第十八話 策士策に溺れる
三万ポイントちょうどになった瞬間を見ました。得した気分( *´艸`)
騒動が起きてから三日。
皇帝の子供たちの中では一番最後に俺はキールの街に到着した。
ほかの子供たちは防衛戦には間に合わなかったものの、ずっと騎士と共に駆け続けていたため、その日の夜にはほぼ揃い踏みだったそうだ。
「また馬鹿にされますな」
「させときゃいいんだよ。させときゃ」
馬車の中でそんな会話をセバスとしながら俺は屋敷の前で馬車を降りる。
すると珍しく出迎えの人間たちがいた。
「兄様……!」
「おっとクリスタ。どうした?」
「怖かった……」
いつもどおり兎のぬいぐるみを持ったクリスタが、トテトテと駆け寄ってきて抱きついてくる。
そんなクリスタの頭を何度か撫でたあと、俺は手を繋いで進む。
出迎えに出てきたのはフィーネとレオ。そして。
「お帰りなさい。アル」
「お帰りなさいませ。アルノルト殿下」
「ああ、ただいま」
エルナとその部下たちが整列して出迎えてくれた。
見た限り怪我をしている者もいない。そのことにホッと息を吐くと俺はレオのほうを向いた。
「エルナたちは当然として、よく間に合ったな?」
「シルバーが協力してくれたんだ」
「さすがはSS級冒険者。人間が出来てるなぁ」
「アル。あんな男のどこが人間出来てるっていうの?」
不満そうな表情をエルナが浮かべた。
それに対して肩を竦めながら答える。
「助けてくれたじゃないか。帝国を」
「気まぐれよ、あんなの。私にはわかるわ」
「気まぐれでもいいじゃないか。助かったんだし、なぁクリスタ?」
「うん」
「ほれ見ろ」
「く、クリスタ殿下と意見を合わせるのはずるいわよ!」
そんな会話をしながら俺たちは屋敷の中へと入る。
途中、フィーネと視線が合うと柔らかい微笑みが返ってきた。自分は後回しでいいというところか。都合のいいように解釈しつつ、俺は手を離さないクリスタと共に屋敷の奥に進む。
事前に俺が到着次第、父上が会議を始めることを告げていたからだ。
だが。
「遅い帰還だな。アルノルト。何をしていた?」
「これはエリク兄上。お供の騎士がいなかったので迎えを待っていました。到着が遅れたことお詫びいたします」
「詫びなどいらん。申し訳ないとも思っていないのだろ?」
眼鏡をかけた青髪の男。
第二皇子エリクが俺たちの前に立ちはだかった。
相変わらず眼鏡ごしでも怜悧な目だな。自分以外のすべてを価値があるかないかで判断しているような、そんな目だ。
クリスタはその目が怖いのか、俺の後ろに隠れる。
「思っていますよ。多少は」
「言い方が悪かったな。我々に申し訳ないとは思ってないのだろ? お前はそういう奴だ」
「まぁそういう言い回しならそうですね。申し訳ないとは思ってないです。迷惑をかけてませんから」
俺が申し訳ないと感じるのは近しい者だけ。
エリクを含めたほかの兄弟やそれこそ父上にだって申し訳ないとは思ってない。
その答えにエリクは笑う。
「やはり面白いな、アルノルト。エルナを先行させたのは良い判断だった。次からも的確な判断をしろ。私にとって価値があるならレオナルト共々悪いようにはしない」
「まるで自分が皇帝かのような言い回しですね?」
「私が次期皇帝だ。お前たちはもちろん、ゴードンやザンドラがいくら頑張ってもこの事実は変わらない。よく覚えておけ」
そう言ってエリクは俺たちをスッと見渡したあと、レオのところで視線を止める。
レオはその視線を真っすぐ受け止めた。
そうだ。臆することはない。たとえ相手がエリクでもだ。
「あまり調子に乗るな」
「肝に銘じておきます。エリク兄上」
踵を返して先に屋敷の奥へ向かうエリクに対して、俺たちは一歩も動かない。
今のは宣戦布告だ。
今回、俺たちは二人して手柄を上げたといってもいい。俺はエルナをいち早く送り込み、レオは騎士を率いて駆け付けた。
シルバーの助力はあったが、それでも手柄は手柄。
エリクはそれに乗じて調子に乗れば潰すと宣言したのだ。
いよいよ次期皇帝の最有力候補も無視できなくなったか。といっても警告だけだろうな。あの人がこちらを潰すなんていう単純な手を使うはずがない。
