第7話 私は絶対に恋愛なんてしない! Ⅶ
「ど、どうしましょうか……このままだと、私たちの関係が……誤解されてしまいます」
年頃の子供は、恋バナが好きだ。
私は全然好きじゃないし、他人の発情期の話など欠片も興味なんてないのだが、一般論としてそういう話はみんな好きだ。
私とジャスティンが、二人でランチを食べていたことは、学校中に知れ渡るに違いない。
もちろん、背びれ尾ひれが付き、翼で飛び回るほど曲解されて、だ。
このままでは私とジャスティンが……まるで付き合っているかのように、カップルかのように、私とジャスティンが相思相愛みたいに、勘違いされてしまう。
私はジャスティンのことなんて、全然、好きじゃないのに。
「……まあ、放っておけばよいだろう。驚きは九日しか続かないというし」(すぐに飽きるだろう。……それにいずれ、本当になる)
な、何を言って……そ、そんなわけ、ないでしょ!
私は別に……ジャスティンのことなんて、好きじゃない。
確かにたまにドキドキしちゃったりするけど、それは男の子と話すのに慣れていなかったり、びっくりしただけだったりで、恋しているとか、そんなんじゃない。
そうじゃないと言ったら、そうじゃない。
私が恋愛をするなんて、男の子のことが好きになるなんて有り得ないんだから、ジャスティンのことなんて、好きになるわけがないのだ。
うん、完璧なロジックだ。
「しかし……揶揄われたりするのは、面倒くさいでしょう。……あなたはどうか知りませんが、最近、あなたとの関係を、良く揶揄されるんですよ」
主にミス・エデルディエーネとか、ミス・エデルディエーネとか、ミス・エデルディエーネとか。
「……別にいいだろ? 放っておけば。それとも……気にしているのか?」
ニヤリ、とジャスティンは笑った。
意地悪な笑みだ。
「まさか、気にしていません」
「なら、良いじゃないか」
「そ、それは、そうですけど……」
不味い。
このままだと、まるで私が「好きな男の子との関係を揶揄われるのが恥ずかしい恋する女の子」みたいじゃないか。
「そうじゃないけど、何だ?」
ニヤニヤと、意地悪い笑みを浮かべながらジャスティンは私の顔を覗き込んできた。
翡翠色の瞳に私の顔が映る。
っく……
「そ、それは……」
「それは?」
「その、ほら……不純なことをしていると誤解されるのは、やはり、“王の学徒”として、相応しくないじゃないですか」
上手い言い訳を思いつき、私はホッとした。
………………い、いや、別に言い訳じゃないけどね?
「……不純?」(どういうことだ?)
しかし当のジャスティンは首を傾げた。
こ、こいつ……こういう時に限って、素で鈍いなんて……
「だ、だから……」
「だから、何だよ」
「ほ、ほら、アレ……あれ、ですよ……」
「アレじゃ分からないだろ」
ジャスティンに問い詰められた私は、視線を逸らしながら答えた。
「き、キス……とか……」
「……」
私の言葉にジャスティンの顔が僅かに朱色に染まった。
そして目を逸らし、わざとらしい声で……
「あ、あぁ……ま、まあ、そうだな。確かにしてもいないことをしたと言われるのは、嫌だな。だけどしてはいないんだから、堂々としていないと、答えればいいじゃないか」
気にしていないとアピールするように言った。
確かにキスはしていない。
ジャスティンとキスすることは、絶対にない。
キスなんてしたら、赤ちゃんができてしまう。
私はそんな不用意なことはしない。
「でも……その……間接的には、してしまったじゃ……ないですか」
「か、間接……い、いや、まあ、それは……で、でも、気にすることじゃないだろ!? ま、まさか、き、気にしているのか?」
大きな声を張り上げるジャスティン。
「そ、そんなわけないじゃないですか! ぜ、全然、気にしてません!」
私も大きな声で否定した。
そう、全然、気にしてなんかないのだ、気にしてないけど……
