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7. 朝食は妖精の料理です(本編)



その翌日の打ち合わせで、ネアは厄介な現状の報告を入れることにした。



(いやいや、何が厄介かって、未整理の厄介だらけですけどね!)



その最たるもの、昨日の段階から、保管用・返却用で振り分けを始めた様々な道具たちは、今もネアの部屋の片隅に積み上げられている。


ちなみに、竜の卵は迅速に親元に返還された。

居場所探索も含めて酷使されてしまったゼノーシュは、昨晩二人分の夕食を摂っている。



(グラストさんの残り寿命が心配な限りなので、後でディノにそれを緩和出来るようなお薬があるかどうか聞いてみようかな………)



今もゼノーシュの給食係りに徹しているし、きちんと自分の食事は食べているだろうか。

色々と不安になりながら、ネアも朝食の席につく。


元王子と向かい合う食事でも、ネアは決して物怖じしない。


生まれ育った世界で、マナーの素養があるからだ。


ネアの実家は、外交官だった父親の影響もあり、各国の食事のマナーを学ばされた。

その中から該当しそうなものを選別し、この世界の食事の場面で活用している。



朝食は、ハムに該当する各種、チーズ各種。ソーセージに、酢漬け野菜。

そして、籠ごと独り占めしたいパンの各種がここでは花形選手だ。

何しろこの王宮のメニューには、バターの種類が多い。

一人用に取り分けられて並んだそのお皿を、ネアは毎回、一番手元に引き寄せる。


(ホイップバターに、新鮮な生バター、香辛料の効いた赤いバターに、香りのある熟成バター)


岩塩をきかせたもの、木の実を砕いて入れた歯触りの楽しいもの。

そしてそこにパン用のパテが加わり、ジャムもふんだんに用意される。


今朝のスープは、トマトベースの赤い野菜のスープ。

あつあつでポタージュにしたとろみもあり、ゼノーシュは自分の皿を抱えて離さない。

どんどん飲んで、横のグラストが鍋から足してゆくのはご愛嬌だ。

わんこそばシステムである。可愛い。


ハムとソーセージとパンに熱意を注ぐネアとしては、この朝食の段階だけでも生きている喜びを噛み締め終わってしまう。



(エーダリア様の食事の好み、好きだなぁ)



唯一、卵が苦手なところでマイナスポイント。

とろとろのスクランブルエッグがないかと初日に獣のような目で周囲を見回したが、とうとう出てこなかったのだ。



毎回幸せそうに食べていたら、最近のディノは、ネアに食事を摂らせる喜びを覚えた。



「ほら、これは好きだよね?」

「いただきます!」


優雅な仕草でフォークを閃かせ、ディノの皿からハムを奪うネアは、さながら美しい剣捌きの騎士のようだった。

指使いが洗練されているので優美だが、やっていることは朝食の強奪である。



「ディノ、この酢漬け野菜を全部あげましょう。そこのチーズを代わりに要求します」

「うん、ご主人様」

「…………むぐ、ホイップバターなくなったのです…………」

「大丈夫。まだこっちにあるからね」


交渉でも決して声を張ることもないので、穏やかな朝を邪魔はしていない筈だが、


「あえて魔物の食事を取らないでも、追加を頼めばいいだろう」


エーダリアはやはりマナーに厳しい育ちの男性なので、ネア達の食べ方に不満そうだ。


補足すると、このリーエンベルクと呼ばれる元離宮の料理人と給仕は、人間ではない。


どこかの農家出身の妖精なのだそうだが、ネアには人間との違いがよくわからない。

笑顔の鮮やかなおじさまと、執事然とした髭の老紳士に見える。



妖精の料理だからか、仲間はずれが嫌なのか、ディノもここでは食事を摂っていた。

食材や作法に不慣れなこともなく、見惚れるような仕草で食べ物を口に運んでいる。

人間に浸透した文化は、元々魔物のものだからねと、飄々と教えてくれた。



「私も、それぞれに配膳された食事を分け合って食べるのは嫌いです」


「その状態でよく言えたな」


「嫌いなのは、自分の食べたいものは自分の裁量で進めたいから。そして、そもそも社交で分け合う食事は非効率です」


そこでぱくりとピクルスを食べ、きちんと嚥下するまで黙る。


優美で潔く、洗練されている。

ネアの食事姿は、王妃ではなく王の食べ方だと称したのは、給仕妖精である。



「でも、ディノはとにかく自分のものを渡したいし、ディノからであれば、私は傍若無人に好きなものだけを手に入れられます。双方の利害の一致でしょうか。元々、ディノの願い事で始めたことですし、他ではやりませんよ」


