第一話 暗躍開始
「自らがSS級冒険者のシルバーであると明かされてはどうです?」
「却下だ」
自室に戻った俺はセバスと今後のことを相談していた。
俺がシルバーであると知っているのはセバスのみだ。たしかに正体を明かすのはメリットがある。だが、同時にデメリットも存在する。
「曽祖父は古代魔法に没頭し、その果てに狂った。それ以来、皇族の間では古代魔法はタブーだ。そして俺が使うのはその古代魔法。皇帝を目指すレオにとって、そんなのが双子の兄だとバレるのはよろしくない」
「しかし、シルバーには実績と名声があります。帝国史上最高の冒険者とさえ言われているのです。レオナルト皇子の後押しになるはずでは?」
「まだ早い。それはどうしようもなくなってから使う最後の手だ。レオが皇帝を目指す以上、俺はしばらく無能な皇子でいたほうが何かと都合がいい」
「しかし……」
「そっちのほうが俺はやりやすいんだ」
「……そういうことでしたらこれ以上は申し上げません。しかし、どうなさるおつもりですか? あなたが正体を明かさぬなら打てる手はほぼありませんが?」
セバスの問いかけに俺は顎に手を当てる。
それが一番の問題だ。レオの派閥は弱小。これを手っ取り早く大きくしようと思ったら有力者を取り込むしかない。
「セバス。公爵家で帝位争いに関わってない家はあるか?」
「一切、帝位争いに加わっていないのは一つだけです」
「その家は?」
「クライネルト公爵家です」
なかなかどうして、名門の家名が出てきたな。
公爵家というのは皇族の親戚、または血縁関係にある家だ。帝位にはつかなかったが、優秀と判断された皇帝の兄弟たちに与えられる。著しい功績を残した者が公爵位につくこともあるが、そのときも皇族が伴侶として与えられるため、皇族の親戚という認識で問題ない。
そんな公爵家にとって、帝位争いというのは重要なイベントだ。
次の皇帝に恩を売れれば見返りも大きい。だからどんな公爵家でも少しは後継者候補に接近する。それをまったくしないということは、それ以上の問題があるからだ。
「この時期に何もしないってことは何か悩みの種があるな?」
「御明察です。領内に性質の悪いモンスターが出ているようで、冒険者に頼っていますが解決の糸口も掴めないそうです」
冒険者ギルドは大陸全土に支部を配置している。
帝国もあちこちに支部を置いているが、支部ごとに実力はまちまちだ。
帝国の支部は帝都以外はあまりレベルは高くない。帝都の支部も俺が平均を押し上げているだけで、ほかの支部よりやや上くらいだ。
理由は帝国があまりモンスターが発生する土地ではないからだ。モンスターがいないということは需要がないということ。力のある冒険者はもっとモンスターが多い場所へ移っていく。
そのため帝国は一度モンスターが発生すると解決に時間がかかる傾向にある。よその冒険者を連れてくるには金がかかるからだ。
「俺がいって解決するか」
「それは良き案だと思いますが、どうやってシルバーとレオナルト皇子を結びつけるのですか?」
「レオから頼まれたといえばいいさ。レオにはあとで上手く説明する。問題ない」
「帝都を動かぬSS級冒険者を動かせるとなればレオナルト皇子への警戒は強まります。そうなればアルノルト皇子とシルバーとの関係も露見しかねませんよ?」
「警戒させておけばいい。シルバーと関係があると思えば、迂闊には手を出せない。シルバーの正体も問題ない。俺が気をつければいいだけだ」
「自信がおありなら止めはしません。しかし、公表するのと露見するのでは天と地ほどの差があることをお忘れなきように」
「わかってる。そんじゃいっちょクライネルト公爵のところへ行ってくるか」
そういうと俺は慣れた手つきでシルバーへと服装を変えると、セバスに後を頼んで転移に掛かる。
もはや廃れた古代魔法文明時代の魔法。古代魔法と呼ばれるそれは、現代魔法と比べて扱いが難しく、素質によるところが多い魔法といえる。だが、その効果は絶大。
俺の転移魔法の効果範囲はほぼ帝国全土。つまり俺にとっては帝国は庭と同じというわけだ。好きなときに行き、好きなときに帰ってこれる。代償としてとんでもない量の魔力を持っていかれるが、そこは目を瞑るしかない。
そんな大魔法の準備に入った俺にセバスは真面目な表情で忠告してきた。
「そういえばクライネルト公爵の御令嬢はかの
「セバス。前から思っていたが、お前は小言を言わないと気が済まないのか?」
「それが私の役目ですので」
「はぁ……あとは任せたぞ」
「御意」
さっさと転移魔法を完成させた俺は、帝都から最低でも五日はかかるクライネルト公爵領へと飛んだのだった。
■■■
