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ストーブと火箸の魔物


リーエンベルクにストーブが導入された。

特殊な魔術が働くので、この建物の中にいれば真冬のウィームでも寒くはないそうだが、人間達の季節感がそうさせるのだという。


黒い鉄製のストーブに石炭を焼べて、火箸でつつくのはネアにとって新鮮な体験となったし、適当にならしたら、真っ赤に燃える石炭を飽きずに見ていられる。

窓の外は雪で、まだ深く積もるには早いが、これからゆっくりと地面の厚さを増してゆくのだろう。

流れてゆく時間の穏やかさに、思わず頬を緩めてしまう。



「燃やしているのは、魔術の火なんですね」


ただの炎を燃やすのとは違い、術者の意思一つできちんと火が渡り、消火も容易い。

何より、妖精達が好む火なので屋敷妖精の受けも良い。



「ネアは、食べ物を焼かないのかい?」

「ゼノは甘いお芋を焼くそうですが、私は、お芋にそこまで執着がないので、気が向けばでしょうか。暖炉のあるお部屋だと、もっと色々焼くそうですよ」



だが、この世界の魔物は暖炉を好まないのだ。


そんなことも、この世界に来てから初めて知った事実であった。

暖炉というものは得てして扉になりやすく、契約の魔物がいるにもかかわらず暖炉に火を入れていると、浮気だろうかと騒ぎ立てられるらしい。

暖炉で暖を取るしかない家では、たいそう迷惑な話ではないか。



「ふうん。あ、火箸の魔物が生まれたね」

「………はい?」



のんびりとしたディノの声を辿って、ネアは目を瞬いた。

細長い真鍮の火箸立てに戻した火箸の上に、掌サイズの鷺のようなものが出現している。



「何者?!」

「火箸の魔物だよ。ここは魔術の濃度が高いし、その火箸は良い職人が丁寧に作った古いものだ」

「この、ちびこい鳥さんが、魔物なのですか?」

「ああ。火箸の魔物はあまり大きくならなかった筈だよ」

「………ディノの方を見て、動かなくなってしまいましたね」


哀れにも生まれたばかりの火箸の魔物は、意図せずに王に謁見してしまったようだ。

びくっと体を竦ませた後、全身の羽を逆立てて固まってしまった。

目がまん丸になっているのが不憫で可愛いが、火箸の魔物にとっては災難なのかもしれない。



「……ネア、鶏肉好きだよね?」

「やめてあげて下さい!……鶏肉は好きですが、この稚い魔物さんは食べたりしません。ほら、失神して絨毯に転がり落ちてしまったじゃないですか」


こてんと転がり落ちたものを、拾い上げると可哀想に体がガチガチに強張っている。

生まれてすぐにとんでもないトラウマを背負わせてしまった。


「この子は、どうしましょう?」

「外に捨ててくるかい?」

「ディノに、同族への優しさを期待した私が愚かでした。こら、私を絞め殺してはいけません!」


突き放されたのが不服だったのか、ディノにぎゅうぎゅうと抱き締められて、ネアは手の中の火箸の魔物を潰さないよう、必死に腕を持ち上げる。


「それは、早く捨てておいで」

「おのれ、私に魔物殺しの汚名を着せるつもりですか!」


ぺしりとおでこを叩けば、両手で額を押さえたディノがうっとりとする。


「……嬉しい」

「くっ、やはりご褒美か!」



仕方なくエーダリアに保護して貰いに行くと、火箸の魔物はとても貴重なのだと驚かれた。

何かの書類を審査していたらしく、一緒にいたヒルドも驚いている。



「火箸の魔物は、使った直後の火箸からしか生まれませんからね。派生したけれど、火箸はストーブの中だったということが、往々にしてあるんです」

「………生まれ方の生存率低すぎます…」


ネアは呆然と呟き、エーダリアの執務机の上に乗せられた火箸の魔物を見た。

まだ失神したままだが、ふかふかのタオルに包んであるので、少しでも罪滅ぼしになればいいが。


「何を食べるんですか?」


魔術そのものや、事象、自然、感情、あらゆるものから栄養を得られる人型の魔物と違い、獣姿の魔物は大抵餌が決まっている。


「石炭だ。一欠片も与えておけば、一日中つついているぞ」


一日中コツコツとうるさいので、せっかく無事に生まれても、またそこで捨てられてしまう確率が高いらしい。

結果、成長した火箸の魔物はとても稀なのだそうだ。



「……なんというか、……生き抜く為に、もっと身の振り方を考えた方がいい魔物ですね」

「ああ、全くだ。だが、塔にこの魔物を欲しがっていた職員がいるから、さっそく送ってやろう」

「……その方は、この子に害を与えたりはしませんか?」

「いや、飼いたいそうだ。鳥の魔物を集めているからな」

「良かった。幸せになるのですよ」



一安心したネアだったが、さっそく銀の小さな鳥籠に入れられて、生まれ出た火箸と共に塔に送られた魔物は、鳥だらけの異様な部屋で目を覚まし、目を覚ますなりまた失神したらしい。

隣の籠は、鳥の魔物を食べる猛禽類の魔物だと言うが、ストレスなく生きてゆけるだろうか。

切実に籠の配置を考えてやって欲しいと思うばかりだ。


「ディノは、どうやって生まれたんですか?」


部屋への帰り道に、ふと気になって聞いてみた。

高位の魔物がどう生まれるのか、ネアは知らない。


「母がいたみたいだね」

「まぁ!お母様がいらっしゃったんですね!」


想定外の答えに驚いた。

このような魔物でも、母親から生まれてくるのだろうか。

子供の頃のディノを想像して、あまりの可愛らしさに頬が緩む。


「人間の親とはだいぶ違うよ。私の生まれる前に、私の司るものを司っていた魔物がいたというだけだから。代替わりをして先代が死ぬと、新しい魔物が生まれるんだよ」

「では、一緒に暮らしたりは出来なかったんですね。ディノが子供の頃の、面倒は誰が見てくれたんですか?」

「高位の魔物は、生まれた時から姿が変わらない。知能もある程度このままだし、従者や部下以外の魔物の手は借りない。私は下位の魔物を添わせることもなかったから、誰かと暮らすのはネアが初めてだよ」



真珠色の髪に結ばれたリボンに、そっと触れる指先。

大事そうに手を添えて、ディノは微笑む。

窓の外の儚くて美しい雪と、同じ白く美しいものが窓の外を見て、淡く目元を綻ばせる。



「ふふ。じゃあ私は、ディノの初めての家族のようなものなのですね」


そう言えば、慌てたように振り返った。


「………ネア、家族になってくれるの?」

「念の為に補足しますが、私は、ディノのお母様になるつもりはありませんよ?!」



この年齢で大きな息子持ちは辛いですと続けると、なぜかディノはがっくりと肩を落とした。








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