第十一話 好スタート
「はぁぁぁぁっっ!!」
「おいおい……なんでもありか。あいつは……」
少し先で戦うエルナを見て俺は顔を引きつらせる。
エルナが戦っているのはブラッドハウンドと呼ばれる赤黒い狼型のモンスターだ。その数は三十以上。群れで行動するモンスターで、討伐ランクは五体以上ならA級。三十体以上となればAAA級に相当する厄介なモンスターだ。
しかし、エルナはその数を物ともせずブラッドハウンドを蹴散らしていく。上位ランクの冒険者もびっくりだわ。
ものの数分でブラッドハウンドの群れを壊滅させたエルナは、水晶型の特殊な魔導具でその戦果を記録する。
これはすぐに本部であるキールに伝わり、民に報告される。中間報告では俺たちは断トツ。すでにエルナはAAA級モンスターを一体倒し、それに相当するブラッドハウンドも倒している。
祭りの性質上、どデカいのを一体倒すだけで逆転できてしまうが優勢であることは間違いない。
「アル! 向こうにモンスターが見えたわ! 追うわよ!」
「いや、今日は疲れた。近くの街で休まないか?」
「なにだらしないこと言ってるのかしら? 優勝するんでしょ?」
「そんなことを宣言した覚えはないが……」
エルナと騎士たちだけ先行というわけにはいかない。
騎士たちと共に出陣した皇帝の子供たちには、腕輪型の魔導具が付けられている。騎士隊の隊長も同じものをつけており、お互いに一定距離離れると壊れてしまう仕様だ。だいたい一キロくらいだろうか。これによって騎士だけで動くことは不可能となる。
クリスタの騎士たちはその制限を受けないが、モンスターを発見した場合、長距離の魔法通信でキールにいるクリスタの許可を得なければいけない。モンスターが襲い掛かってきた場合は反撃を許可されているが、完全武装の騎士たちに襲い掛かるモンスターはそうはいない。
その長距離通信のハンデのせいか、いまだにクリスタの騎士たちは成果をあげられていない。返事が返ってくる前に逃げられてしまうんだろう。
結局、騎士と共に前へ出るのが正解だったというわけだ。
「お前は平気だろうが、ほかの人は疲れてる。初日だしそこまで飛ばすことはないさ。祭りは三日もあるんだし、気長にいこうぜ」
「あなたねぇ……」
「あれー? 暫定的な主君は俺なはずだが? 指示に逆らうのかな?」
「くっ……わかりました。指示に従います……」
「よろしい。じゃあ近くの街まで移動しよう」
そう言って俺たちは近場の街に移動した。
その街もお祭りムードであり、あらかじめ皇帝が手配していた宿屋が温かく迎えてくれた。
こういう風に東部全体が祭りに関わるようになっている。いつもなら間近で見れない皇族や有名な騎士たちが街に来るだけで、その街は大盛り上がりだ。この街の場合はエルナが来たことで盛り上がっているわけだが、まぁ盛り上がる理由があるだけマシだろうな。
「どんちゃん騒ぎだな」
「それが皇帝陛下の狙いだもの。祭りをすることで東部の不満を和らげているのよ」
割り当てられた部屋にエルナが入ってくる。
ノックもせずに入ってくるとは失礼な奴だ。扉を開けてたのは俺だけど。
「ノックくらいしろ」
「あら? 必要なの?」
「じゃあ聞くがお前の部屋に俺がノックもせずに入ったらどうする?」
「斬るわね」
「理不尽すぎだろ!?」
思わず突っ込んでしまう。
そのせいで、手に持っていた葡萄酒が少しこぼれた。ああぁ、もったいない。
「本当にあなたって皇族らしくないわね……飲み物が少しこぼれたくらいでこの世の終わりみたいな顔しないで」
「騎士様のくせに、飲み物の大切さがわからないとはな。やはり騎士の前にお前はお嬢様だな。何もわかっちゃいない」
「帝都からろくに出たこともないお坊ちゃまに言われたくないわ……というか、お酒なんて飲んでいいの? 明日二日酔いになっても知らないわよ?」
呆れたように言いながらエルナは俺の真向かいにある椅子に座る。
鎧を外し、ラフな格好になったエルナはいつもよりだいぶ無防備だ。動きやすさ重視で白いシャツに短めの赤いスカート。惜しげもなく晒された美脚に目がいく。しかし、俺はあることに気づく。
そう。ある一点において数年前から成長がないように思える。俺も健全で悪徳な男子だ。見目麗しい女子がいれば必ずチェックする。そのうえで言わせてもらえば、エルナは数年前から胸が成長していない気がする。
「アル~? どこ見てるのかしら?」
「胸だな」
「少しは誤魔化しなさい! もう……!」
そう言ってエルナは自分の慎ましい胸を隠す。
しかし、そんなことお構いなしに俺はエルナの胸を凝視する。エルナは年齢でいえば俺より一つ下の十七歳だ。しかし、その年齢でこの胸というのは非常になんというか、残念だ。ご愁傷様という言葉のほうが的確かもしれない。
間違いなくフィーネのほうがある。というか、フィーネはゆったりした服で目立たないだけで結構ある。やはり稽古ばかりしているせいで、胸に栄養がいかなかったのか。
「強く生きろ」
「しみじみ言うなっ! なによ! ずっと凝視して出てくる言葉がそれ!?」
「成長してないなぁと思ってな。やっぱり成長してないのか……」