クライネルト公爵は帝国の西側に広大な領地を有している。その領内の中心にして領主が住む都〝領都〟に飛んだ俺は、すぐさま公爵の屋敷を訪ねた。
しかし。
「SS級冒険者のシルバーだ。公爵に会いたい」
「お前があのシルバー? 冗談はよせ。そんな大物が訪ねてくるなら冒険者ギルドから何日も前に連絡が届く。悪戯はよして帰るんだな」
金髪の若い門番にそうあしらわれた。
一瞬、こいつ丸焼きにしてやろうかとも思ったがそんなことすればわざわざここまで来た意味がなくなる。
俺は苛立ちを抑えつつ、冒険者の身分証として機能する冒険者カードを取り出す。
ここには冒険者の名前とランク、その他もろもろが書かれている。ギルドの秘術によって作られるためこのカードは偽造不可能だ。
これを見れば。
「カードなんて見せなくていい。早く帰れ! 今は忙しいんだ!」
「なっ!?」
目を通すこともせずに門番は俺を追い返す。
その態度に俺は頬を引きつらせるが、同時に好機とも感じていた。
元々、助けて恩を売るつもりだったが、こういう展開ならもっと恩を感じさせる方法があるな。
「こっちはレオナルト皇子がわざわざ頼んできたから出向いたというのに……あの皇子はお人よしが過ぎるようだな。公爵に伝えておけ。俺と皇子の面子を潰したな、とな」
「伝えるわけないだろ! ほらさっさといけ!」
門番は終始横柄な態度のままだった。クライネルト公爵はたしかに名門だ。その歴史はそんじょそこらの貴族では足元にも及ばない。
そんな名門の屋敷の門をよくもまぁこんな奴が守ってられるな。モンスターのせいで人手不足なのかもしれない。
ま、ほぼこいつの責任ではあるが、家臣の失態は公爵の失態に等しい。公爵には可哀想だが慌ててもらうとしよう。
仮面の奥で打算的な笑みを浮かべていると、屋敷の二階の窓からチラリと少女の姿が見えた。
金の髪に蒼い目の少女は遠目で見てもとても美しかった。その姿には見覚えがある。
二年前、皇帝が国の細工師たちに鳥を象った髪飾りを作れと命じた。そしてその中で見事な蒼色の鴎を象った髪飾りが皇帝の目に留まった。
いたくそれを気に入った皇帝は、国一番の美女が身に着けるに相応しいといって国中の美女を帝都に集めた。そのときまだ十四歳でありながら、絶世の美女として選ばれたのがクライネルト公爵の娘であるフィーネ・フォン・クライネルトだ。
蒼い鴎の髪飾りを贈られた彼女は
二年経って、より一層美しさが増している。
けど。
「確かに美しいけど、セバスの言う通り見惚れてる場合じゃないしな」
セバスの小言を思い出し、俺は名残惜しさを感じながらその場を後にすると再度転移魔法を使って帝都に戻ったのだった。
「……お早いお戻りですな」
「ちゃんとやることはやってる! クライネルト公爵領に向かうぞ。準備しろ」
「……今いってきたのでは?」
「シルバーはな。今から行くのはアルノルト皇子だ。ふっ、これで公爵はレオに泣きつくしかなくなる。もはや味方に引き込んだも同然だぞ」
「悪い笑みを浮かべてますぞ?」
セバスの言葉を無視して俺は旅の支度を始める。
鼻歌混じりで支度をする俺を見て、セバスは呆れたようにため息を吐くが何も言わずに自分も準備を始めた。
そして俺たちはそこから馬を飛ばし、五日の道のりを経て再度、クライネルト公爵領に入ったのだった。
■■■
クライネルト公爵領の都に入り、屋敷へ向かうと俺はクライネルト公爵直々に出迎えを受けた。当然だ。そうしてもらうためにわざわざ行くことを伝えてあるのだから。だが、クライネルト公爵がそうやって出迎えに出てくるのは皇族を立てているからだ。ほかの公爵ならこうもいかない。
帝位争いに加わっておらず、しかも俺の評判はすこぶる悪い。遊んでばかりの放蕩皇子。弟にすべてを持っていかれた出涸らし皇子。こんな奴を皇子というだけで丁寧に出迎えるのは、それだけクライネルト公爵が礼儀を重んじているからだろうな。
「皇子殿下。お久しぶりでございます」
「久しいな。クライネルト公爵。いつぶりだ?」
「殿下が十歳の誕生日をお迎えになったとき以来でございます」
整えられた金髪と同じ色の口髭を蓄えた壮年の男性。
エルマー・フォン・クライネルト公爵だ。
若くして公爵位を継いでから領地を数十年も治めている領主であり、温厚な性格で民はもちろん貴族たちからも評判はいい。現皇帝からも信頼されている公爵の一人だ。
「そんなになるか。帝都から出ることがほとんどないからな、俺は。ついつい領地にいる公爵たちとは疎遠になってしまう。許してほしい」
「滅相もございません。領地に掛かりきりで帝都に顔を出せない私が悪いのです」
形式的な会話をしながら俺と公爵は屋敷に入る。
周りに側近たちが付き従うが、客間に入ったところで公爵と俺とセバスのみになる。