そこでネアが視線を逸らしたのは、斜向かいに座ったゼノーシュが、可哀想なくらいの苦痛の表情で、ネアに自分のスープを差し出したからだ。


「スープのお代わり希望ですか?」


「僕のも、……分けてあげる?」


疑問系で眉をしょんぼり下げている可愛さに、ネアはとびきりの笑顔になった。

滅多に見ない表情なので、エーダリアが瞠目する。


「私は、パンとハムで充分幸せなので、ゼノーシュさんのスープまで食べきれません。分けてくれようとしたのはすごく嬉しいけれど、そのスープはあなたが飲んでくれますか」


「うん。わかった」



(クッキーモンスターの兄弟子なだけはある。なんていじらしいんだろうか!)



「ゼノーシュが食べ物を分けようとしただと?」


グラストが、呆然と呟いた。

どこか、子供の成長を見る親の顔だ。



「ネアに食べさせていいのは、私だけだよ」


ちらりと釘を刺したディノは、朗らかな微笑みで、刃物めいた声を出す。

同じ魔物同士では気にならない範疇なのか、ゼノーシュは、ただ生真面目に頷いた。


「朝食だけですよ。晩餐のメニューは、分け合う作業に向きません。外食の際には基本禁止、屋台の食べ物は許可します」


「………屋台で食事をする機会など、滅多にないだろう」


「あら、それは困りましたね。エーダリア様、今度ディノの情操教育の為に、街に下りてもいいですか?」



この世間知らずな魔物をどこかで市井のものに触れさせたいと、ネアは昨晩から考えている。

簡単に略奪をしてはならない。

竜であれ、母から子を奪うなど言語道断である。


生き生きとした原始的な生活のいろはを見せるなら、やはり庶民の暮らしだろう。

一般人出身なので、アテンドも苦ではない。



「まだ早いのでは…」

「君と街を見られるのかい?」

「…………姿と魔力の調整をするならいいだろう。君の魔物は、人間に擬態することすら出来そうだ」



大抵の場合、多いものを少なく偽装する方が、とても難しいのだそうだ。

高位の魔物が人間に擬態するのもそう。

可能であるのは、最高位のものと、最も下位のものに限られる。



「出来るけれどあまりしたくないな」

「私と一緒に街歩きしたくないですか?」

「………する」

「じゃあ、姿と魔力をどうにかしましょうね」

「ご主人様…………」



ネアの言葉に、美貌の魔物が悲しそうに目を伏せる。



「まぁ、どうして嫌なのでしょう?大変だったり、怖かったりするのですか?」

「…………ネアは私の姿しか好きじゃないのに」

「とんだ風評被害です」

「この姿を変えたら、私のことはいらなくなるんじゃないかな」

「一時的な措置ですし、……そうですね、私好みの容姿に擬態すればいいんじゃないですか?」


「そこで、容姿だけじゃないって補足してあげないんだね」



ゼノーシュは、決してディノを精神攻撃しているわけではない。

純粋なだけの問いかけだったので、ネアは一度真剣に考える。



「さぁ、どうでしょう」


よくわからない状態を言葉にすることもないので、ネアは感じるままに曖昧にする。

ディノはわざとらしく悲しむでもなく、さして問題でもないように頷いた。



「この姿しか好きじゃなくてもいいよ」


「そこまで極端ではないのですが、私が、他に好きなところはあまり具体的じゃないんです」


「他にもあるのかい?」


(どうして、そこで驚くのかな)



