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うちの魔物が進化した


うちの魔物が進化した。

どうやら、たくさん食べて成長したらしい。

成長期に縮むというのが、魔物の不思議なところだ。



綺麗な少年の姿で、くるりと巻いた白混じりの髪の毛が天使のようだ。

あんな姿で市井を歩けば、あっという間に誘拐されてしまうかもしれない。


そう考えてふと、

ゼノーシュは魔物だと思い出した。



俺よりも遥かに長く生きていて、俺など欠片も残さずに葬り去れるくらいに膨大な魔術を持っている。



「だが、あっちの姿で見つめられると弱いんだよなぁ………」

「久し振りに、子供のいる親の顔に戻りましたね」


お互いの仕事が終わった深夜に、酒を酌み交わしながらそう愚痴ると、ヒルドが苦笑してそう言った。


「そうか。だとすれば、些かまずいな。混同しないように自制しなければだ」

「別に構わないのでは?魔物は、契約した歌乞いを溺愛します。どのような感情にせよ、大事に扱うのは喜ぶかと」

「とは言え、ゼノーシュは随分と高い位の魔物だったようだ。人間なんかに、気の迷いで子供扱いされるのは不愉快だろう」

「あの仕草を選んだ魔物が、嫌がりますかね?」

「騎士団にいた頃、言葉遣いの至らない部下を散々教育してきた手前なぁ……」



騎士団に入ってくる若者たちは前途有望だが、武芸に邁進するあまり、社交に長けておらず相応しい言葉遣いを知らない者も時折現れた。



ウィームの公職の騎士は、全員が騎士団に所属する。

その中でも、リーエンベルクの騎士達は、冬青を身に纏うそれ以外の騎士達とは一線を画し、水色に白の騎士服を身に纏うのが習わしだ。

リーエンベルク在籍の歌乞いも含め、白という貴色を身に纏う事を許され、それを拝する事でリーエンベルク在籍であると示す、謂わば誉ある装いである。


例えば、他の誰かと同じ同じ白いシャツやクラヴァットでも、サッシュやリボンでも、その色を公式に義務付けられたリーエンベルクの者が纏う白は重みが違う。


いい腕を持ち、性格の良い青年であっても、そうして自らの所属を謳い、階級の顕著な場に勤める以上、踏み越えてはいけない線引きがあるのだ。

その見えない壁の存在を知り、規律を守ることが騎士の務め。

強いだけでは、集団の中で上手く生きてはいけない。


近衛騎士達とは違う世界からこちらに入った、不器用な部下達を守るのが俺の仕事だった。

だから、俺自身もまた、見えない壁を越えてはならない。



あんな風に、澄んだ瞳で見上げられることに、死んでしまった筈の父親の心が震えても。



ゼノーシュは、気紛れにこの手を取ってくれた、強大な魔術を司る魔物なのだ。



「夕方にクッキーを買ってやったら、缶ごと抱き締めて目を輝かせてるんだ。しかも、もう何も入ってない缶を、引き出しに仕舞って施錠してたんだぞ」


ゴミじゃないかと呟けば、ヒルドが呆れた顔になる。


「大切だと思ったから仕舞ったのでしょう」


「ネア様がクッキーモンスターだと言っていたしなぁ」


「モンスター?」


「詳しい意味までは知らん。給仕妖精から、クッキーモンスターとは、クッキーを好物とする青い魔物だと聞いたぞ」


「ゼノーシュのことですかね?青いと言うより、水色に見えますが」


「だよなぁ。そういう名前の個体が、別にいる可能性もあるな」



「そう言えば、ネア様は愛し子なのですか?」



俺達人間が迷い子と呼ぶそれを、妖精達は愛し子と呼ぶ。

人間としては物珍しい貴重品になり、妖精からは守るべき無垢な者という扱いになる。

こういうふとしたところで、種族が違うのだということを思い出すのだ。



「確かに異世界という言葉を何回か耳にしたが、最初は小国の難民奴隷で、うちの国内に遺棄されたのだろうと聞いていた」


「それはご本人から?」


「いや、エーダリア様とエインブレア様がそう判断したみたいだな。しかし、あの白持ちの魔物が言うのなら、迷い子なんだろう」


「全ての詰めが甘い、エーダリア様へのお叱りは後として、あの少女の歌がどんなものか、気になるところですね」


「儀式なしに呼んだくらいだからなぁ」


「あなたもですよね……。まぁ、あなたは昔から、歌は褒められていましたけど」


「子供の頃から、ピアノだ何だと散々仕込まれたからな。当時は歌乞いが一族から出ることは名誉とされていた。あの頃の貴族の子供達は、跡継ぎ以外みんなやってたよ」


「では、歌乞いとなったときには、喜ばれたでしょう?」


「……そうだな。家を継いだ兄は、たいそう喜んでくれた」



貴族階級から歌乞いとなった人間は、一種の聖人化をされる。


魔術への耐性が強い者程、高位の魔物を捕らえるので、名のある魔物の契約者が貴族に多いこともあるだろう。


遠くない未来に国に殉じて魔物に命を喰われる家族に、明確な一線を引くことの意味もあるのかもしれない。


そして魔物自身もまた、自分の歌乞いを占有して孤立させる。



魔物と二人、死ぬまで働くのが常である。



「そう考えると、ゼノーシュはいい魔物なんだな」


「突然にどうしました?」


「いや、ゼノーシュは、俺の仕事に理解があると思ってな。いつだったか、ディノ殿の件で目が回る忙しさでな、ゼノーシュの食事を忘れたことがある」



「それは契約以前の問題として、生き物にしてはならない仕打ちですね」



「空腹のあまり廊下で行き倒れたと怒られたが、俺が困る程には怒らなかった」



「グラスト、……これからは毎日、そのクッキー缶を与えてあげなさい。寿命の問題も解決したのですし、あなたの給料であれば、造作もないでしょう」


「あ、ああ…。そりゃあ問題ないが、毎日はさすがに体に悪いだろう」




その晩同僚と話し合い、ゼノーシュには毎週末に一つ、クッキー缶を与えることにした。


その結果、部屋に大量の空き缶が溜め込まれた。

さすがに環境としてどうだろうと思ったので一部を捨ててしまったところ、うちの魔物は三日間ネア様の部屋に家出した。


その間は、ディノ殿からの風当たりも強く、ゼノーシュは口を利いてくれず、ひどく苦い思い出になったので、二度とするまい。




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