ゼノーシュ
クッキーモンスターとは何者なのか。
ゼノーシュ視点になります。
「おいたわしい」
僕が、思わずそう呟いてしまうのも仕方ない。
視線の先で悲しそうな目をしているのは、自分達にとって王であるひとだ。
白を基調としたどんな色をも持っている虹色の髪。夜明けの空のような、多色性の瞳。
その色彩は、彼が、許される限りのどんな魔術にも恵まれた、恐ろしい存在だと証明している。
僕達魔物の中に、白を持つ存在はごく稀だ。
白持ちは魔物の枠を超えた高位者となり、支配階級の爵位を与えられる。
時々人間達の文献や絵画に残される証跡から、白持ちはどうやら信仰の対象になっているらしい。
同じ生き物なのだけど、違う存在なのだと認識されてしまうくらいだ。
ディノ・シルハーンが特別である理由。
それは、彼が白持ちであり、
虹持ちだから。
全ての色、即ち属性のその支配権を持つ者。
そんな特別な存在を、僕は他に知らない。
そんな、僕達にとっても奇跡に等しい偉大な方を、今日もネアは雑に受け流している。
ディノはそんな仕打ちにこそ喜ぶのだが、本気の怒りを買うと、こうしてこっそりと落ち込んでしまう。
嫌われるのは別なのだろう。
(そろそろネアが、あの方の表現方法のまずさに気付いてくれるといいんだけど)
ネアは、あの方の影響を受けない異世界から、あの方の我が儘で引っ張り落とされた人間だ。
傅かずに共に生きる相手が欲しいと、ディノが肉体を練り直す形で手に入れた、理想の伴侶候補。
そのままの状態でこちらの世界に連れてくるには無理があったらしく、その容姿はディノの好みのもので再構築されている。
だから、そもそも逃げようとしても彼女の代わりがいる筈もないディノが、ネアを諦められる訳がないのだけど。
(椅子になりたいじゃなくて、どうして、素直に君を抱きしめていたいと言えないんだろうかな)
王でもある彼に対して、畏怖と共に頭を下げたのは最初だけだった。
僕達がそうするとネアが物凄い形相で逃げるので、ディノが嫌がったのが一つ。
今では、同じ歌乞いの魔物として、その名前も普通に呼んでいる。
もう一つの理由は、傅かれること以外での関わり方を知らないディノが、あまりにも不器用でハラハラするからだ。
あの容姿で子犬のように打ちひしがれている様を見ると、ついつい両手を握って励ましてあげたくなってしまう。
親近感というものが湧いてしまった。
酷い言葉を投げつけられたいと言うのではなく、どうしてもっと甘えて欲しいと言えないのか、僕にも謎だ。
おいたわしい。
(尤も、ネアの攻略対象に入ってしまう下位の魔物からすれば、ディノは恐怖と畏怖の対象でしかないんだろうけどさ)
この世で最も哀れな生き物達は現在、ネアの拙い好意を向けられてしまう、脆弱な魔物達である。
ネアは、煉瓦や酵母、食用になる植物に、細工物に適した魔物が大好きだ。人間の庶民層にもてはやされる魔物が、あの子の好みに合致するらしい。
僕は、煩わしいので普段は擬態してはいるが、これでも高位の白持ちなので、ネアの好意対象からは大きく外れていた。
何となく面白くないが、あの方に厭われないだけ幸せなのかもしれない。
「あ、ゼノ、クッキー食べますか?」
「…………食べる」
ディノがよろよろと退出したのと入れ違いで通りかかったネアは、僕を見るなりポケットから個別包装されたクッキーを取り出した。
いつ僕に会ってもいいように、常に持ち歩いているらしい。
「なんで、嫌いなやつの為なんかに、いつも持ち歩いているの?」
「私、ゼノのこと嫌いだなんて言いましたっけ?」
「僕と契約したくないんでしょう?」
それって、僕達にとっては拒絶宣言に等しいんだよ。
「したくないですよ。ゼノは高位ですからね。せっかく乗り換えても、また国のお偉いさんに利用され兼ねないなんて、嫌に決まってるでしょう」
「じゃあ、僕のこと嫌いじゃないか」
「なぜそうなるのだ」
解せぬと呟かれたけれど、わからないのは僕の方だった。
面倒だから関わらない。
そんな結論を下すくせに、そこのどこに安心すべき好意があると言うんだろう。
それでもいいから一緒にいようと、君は諦めてくれないじゃないか。
そんな状態で常に焦らされているディノの心は、どうしてあんなに頑丈なのだろう。
そんなことを考えてしまうのは、自分の歌乞いのことを考えてしまうからだろうか。
そのひとのことを考えると、ゼノーシュはいつも寂しさに胸が苦しくなる。
「ほらほら、クッキーはまだありますよ」
「………食べる」
聞けば、ネアは僕のことを、クッキーモンスターと呼んでいるらしい。
でも、そう呼ばれるのは嫌じゃない。
(でも、モンスターってどんな意味だろう?クッキーはこのお菓子の名称だとわかったけれど…)
もすもすとクッキーを齧りながら、笑顔で僕の頭を撫でてるネアをじっと見つめた。
ネアは表情が乏しい子だけれど、今ばかりは、僕を見てにこにこしている。
(君は、まるで猫の子を愛でるみたいに僕にクッキーをくれる)
僕達のことを、そんな風に扱う歌乞いは他にいない。
僕達魔物にとって、人間はそもそも矮小な存在だ。
だからこそ、僕達を捕らえる歌乞いは皆、恐怖と節制を以って、僕達と関わり合う。
そのことが、どれだけ僕達を失望させるか知りもせずに。
(確かに契約は、歌乞いの命を削るよ?)
けれど、僕達が彼等に膝を折っても構わないと、その姿を現わすのも事実なのに。
(歌乞いの命を削ってしまうのは、人間が弱い生き物だからだよ)
僕達だって傷付くし、不死でもないし、心を持つ生き物だ。
勿論、気に入った歌乞いの寿命を削りたくなんてない。
でも、
それでも。
その命を契約で散らし、一人残される苦痛を覚悟の上で、姿を現わすのに。
歌乞い達はいつも、僕達の希望を打ち砕く。
「ネアが二人いればいいのに」
「二人いても一匹差し上げたりはしませんよ?そして、どっちも私なら、やはり高位の魔物は、手に負えません」
「ねぇ、ディノと早く伴侶になって?そうすれば、ネアも僕達くらい長く生きれるし、高位が嫌だとか言わなくなるでしょう?」
「………なぜそうなった」
僕的には渾身の眼差しでお願いしてみたのだが、ネアはなぜか頭を抱えてしまった。
おかしいな。
いつもならこれで、人間は何でも与えてくれるのに。
「ネア………」
悲しげに見つめると、よしよしと頭を撫でられた。
こうやってネアはいつも、ずっと昔に僕が、僕の歌乞いにして欲しいと思っていたことをしてくれる。
「うーん、餌付けし過ぎちゃったかなぁ。恐るべしクッキーの魔力ですね」
違うよ、ネア。
がっくりと肩を落とした僕に、ネアは首を傾げた。
ディノの思いが報われるのも、いつになるのかわからなそうだ。
「クッキー食べる?」
「………食べる」