俺たちが大きくなったならばゴードンやザンドラと潰し合わせると思う。俺ならそうする。
「兄様……」
「どうした? 怖かったか?」
「安心しろ。クリスタには何もしないさ。もちろん俺たちにもな」
コクリと頷くクリスタに苦笑しつつ、俺たちは先に進む。
「ああ、レオ。もしも父上がさ、こういう質問したらこう答えろ」
その途中、俺はレオにあることを耳打ちした。
それにレオは目を見開く。だが、俺はそんなレオに念を押す。
「わかったな?」
「本当に大丈夫なの?」
「ああ、お前しか言えないし、それがあの人を助けることになる」
■■■
父上は騒動後もわざわざキールに留まり、東部の復興指揮をとっていた。といってもそれは建前だ。津波による被害は大してない。
父上がやっているのは今回の騒動に誰が関わっているのかという調査だ。
そしてその調査に進展があったからだろう。俺の到着を待って、子供たちと近衛騎士たちが集められたというわけだ。
「皆、ご苦労」
そういう父上の顔は明らかに疲れていた。
もう若くはないのに戦場に出て、その後数日間休まず仕事をすれば疲れるのは当たり前だ。それに加えて馬鹿息子が一連の騒動に深くかかわっていると知っただろうしな。
「今回、皆を集めたのは知る権利があるからだ。これから話すことは他言無用だ。昨日の夜、重傷だったカルロスが目を覚ました。そして数日で集めた証拠を見せると、二人組の吸血鬼と繋がっていたことを認めた。カルロスは、あの二人が持っていた笛でモンスターを狩り、祭りで一位になること。そしてキールにカルロスが到着したタイミングで撤退することを条件に、二人の賞金を解除することを約束したらしい。まったくもって愚かなことだ!」
「つまり……モンスターの発生からカルロスの企みだったということでしょうか?」
「そういうことだ。正確には吸血鬼に利用されただけだが、自分の利益のためにワシはもちろん帝国全土を危険に晒した。許されることではない!」
そう言った父上の目は血走っていた。よほど腹に据えかねているんだろうな。
しかし、そんな父上に対してエリクが膝をついて懇願する。
「皇帝陛下。どうか寛大なご処置をお願い申し上げます。愚かではあれ、私の弟なのです」
白々しい演技だ。
それにゴードンやザンドラも続く。
こいつらが懇願しているのは情からではない。もちろん調べられると困るというわけでもない。
皇帝がそれを求めていることを知っているからだ。
殺す気ならさっさと殺している。わざわざ集めて怒りを見せたのは、自分の一存で許すわけにはいかないからだ。
エリクたちが許してくれと言ったから許す。そうでなければ皇帝の威厳は保てない。
まぁ、殺す必要もないしな。
カルロスはサムの攻撃によって右手を失い、下半身は動かなくなった。一生寝たきりだ。そんな姿の息子を殺す気にはさすがの父上でもなれなかったということだろう。
だが、このままだとまずい。
全員が助命を懇願すれば、懇願に負けた形に見えてしまう。体面的にそれはまずいだろう。
「レオナルト。お前は今回の第一功といえる。お前はどう思う?」
「それでは言わせていただきます。許すべきではありません。首を刎ねるべきです」
誰もがその瞬間、顔を凍らせた。
一番ありえない人物からありえない言葉が飛び出したからだ。
父上自身もなかなか驚いているみたいだな。
「……なぜそう思う? お前の兄だぞ?」
「兄である前に帝国への反逆者です。ここで許せば悪しき前例となりましょう。それに血を流した騎士たちに僕はどう説明すればいいのでしょうか?」
「民や一般の騎士には伝えぬ。この場かぎりのことだ。それは気にしなくてよい」
「それではいけません。首を刎ね、正直に伝えるべきです。そして陛下が公正であることを国内、国外に見せつけるべきでしょう。たとえ息子といえど、罪を犯せば裁くのだと。それでこそ民心は安定します」
レオは強い口調で告げた。
これで意見は二つ。どちらを取っても角が立つ。
つまり父上に言い訳ができるわけだ。
カルロスを助命するが、レオを蔑ろにしたわけじゃない。だからゴードンと同率ではあるがレオを全権大使に任じるという流れになる。
