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雷鳥の魔物と、卵の魔物 2



「山羊小屋はこちらなのですが、かなり深刻でしょう?」


そう言いながらも牧場主の目が泳ぐのは、エーダリアの背後に明らかに高位の妖精がいて、その更に後ろの方に、明らかに白持ちの魔物がいるからだろう。



「お花畑ですね……」


そんな牧場主の動揺には気付かないふりをしたネアが、そう評するのも無理はない。満開の花で覆われてしまった小屋の中は、なにやら、絵本の中の挿絵のような可愛らしい光景であった。


地面には満開の小さな青い花が咲き乱れ、壁や柱には一重の黄色い蔓薔薇がみっしりと花を咲かせているので、雪山からこの小屋に入れば、幻想的な光景にさえ見えてしまう。


きりりと頷いたネアは、牧場の区画内には蜘蛛はいないと教えられ、再び自分の足で歩いていた。

このような仕事をしている者達にとって、昆虫系の魔物は厄介な被害を出すらしく、グモウが現れた可能性があるという考えの下、探査と駆除は早々に行われたのだそうだ。

その辺りの対処の迅速さは、さすが元ガレンの魔術師というものだったが、最も階位の低い犯人予測がグモウだったので、エーダリアの顔色は冴えない。


「ヒルド、妖精だと思うか?」

「いえ、これは魔物でしょうね。季節の花ではなく、本来ここにはない種のものを咲かせるのは、魔物の行いだと思います。一部の妖精にも可能なものですが、そのような者達は、種の中でも高位な氏族にあたりますので、人間の家畜を盗むような真似はしないでしょう」

「ディノ。どうやら犯人は、魔物だそうですよ」

「魔術証跡があまりにも儚くてわからないけど、獣じゃない気がするよ」

「獣ではないとなると、昆虫……」

「大丈夫。ネアの嫌いそうなものなら、近付けさせないからね」


魔物がとても優しいので、ネアはこの仕事が終わったら体当たりをしてやろうと、密かに考えていた。適切な対応を出来た場合には褒める事も必要だと、リーエンベルクの書庫で呼んだ、使い魔と一緒という本にも書いてあったのだ。ディノは契約の魔物なので少し様子が違うのだが、異種族間での共存という意味ではあながち遠くもないだろう。

(どうにかして、山羊をかどわかした犯人を……)

ここに来て、ネアの意気込みは倍増していた。

山羊小屋に案内される前に、明日のお届けを待つ牛乳やチーズの入った木箱を見てしまい、ここの牧場から仕入れられたものが、溺愛の食卓を彩っていると知ったのが一番大きい。

あの美食の為ならば、狩りの才能を生かすのも吝かではなかった。


「それにしても、随分と派手なご同行者ですな」


背後では牧場主が、複雑な顔でエーダリアと何かを話している。


「住まいを知られたのが複雑か?」

「ガレンエンガディン、申し訳ありません。これはもう、染み付いた習性のようなものでして」

「ああ。魔術師は皆、高位の魔物に己の情報を奪われるのを最大の恐怖とするからな」

「せめて、私が在籍したのが研究室ならまた違うのでしょうが」

「だが、………おかしな言い方だが、安心してくれ。この魔物は、彼女の望まない事はしないし、彼女は、お前の牧場から届くチーズを気に入っている」

「はぁ。………チーズを?」

「お話が聞こえてしまいましたが、こちらでの生産を脅かすものは、私が全て滅ぼします!」

「………だから、なぜお前が滅ぼす前提なのだ」


牧場主のタクスは、塔の中でも実戦部隊となる、魔術汚染の究明と防衛を行う部門の、部隊長の役職にあった人物なのだそうだ。

高位の魔物とも相対したことがある彼の人生が、人間が鎖をかけるには白過ぎる魔物の存在を上手く飲み込ませないのか、ネアがそう宣言しても、まだ少し居心地が悪そうにしている。

