第十四話 東部の騎士たち
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俺が転移したのはレオの下だった。
とはいえ個人を対象とした転移は大雑把なので、ピンポイントで飛ぶことはできない。
多少ズレたところに飛んだ俺は、空を飛んで砂煙を立てる一団を追った。
このタイミングですでに走り出してるとはな。さすがはレオと言ったところか。
目指す先はキール。騎士たちと共に全力で駆けている。
そんなレオの進行方向に着地すると、俺はレオが来るのを待った。
少ししてレオが俺に気づいて馬の脚を止めた。
「……シルバーかい?」
「いかにも。お初にお目にかかる。レオナルト皇子殿下」
「悠長にあいさつをしている暇はないんだ。この状況で来たということは援軍に来たと思っていいのかな?」
「ああ、そのつもりだ。ただ、このまま向かうのはやめたほうがいい」
「どういう意味だい?」
レオは珍しく怒ったような口調で問う。
津波が発生した以上、一秒でも早くキールに駆け付けたいと願っているんだろう。だからこそ、俺はここに姿を現した。
そんな状態でレオを少数の騎士とモンスターの群れに突っ込ませるわけにはいかないからだ。
「大量のモンスターがキールを襲う状況で、いくら近衛騎士とはいえこの人数では焼け石に水だ」
「行かなければわからない! 救える命が一人でもいるかもしれないだろ!」
「ご立派だが、気持ちで人が救えるなら苦労はしない。周りの騎士たちはさすがに理解しているな?」
レオは自分の騎士たちを見渡す。
深刻そうな表情を浮かべる彼らを見て、レオは微かに動揺した様子を見せた。
そんなレオに俺は畳みかける。
「津波が発生した以上、止めるには軍が必要だ」
「そんな軍がどこにある……? 止められないから指をくわえて見ていろと? キールには父や妹、守るべき民がいる! それを見捨てれば僕は僕自身を許すことができない!」
「はぁ……見捨てろと言った覚えはない。ただ戦力を整えてから向かうべきだと言っただけだ」
「……?」
熱くなるレオだったが、俺の回りくどい言い方にだんだん落ち着いてきたらしい。
そこらへんでようやく俺は本題を切り出す。
「レオナルト皇子、東部にいる騎士はあなたの周りにいる近衛騎士だけじゃない」
「……周辺にいる領主の騎士たちを使えと?」
「そんな馬鹿げた提案があるか! 領主の騎士たちを用いるなど、いくら皇子といえど完全に越権行為にあたる! 百歩譲ってそこに目を瞑っても、状況を把握できていない騎士たちを動員していれば何日かかるかわからないぞ!」
近衛騎士隊長が苛立ったように告げる。
非現実的な提案に思えたんだろう。そりゃあそうだ。移動するのだって日にちはかかる。
騎士たちを集めるなんて非現実だ。しかし、俺ならその非現実を現実にすることができる。
「方法は任せてもらおう。問題は皇子にその意思があるかどうかだ。すべて終わったあと、叱責されるかもしれない。その可能性を容認できるか? 家族や民を救いたいという言葉はどれほど本気だ?」
「……救えるならば皇族の地位なんて興味はない。僕の名で騎士を動員することに異論はない。方法を説明してくれ」
「殿下!?」
「緊急事態だ。それに皇帝陛下を守るための行動ならいくらでも抗弁できる。問題ないよ。さぁ、シルバー。方法を教えてくれ」
「……その決意に敬意を表そう、見事だ。方法は簡単だ。俺が転移魔法でキール近くの丘に転移門を開く。その門を通じて演説をしろ。状況のわからない騎士たちを転移門に誘導するんだ」
それはとんでもない方法だった。
皇子として証明するようなものを何一つ見せず、声だけで混乱する騎士たちに怪し気な魔法に突っ込めと言うのだ。
彼らの直属の主人は領主だ。万が一、領主が行くなといえばそれで終わる。
完全にレオの演説次第というわけだ。
もしも大して騎士が集まらなかったら俺は貴重な時間と魔力を浪費することになる。
ただそれだけの価値はある。祭りはまだ続いている。
一位のカルロスはおそらく失格となるし、二位の俺も失格だ。同率三位にはゴードンとレオがいる。ここで騎士たちをまとめあげてモンスターを討てばレオがおそらく優勝となるし、まとまった数の騎士の投入はこの混乱した事態を一気に解決できる。
唯一の心配はキールが持つかということだが、そのためにエルナを向かわせてる。問題ないだろう。エルナでどうにもならない状況ならば、それこそレオを少数で突撃させるわけにはいかないしな。
「どうする? 自信がないか?」