「成長してるわよ! 人より成長速度が遅いだけよ! 小さくなんてないんだから!!」
「……なるほど」
苦しい理論だが受け入れよう。それがエルナのためだ。
そんな風に思っているとエルナが怒りで肩を震わせ始めた。おっと、これはいかん。
「お、俺はいいと思うぞ! その貧乳もいつかどこかで誰かの需要に応える日が来るぞ!」
「貧乳って言うな! 少しだけ発育が人より遅いだけよ! あと数年もすれば立派になるんだから!」
「それはちょっと無理じゃないか……頑張っても平均くらいしか」
「アル……私、ちょっと食後の運動をしたいのだけど……?」
「なるなる! きっと立派になるから落ち着け!」
そう言って俺は、何だかはぁーっと戦闘時みたいに深く息を吐き始めた危険なエルナから大きく距離を取る。
部屋の隅で震える俺を見て、戦意が失せたのかエルナはその場でまた椅子に座った。
「まったく……アルは相変わらずね」
「人なんて数年じゃ変わらないって。俺にどんな幻想を見てたんだ?」
「普通の皇子よ。普通の。少なくとも誰かに馬鹿にされていてほしくはなかったわ……」
「お前が気にすることじゃないだろ? 俺が馬鹿にされてるのは昔からだ。才能がないのに努力せず、遊んでばかり。レオにすべてを持っていかれた出涸らし皇子。言い得て妙だと思うけどな」
「私は悲しかったし悔しかったわ……」
「そりゃあどうも」
軽くお礼を言うとキッと睨まれた。
それに肩を竦めるとエルナは再度ため息を吐く。いろいろ心労の多い奴だ。俺なんかにかまうほど暇じゃないだろうに。
「わかってるの? あなたが何も言わず、何もしないから貴族の間でもあなたは馬鹿にされてるわ。公然とあなたを馬鹿にする貴族がいるのよ? 民があなたに不満を言うのはわかるわ。皇族としての義務を果たしていないのだもの。けど、貴族は臣下よ。表面上とはいえ礼儀を払う義務があるわ」
「貴族にだって俺を馬鹿にする権利はあるさ。駄目な奴に駄目って言えるのは正常なことだし、良いことだと思うぞ」
「またそんなこといって! 苦言ではないのよ? あなたを貶めて楽しんでるの! 幼い頃の幼稚なイジメとはわけが違うわ!」
エルナは珍しく熱くなってそんなことを言ってきた。
さてはギードあたりがエルナの前で失言したか? もしくは大臣か? まぁどっちにせよ、エルナの機嫌を逆なでしたことは確かだろうな。
エルナが強引に俺のところに来たのはそれが原因か。
「それで? お前のおかげで優勝して悪い評判を打ち消すのか? お前は俺にどうなってほしいんだ?」
「レオが帝位を狙う以上、アルも本気を出すべきだわ。私は信じてる。アルはいつも本気を出さないだけだって。あなたはいつもそう。のらりくらりとすべてを躱す。自分の評判が落ちれば落ちるほどレオの評判が上がるから。だから絶対に本気で何かに取り組むことはしなかった」
なかなかどうして、よく見ているやつだ。
さすがに幼馴染なだけはある。
しかし、わかっているなら俺の答えもわかっているはずだろうに。
「俺は今までどおりでいい。お前もこの祭りが終わったら俺に関わるな」
「私は!」
「暗殺されかけた」
「……え?」
いきなりの言葉にエルナが一瞬、固まった。
窓から外を見れば街の人々が騒いでいる。
そんな様子を見ながら他人事のように説明する。
「夜、城で歩いていたら襲撃された。セバスがいなきゃどうなってたかわからない。理由は言わなくてもわかるな?」
「……私の……せい……?」
「今回の祭りは帝位争いに重要だ。なにせ全権大使の座が掛かってる。お前がいればそれだけで優勝候補だ。当然、兄上や姉上からすれば気に食わないし排除の対象だ。いくら俺でもな」
「そんな……」
「お前は任務で各地を飛び回ってたからわからないかもしれないが、最近の兄上や姉上は容赦がない。何をしても帝位を手に入れるつもりだ。負ければ死が待っていると知っているからな。誰も手を抜かないし、誰も情けはかけない。俺もレオが皇帝にならなきゃ殺されるだろうさ。けど、能力がない者がいきなり背伸びをすれば今回みたいなことになる。だから関わるな。お前の力は強すぎる」
そう言って俺はエルナを突き放す。
これはエルナのためでもある。アムスベルク家の神童と名高いエルナが個人に肩入れするのはよくない。
これから先、きっと兄姉はエルナを排除しにかかる。実力ではなく、政治の場でだ。
そうやって排除されたアムスベルク家の者は過去にもいる。だからアムスベルク家は政治には基本的に足を踏み入れない。
帝位争いという最大の政治闘争にエルナを巻き込むわけにはいかない。
なにより強力な味方になることは間違いないが、同じくらい強力な敵を作ることになる。感情的にも状況的にもエルナには距離を取ってもらうのが一番だ。
「……ごめんなさい」
「気にするな。この祭りだけは頑張る。安心しろ」
「……うん」
そう言ってエルナは消沈した様子で部屋を出ていった。
その背中はひどく寂しげではあったが、俺は何も声はかけなかった。
それ以降、俺たちは急速に成績を落とすこととなったのだった。