第3話 私は絶対に恋愛なんてしない! Ⅲ
またある日のこと。
「今日もここで勉強か、ミス・スミス」
そんなことを言いながら、ジャスティンはそこが自分の定位置であると言わんばかり……
自然な仕草で私の隣に腰を下ろした。
「悪いですか?」
「いや、立派なことだと思うぞ」(とはいえ、いつも勉強していたらさすがに疲れるだろう。……俺も疲れた)
私に惚れているらしいジャスティンは、私と一緒に過ごしたいがために、いつも私と一緒に勉強をしている。
とはいえ、さすがに疲れてきたらしい。
もう私と勉強するのは嫌になってしまったのだろうか?
……でも、それはそれで別に良いか。ライバルが減るし。
「……どうした、オリヴィア」(あれ? ……元気がない。また、気に障るようなことを言ってしまっただろうか?)
「別に……何でもありません。やめるのはあなたの自由です」
私の言葉にジャスティンは首を傾げた。
「……やめる? よく分からないが、別にお前と勉強するのをやめるつもりはないぞ」(俺がもうオリヴィアと勉強したくないと思っていると勘違いして……寂しがっているのか? 可愛いなぁ……これ、脈ありと考えても良いだろうか?)
私は自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。
「べ、別に寂しいなんて思ってないです。しょげてもないです。か、勘違いしないでください。むしろ清々します」
そう口にしてから……私は慌てて口を塞いだ。
が、もう遅かった。
「そ、そうか……わ、分かったよ。……悪いな」(寂しがっているとまでは言ってないけど……うっかり本音が漏れちゃったのか? 本当に可愛いなぁ……)
ち、ちが……
そ、それはあなたの心の声を否定しただけで、別に私の本音とかじゃないのに……
か、勘違いされちゃった……
「そう、そう……そう言えば……」(脈ありなら、きっと乗ってくれるはず……)
私が恥辱に震えていると、勘違いしたジャスティンが妙なことを言い出した。
「実はこの後、茶会にでも行こうかなと思ってるんだ」(良かったら、一緒に行かないかな? なんて……)
「へぇ……そうなんですか」
茶会。
授業が終わった後の放課後、十六時頃から十八時頃までの間に行われている社交場だ。
メイン会場はダイニングホールらしいが、他にも学院中の至るところで行われているとか。
基本的には自由参加だが、生徒たちの殆どは顔を出すし、それが前提で時間割が組まれている。
ディナーが始まるのが二十時頃であることを考えればそれは明らかだ。
アフタヌーンティーの時間に何かをつまむことが前提だし、つままないと空腹で辛いだろう。
もっとも私は行ったことはないし、行く予定はない。
……少なくとも今までは。
「……」(一緒に行かないかな、なんて……)
「……」
どうやらジャスティンとしては「そうなんですか。じゃあ、私もご一緒していいですか?」という返答を期待していたようだ。
少し微妙な沈黙の後、ジャスティンは軽く咳払いをした。
「ごほん、あぁー……その、もし、良かったら、どうかな? 良い気分転換になると思うんだが。……いや、無理には誘わないけどな? 嫌なら断ってくれて構わないぞ。社交辞令で誘っているだけだからな」
言葉とは裏腹にジャスティンは私と一緒に行きたそうだった。
さて、どうしようか……
「私、実は一度も行ったことがないのですが……大丈夫ですか?」
私が尋ねると、ジャスティンはきょとんとした表情を浮かべた。
まさか、行ったことがない人間がいるとは思っていなかった……そんな感じだ。
「大丈夫……というか、生徒なら出入りは自由だし、特に問題はないと思うが」(あれだけ良く食べるのに、間食無しで持つのか……? いや、間食しないから、あれだけ食べるのか?)