聞けば、白持ちと契約をした歌乞いを知らないからだと言うのでそんなものかなと思えば、遠い目をしたエーダリアが、私もだったのだからなと呟いている。


今は穏やかな目をした老人にしか見えないこの御仁だが、前線に出ていた頃は、詠唱一つで魔物を叩き割り、風の断頭台の異名を持つ歴戦の魔術師であったらしい。

だが、そんなタクスも、まさかこのような形で白持ちと出会うとは思ってもみなかったと暗い目をしている。



「ディノ、無事に事件が解決したら、新鮮な乳製品をお土産に買って帰ってもいいですか?」

「ネアが欲しいなら幾らでも買ってあげるよ」

「乳製品を幾らでもというのは、何て危険な発想なのでしょう。消費期限がある食材なので、私は、無理せず美味しくいただける範囲で楽しむ主義です!」

「状態保存の魔術があるのに……」


白持ちの魔物が悲しそうに項垂れたので、一度こちらを見てしまったタクスは、静かに視線をガレンエンガディンに戻している。

二人とも、暫し無言になってから、二人は会話を再開していた。



「あの精霊種の山羊を捕食するような魔物に、心あたりはあるか? ここで生活していれば、山の魔物と出会うこともあるだろう」

「確かに山の魔物は何度か見かけましたが、あちらは子爵ですからね。山の恩恵を受け、慎ましやかに生きる限り、直接に会うことはありません」

「……今回の来訪を受けたことで、恐らく、お前には二度と手出ししなくなるだろう」

「……そうですね。仮にも白の公爵位ですから」

「……ヒルド?」


ここでなぜか、ヒルドが小さく呻いたので、エーダリアが不審そうにそちらを見た。


「いえ、」

「……それで、心当たりだが」

「ロクという穴熊の魔物であれば、敷地の結界に穴を空けられたことはあるんですが、他の高位な獣は、あえて面倒を避ける知能は持っています」

「そうだな。山の魔物がいる以上、あまり厄介事を引き起こすのは賢くないな」


話しながら、エーダリアは、ヒルドがネア達の動きに注視していることに気付いた。

こちらの会話を聞いていない程、向こうの様子が気になっているらしい。


「ディノ、こやつは食べられるのでしょうか?」

「食べないようにね。これでも一応魔物だから。それと、一度、地面に置こうか」

「でも、逃がすわけにはいきません」

「私が逃さないようにするから、手を離してくれるかい?」

「………ネア?何を捕まえたんだ?」


ものすごく嫌々なのを押し殺して、何とかエーダリアが声をかける。


「卵です! エーダリア様、外の雪の中に、こやつが跳ね回っていました」

「なぜ外に出たんだ。……卵?」


慌ててそちらに行けば、ネアは確かに卵のようなものの上部分を鷲掴みにしている。

時々暴れているようなので、確かに魔物なのだろう。


「これは!ガレンエンガディン、まさかキルコでしょうか…」

「キルコだな」


キルコは、鳥の魔物の幼体だ。

卵のままの状態でも意思を持って活動し、無害さを装って警戒をやり過ごしてから、跳ね落ちてきて人間の骨を砕いたりする。


「キルコとはどんな魔物なのでしょう?」

「まず、………頼むから、手掴みはやめてくれ。ヒルド、頼んでもいいだろうか」

「ええ。ネア様、それをこちらに宜しいですか?」

「何だか、大きな目玉焼きが出来そうな魔物ですね」


ネアは少し惜しそうにしながらも、ヒルドが差し出した革袋の中にキルコを放り込む。

入れた途端、激しく暴れる物音がした。


「ヒルドさん、この革袋は丈夫でしょうか?」

「ええ。魔物の捕獲用のものですからね。さて、手を拭きましょうか?」

「む、……つやつやの卵なので汚くはなかった筈ですが」


ネアは、綺麗な手のひらをひっくり返して確認していたが、ヒルドは、どこからか取り出した濡らしたハンカチで、ネアの手を甲斐甲斐しく拭き上げる。


「……面倒見がいいな」


その間、卵の魔物が入った袋を持たされていたエーダリアは、驚いた顔でその様子を見ていた。