「さて、公爵。あまり時間がない。用件を言わせてもらおう」
「はい、殿下。此度は何用で我が領地に?」
「何用とは公爵も人が悪いな。もちろん対価の話だ」
「対価?」
「弟のレオナルトがそういうことを望んだわけじゃないが、帝位争いの最中ではそうも言ってられない。だから俺が催促にきた。クライネルト公爵、恩義を感じるならばレオに助力してほしい」
「お、お待ちください。恩義とは?」
「……公爵。知らぬ存ぜぬで誤魔化す気か?」
状況をまったく理解していないクライネルト公爵は困惑した表情を浮かべている。
シルバーを送り出した俺たち側と、シルバーが来たことを知らない公爵では話が通じるわけないのだ。そんなことはわかってる。わかっているが、すぐに互いの認識の違いにたどり着いては問題が軽くなってしまう。
「あなたは皇帝陛下はもちろん、多くの者から信頼を集める公爵だ。それがわかっていたからレオは善意で動いたというのに、それに対する返礼がこれとはどういった了見だ?」
「アルノルト殿下。私には本当にわからぬのです。申し訳ありませぬが、私を含めて我が公爵家はレオナルト殿下に何かしていただいたことはございません」
「なにぃ?」
もはや我慢ならぬといった様子で俺が一歩前に出る。
その瞬間を待っていたセバスがタイミングよく俺を制止した。
「殿下。どうやら公爵は本当に何も知らぬご様子です」
「知らないで済む話か!? レオはわざわざSS級冒険者を動かしたんだぞ!? しかも帝位争いに巻き込まれ、自分が一番困っているときにだ! だからこそシルバーも動いてくれた!」
「し、シルバーとは、あのシルバーでしょうか?」
「ああ、そうだ! レオはあなたが領内でモンスターに困っていると聞き、自筆の手紙でシルバーに公爵の下へ行くことを要請した。それに対してシルバーもすぐに対処すると答えてくれた。シルバーは古代魔法の使い手。失われた転移魔法も使うと聞く。来ていないはずはない!」
「そ、それは真ですか!?」
「俺が嘘をついているとでも言うつもりか!?」
激怒した演技を続けながら、俺はセバスに目配せする。
心得たとばかりにまたセバスが助け船を出した。
「殿下。あまり怒ってはいけません。公爵の御様子を見れば嘘をついていないことはわかりましょう。なにかあったのかもしれません。公爵に調べるお時間を与えてもよいのではありませんか?」
「調べる時間? 調べた結果、何もわからなかったらどうする?」
「そのときはシルバーに直接聞けばよろしいかと。レオナルト殿下のお召しならシルバーも姿を現すでしょう」
「ふん! セバスがこう言っているから時間をやろう。ただし何か隠そうとすればわかっているな? シルバーに直接聞きにいく。その結果、あなた方に問題があれば今後一切、冒険者はあなたの領内には寄り付かなくなるぞ」
「……心得ました。至急、家の者を集めて情報を集めます。しばしお待ちくださいませ」
クライネルト公爵は慌てた様子で部屋の外に出ていく。
帝位を直接争っているわけではない俺の言葉くらいじゃ、公爵も動揺しなかっただろうが問題なのはシルバーが関わっているということだ。
SS級冒険者は大陸で僅か五人。モンスター退治に関しては最高峰の人材だ。金を積めば動いてくれるというものでもないし、冒険者たちのトップと言っても過言ではない。そんなシルバーの顔に泥を塗れば冒険者たちはそこに寄り付かなくなる。シルバーですらそんな扱いを受ける場所にほかの冒険者たちが寄り付くわけがないのだ。
「上手くいったな」
「お人が悪い作戦ですな。ほぼ自作自演の茶番ではありませんか」
「自作自演とはひどいな。シルバーを追い返したのはこの家の者だ。俺はその傷を広げただけであって、傷を作ったのは俺じゃない」
「追い返されたなら忍び込めばよいでしょうに。好機と見てわざわざ引き下がったのでしょう? しかもレオナルト殿下の人柄の良さが際立つように横柄に振舞っても見せた。大した策士ぶりとお褒めしておきましょう」
「それが俺の役割だ。レオは人が良すぎる。綺麗過ぎる水に棲める魚は少ない。水を汚してやる奴も必要なのさ」
「それがご自分の役割だと決めているのなら止めはしませんが、損をするのはご自分ですぞ?」
「いいさ。今、必要なのはレオの評判だ。俺の評判がいくら落ちようと気にはしない」
「私は気にします。あなたの御母上やレオナルト殿下もです」
「三人も気にしてくれれば十分さ」
そんな会話をしていると公爵の大きな怒声が聞こえてきた。
「この馬鹿息子が!! 我が家を滅ぼすつもりか!?」
どうやら公爵の情報収集は終わったらしい。
さてさて、ここからどう出てくるかな。