第17話 両親と同じ道は歩むまいと、心に決めていたⅥ
ローストターキー。
即ち、七面鳥の丸焼き。
それは聖誕祭の夜(即ち前夜祭)に食べるものとされている料理である。
私はこれを食べたことはない。
それどころか
七面鳥は鶏の品種名かと思っていたのだが(七色に輝く鶏を想像していた)、どうやら全く違うものらしい。
さてそうなると気になるのが味である。
チキンと比較してどう違うのか。
……是非食べてみたい。
というわけで「何か前夜祭に食べたい料理はあるか?」と使用人の方に聞かれた時、私は真っ先に七面鳥の丸焼きと答えた。
……まあ、それに関しては言われるまでもなく作りますよと答えられ、少し恥ずかしい想いをしたのだが。
さて、そういうわけで。
今、私の目の前には七面鳥の丸焼きがあった。
「おぉ……見た目はチキンと変わらないですね」
「それは……まあ、鳥だし」(味もチキンと比較して、そう美味しいものでもないぞ?)
内心でぼやくジャスティン。
初めてローストターキーを食べる人の前で、そういう夢のないようなことを言わないで(思わないで?)欲しい。
ところで七面鳥を除く本日のメニューだが……
山盛りのサラダ。
ビーフシチュー。
揚げられたポテト。
チポラタソーセージのベーコン焼き。
等々、そんな感じだ。
それらがテーブルにズラっと並べられている。
格式ばった感じがしないのは私に配慮してくれたからだろう。
ありがたい。
「では、良い一日に感謝を」
「ああ、感謝を」
と、炭酸入りのジュースで乾杯してから、私は早速七面鳥に手を伸ばした。
そしてまず気付く。
これ、面倒くさいな。
丸焼きというのは見た目は派手で美味しそうではあるのだが……
まさかそのまま齧り付くわけにはいかない。
一部を切り落として食べなければいけない。
さて、そんな手間とジャスティンからの前評判もあって少し期待薄な気持ちで、私は齧り付いた。
………………
…………
……
うん。
なんだ、美味しいじゃないか。
確かにジューシーさはチキンには劣る。
脂はチキンよりも少なく、さっぱりとしている。
ちょっとパサつきがあり、肉質は硬い。
なので口に入れた瞬間の美味しさはチキンと比較すると劣る。
しかしよく噛んでいると、ちゃんとした肉の旨味が溢れてくる。
チキンと比較すると、何と言うか、野趣溢れる味と言えば良いのだろうか?
独特の風味がある。
これはこれで美味しい。
まあ……総合的にはチキンの方が美味しいと言えば、美味しいのだが。
うん、これは聖誕祭特別メニューだな。
前夜祭にだけ食べるという特別性を加味して、チキンを上回るイメージだ。
「お前は何でも美味しそうに食べるな」(やっぱり可愛いなぁ……)
「……どんなものでも美味しいと感じられるならば、それに越したことはないでしょう」
私は僅かに顔を背けながら、できるだけ冷静な声でそう返した。
食事のたびに「可愛い」「可愛い」と(脳内で)連呼されるのは慣れない。
いや、可愛くないと思われるよりは可愛いと思われる方が良いのだが。
食事中に顔をジロジロ見られるのは恥ずかしい。
特に……こういう口元を汚しやすい料理を食べる時は。
さて、七面鳥以外の料理も絶品だった。
サラダは家庭菜園でとれた新鮮な野菜と自家製のドレッシングを使用しているらしく、大変美味しかった。
ポテトも特殊なスパイスで味付けされているらしく、他の料理にも負けない。
地味に初めて食べる前夜祭恒例メニューである、チポラタソーセージのベーコン巻きだが、肉々しくて大変好きな味だった。
特に美味しかったのはビーフシチューだ。
口に入れた瞬間、お肉がホロっと蕩けたのには少し感動を覚えた。
はっきり言って七面鳥よりも美味しかった。
最後にケーキを食べ終え……
ゆっくりと紅茶を飲みながら、そっとお腹をさする。
少し食べ過ぎた感は否めない。
「……」(何だか、食べる量、増えてないか?)
一方のジャスティンは紅茶を飲みながら、そんなことを考えている様子だった。
確かに少しずつ食べられる量は増えている。
けど、まあいいじゃないか。
食べて戻しているわけではなく、太っているわけでもない。
いや、厳密には太ってきてはいるのだが。
それは大変健康的な肉の付き方だ。
骨と皮だけだった体に筋肉と脂肪が増えてきたのは喜ばしいことである。
勿論、極端に太ってくるようであれば食事制限をするつもりだ。
もっとも現状の増え方なら、それはもっと後の話になるだろうけれど。
体重は常に把握している。
あぁ……そうだ。
「ジャスティン。今日はありがとうございます」
そう言って私は僅かに笑みを浮かべてみせた。
まともに笑って見せるのは久しぶりだったのだが、意外とすんなりと表情は動いてくれた。
「な、何なんだよ、急に!」
一方、ジャスティンは顔を真っ赤に染めながら驚きの声を上げた。
……何もそこまで驚かなくても。
私はちゃんとお礼を言える人間だぞ。
「いえ、人生で一番楽しい前夜祭でしたので。誘ってくれてありがとうございます」
「そ、そうか……い、いや別に……」
ジャスティンは口をもごもごさせる。
そして小さな声で呟くように言った。
「……俺も楽しかったから」
そして誤魔化すように紅茶を飲んだ。
私はドクドクとうるさく鳴る心臓を抑え、熱くなる顔を意識しないように努めながら、ジャスティンに言った。
「……来年も誘ってくれませんか?」
「し、仕方がないな……まあ、どうしてもと言うなら……誘ってやるよ」(ま、不味い……)
照れ隠し半分か。
そっぽを向いてチラチラとこちらを伺うジャスティンに対し、私は最大限の笑みを浮かべて答えた。
「はい、是非。お願いします」
「あ、あぁ……わ、分かったよ」
突き放したような声音でジャスティンは答えた。
そんないつも通りの彼の態度に、私は思わず目を細めた。