……別に私の食事量は関係あるまい。
人を食いしん坊扱いしないで欲しい。
人よりちょっと……三倍くらい、多めに食べてるだけだ。
それで痩せてるんだから、別にいいでしょ。
「何か心配事でもあるのか?」(身分が低いから追い出されるとか、そういうことはないと思うし、聞いたこともないが……)
ジャスティンのそんな問いに私は少しだけ、言い淀み……
少し視線を逸らしながら答えた。
「……マナーをよく知らないので」
そんな私の声は、私が思っていたよりも、ちょっぴり情けなかった。
「……はぁ?」(つまり、どういうことだ?)
しかしこの鈍い男は私の懸念していることが伝わらなかったらしい。
「ですから、マナーを知らないので、恥を掻きたくないということです」
はっきりと、私はそう言った。
気付くと顔が少し熱くなっていた。
上流階級の発音や基礎的なテーブルマナーは母から教わった。
しかしお茶会に関するマナーは教わった記憶がない。
もしマナーを間違えれば、「孤児院育ちの私生児がマナー違反をしたぞ」と指を差されて、笑われるだろう。
きっと、必要以上に取り沙汰され、バカにされる。
馬鹿にされるくらいなら、行きたくない。
「……何だ、そんなことか」
しかしジャスティンは私の恥を忍んだ告白に対し、小さく笑みを見せた。
ちょっと、ムッとしてしまう。
「何だとは、何ですか。私にとっては……重大なことです」
「いや、悪い。……まあ、それほど難しいマナーはない。お前なら大丈夫だろう」(モーニングやディナーのマナーは完璧だし)
「そ、そう……ですか」
ふーん……
そうか、そうなんだ。
「……私が行っても、場違いになりませんか?」
「“ガウン”が場違いなはず、ないだろう」(むしろ一度も参加しないやつの方が変だろう)
そうか……私は変だったのか。
いや、まあ、入学早々に喧嘩騒ぎを引き起こす女子生徒は、お茶会に参加してようと、してなかろうと、変な人ではあるけど。
い、いや……でもなあ、今まで一度も行ったことないし。
今更顔を出すのは、それはそれでちょっと、気が引けるような気も……
「紅茶もいろいろあるし、菓子も美味いぞ」
「ふ、ふーん……」
「サンドウィッチもあったな」
「な、なるほど……」
へ、へぇ……そうか。
ま、まあ、そうだね。
せっかく入学したんだし、一回くらいはお試しで行くべきだね。
うん。
「……良いですよ。気分転換に、今度お付き合いします」
私がそう答えると……
ジャスティンは人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「そうか」(こいつ、食い物の話をしたら、あっさりと……)
な!
「ち、違います。別に私は食べ物に釣られたわけではありません!」
「そ、そうか?」(いや……食べ物なんて、まだ俺は一言も言ってないわけだが……)
しまった。
また、うっかり、まだジャスティンが言ってないことに反論してしまった……
「違う! 違うんですからね! 本当に違いますから!」
「へぇ……そうか。じゃあ、どうして行く気になったんだ?」(その割には“お菓子”って言った途端に行く気になったように見えたけどなぁ)
「そ、それは……あなたが誘ってくれたから、行きたいと……」
反射的に思わずそんな言葉が出た。
私自身、心にも思っていなかった言葉だった。
「……え?」(それはどういう……)
何故か、顔が強烈に熱くなるのを感じた。
私は叫ぶように、怒鳴るように言った。
「か、勘違いしないでください! ただ、いつもお世話になっているから……付き合ってあげようと、思っただけです。ほ、本当に、本当にそれだけなんですからね!」
ジャスティンが特別とか、ジャスティンと一緒ならきっと楽しいとか。
そんな……まるで私もジャスティンのことが好きとか、悪くないと思っているとか、そういう理由じゃあないんだからね!
勘違いしないでよね!
「……そう、か?」(食い意地が張ってると思われたくないから……照れ隠し?)
そっちも違う!!
オリヴィアちゃんの読心能力はまあまあ万能ですが
自分の心は分からない上に、自分の気持ちも全部顔に出るので
割とぽんこつです。
オリヴィアちゃんさぁ……素直になったら?
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