ガレンエーベルハントの魔術師達
ガレンエーベルハントは、白の塔と呼ばれる魔術師の塔だ。
支部も合わせれば千人もの魔術師が在籍しているが、その中でもガレンエーベルハントに入ることが許されるのは、九十人の各分野の精鋭達だけである。
塔には階層ごとの階級が徹底されていて、塔の魔法使いと呼ばれるガレンエンガディンが、地下に降り立つことは滅多にない。
「地下のアイシャが、火箸の魔物を貰ったらしい」
だが、エーダリア元第二王子がガレンエンガディンになってからは、少し事情が異なってきた。
いや、新代の歌乞いが現れてからだろうか。
「しかし、この前の下賜会は凄かったな」
「幻の魔術道具や、実在しないとまで言われた遺物達があれだけ振る舞われたんだ。先代がいたら、歯嚙みをして悔しがっただろうぜ」
実際に、塔の最高齢である魔術師は、生態を研究するようにと渡された海水晶の妖精の卵石を抱いたまま、その場で心不全を起こしかけた。
海水晶の妖精は百年に一度しか生まれない。ましてや、深海にある筈のその卵など、人間の目に触れる機会は滅多にない。
その魔術師は気力で息を吹き返し、今は毎日海水を貯めた水槽に張り付いている。
あまりにも幸せ過ぎて、毎週末同僚に酒を奢ってくれるので、塔一番の守銭奴の汚名も返上しつつある。
「いいなぁ。俺は竜に纏わる物が欲しいんだよなぁ」
「竜はいいよな。国内にも、叡智を借りる隣人としての竜は何頭もいるけれど、子竜を見る機会は滅多にないし、鱗や涙は一国の王でも手に入れる機会は滅多にないからさ」
「竜の鱗!最高の魔術道具だなぁ」
「……そろそろまた来ないかなぁ、エーダリア様」
「な。また塔にも顔出して欲しいぜ」
お互いにそう言い、珈琲のカップを取り上げたところで、樫の扉がものすごい勢いで開いた。
「ねぇ、聞いた?!ネア様の魔物って、白持ちなんですって!!!」
飛び込んできたのは、火の魔術の大家であるライラ・リムルだ。
浅黒い肌に吊り目がちな黒い瞳と黒髪で、しなやかな肢体から黒豹という通り名がある。
「……知らなかったのか、ライラ?」
「うっそ、知ってたの?!教えなさいよ!!」
「結構有名な話だぜ。エーダリア様は、薬の魔物だって公表してるけどさ」
「薬の魔物が、海水晶の妖精の卵なんて採って来れないしな」
「ラムネルも狩ってきたんだろ?そりゃ無理があるよな」
「もう!知らなかったのは、私だけ?」
頬を膨らませてテーブルについたライラが、リッキーの珈琲を奪い取る。
リッキーが幸せそうなので、良しとしよう。
「あまり噂話に参加しない奴は、知らないかもな。でも結構有名だぞ?ライラはさ、炎の魔術の練習で、海賊討伐に出てたから仕方ないんじゃないの?」
「……それにしても、エーダリア様って案外お馬鹿なのね。よりにもよって、白持ちを薬の魔物だと報告したなんて」
「だよな〜。最初の頃、皆そう言ってたぜ。でもさ、開示しながら、エーダリア様の目がすっげぇ泳いでて。あれで何だか、親近感湧いたよなぁ」
「わかる!北の血族で、元王子の天才魔術師とか言われて、お高くなってんのかなと思ったけど、あの人案外天然だよな」
実際、あの一件からガレンエンガディンに好意的となった魔術師は多い。
塔はとても現実的な組織だ。
才覚で上り詰めるからこそ、上の者への畏敬と敵愾心も強い。
そんな中で、流星のごとく現れたガレンエンガディンは、反感を買った。
下積みがなかったのだから当然のことだが、その才能への嫉妬もあったのだろう。
彼が受け入れられ始めたのは、若い魔術師が存外に苦労人であること。
そして、規格外の品物を持ち込み続け、価値ある主として認められたからである。
「婚約破棄されるのも、俺達からしてみればお仲間だしなぁ」
「そうね。確かに同志ね」
魔術師の婚約破棄率は異常に高い。
塔に入るような魔術師は、研究で一月家に帰らないことも多々あり、恋人達から見限られることがよく起こる。
稀に結婚に漕ぎ着けた猛者がいても、大抵、子供が成人する頃には離縁されていた。
一種の職業病のようなものだ。
「でも、エーダリア様から婚約破棄したって言ってたぜ?」
「普通に考えろよ。白持ちと契約した歌乞いと、魔術師が別れたいと思うか?」
「…………ないな。傍に居るだけで幸せ過ぎる」
「きっと、白持ちの魔物に婚約破棄させられちゃったんでしょう」
「だよなぁ」
「だなぁ」
魔術師達は、塔の長の背負う苦労をしみじみと哀れに感じた。
棄てられた婚約者の補佐をし続ける日々は、さぞかし辛いだろう。
時々素敵なお土産をくれる苦労人の上司を、きちんと支えていってやろうと強く思った。
「竜の鱗持ってきてくれるかもしれないし……」
「竜の卵見れるかもしれないし」
「……アベル、リッキー、本音が溢れてるわよ?」