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第二話 一人二役



「真に申し訳ありません!」


 そういってクライネルト公爵は頭を下げた。その横では門番をしていた金髪の青年も頭を下げている。ただ、無理やり連れられてきたようで、いまいち状況がわかってないらしく不服そうだ。

 この状況で不服そうにできるとは大した度胸だ。


「公爵。謝罪はいいからどういうことか聞かせてもらおうか?」

「は、はっ……実は五日前にシルバーが訪ねてきたそうなのですが、この馬鹿息子がよく確認もせずに追い返したそうで……」

「追い返した……?」

「けど、父上! SS級冒険者がいきなり俺たちのところに来ると普通思うか? 偽物だって思うだろ?」

「お前は黙っていろ! 馬鹿息子め! 大して役に立たんから、私がモンスター討伐に出ている間は門番くらいはと任せたというのに! それすらまともにできんとは!」

「だ、だって父上は言ったじゃないか……フィーネに会いにくる男を追い払うのが仕事だって……」

「SS級冒険者を追い返せと言った覚えはない! シルバーの冒険者カードを確認すればいいだけの話であろう!? なぜそんなこともできん!?」

「そ、それは……」


 息子の目が泳ぐ。あれは嘘をつくかどうか迷っている目だな。

 馬鹿な奴はすぐにばれる嘘をつく。ここでシルバーが冒険者カードを出さなかったと嘘をついても、あとでシルバーに確認されてバレるだけだ。こういう場合は素直に頭を下げておくのが一番被害が少ないんだけどな。


「公爵。ご子息への説教はあとにしていただきたい。このようなことを言うのは申し訳ないが、ご子息の失態はあなたの失態でもある」

「そ、それは重々承知しております! アルノルト皇子殿下とレオナルト皇子殿下にはどうお詫びしていいか……」

「詫びだと? 皇子が派遣したSS級冒険者を追い返しておいて詫びだと!? なら訊こう! どう詫びるのだ? 顔に泥を塗られたシルバーはおそらく我々にもう協力しない! それに対する埋め合わせをあなたは何でするというのだ!?」

「それは……この老体の首でお許しください!」

「貴様の首などいらん! SS級冒険者を追い返す無能な息子もだ!」


 俺の言葉にクライネルト公爵は絶望的な表情を浮かべ、息子のほうはホッと息を吐いた。この父親からよくこんな息子ができたもんだ。

 自分の命で償えない以上、クライネルト公爵は別のものを差し出す必要がある。

 そしてそれは公爵家にとって重要であり、かつ俺やレオにとって価値のあるものでなくてはいけない。

 つまり。


「――では私を差し上げます。ですので父と兄をお許しください、殿下」


 そういって部屋に入ってきたのは青のドレスを身に纏ったフィーネだった。

 間近で見るとその美しさに驚嘆を禁じ得ない。こんな状況だというのにフィーネから目が離せなかった。

 長い金髪は微かに波打っており、光に反射して淡く輝いている。海のように深い蒼色の瞳は優しげで何もかも包み込むような包容力のある光を放っていた。体は小柄だがドレスの上からでもグラマーなのがわかる。

 その顔はやや緊張で強張っているが、その程度では彼女の美しさは欠片も薄れない。正直、くれるというなら喜んでいただきたい。男なら誰もがそう思うだろうし、思わず本能に従って返事がこぼれかけた。しかし、そんな本能に従ってる場合じゃない。

 フィーネの登場は俺にとって予想外だった。もう少し公爵を追い詰めてから帝位争いに助力することを要請するつもりだったんだが。


「ふぃ、フィーネ!? お許しください! 殿下! 娘はまだ子供なのです!」


 膝をついて懇願する公爵の姿は必死であり、娘への愛情が伝わってくる。失態を犯した息子の首ではなく、自分の首を最初に出したように良き父親なんだろう。

 そんな公爵をフィーネも守ろうと膝をついて懇願してきた。


「どうか父と兄をお助けください! 私もシルバー様がいらっしゃったときに姿を見ているのです! 罪があるならば私も同罪です!」

「い、妹は悪くありません! 俺のせいです! どうかお許しください!」


 しまいには息子のほうまで膝をついた。

 これはあれだな。完全に俺が悪人だな。

 こういう展開になるとは思わなかった。もうちょっと公爵と心理戦になるとか思ったんだが。

 助けを求めるようにセバスを見ると、セバスは呆れたようにため息を吐いてから口を開いた。


「殿下。公爵家の方々がこうまでしているのです。お怒りをお鎮めになってはいかがでしょうか?」

「許せというのか? コケにされたも同然だぞ!? この一件を許せば、今後俺たちは一切の威厳を示せなくなる!」

「内密に処理をすればよいのです。この一件はなかったことに致しましょう」

「シルバーはどうする!?」

「あれで義理堅い男です。一度受けた依頼を放棄はしないでしょうし、まだ近くにいるかもしれません。人を使って探してみましょう。誠意をもって謝罪すればシルバーも納得してくれるかと」