「………女性ですから、このくらいの気遣いは当然のことですよ。それよりも、キルコがいるのなら、親がいる可能性がありますね」

「ああ。確かにその通りだな。……親がいるとなると、厄介だな。騎士達を呼び寄せ、討伐の編成を組む必要があるかもしれない」

「ガレンエンガディン、一度母屋に戻っても宜しいですか? 家族に、もう二段階上の結界を張らせてきます」

「ああ、そうしてくれ」



そのやり取りを聞きながら、綺麗になった手で手袋をはめ直したネアは窓の外を見る。

卵を持つのに滑るので一度外していたが、困った魔物がいるのであれば、いつでも狩りに行けるように準備をしておこう。


「ディノ。この卵さんの親鳥は、大きいのですか?」

「小さいよ。キルコはね、成長して雪の魔術を極めると、雷鳥の魔物になるんだ」

「……まぁ。雪から雷になってしまうのですね」

「雷の妖精を食べるから、雷鳥なんだよ」

「ふむ。刺激物を好む魔物さんのようです」


そこで素朴な疑問に首を傾げたネアは、くるりと振り返ると、討伐の算段を立てているエーダリアをつついた。


「エーダリア様、私の生まれた場所でも雷鳥さんはいましたが、あの雷鳥ごときが、山羊をどうこう出来るのですか?」

「あれは、簡単に山羊くらい食べるぞ。これから私とヒルドは、タクスと共に外を見てくる。もうすぐ陽が落ちるから、お前はここで待機していてくれ。必ず、契約の魔物から離れないように」

「わかりました。もし、エーダリア様達に何か不都合があれば、躊躇わずにこちらに救助要請を下さいね」

「ああ。タクスが母屋から戻るのを待つと、時間を余分に使うな。……私達は外で合流するので、くれぐれも、何かを壊したり荒らしたりもするなよ」

「………エーダリア様の中で、私の評価はどうなっているのでしょう」


ネアが不満そうにしたからか、エーダリアはぎくりとしたように一度ディノの方を見てから、さっと出て行った。

ヒルドも一礼して続き、小屋の中にはネアとディノが残される。



「ディノ、我々はお留守番になりました」

「家畜の小屋の中でね………」

「確かに、お花畑化してるとは言え、若干の獣臭がするので、ディノはちょっと苦手かもしれませんね」


(仮にも、王様なのだ。………このような環境は慣れてないだろうし、ここに入れておくのは可哀想だろうか)


そう思ってじっと見上げると、ディノは嬉しそうに目を細めた。

その姿を見てしまうと、山羊小屋にこんなに美しい魔物を入れておいていいだろうかと、さすがに胸が痛む。


「どうしたのネア? 持ち上げて欲しい?」

「ディノは、外に出たいですか?」

「ネアのしたいようにすればいいよ。あまり好みはしないけれど、特に不愉快という程でもないから」


それはやはり、嫌は嫌だということだろう。

ネアはちらりと小屋の外に目をやり、陽の傾きと雪の様子を見て判断する。


「では、外にいましょうか。今夜は満月で空が晴れているので、この雪なら陽が落ちても真っ暗にはならないでしょうし」

「満月か……。ネアの好きな雪菓子が採れるかもね」

「なんですと?!」




そこから先のネアの記憶は、泥酔した訳でもないのだが一部曖昧になっている。

雷鳥駆除に参加という建前を呟きつつ、鳥と同時に雪菓子の結晶を求めて山を彷徨ったのだ。

陽はすぐに落ちてしまい、満月が雪山を蒼く照らし上げる頃、ゆらりと剥がれ落ちた月光の雫が、雪の中に零れて丸くなる。


そしてネアは、お目当てのものを無事に収穫していた。



「自分で収穫する喜びも良いですね!」


ディノにどこからか取り寄せてもらった籠には、ふかふかのタオルを敷いて割れやすい雪菓子を保護している。

月の光の落ちるところに育つものなので、探していた雪菓子を見付けるのは比較的簡単だったが、この結晶は魔物や妖精も好むらしく、ネアは、あちこちで競合相手との死闘を繰り広げた。



