出すのは当然だった。
そうやって大陸東部から徐々に影響力を伸ばし、そろそろ帝都に支部を構えようというところまで来た大商会。そしてそれを率いるのは表に顔を出さない謎の吸血鬼。
それが亜人商会なのだ。
そしてその帝都支部にリンフィアとフィーネは向かっていた。
「支部も完成して、さぁここからといったところで東部の騒動が起きたんです。そのため支部は結局開店できず、亜人商会の看板も掛かっていません。リーダーが吸血鬼ですし、皇帝が襲撃されたわけですから、亜人という括りに対して帝国は敏感になっています。それは賢明な判断だったと思います」
「そうでしょうか? 自分たちが何も悪いことをしていないなら気に病むことはないと思います。その方たちが皇帝陛下を襲撃したわけではありませんし……」
「みんながみんな、フィーネ様のような考えを抱いていれば問題ありませんが、世の中あなたのように立派な人ばかりではありませんから。襲撃した者を個人としては見ず、亜人という広い観点で見て毛嫌いする者も少なくないのです」
美徳なのだろうとリンフィアは思った。
フィーネは傍観者ではなく、被害者だ。そうでありながら吸血鬼や亜人に偏見を持っていない。
相手を肩書や種族で見ていない証拠だ。個人として見ているから、関連する何かにまで悪感情が飛び火しないのだ。
しかし、それが特異なことだと知っておくべきだろうとリンフィアは思った。
だから、いまいちわかってなさそうなフィーネに念を押した。
「フィーネ様。人間は違う考えを持つ生き物です。それはわかりますね?」
「ええ、もちろんです」
「ならわかるはずです。あなたの考えが一般論ではない場合もあるのです。私は亜人に対して思い入れはありませんが、もしも恨みがあればさきほどの発言を亜人擁護と捉えるかもしれません。それはあなたに不利益を招き、ひいては勢力に不利益を招きます。皇子方のことを思うならば個人的な考えを表に出すときは見計らうべきでしょう」
「そ、そうですね……たしかにそのとおりです。失言でした……」
シュンと小さくなるフィーネを見て、リンフィアは自分が何か悪いことをしたかのような気分になった。しかしそれでもリンフィアはフィーネを慰めたりはしない。
村を助けると言ったアルから、フィーネを頼むと託された以上、フィーネに対して責任があるとリンフィアは感じていた。
冒険者である以上、報酬分の仕事はしなくてはいけない。
最低限、勢力を守り、フィーネに手柄を立てさせる。これくらいをやらなければ報酬分とは言えない。
なにせアルはすでにアベルのパーティーを指名して高額報酬で村の護衛につかせていた。
それはどれほどの功績も霞んでしまうほどの大金だった。
シルバーとして莫大な財産を保有しているアルだから出せたもので、一介の皇子ではかなりきつい金額といえた。だからリンフィアは無理をしてアルが捻出したと考えたのだ。
それがリンフィアの責任感を刺激していた。
「相手は大商会を束ねる代表です。不用意な発言をすれば丸め込まれる可能性が高いかと。気をお引き締めください」
「は、はい!」
フィーネの顔が引き締まったのを見て、リンフィアはコクリと頷く。
それと同時に乗っていた馬車が止まった。
亜人商会の帝都支部に到着したのだ。
■■■
帝都の一等地にある支部は閑散としていた。
人もほとんどいないのだろう。
支部に入ると代表の秘書と思われる金髪のエルフが二人を案内する。
誰もしゃべらない。
そのままそれなりに大きな支部の奥まで行き、赤い扉の前で秘書は足を止めた。
「こちらで代表がお待ちです。どうぞおはいりください」
「はい」
そう言って秘書が扉を開く。
二人は部屋の中に入るが、部屋には人が見当たらない。
気づいたときにはもう秘書は下がったあとだった。
「部屋を間違えてしまったのでしょうか?」
「向こうが指定した以上、そんな間違いはしないかと。あえて会談相手を待たせるのはよくある手です。座って待ちましょう」
落ち着いた様子でリンフィアはフィーネをソファーに座らせる。
フィーネは少し迷ったあと、テーブルの上にあった道具を使って紅茶を淹れ始める。
