第13話 両親と同じ道は歩むまいと、心に決めていたⅣ
それぞれ着替えを終えた後。
もう時間も遅いということなので夕食を頂くことになったのだが……
「……どうした? オリヴィア」(借りてきた猫みたいになっちゃって……緊張しているのか?)
「……別に何でもないですよ」
高そうなテーブルと椅子に座らせられ、そして壁際には召使たちが整列しているというこの状態。
はっきり言って落ち着かない。
いや、もうこのお城に招かれて以来落ち着いてはいないのだけれど。
そんな私に見かねたのか、執事がジャスティンに耳打ちした。
ひそひそと話し合いをしてから、ジャスティンが口を開く。
「最低限の人数だけ残して、退出してくれ」(そうか……こういう場は慣れていないものな。配慮が足りなかった)
と、そんな反省をしながら人払いをしてくれた。
……全くその通りなので、何も言えない。
そうこうしているうちに使用人が料理を運んできた。
何だか信じられないくらいお洒落に盛りつけられた前菜と、とても美しい色合いをした飲み物が出された。
「本日の前菜は……」
そして料理の解説をし始めた。
が、はっきり言って何を言っているのか分からなかった。
確かなことは飲み物がノンアルコールのカクテルだということだ。
……まあ、美味しければいいか。
「オリヴィア、乾杯」
「え、あ、はい。乾杯」
若干、挙動不審になってしまったことを恥ずかしく想いながら私はカクテルを口にした。
シュワシュワとした炭酸が口の中で弾けた。
非常にすっきりとした、飲み口の良い飲み物だ。
それから前菜、スープ、魚料理、口直しのソルベと順調に運ばれてきた料理を口に運んでいく。
味の感想? それは……
(あぁ……可愛い。幸せそうな表情をしてる……)
……うるさい。
美味しい物は美味しいんだから、良いだろ!!
と、逆切れしながらパンを運ぶ。
パンも本当に美味しい。
いくらでも食べられそうだ。
そうこうしているうちに、美味しそうな香りがまた立ち込めてきた。
消化が急速に進むのを感じる。
登場した肉料理は……
「フォアグラとフィレ肉のステーキです」
フォアグラ(?)と非常に美味しそうなお肉のステーキ。
赤茶色のソース。
皿の端にはマッシュポテトが添えられている。
そして小さな黒い、香りの良い何がが振りかけられていた。
これが……フォアグラ?
実在したのか。……都市伝説じゃなかったんだな。
「……この黒いのは何ですか? とてもいい匂いがしますが」
「それはトリュフです」
トリュフも実在したんだ。
と、噂に聞く高級食材の実在に感動を覚えながら私はフォークとナイフを走らせた。
フォアグラとお肉をソースに絡め、一緒に口に運んだ。
あっ……
「……オリヴィア? どうした」(固まっちゃったけど……)
「んぐっ……何でもないです」
思わず口が緩むのを自分でも感じた。
これは美味しい。
まずお肉が凄く柔らかい。
しっとりとして、噛みしめると旨味が溢れてくる。
次にフォアグラだが、これは凄い。とても凄い。
とても柔らかく、そして脂が体温でとろっと一瞬で蕩ける。
すると濃厚で、しかし全く臭みのない、旨味が凝縮されたような脂が口いっぱいに広がる。
あとソースだが、これはダメだ。ダメなやつだ。
赤ワインの酸味と野菜、肉の旨味が組み合わさり……これがお肉にとてもよく合う。
止めにトリュフの香りが全てを調和させている。
うん……
私が今まで美味しいと思ってきた料理はこれと比較すると残飯だな。
あまりに美味しかったのであっという間に完食してしまった。
が、しかしお皿にはソースが残っている。
そして私の視界には籠に積まれた美味しそうなパンがあった。
このパンにソースをつけて食べたら、絶対に美味しいだろう。
間違いない。
命を懸けてもいい。
が、やっていいものか。
魔法校だとパンにソースを浸して食べている人は少なくないのだが。
私が葛藤していると……
(なるほど。パンにソースを浸して良いのか、迷っているのか。……どうせ俺の家だし、別に気にしなくてもいいのに)
と、そんなことを内心で呟きながら。
ジャスティンは私の顔を見つめながら、パンを千切り、フォークで刺して、目の前でつけて食べてみせた。
そして僅かに微笑む。
ドクっと、私の心臓が跳ねた。
思わず視線を逸らす。
今、普段の三倍くらいジャスティンがイケメンに見えた。
……ま、まあ、幻覚だ。
普段からこういう気遣いができたら完璧なのにとは思うが、別に私はジャスティンのことなんて全然好きじゃないし、ときめいてもいないので、関係のない話である。
ちなみにソースを浸したパンはとてつもなく美味しかった。
「どうだった? オリヴィア」(まあ、顔を見れば分かるけれど)
「とても美味しかったです」
食後の紅茶とデザートを楽しみながら、私は答えた。
……顔で分かるとか、単純なやつとか、食べている姿はとても可愛いとか。
ジャスティンからの私への評価についてはいろいろ言いたいことが山積みだし、とても屈辱ではあるのだが、美味しい物は美味しい。
なんか、悔しいけれど。
「……普段からこういう食事を?」
こんなものを毎日食べていたら魔法校の料理なんてまともに食べられないのではないか。
と思ったが、ジャスティンは首を左右に振った。
「まさか。普段はもっと簡単だよ。サンドウィッチだけで済ませる時もあるし……今日は特別だ」(オリヴィアに美味しい物を食べさせてあげたいと思って、力を入れてもらったんだよな)
まあ、それもそうか。
料理の豪勢さも勿論だが、こんな格式の高い食事を毎日していたら心も胃腸も休まらないだろう。
「明日からはもう少し、簡素にした方がいいか? 魔法校の食事みたいに」(ちょっとやりにくそうにしていたしな)
「……そうですね。そうして頂けると嬉しいです」
美味しかったには美味しかったが、少し疲れたのも事実だ。
それに……
「量、足りなかった?」
「ふぇ!?」
私は自分の顔が一瞬で赤くなるのを感じた。
……図星だったからだ。
「い、いえ……別にそんなことは……」
恥ずかしい。
恥辱を感じている私に対し、ジャスティンは……ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「多分足りないだろうし、夜食の準備をしておくようには言ってあるから。安心しろ。足りなかったら遠慮なく……」
「馬鹿」
「なっ!!」
一瞬、カッコよく見えたのはやはり幻覚だったようだ。
やっぱりこいつは馬鹿なクソガキだ。
バーカ、バーカ!!