「それでシルバーがこの領内の問題を片付けたとして、我々がクライネルト公爵家にコケにされた事実は消えないぞ?」


 良い感じで落としどころが見えてきた。

 あとはセバスが俺の独断を指摘すれば俺も引っ込むことができる。

 まぁ公爵家からは俺が弟の威を借りている小物に映るだろうが、それは望むところ。

 あくまで帝位争いに加わるのはレオ。俺じゃない。


「それについては後日、レオナルト殿下を交えて協議すればよろしいかと」

「あいつと協議なんて無駄だ! 何でも許す奴だぞ!?」

「そういうお方だから人が集まるのです。それにアルノルト殿下。たしかにあなたはレオナルト殿下の兄上にあたりますが、人が集まっているのはレオナルト殿下のもとです。いくら兄上とはいえ、レオナルト殿下に黙って公爵家との関係を悪化させればお立場が悪くなるかと」

「ちっ……わかった。お前の言う通りにしよう。公爵、人を使ってシルバーを探してくれ。見つけたら俺が話をつける。セバスお前も手伝ってこい」


 渋々といった演技をしつつ俺は話をまとめる。

 あとはシルバーとしてこの領地の問題を解決すれば、クライネルト公爵はレオの味方となる。

 帝位争いの出だしとしてはまずまずの一歩といえる。

 そんなことを思いながら俺はこの後、どうやって一人二役をするべきか頭を悩ませたのだった。




■■■




「普通にまだ領都にいたのか。意外だったぞ」

「誰かしらが派遣されてくると思ったのでな。そういう意味では出涸らし皇子が来たのは俺も意外だった」


 領都にある平凡な宿屋。そこにシルバーはいた。正確にはそう見せかけた。

 古代魔法で店主の記憶を弄り、五日前から変な恰好の客が泊まっていると思わせたのだ。それをセバスが発見したように見せかけ、俺はシルバーとして対面した。


「それで? そちらの御令嬢は?」

「お初にお目にかかります。シルバー様。フィーネ・フォン・クライネルトと申します」

「見るのは初めてじゃない。五日前、あなたとは目があった」


 そんなことを言われてフィーネが微かに怯む。

 まだ十六歳の少女にとって、SS級冒険者と話すというのは酷な課題だ。ましてや自分たちに非がある状況で許してもらおうとするのは難題といえる。

 クライネルト公爵はモンスターへの対処があるため、手が離せないそうだ。だからシルバーへの説得は俺だけでいいと言ったのだがフィーネは公爵家の代表としてついていくと言い張った。

 おかげで俺は幻術魔法でシルバーを作り出し、フィーネの前で一人二役を演じているわけだ。シルバーを幻術で作り出している理由は、万が一バレてもシルバーなら警戒していたと言い訳できるからだ。逆パターンだと、俺が姿だけでなく声まで再現できる超高度な幻術魔法を使えることを突っ込まれてしまう。

 ちなみに声でバレることはない。シルバーの銀仮面は超強力な魔導具だ。声はもちろん変化されるし、体臭や相手への印象にすら影響を与える道具のため、一緒にいても同一人物だとは絶対に思われない。


「……我が公爵家の御無礼……まことに申し訳ありませんでした……」

「謝罪は結構だ。すでにあなた方への評価は地に落ちている。領民を思う賢明な公爵家と聞いていたが、それも評判だけだったようだしな」

「それは……」

「モンスターに苦しむ土地に冒険者が流れてくるのは珍しいことじゃない。本当に民を思うならばどんな冒険者でも受け入れる準備をしておくべきだろう。あなたの兄上が俺を追い返したのはそういう準備を公爵が怠ったからだ」


 ここが大切なポイントだ。

 息子の過失ということにはせず、公爵家全体の責任ということにする。そうであれば息子を処断するだけでは事は収まらない。まぁ、あの公爵ならそんなことはしないだろうけど。


