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鋼の妖精と雷鳥の報復



ネアは鋼の妖精が苦手だ。

嫌いという感情ではなく、心から恐怖なのである。


玉鋼色の肢体を持つその妖精は、つるりとした表皮に黒い目をしている。

毛髪はなく人間に近い形状で言語の疎通も不可能だ。

聞くところによれば、人間が生み出したものだからこそ人間に近い肢体、

それも出来そこないのまがい物のような姿で派生してしまったらしい。

細長いパーツを使ったブリキの人形に似ていると言えばいいだろうか。

場合によっては、とてもホラーな外見なのだ。


更に、鉄というものが武器等に多用された為、鋼の妖精はとても獰猛である。

一般的に鉄製品を苦手とする他の妖精とも、折り合いが悪い。



そして、そんな妖精に今日もまた出会ってしまった。



「……………しまった」


最初に遭遇したとき、たまたまネアは、橋桁の妖精を、蛾か何かだと思って払っている瞬間だった。

妖精を害していたネアに、同族が嫌いな鋼の妖精は喜んだようで、それ以降、出会うと足元にわらわらと集まってくる。


楕円形の頭部に細い手足、鰐のような尻尾にびっしりと並んだ細かい歯。

細部までを見ると、鋼が最もよく加工される刃物の特徴も備えているので、更にホラーに駆け寄ってゆく外見ではないか。


その形状の小さなものが足元にみっしり寄り添うのだから、ただごとではない恐怖に包まれる。



「鎮まり給え」



怯えた乙女は、両手を上げて降参の意志を示し、何とか荒ぶる御霊を鎮めようとするのだが効果もない。

この容貌のものに付け狙われてもまずい為、ここで殲滅するわけにもいかない。

穢れの多い土地に増える妖精でもあり、ウィームの街には少ない種類だが、それでもこうして道具屋の軒下や、職人街の歩道などにひそんでいるのだ。



「ディノ、助けて下さい」


救いを求める声が必死なので、ディノもいつもより邪険に追い払う。

けれども、鋼の妖精は新生の種で、その成り立ちもあって、いささか性格が尖っている。

上の者などに負けるかと言わんばかりにディノに歯を剥くので、ディノも少し怯えてしまう。


一度、ディノに噛み付こうしたときには、さすがのネアも腹を立てた。

ディノの腕の中から、買ったばかりの果実水の入った保管水筒を投擲し、不埒ものを滅ぼしたのだが、しかしその残虐さがまた好感度を上げてしまい、鋼の妖精は一気に沸き立った。


この妖精は、不浄や獰猛さを好むのだ。

どちらかと言えば、鋼の負の面を備え派生した妖精なのである。



「今日も随分と好かれたね」

「人間にとって鉄は欠かせないものですが、私は、もう金輪際会いたくない妖精さんです」

「元より死に関わる道具に多く派生するから、死の概念が薄いのかもしれないね。私が排除しても、怯えるどころか大喜びだ」


街中にもかかわらず持ち上げの刑に甘んじ、ネアは一刻も早くと急かして王宮に戻って貰った。

あの妖精に出会ってしまった日には、ふとしたことで、その容貌や、足を登ろうとする感触を思い出してしまうので、ネアはディノを椅子にしがちになってしまう。


不信感いっぱいの鋭い眼差しでディノを盾にし続けているので、流石に不憫になったエーダリアが、一日ヒルドを貸してくれたことがある。

やはり、シーがいるとなると本能的にわかるのか、鋼の妖精は寄ってはこなかった。

本来、人型のシーというものは妖精の中でもとりわけ残忍なので、他の妖精は本能的に避けるのだそうだ。


また、道具類の作成過程で派生する鋼の妖精に対し、ヒルドは対極に当たる妖精だ。

相性と言えばどちらも宜しくないのだが、階位は、ヒルドが遥かに上なのである。



(でも、毎回ヒルドさんを連れ歩く訳にもいかないし)



暫定的な措置としては成功だが、常用出来る対応策ではない。

手詰まりになったネアが向かったのは、ダリルダレンの書架だった。



「ダリルさん、鋼の妖精を駆除する方法を教えて下さい」

「ものっすごい顔で、来るなり激しい依頼出してきたね」

「あやつ等を鎮める為の方策が必要なのです。さもなくば、全面戦争しかありません」

「鋼の妖精と全面戦争とか、血みどろになるからやめて欲しいなぁ。まぁ、こちらとしてはウィーム中央にはいなくてもいい妖精だからね。駆除そのものは好きにして構わないんだけど………」