どれだけ悪逆非道な人間だと思っているのだろうとネアが柳眉を逆立てたのを見て、ディノはいっそ清々しく笑顔になる。



「なぜ喜ぶのだ」


「だって、怒る時のネアは、心が剥き出しで可愛い。手が触れるし、髪の毛引っ張ってくれるし、私を叱るときは、こちらしか見ていないよね」

「………エーダリア様、」

「こっちを見るな。私は食事中だ」


変態の振り幅が読めないので、暫定将来の伴侶候補に予習させようとしたが逃げられてしまった。


「でも、昨日みたいに髪の毛を洗ってくれるのも好きだよ?」


「だからって、わざと汚してきたら二度と洗ってあげませんからね」


「……洗髪したのか?白……魔物の髪を?」


「洗いますよ。眠る時に汚いと嫌でしょう?」



その途端、ぴたりと物音が消えたので、ネアは眉を寄せた。




「まさか一緒に寝ているのか?」


「エーダリア様の中の私の評価は、痴女なのでしょうか」


「いや、だが…」


「明け方に転がり込まれたことはありますが、きちんと蹴り出しましたよ?今の発言は、ディノが自分で眠るときに嫌でしょうってことです」


「ネアは優しいからね」


そしてようやく切り出すべき本題を思い出したネアは、自分のお皿が綺麗になったことを確認してカトラリーを置いた。



「ところで、エーダリア様。私、もしかしたら仮面の魔物の被害者かもしれません」



「は?」

「……はい?」


人間二人が声を上げる中、ゼノーシュは空っぽになったスープ皿をしょんぼりと持ち上げている。


反応してくれたのはディノだった。



「どうして、そんなことを考えたんだい?」


「ディノ。昨晩ふと気付いたのですが、これは私本来の容姿じゃないみたいなのです!すっかり気付きませんでしたが、それは、決して私が鏡を見るのをさぼっていたずぼらな人間だからではなく、きっと悪い魔術に邪魔をされていたに違いないのです」


「仮面をかけられたのか?!」


魔術師としての本能だろうか、ぱっと表情を変えたエーダリアがネアに手を伸ばしかけ、



「私のものに触れないでくれないか」


ディノに素気無くはたき落とされた。


「こらっ!あなたは魔物で頑丈なんですから、人間に肉体的な衝撃を加えてはいけませんよ」


幸い、腕が千切れたり骨が折れたりすることはなかったが、手を押さえたまま固まってしまったエーダリアがあまりにも不憫で、ネアは隣の席の魔物を窘めた。



「ネアが面倒なことにならないように、力は加減したよ?」

「でもほら、びっくりしてしまって可哀想でしょう?…っ!何で私の頭部に攻撃をするんですか!!!」



唐突にディノはネアの頭を両手で押さえた。

エーダリアの方を見ようとした動きを阻止して、自分と額を突き合わせるようにしてしまう。


睫毛の影も見える距離で、ネアは、あまりにも色彩に愛されたその瞳を見返す。



「あまり、私以外のものの為に心を動かさないで欲しいな」



これは、人間の範疇を超えた、厄介な生き物の眼差し。

その美しさの拒絶感は、いっそ絶望的な程だ。



「ふふ、ディノは我が儘ですね」



「ネア………?」



「でも、我が儘を言う場所は、私以外の誰かには迷惑をかけないやり方を覚えましょうね」

「……っ!」


距離感を利用してごすりと頭突きされ、ディノがびっくりした顔で固まる。

奇しくも、エーダリアとディノ、同じような表情の二人が出来上がった。



「ディノ、お返事はどうしました?」

「………何だろう、嬉しい」

「………残念。不合格です」




「で、私の容姿問題なのですが、」


「あ、それは私の介入だから、大丈夫だよ」


「ディノ?」


「君をこちらの世界に引き落とすときに、前の体のままでは色々と不都合があったんだ。だからね、こちらで生きやすいように作り変えたんだよ」


「………はい?」


「その身体は可愛くないかい?気に入らなかったかな……」



救いを求めるように周囲を見回したネアに、同族の男二人は素早く顔を背ける。

不甲斐ない主人に、ゼノーシュは困惑したように首を傾げている。

やはり長命の魔物。スープ皿を抱えたままでも、先の二人より余程しっかりしているではないか。



「それにしても、いつまでもその方法で逃げられると思わないで下さいね!子供ですか!」



がおう!と、同族の二人を一喝したネアに、ディノは心から羨ましそうな、恨めしげな顔になったのだった。








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