「ごもっともです……私たちクライネルト公爵家が至りませんでした……」


 項垂れるフィーネを見て俺はそろそろかとシルバーに提案する。

 ここに来たのはシルバーを説得するため。俺がシルバーをなんとか説得したと見せかければ目的達成というわけだ。

 セバスをこの部屋に連れてきてないのは、それを達成するための三文芝居を見られたら何を言われるかわかったもんじゃないからだ。なにせ俺はこれから俺を説得するのだ。


「シルバー。まだ依頼を継続する意思はあるか?」

「なければここにはいない。しかし、その前に確認しておかなければいけないことがある」

「なんだ?」

「公爵家を味方に引き入れることはできたのか? 出涸らし皇子」

「……確約はしてもらっていないな」

「やはり出涸らし皇子か。弟には遠く及ばんな」


 シルバーはこれ見よがしにため息を吐く。

 自分で自分を貶すというのは不思議な気分だが、こういう風にシルバーがいっておけば公爵家の協力はほぼ確実に得られる。


「必ず協力はしてもらう。安心してほしい」

「全面的な協力を約束してもらうのだな。それがあれば依頼を果たそう。俺は俺の事情でお前の弟に皇帝になってもらわなければいけない。わざわざ帝都を出てこんなところまで来たのも、レオナルトの味方となる公爵家を作りたかったからだ。評判どおりの公爵家ならば恩義に報いて、レオナルトに協力すると踏んでいたが、この公爵家は評判倒れだ。ちゃんと誓紙でも書かせなければ裏切るやもしれんぞ?」

「我が父はそのようなことはいたしません!」

「抗弁は無駄だ。フィーネ嬢。あなた方はすでに俺の信用を失っている」


 シルバーは淡々と告げる。

 こういう風に言っているのはわけがある。

 シルバーは乗り気でなかったが、こちらが説得したという風にしたかったからだ。そのことはフィーネの口から公爵の耳にも入るだろう。当然、シルバーの狙いもだ。

 ここまですれば間違いなく公爵はレオの側につく。回りくどいかもしれないが、それだけクライネルト公爵というのは帝位争いには重要な人物だ。


「シルバー。それを約束させなければ手伝う気はないというのか?」

「無論だ」

「……そこを曲げてモンスターの討伐を受けてほしい。俺が必ず公爵は味方につける」

「……出涸らし皇子に期待しろと? 無茶な要求だと自覚しているか?」

「もちろんだ。それでも頼む。このとおりだ」


 そう言って俺は頭を下げる。

 元々プライドとは無縁の俺は誰にだって頭を下げれる。ましてや自分が作った幻術に頭を下げるなんて痛くもかゆくもない。


「すぐに頭を下げるあたり、本当に皇族としての誇りがないらしいな」

「ここにレオがいたら、レオもこうするはずだ……。俺を信頼できないのはわかってる。だが、これでもレオの兄なんだ。最低限の仕事はしてみせる。だからモンスターを討伐してほしい。これ以上、この問題を長引かせたくはない」

「……まぁいい。冒険者としてこれ以上、モンスターを野放しにもできんからな。依頼は受けよう。ただし、フィーネ嬢。公爵家には期待している。そのうえでの協力だと忘れるな」

「あ、ありがとうございます! 必ずやご期待にそってみせます!」


 こうして俺たちはシルバーの説得を終えて、宿屋を出た。

 外でセバスが待機させていた馬車に乗り込むと、俺は深く息を吐いた。

 それを見てフィーネが申し訳なさそうに頭を下げた。


「ありがとうございます……」

「……? どうして君が礼を?」

「皇子は私たちのために頭を下げてくださいました……。私たちのせいでご苦労をおかけしているのに、領民のためにシルバー様の説得までしてくださったのです。お礼は当然です」


 なんか盛大な勘違いをされているな。

 この子もレオと同じで何事も良い方にとらえるタイプか?

 これは訂正しなきゃだな。良い人と誤解されているとこれから動きづらくなる。


「俺が頭を下げたのは俺のためだ。君が思うような理由じゃない。勘違いだ」

「そうですか……。では勝手に勘違いしておきます。私は……少し皇子を誤解していました。怖い方と思っていましたが、そうではないのですね」

「いや、だから……」

「はい。私の勘違いです。皇子はご自分のために頭を下げられたのでしょう? 領民のためでもなく、ましてや私たちのためでもない。ですが……勘違いはお許しくださいますよね?」


 そういってフィーネは柔らかな笑みを浮かべる。

 その笑みはかつて皇帝に蒼鴎の髪飾りを贈られたときに浮かべ、帝都の民を魅了した笑顔よりもずっと自然でずっと美しかった。

 感動したと言えばいいだろうか。かつて母に連れられて数十年に一度の流星群を見たときもこんな感動を受けた。雲一つない壮大な夜空を埋め尽くす流れ星。それはただ綺麗で素晴らしいものだった。それらを見たことによる嬉しさ、喜び。そのとき感じたものと同種のものがフィーネの笑みを見て湧き上がってきた。

 不覚にもその笑みに見惚れてしまった俺は、赤くなった顔を見られないために視線を外にそらす。

 そのせいで勘違いを訂正する機会を失ったわけだが。

 フィーネに良い方に勘違いされるのは悪くはないかと思ってしまい、結局、その後もフィーネの勘違いを正すことはできなかった。

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