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第十九話 三人の母

ここから第二部!

 騒動から二週間ほどが経った。混乱が大きかったため帝位争いに目立った動きはない。

 そんな中、俺とレオは二人そろってとある場所を訪れていた。

 そこの名は後宮。

 皇帝の妃たちが住む場所だ。

 帝剣城の後ろにあるそこは、皇帝と皇帝に許可された者しか足を踏み入れることはできない女の宮殿だ。

 ここに俺たちがやってくる理由は一つしかない。

 母に会うためだ。

 会うのはいつぶりだろう。三か月ぶりくらいかもしれない。まぁ久々なのは俺だけだけど。

 レオは暇を見つけては会いに来ているそうだ。まめなことだ。


「母上、アルとレオがご挨拶に参りました」

「いらっしゃい。お菓子を焼いたわ。食べていきなさい」


 この後宮において、久々に会った息子にそんなフランクな言い回しをするのはこの母くらいだろうな。

 名はミツバ。長い黒髪に黒い瞳。二人の大きな息子がいるとは思えないほど若々しく美しい。本人いわくそこらへんは気を遣ってるらしい。

 東方出身の踊り子で、その美貌に惚れてしまった父上がその場で求婚した伝説の踊り子だ。今でも帝都ではその話が好まれる。

 まぁ伝説なのはその求婚への切り返しが、子供の教育に口を挟ませませんが構いませんか? という常軌を逸したものだからなんだが、まぁこの母らしいといえばこの母らしい。

 実際、この母は教育に関して一切、皇帝に口を挟ませなかった。

 おかげで俺みたいのが出来上がったわけだが、レオは立派になったしトントンといったところだろう。

 俺たちは用意されていた机に腰かけ、お菓子をつまむ。すると。


「そういえば久々ね。アル」

「ええ、お久しぶりです。母上」

「久しく顔を見せてなかったのは遊ぶのが楽しかったせい? それとも恋人でもできたの?」

「前者ですね」

「面白味のない答えね。あなたたち二人は女っ気がなさすぎるわ。浮いた話くらい母に聞かせなさい」


 ときおり、この人は自分の息子が皇子だということを忘れてるんじゃないかと思えるときがある。

 俺はともかくレオに恋人がいたら一大事だ。家柄から何から調べなきゃ駄目になる。

 まぁそういうところを一切気にせず、普通の子どもとして育てられたのが俺たちというわけだ。必要最低限の礼儀作法なんかは教えられたが、強制的に教えられたのはそれくらいだ。

 この人の教育方針は、子供がやりたいならやらせる、だった。こんな母だから家庭教師の授業がつまらなくて逃走しても怒られることはなかった。ただ、将来必要だと思ったら勉強しなさいと毎回言われるだけだった。

 今考えると恐ろしい。皇子の教育を何だと思っているのやら。

 自主性に任せた結果、兄はぐうたら、弟はきっちりと育ったわけだ。完全に性格が出たといえるだろうな。


「それはそうと、二人で改まって来た理由はなにかしら?」

「母上。この度、僕が全権大使に、兄さんがその補佐官に任じられました。おそらく近いうちに国を離れることになるかもしれません。そのご報告に参りました」

「あら? そうなの? じゃあ私、お土産なら食べられるものがいいわ。置物とかもらっても困るもの」

「はぁ……」


 よくもまぁこんな性格なのに後宮内で生活できるな。

 現在、後宮内も勢力争いの最中だ。自分の子供を皇帝につかせたい母親たちが陰謀を企てているらしい。後宮をまとめる皇后と皇帝の目があるため、そこまで表立って動くことはないが慎重な立ち回りを要求される場所であることは間違いない。


「母上、あの心配ではないのですか?」

「心配してほしいの? レオも子供ねぇ。もう十八の子供にあれこれ言う気はないわ。陛下があなたたちに仕事を任せたなら、できると判断したからよ。私はその判断を信じるわ」