「た、ただ……面倒くさそうだなって、思っただけです。……も、元はと言えば、ジャスティン。あなたが、私にあんな食べさせ方をするから……」
男子同士なら良いが、私は女の子なのだ。
女の子に対して、一口分けるなら、もっと相応しいやり方があるはずだ。
「それは……いや、でもオリヴィアだって、そうしただろう!?」
「あ、あれは……バゲットが手で千切れなかったから、仕方がなくです」
「俺だって、その方が楽だから、そうしただけだ。……変に意識するな!」
「い、意識なんて、してないです」
「そもそも、最初に食べたいと言い出したのはオリヴィアだ」
「それは違います。ジャスティンが食べるかと、提案したのが先です」
「そう……だったっけ? いや、でも、それはオリヴィアが食べたそうにしていたからだ。……一口分けないと、奪われそうだったからな」
「奪いません! 前々から思っていたんですが……ジャスティン、あなた……私のことを、食いしん坊か何かだと、思ってませんか?」
「……その認識は間違ってないだろ」
「間違ってます」
「間違ってない」
「間違ってます。……人より、ちょっとたくさん食べるだけです」
「……俺の三倍は食べておいて、ちょっと? 国語、大丈夫か? それとも、労働者階級の言葉じゃ、ちょっとという言葉はveryを意味するのか?」
「……あなたも、そう言うことを、言うんですね。……信じてたのに」
「ち、ちが……今のは、オリヴィアを馬鹿にしようとしたわけじゃなくて、その、冗談と言うか……ごめん。無神経だった……」
「私も冗談です。……ところで今、謝りましたね? 非を認めたということで、いいですね?」
「な! ……それとこれとは、関係ないだろ! ……そもそも何の話をしてたっけ」
「えっと……間接キスの話、です……」
私は再び、恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。
私はそれを誤魔化すように言う。
「……というか、ジャスティン。勝手に私のことを名前で呼ばないでください」
「……そういうオリヴィ、ミス・スミスだって、俺のことを名前で呼んでいるじゃないか」
「え? それは……」
言われてみれば、確かに。
……頭の中では「ジャスティン」と呼んでたから、気付かなかった。
「言っておくが……最初に名前で呼んだのは、そっちだぞ」(もしかして、心の中では俺のことをジャスティンって呼んでたりするのか? ……俺がオリヴィアをそう呼んでたみたいに)
「そ、そう、でしたっけ……?」
ま、不味い。
心の中でジャスティンと呼んでいたことがバレてる……
い、いや、別にバレたってどうってことないけど。
ただ、ジャスティンに「私がジャスティンのことが実は好きだけど、素直になれていないだけ」なんて勘違いされたくないだけだし!
「……せっかくだし、今度からオリヴィアと呼んで良いか? ……その方が呼びやすいし」
そんな提案をされた。
名前で呼び合うなんて、まるで恋人同士みたいじゃ……
い、いや、でもジャスティンとミスター・ブランクラットもファーストネームで呼び合っているし。
……そう、私とジャスティンは恋人ではないが、友人同士だ。
なら、別に全然、問題ないだろう。
躊躇する方がおかしい。
「そうですね。そうしましょう。私も……ジャスティンと、呼びます」
何だか妙な気恥ずかしさを感じ、私は目を逸らした。
……その時だった。
鐘の音が鳴った。
……授業開始、五分前の合図だ。
「不味い!! 行くぞ!!」
「いや……でもまだ、サンドウィッチ食べ終えて……」
「食い意地が張り過ぎだろ!」
「は、張ってないです! ただ、勿体なって思っただけで……」
言い争いをしながら、私とジャスティンは教室へと走った。
結果……あと一分、間に合わず、注目を浴びながら教室へと入ることになった。
後日、私とジャスティンが逢引をしていたために遅刻したという噂が流れ、女子寮では問い詰められることとなった。
……まことに遺憾である。