「リンフィアさんもどうですか?」
「今の私は護衛ですから。帰ってからいただきます」
「そうですか……一人で紅茶を飲んでも楽しくないのですが……」
寂しそうにフィーネは淹れた紅茶を飲む。
そんなフィーネの後ろ。リンフィアの横から突然、手が伸びた。
いきなり真横を取られたリンフィアだったが、なんとかその手がフィーネにたどり着く前に払う。
しかし。
「あらら、残念。
そう言っていきなりにリンフィアの横に現れた人物は、フィーネを庇ったせいで隙だらけのリンフィアの後ろに回り込むと両腕をリンフィアの脇から通して、リンフィアの胸を揉み始めた。
「なっ!?」
「うーん、ちょっと物足りない大きさかな? でも成長の余地あり! 頑張れ!」
「くっ!」
不覚を取ったリンフィアはすぐに持っていた魔剣を抜こうとするが、それをフィーネが遮った。
「リンフィアさん。堪えてください」
「フィーネ様……?」
「お初にお目にかかります。フィーネ・フォン・クライネルトと申します。亜人商会の代表とお見受けしましたが、いかがでしょう? それと私の護衛をお放しください。お戯れがすぎれば私は帰らなければいけませんが?」
「あはは、そんな怖い顔しないでって。単なるスキンシップ、スキンシップ。そのとおり、あたしが代表よ」
そう言って苦笑を浮かべたのは銀髪の女性だった。
ウェーブのかかったセミショートに赤紫色の瞳。
大人の雰囲気を醸し出しているが、容姿は非常に若々しい。見た目的には十代後半から二十代前半。しかし、吸血鬼の年齢は予測がつかないためフィーネはそのことについて考えるのはやめた。
その女性は吸血鬼の例にもれず、白い肌に整った容姿を持っていた。おそらくフィーネと並べてみても遜色はない。百人の男がいれば半々に票が別れるだろう。
そんな銀髪の女性は快活で親しみのある笑みを浮かべたあと、自分の机へ向かう。
そしてその机の上に座ると、足を組んでリンフィアとフィーネを真っすぐ見据えた。
「あたしは亜人商会の代表をしているユリヤよ。知ってると思うけど吸血鬼で、好きなものは可愛い女の子とお金。好きなことは可愛い女の子の感触を楽しむこととお金稼ぎ。よろしくねっ!」
あまりにもフランクに自己紹介を始めたユリヤに対して、リンフィアは瞬時に自分の間違いを悟った。
フィーネという絶世の美女を一番連れてきてはいけない場所だったかもしれないと。
しかし、とうのフィーネは気にした様子も気づいた様子もなくすんなりとユリヤの自己紹介を受け入れた。
「私も可愛い女性は好きですよ。ユリヤさん」
「おっ! 気が合うわねぇ。フィーネとはうまくやれそうかもね」
いきなり呼び捨てにしたことをフィーネは咎めることはしない。なのでリンフィアが咎めるわけにもいかず、リンフィアは珍しく対応に困る羽目になった。
そんなリンフィアにユリヤは笑いかける。
「そう緊張しなさんなって。商売の話ならちゃんとするから。あんたたちがあたしに得を持ってきてくれたなら、あたしもあんたたちに得をプレゼントしてあげる。帝位争いで味方欲しいんでしょ? さぁ商談といきましょうか」
そう言ってユリヤは場を支配する。
その様子を見て、リンフィアは再度後悔した。
ユリヤはただの商人じゃない。おそらくフィーネやリンフィアの祖父や祖母よりも長く生きており、小さな商会を亜人限定という縛りをしながら大商会にまで発展させた百戦錬磨の商人だ。
状況的に有利に商談を運べるだろうと思って来てみたものの、ユリヤの態度は余裕そのもの。最初の流れで完全に場を掌握されてしまった。
さて、どうするか。
リンフィアがそう考えたとき。
早々にフィーネが最強のカードを切った。
「交渉材料は私です。私を利用する権利をあげますので、どうかお力添えを」
駆け引きなどない一手にリンフィアは唖然とするが、それ以上にユリヤが驚いていた。
しかし、ユリヤもすぐに立ち直って不敵な笑みを浮かべた。
「そんな権利を貰ったら、あたしは公爵家のお嬢様じゃできないようなこともさせるかもしれないわよ?」
「どうぞお構いなく」
即答だった。
ニッコリと笑うフィーネに今度はユリヤが圧される番となったのだった。