それはすべて父上が望んだ展開のはずだ。
悩む父上に満足していると、チラリと父上が俺の方を見てきた。そして余裕そうな俺の顔を見て、ムッとしたような表情を浮かべた。
「お前の入れ知恵か?」
「どういうことでしょうか?」
「はぁ……まぁいい。エリクたちの意見を尊重して、カルロスは助命する。だが、レオナルト。お前を無視するわけではないぞ?」
そう言って父上はレオを自分の前に呼び出した。
レオは恭しく前に出て膝をつく。
そんなレオに父上は自分の剣を差しだした。
それをレオは受け取った。
「準備をしていないため、これで我慢せよ。レオナルト、今回の祭りの勝者はお前とする。カルロスは失格、二位のアルノルトも失格だ。三位は同率のレオナルトとゴードン。しかしレオナルトは騎士を率いてきた功績と東部での人気がある。レオナルトを勝者とすることで不満を抑える。よいな? ゴードン」
「……皇帝陛下の仰せのままに」
ゴードンは悔しそうに顔を歪めながら頭を下げる。
声が震えているし、さぞや悔しいんだろうな。
だが反論はできない。反論の材料がないからだ。
そんな中、エルナが前に進み出た。
「皇帝陛下。どうか嘆願をお許しください」
「どうした?」
「どうかアルノルト殿下の失格を取り消してください。失格は騎士を派遣するためです。称賛されるべき行為。失格の汚名はあんまりです」
「お願いいたします! 皇帝陛下!」
エルナに続いて、部下たちも膝をついた。
そのことに父上は目を瞑る。
そして。
「アルノルト……お前は〝誤って〟腕輪を壊したのだったな?」
「はい。誤って腕輪を壊しました」
「ならば失格は取り消しにはできん。意図的に壊し、エルナを派遣したならば一考の余地ありだが、ルールはルール。優勝はレオナルトだ」
エルナは信じられないと言った表情で俺のほうを見てくるが、俺はそれを無視する。
ここで俺が意図的にエルナを派遣したと言って、失格を取り消されたところで俺が全権大使になることはない。
せいぜいお褒めの言葉が来るくらいだ。さきほど父上が言った通り、レオを優勝者とするのはレオが東部で人気があるからだ。
俺では誰も納得しない。
だから俺は誤って腕輪を壊して優勝を逃した間抜けな皇子でいい。
そう思っていたのだが。
「しかし、エルナのおかげで助かったことも事実。つまりアルノルトのミスがワシを救った。そのミスに褒美をやろう」
「はい?」
「アルノルトを大使補佐官に任じる。レオナルトの補佐に回れ」
「……ち、父上?」
「皇帝陛下だ。アルノルト」
「えっと……私はその……能力がないので」
「すべてレオナルトに任せておけばよい。そろそろ一つくらい仕事して、自分もできるということを証明してみよ。この話は終わりだ。明日にでも正式に発表する。皆、それまで休め」
そう言って父上は椅子から立ち上がる。
そして去り際に悪戯の成功したような笑みを俺に向けてきた。
あの父め、わざとか……!
ちくしょう! 計画が大幅に狂ったぞ!?
俺とレオが他国に行ったら誰が俺たちの勢力を指揮するんだ!?
まじかよ!!??
予想外の出来事に俺は茫然とする。一方、ライバルたちはざまぁみろと言った表情を浮かべている。
まずい……。なんとかしないと俺たちがいない隙に勢力を壊滅させられてしまう。
「よかったわね! アル!」
「……」
「どうしたの? アル?」
「やっぱりお前は俺に近づくな……」
「なんでよ!?」
額を抑えて俺は喜ぶエルナをシッシと追い払う。
だが、わかっている。エルナのせいじゃない。
エルナが俺の失格を取り消そうとするのは予想通りだった。違ったのは父上の反応だ。
父上が予想と外れた行動をとったのは、俺が余裕をかましていたからだ。俺の掌にいるようで気分を害したんだろう。
これは完全に俺のせいだ……。
とんでもない事態に頭を抱えながら俺は会議を終えたのだった。
とりあえずこれで第一部終了。次からは第二部となります。
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