事前にエーダリアに訪問許可を取って貰い、ディノの転移で乗り込んだネアにも、ダリルは驚かなかった。

ネアの背後に立ってこちらを観察している白い魔物を一瞥して、やれやれと呟いている。

しかし、一見、何にも動じていないようだが、この魔物は本当にただの公爵位だろうかという眼差しも向けているので、ネアは少しだけ冷静になった。

薬の魔物で申請を出しているディノが、魔物の王様なのはまだ内緒なのだ。



「そもそも、なぜあのような妖精の存在を許しているのですか」

「うわ、存在から丸ごと否定してかかってきたね」

「普通の妖精さんも、鋼は好まないのですよね?」

「あんまりね。人間達がよく、冷たい鉄の武器で妖精が殺せると言っていたくらいには」

「………死んでしまうのですか?」

「傷が治り難くはなるかな。でもそんなもんだよ。そもそも、その妖精の種類によって、苦手なものは違うからさ」

「良かったです。この前、ヒルドさんを奴らの盾にお借りしてしまったので、命の危険に晒してしまっていたのかと不安になりました」


そこでもう一度、ダリルはネアの隣に座ったディノを見た。

擬態もしていないので気になるのだろうかと思いかけて、

今回はこんなに美しい妖精が現れたのに、ディノが騒がないことを不思議に思った。


(まさか、女性の方だと思ってる?………こんなに低くて素敵な男性の声で?)


ダリルは本日も艶やかなドレス姿だ。

見た目だけであれば絶世の美女なので警戒しないのかとも思ったが、

何しろ森のどんぐりにすら浮気疑惑をかけてきた魔物である。


(そう言えば最近、ヒルドさんのこともあまり警戒してないし)


結構な率で妖精を狩っているネアの日常を鑑みて、

ネアにとっての妖精は獲物対象だろうと区別をつけたのだろうか。



「ネアちゃんの魔物は、随分と凄艶だね。こんなに綺麗だと、他に目が向かないでしょ?」


唐突な質問の意図を図りかねて、ネアは首を傾げる。


「確かに私の個人的な所見では、ディノが一番美しいと思いますが、それは恐らく身内の贔屓目もあるのでしょう。違う種の美しさで、ダリルさんも大変に美しい妖精さんだと思いますよ」

「まぁ、確かに美しいとはよく言われるけどね。そうじゃなくて、他の相手が全く目に入らなくなっちゃうんじゃないのってこと」

「私はその、………独占して監視体制を敷くような嗜好はありませんので。清く正しく生きております」

「あっ、駄目か。伝わらないやつだわ」


ダリルが天井を仰いだので、ネアは首の斜角を深くする。

もしやこれは、溺愛のあまり常時拘束をしているというような、その種の狂気的な執着を覚えているのではという疑いを向けられた可能性もあると思ったのだが、違うのだろうか。


「大丈夫ですよ。きちんとお休み時間も与えていますし、休日は基本自由行動です。体当たりや足踏みも、あまり癖にならないように沢山のご褒美をあげ過ぎないようにしていますから」