「ディノ、……それは何でしょう?」


収穫が落ち着いた頃、満面の笑顔で振り返ったネアは、ディノが片手に掴んでいる灰色の塊に目を奪われた。


「雪竜だよ。ネアの大事な雪菓子を狙ってたから、捕まえておいた。竜は好きかい?」


手元を覗き込むと、灰色の鱗に細やかな銀色の斑がある。

失神しているので目の色はわからないが、とても綺麗な生き物だ。

大きさは馬くらいで、まだまだ子供なのだろう。


「竜は、白いものもありなのですか?この子は、羽の先が少し白いですよね」

「竜も白持ちは少ないよ。これはまだ子供だけど、成竜になればもう少し白が強くなるかも知れないね」

「まぁ。成長すると、色が変わるのですね」

「魔物と違って、成長する種だからね。それにしても、……随分と集めたね」

「はい! ゼノやみなさんにもお土産になります。これは満月ごとに結晶化するので、乱獲で取り尽くされることのないものというところが素晴らしいですね」


ほくほくと籠を眺めてから、ネアは、もう一度ディノの手にした雪竜に視線を戻した。


「そう言えば、エーダリア様が、牧場主さんは動物好きな方なので、今のお仕事を始めたのだと話しておられました。せっかくなので、あそこまで持って行って一度見せて差し上げてから、野生に返してやりましょうか」


欲望のままに山羊小屋を飛び出してきたように見えるネアだったが、仕事の最中に上司に余計な心配をかけないように、あの場を離れても騒ぎにならないような手は打ってある。

彼らが牧場に戻ればわかるようにと、ディノにお願いして、何やら特別な魔術を敷いて貰ってあるのだが、まだそちらには反応がないそうだ。

無事に収穫も終わったので、おやいないぞと思われるよりも早く戻れそうで、ネアはほっとした。



「お仕事も済ませてしまいたかったのですが、雷鳥はいませんでしたね」


さすがに雪菓子だけを探していた訳でもない。

木の根元を覗いたり、雪を纏った茂みをつついてみたりしたが、鳥らしきものは現れなかった。


「竜が来たから、逃げてしまったのかもしれないね」

「私の狩りの腕を、エーダリア様に見せつけるつもりだったので、少しだけ残念です」


そう言いながらも、高価なお菓子をただで収穫したばかりでご機嫌だったネアは、竜を持つ手の邪魔にならないよう、ディノの反対側の胸にとすんと体当たりし、ごしごしと体を擦り寄せてやる。

竜を持っているディノを屈ませる訳にはいかなかったので、撫でてやれない代わりのご褒美だ。


「何それ可愛い。もっとやって、ご主人様」

「雪菓子の可能性に気付かせてくれた、良い魔物へのご褒美です! それと、口を開けて下さい」

「口を?」


目元を染めて恥じらいながらも、素直に従った魔物の口に、ネアは、採りたての雪菓子のかけらを放り込んでやる。

収穫しながらネアも味見していたので、安全性と味は保証済みだ。



「美味しいでしょう?採りたてだと、売り物より瑞々しいんですよ!」

「………うん」


頷いた魔物は、頬を染めて幸せそうに頷いた。

後でまた、頭を撫でてやろうと考え、ネアは微笑ましく見守る。


(これが、リズモを狩ったばかりの効果なのかもしれない!)



そう考えてご機嫌なまま帰還したネア達が牧場に戻ってから暫くすると、エーダリア達も疲れた様子ではあるが、無事に戻ってきた。

雷鳥には出会わなかったものの、猿の魔物と遭遇して一悶着あったらしい。

猿の魔物はとても残忍なのだ。



「ご無事で何よりです。やはり、エーダリア様達はお強いのですね」


そう感嘆するネアをよそに、エーダリアの顔色は紙のように白い。

どうやら疲労だけが原因ではないようで、ネアの背後を何度も見ている。



「……ネア。お前達は、ここで待っているように言わなかったか?」

「一応に山羊小屋でしたので、ディノをこちらに入れておいていいのだろうかと不安になりまして、お外に出る代わりに雷鳥を探してみたのです。とは言え、残念ながら発見出来ず…」

「………あれは何だ」

「雪竜の子供だそうです!ディノが捕まえたので、動物がお好きな牧場主さんにもお見せして差し上げようと思って、持ってきてみました!」

「………竜」


当のタクスは竜の姿を認めた瞬間から、やや虚ろな眼差しになっている。


「……ネア、タクスは竜に魔力を喰われて引退したんだ。恐らく、愛でる対象にはなるまい。そして、それは、………雪竜だな。まだ子供とは言え、暴れた場合は村一つくらいは滅ぼせる大きさなので、少し離れたところで解放してくれるだろうか」

