うちの魔物の困った嗜好
最近、ネアには悩みがあった。
ディノの要求の難易度が、徐々に上がってきている気がするのだ。
故意ではなく、偶然に発生したあれやこれから、感心するくらいに変態としての好みを発見してしまうようだ。
こちらを見て微笑み強請る有様は、なぜそれを玩具として認識したのだという、飼い犬への苦情めいた気持ちにさせてくれるが、ただ叱ると言うのも違う気がする。
例えば、カーテン絡まり転倒事件から、ディノは飛び込み型の打撃を好むようになったのだが、あまり活動的ではなかった人間が、体が宙に浮く一瞬に若干の恐怖を感じるので、あまり強請らないで欲しいし、スカートが捲れそうで淑女としてもなしだと思う。
爪先を踏む行為も、近頃は両足の爪先を踏んで貰いたがるので、上等な靴を踏むことに罪悪感がある上に、行為が二倍になったことへの危機感が募った。
これは、変態としてのレベルが上がってしまったのだろうか。
それとも、甘え始めたという認識でいいのだろうか。
専門的な知識がないので、誰かに教えを請いたい。
とても困ったことだが、こんな有様でもやはり、ディノはネアにとっての大事な魔物なのだ。
自分よりも遥かに適性がありそうな、元婚約者がいるのに、以前のように簡単に引き渡しについて考えられなくなってしまったくらいに。
「ネア、この前みたいに起こしてくれないの?」
「……また悪化させてしまった」
頭を抱えたネアの正面で、毛布の塊が蠢いている。
一昨日、しょうもないことで拗ねてしまったディノが毛布の要塞に立て籠もったので、力任せに毛布を引き剥がしたのがいけなかったようだ。
もし過去に戻れるような魔術があるのなら、ネアは、あの時の自分を全力で止めたい。
それで懲りたので、仕方なく要求を無視して無言を貫いたところ、ディノは更にレベルを上げてきてしまう。
無言でとても責められている雰囲気が、自分のことしか考えていないようで嬉しかったらしい。
つまりネアは、結果として魔物に、放置プレイを学ばせてしまったのだ。
(…………疲れた)
最近は、何か新しいことをする度に、これはディノのご褒美になってしまわないか、考えるようになった。
行動がとても限定されるので、まるで気が休まらないし、そんな日々が続くと、こちらの思考も少し様子がおかしくなってくる。
或いは、これは戦闘放棄とも言えるのかもしれない。
「ネアが可愛い……………」
魔物はご機嫌だが、私の精神状態は限りなく灰色だ。
「ご主人様は現在、英気を養っている最中です」
「わかった。待っているよ」
魔物を椅子にしてその上に座り、半分自棄でその長い髪を掴んでいる。
すべすべで目に楽しい色彩なのが憎いところだ。
魔物は膝の上に座ったご主人様を腕で抱え込んで、拘束椅子を出現させているのが大変に遺憾だが、こうしていると新たなご褒美を発見されてしまうことはない。
つまり、ある程度の損失があるものの、最も安心出来る状態でもあるのだ。
「……………おのれ、いつか目に物を見せてくれる」
「ネア、どこか行きたいのかな?」
「覗き込み禁止です。寝ていていいのですからね?」
「起きたばかりだけど、もう一度寝てしまうのだね」
ネアはとても投げやりなのだが、ディノとしては、一緒に何かをしている気分のようだ。
はしゃぐ魔物を無視して、ネアは、やっと体から力を抜いた。
決してこのままの状況を許すつもりはない。
知識を蓄え、日々研鑽し、きっと打ち負かしてみせるのだ。
広場で見かけた木馬の魔物と、その恋人の様子を思う。
あんな風に、自然に手を繋いだり、会話の流れで肩を叩いたり出来る自由が欲しい。
ネアだって、ディノと手を繋いで街を散策出来るのであれば、そのくらいは吝かではないのだ。
(でも、手を繋ぐと弱ってしまって、髪の毛に持ち替えさせられるし、言動を止めようとして肩を叩いたらご褒美になってしまうのだ……………)
「…………ネア、頭突きもするかい?」
「辛い……」
結局今日も、いい打開策は見付からなかったので、やはり転職活動をするべきかどうかを、ネアはまた悩むのだ。