「酷い………」

「ディノ、自主性は大事ですよ?そして、ご褒美はご褒美だからこそ尊いのです」

「毎日でもいいのに………」


悲しげな魔物を黙らせてから、ネアは頬杖をついてこちらを見ていたダリルに視線を戻した。

ここが最後の砦なのだ。

どうしても、鋼の妖精への対抗策が欲しい。


「エーダリア様が、ダリルさんは頭の回転が速く、悪知恵が働き、勝つためにはどんな手段も厭わない方だと仰っていました。是非にお知恵を貸して下さい」

「へぇ。………うん。あいつは今度泣かそう……」

「その上に、ダリルさんは同族の妖精さんです。きっといい知恵をお持ちに違いありません」


男前に足を組み上げて、ダリルは唸りながら視線を彷徨わせる。

ややあって、とあることを聞いてきた。


「その妖精、雨の日に会ったことはある?」

「いえ、そう言えば雨の日にはお会いしませんね」

「あー、じゃあそれだ。今度から塩水持ち歩きな。でもって、ぶっかけてやればいい」

「……………錆びてしまえという仕打ちですね」

「そうそう。滅ぼされるのは美学に合っても、錆は嫌なんじゃない?」

「成程、悪辣ですね!」

「ネアちゃんに言われたくないからね!!」


ダリルから極悪非道な策を授けられたネアは、さっそく真鍮の水筒に塩水を持ち歩いた。

効果を確かめるべく、鋼の妖精が出没しそうな界隈を徘徊したところ、探すとなるとなかなか見つからないもので、二日目にしてようやく標的に遭遇した。



「出たな、鋼どもめ!」

「ネア、自ら戦いにいかなくていいんだよ」

「ディノ、問題を放置して後で後悔したくありません。早々に痛い目に遭わせてしまうべきです」



足にたかられるのは嫌なので、早々にディノに抱えてもらいつつ、ネアは、つい癖で水筒を振ってしまった。

今回は分離する激辛香辛料油は入っていないので、振るまでの必要はなかったのだ。



「いざ!………む、何か手に当った…………」


冷やかな微笑みで水筒を持ち上げたネアが、その内容物を鋼の妖精に注ぐ直前に、

柔らかなものが手に当って落ちていった。


ちょうど手を振り上げた瞬間にその飛行進路と交差し、何かをはたき落してしまったようだ。

慌てて視線を下に下げれば、見たことのある布きれのようなものが鋼の妖精達の群れの上に墜落している。



「ふわくしゃ!」


既視感があるのも当然だ。

かつて退治してしまったことのある、雷鳥の魔物ではないか。



「ディノ、ふわくしゃは街中にも居るのですか?」

「いや、雪山にしか住まない魔物だよ。……もしかしたら、群れが報復にきたのかもしれない」

「…………群れが報復?」



相当に物騒な単語が聞こえたので、ネアは眉間の皺をぎりぎりと深くする。

雪菓子を巡る戦いで儚くなった、苔色の雷鳥の姿を額付きで思い出した。



「雷鳥は、三から四匹の群れで生活する魔物だからね。長を中心に生活する分、各個体の絆も深いとされている。ネアが倒した雷鳥は、長だったから群れは散ると思ったんだけどね」


「………あのふわくしゃが、雷鳥の長………」



耳元の空気がぶんぶんいうので、顔を上げてみると、更に二匹の雷鳥が飛び交っていた。

ぱっと見はやはり、タオルハンカチが舞い踊っているようにしか見えない。

因みに今回は、落ちたのが黄色、飛んでいるのが茶色と橙色だ。


あの雪山から下りてきたのかと思えば、健気さに目頭が熱くなる。

だがしかし、山羊を食べる程の害獣を街中に放置しておくわけにもいくまい。

おまけに足元には次々と、鋼の妖精が集まって来ており、かなりの混乱状態だ。



「とりあえず、落とそうか」

「ふわくしゃ……」


ディノが無造作に視線で凪いだだけで、二匹の雷鳥はぽとりと地面に落ちた。

整地された石畳の道路に、雪山に住む雷鳥の姿は憐れみをそそる。


(誰かの落し物のハンカチにしか見えないけれど…………)



「とりあえず、私は大雑把な人間ですので、諸共塩水の刑に処すことにしますね」


鋼の妖精を放置するわけにはいかず、ネアは苦渋の選択でそこに塩水を注いだ。


「……おっと、」


その刹那、ディノはふわりと後方に数歩下がった。

先程まで二人がいたあたり、鋼の妖精と雷鳥の混線地帯では、思いがけない光景が出現していた。


「ディノ、………放電でしょうか?」

「雷鳥が、直前に雷の妖精をたくさん食べていたのかな」

「まぁ。…………あれが、相討ちという図なのでしょうか」

「相討ちなのかな………」



視線の先では、塩水に暴れる鋼の妖精と、塩水の洗礼に暴れた雷鳥がもみくちゃになっている。

そして、どうやら胃に蓄電してしまっていたらしい雷鳥は、ばりばりと白っぽい雷のようなものを放っていた。


激しい音と閃光に、ネアは、対決に向けて人払いの結界を張っていて貰って良かったと切に思う。



「あ、滅びた………」

「全滅したね………」


暫くすると放電は収まり、死屍累々となった道路が二人の前に広がっている。

高熱で炭になり、或いは塩水が焦げ付いた鋼の妖精の亡骸と、その中に、焦げたタオルのようなものが転がっていた。


(………ん?)



しかし、よく見れば、茶色いタオルが微かにうごめいているではないか。

固まりの中央から少し外れていたようで、電撃の直撃を避けたようだ。



「ディノ、ふわくしゃが一匹生き残っていますよ!」



ネアは、その瀕死の雷鳥を一匹拾って帰り、ディノに精製して貰った薬で完治させた。

わざわざアルバンの山に返しにいってやったのは、雷鳥が鋼の妖精駆除の立役者だからである。

とても大事に看護されたのだが、白持ちの魔物二人に囲まれた雷鳥は終始震えていた。

街ではディノが擬態していたので、白持ちだと知らずに襲ってきたのだろう。



「山にお帰り」



生き残った雷鳥が放鳥された日、ネアは、手厚い看護を受けたふわくしゃが名残惜しげに振り返る姿を想像していたが、茶色の塊は一目散に雪山に消えていった。


あの日以降、鋼の妖精の姿も見ていない。

ウィーム中央では、厄介な妖精が現れなくなったと好評のようで、年末に予定されていた職人街の穢れ払いの儀式が見送られたそうだ。


エーダリアにちょっと褒めて貰えたので、この結果には大満足である。

















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