「そうですか……では僕も自信をもって仕事に当たります」

「俺はついでに指名されたようなもんなんで、適当にやります」

「好きになさい。失敗しても殺されはしないわ」


 紅茶を飲みながらそんなことを母上は言った。

 ほかの人なら絶対に失敗は許されないとか、陛下へのアピールチャンスとか言うんだろうに。

 そんなことを思っていると部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

 母上が返事をすると、扉が開く。そしてひょっこりとクリスタが顔を出した。


「あら、クリスタ。いらっしゃい」

「お母様!」


 いつもは見せない明るい表情でクリスタは母上のところに駆け寄ると、座っている母上の膝の上に乗った。

 小柄なクリスタは母上の膝で安定すると、机の上にあるお菓子をじっと見続ける。

 一応、俺たちのために用意されたものだという意識はあるらしい。


「食べていいわよ。アルもレオもあんまり食べないから」

「ホント? アル兄様、レオ兄様」

「ああ、いいぞ。好きに食べろ」

「僕はもうちょっと食べようかなぁ。一緒に食べようか、クリスタ」

「うん!」


 そう言ってお菓子に手を伸ばすクリスタは本当に落ち着いている。

 まるで本当の母親のところにいるみたいだ。

 クリスタの母はクリスタが幼い時に亡くなっている。そのときにクリスタを育てると言ったのが母上だった。

 それ以来、クリスタは母上を本当の母のように慕っているし、俺たちもその関係で懐かれているというわけだ。


「そういえばエルナが挨拶に来たわ。アルについて謝っていたけれど、なにかしたのかしら?」

「ええまぁ、余計なことをしてくれましたね。おかげで補佐官なんて面倒事を任されてしまいました」

「兄様は面倒くさがり……めっ!」


 クリスタがうさぎのぬいぐるみの腕を俺に向けてくる。

 どうやらぬいぐるみが叱っている設定らしい。顔をしかめると全員が笑う。

 そんな穏やかな時間はすぐに過ぎ去った。

 もうそろそろお暇するかと思ったとき、母上が唐突な質問をしてきた。


「そうそう。聞いておこうと思ってたのよ」

「なんです?」

蒼鴎姫ブラウ・メーヴェはどちらの妃になるのかしら?」

「「ぶっ!!」」


 俺とレオは二人して同時に紅茶を噴き出してしまった。

 むせながらクリスタが差し出したタオルで口を拭く。

 いきなりなんだ、この母親は。


「フィーネさんはそういう相手ではありませんよ、母上……」

「でも女性をさん付けなんて珍しいじゃない。さてはレオのほうが優勢なのかしら?」

「まぁ民の間じゃお似合いって言われてるしな」


 ここぞとばかりにレオに押し付ける。

 レオは裏切ったな!? と言わんばかりの顔をするが、こんな面倒な話に関わるのはごめんだ。

 さっさと立ち去ったほうがいいなと思っていると、思わぬ伏兵が俺の邪魔をしてきた。


「お母様。フィーネはアル兄様のお友達」

「まぁ! そうなの?」

「そう。フィーネはすっごく綺麗で、アル兄様とお似合い」

「あらあら」

「いやいや……」


 あなたも隅に置けないわね、みたいな視線を向けてくる母上に俺は困惑する。

 よくもまぁ小さな女の子の話を鵜呑みにできるな。フィーネと俺がお似合い? 帝都でそんな話をしたら笑われるぞ。


「クライネルト公爵との関係で一緒にいる時間が長いだけです。何もありませんよ」

「それでも帝国一の美女よ? ねぇ? クリスタ」

「うーん……お母様のほうが美人!」

「ありがとうークリスター。母もクリスタが一番美人だと思うわー」


 なぜか抱き合う二人を見て、俺はため息を吐くと立ち上がって一礼してその場を後にする。


「もう行くの?」

「だいぶいたからな。今日は人と会う予定もある。お前はもうちょっといてやれ」

「アル兄様、またね」

「ああ、またな。母上も」

「ええ。体に気をつけなさい。あなたはいつも無理をするんだから」

「無理なんてしたことは人生で一度もありませんよ。適当に生きてきましたから」

「そう? まぁそういうことにしておくわ。それじゃあ頑張りなさい」


 そう母に送り出された俺は後宮を出るとひとつ気合を入れた。 

 まだまだこれからと思えたのだ。

 あの空間を保つためだ。

 休んではいられない。


「セバス」

「はっ」

「中立貴族の弱みを探れ。帝都にいる間にできることはやっておくぞ」

「かしこまりました」


 こうして俺の暗躍はまた再開したのだった。


 

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