「そうだね……自信はない。けど、やるよ。たぶん兄さんなら試してみろって言うからね」
「出涸らし皇子がそんなことを言うとは思えないがな」
「君は知らないのさ。僕の兄さんはいざという決断力はずば抜けている。今だって誰よりも早く決断してるはずだよ」
レオの評価に俺は仮面の奥で目を丸くする。
まさかそんな評価してくれているとはな。
悪い気はしないな。
「そうか……ではやってみるといい」
そう言って両手を合わせる。使うのは個人用の転移魔法じゃない。穴を作り出して多数が移動できる魔法だ。
少しして丘に繋がる穴が出来上がる。十人くらいはまとまって通れるほどの大きさだ。
不安定に歪曲するその穴はとても飛び込みたいと思うモノじゃない。まずは俺がそこを潜る。
そして躊躇せずレオも続いた。
一瞬、視界が歪むがすぐにキールの近くにある丘に立っていた。
「これが転移魔法か……」
「ここからが本番だぞ」
俺は自分に言い聞かせるように言うと、キールの周辺にある七つの主要な街に同じ穴を作り出す。
あとはレオの演説次第だ。
「拡声の魔法を使った。始めろ」
「……この声を聞く東部の騎士たちよ。どうか耳を傾けてほしい。僕はレオナルト・レークス・アードラー。帝国の第八皇子だ」
ゆっくりとレオは語り掛ける。
失敗は許されないことをわかっているんだろう。早口でまくし立てることもせず、とにかく聞いてもらうことを優先している。
落ち着いている。これはいけるかもしれないな。
「現在、東部では津波が発生し、キールがその通過点となって危険な状況にある。僕は今、そこに共に向かう騎士を求めている。声が聞こえているならば、どうか近くにできている転移魔法の穴を通って僕の下に来てほしい。領主の判断は仰ぐ必要はない。個人の判断で参戦してほしい。すべての責任は僕が取る」
終わるかと思われた演説だが、レオはすぅーと息を吸うと腰に差した剣を引き抜く。
そして今までにないほど大きく覇気に満ちた声で告げた。
「キールの民を守る!! 心ある騎士よ! 勇気ある騎士よ! 我こそはと思う者たちは我が下に集まれ!! 諸君らの決断に期待する!」
そう締めくくったレオはまるで戦場に向かう父上のようだった。
それは近くにいた近衛騎士たちも感じていたんだろう。驚いたようにレオを見つめている。
しかし、レオだけは険しい表情で穴を見つめている。
すぐには誰もやってこない。
やはり駄目かと思ったとき。一つの穴から一人の青年が現れた。
人生初の転移に驚いていた青年だが、レオの姿を見つけると慌てて馬をおりて頭を下げた。
「ヘッセンの騎士! ハンスと申します! レオナルト殿下の下に参陣いたしました!」
「よく来てくれた、ハンス。感謝するよ」
「いえ! お礼を申し上げるのはこちらです! レオナルト殿下が各地の村を訪問したと聞いたときから、あなたの下で戦いたいと願っておりました!! そう思う騎士は私だけではありません! 続々と集まります! しばしお待ちを!」
人を自然と惹きつけ、集めてしまう者をカリスマという。
その定義に当てはめれば今のレオはまさにカリスマだった。
続々と騎士たちが穴を通って集まってくる。
そして終いには。
「ウルムの領主、フォルカーと申します! 五百の騎士を共に殿下の下に参陣いたしました!」
馬に乗って現れたのは見るからに老人だった。
もう六十は過ぎているだろう。ガタイはいいが、白髪頭だしその姿は大丈夫なのかという気分にさせた。
「フォルカー、参陣はありがたいが大丈夫なのかい?」
「私には心があり、勇気があります! 何かご不満でしょうか!」
「……いや、大丈夫ならいい。参陣してくれてありがとう。僕の傍で共に突撃してもらう。頼むよ」
フォルカーの強い目を見て、レオは笑いながらそう告げた。
一瞬、追い返されるのではと覚悟していたのだろう。フォルカーは驚いたように目を見開いたあと、すぐに大きな声で応じた。
「は、ははっ! 我が武をしかとお見せしましょう!」
「楽しみにしておく」
こうして続々と集まった東部の騎士たちは三千を超えた。烏合の衆といえば烏合の衆だが、誰かに言われて参戦したわけではなく、本人たちの意思で参戦したため士気は恐ろしく高い。
その姿を見て、俺は安心した。
これなら問題ないだろう。
「シルバー。協力に感謝する」
「俺は冒険者として民のために行動しただけだ。それにお礼はまだ気が早い。礼はキールを救ったあとに改めて聞こう。では、俺は先に行っているぞ」
そう言って俺はキールに向かって転移した。
そして転移した上空でとんでもない光景を目にしたのだった。