「まぁ。失礼しました。タクスさん、無神経なことをしてしまい申し訳ありません」

「………いえ、幸い、竜そのものに忌避感はありませんので。しかし、白持ちの竜ですか……」


驚きが何かの基準値を振り切ったのか、タクスはそろそろ穏やかな諦めに転じ始めていた。

魔術師というものは生来、とても合理的かつ柔軟な思考を持ち合わせている者達の多い職種であるらしい。


「綺麗な子なので野生に返してやるつもりですが、……エーダリア様欲しいですか?」

「い、いや、すぐに野生に返してやってくれ」

「わかりました。ディノ、少し離れたところがいいそうです」

「わかった、捨ててくるよ」


持っていくなら付いて行こうかと思ったネアだったが、ディノはそちらも見ずに、どこかの空間にぽいと捨てただけだった。


「……ちゃんと遠くに捨てましたか?」

「うん。隣の山だから大丈夫だよ」

「よく出来ました。帰り道は髪の毛を引っ張ってあげましょう」

「ご主人様!」


立て続けのご褒美で幸せいっぱいの魔物から視線を戻し、ネアは収穫してきた雪菓子の一部を、どさりとタクスに袋で取り分けた。


「ネア様……?」

「タクスさん、これは雪菓子です。街ではとても高価に取り引きされているので、是非にご家計の足しにして下さい。いなくなってしまった山羊は、家畜でしょう?失われた分の損失がきっとある筈です」


驚いたように袋を覗き込んだタクスが、また瞳を丸くする。



「……これは、釣りが出ますな」

「ふふ。私は、出会ったばかりのこちらの牧場のバターをとても贔屓にしているのです。チーズも、牛乳もなのですよ。……ですので本当は、このような補填だけでなく、その生産を脅かす雷鳥とやらを倒したかったのですが」


少し肩を落としたネアに、タクスは優しく微笑みかけた。

今の仕事にも彼は誇りをもっている。

それを評価する者は皆、タクスにとってはかけがえのない大事な顧客だ。


「有り難く頂戴します。それに、雷鳥は見付かりませんでしたが、ガレンエンガディンがこの敷地の結界を強化して下さいました。今後の被害を防げれば、ひとまずは安泰でしょう」

「そう聞いて安心しました!」

「良いお仕事をされましたね」


ヒルドも褒めてくれたので、ネアはほわりと笑って会話を収める。

これはあくまでもエーダリアが責任者の仕事であるので、会話の主導権を上司に戻そうとしたのだ。

しかし、そのエーダリアが、何やら信じられないものを見る目でこちらを見るではないか。


「……ネア、その籠の中身は何だ?」

「エーダリア様? この中身は、私の分の雪菓子ですよ。ゼノ達へのお土産も兼ねていますが、後でエーダリア様にも差し上げますね」

「そうではない。はみ出しているものの方だ」


そう言われたネアは、籠の隙間からはみ出している、丸めたタオルのようなものを引きずり出した。

苔色でこわこわしており、柔軟剤を入れずに洗い続けたタオルハンカチのようである。


「このふわくしゃであれば、雪菓子収穫の際に、私を邪魔した不届き者です。勿論成敗してやったので、後で薬になるかどうか見て貰おうかと」

「ふわくしゃ………」

「はい。私の見付けた雪菓子を奪わんとしてブンブン飛び回っていたので、叩き落としたところ、お亡くなりになってしまいました。可哀想ですが、食料争奪とは大変厳しいものですので、仕方のない顛末ですね」


狩りの女王は決して慈悲深くはないので、ネアは、このようなことで心を痛めたりはしない。

自慢げに収穫のあらましを告げると、なぜかエーダリアは項垂れてしまった。

周囲を見渡せば、心なしかヒルドも呆然としている。



「ディノ、私の狩りの持論は、やはり残虐でしょうか?」


心もとなくなったので振り返ってそう尋ねると、真珠色の魔物も困った顔をしていた。



「ネア、それが雷鳥の魔物だよ」

「……この、草臥れたタオルのような、苔色のふわくしゃが?」

「そう。それと、その色は、………随分と長命高位な雷鳥だ」

「雷鳥とは、鶉に似た形をした、白っぽいふくふくの可愛らしい鳥ではないのですか?」

「毛皮を掻き分けると、嘴はあるよ。魔術で浮かぶから、翼はないけど」


ディノにそう説明して貰い、ネアは呆然として、手の中のふわくしゃを凝視した。


「………解せぬ」


どうやら、無事に雷鳥の駆除も完了したようだった。









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