エピローグ ~ひとところに留まれない男
剣持の指示通りにやってきた、いつぞやのバー。
しかし、入り口のドアには『本日貸し切り』の看板。
恐る恐るドアを開くと、剣持が待ち構えていた。
「なんで、貸し切りになってるんですか?」
「そりゃあもちろん、他の客がいたらバカ騒ぎできないからに決まってんだろ」
「いいんですか? マスターはそれで」
「大丈夫ですよ。こいつからガッポリいただきますから」
「貸し切りになんてしなくても、どうせ客なんてこねえけどな。ハッハッハ」
まだ酒は入っていないようだが、既に出来上がったかのような剣持。
入るなり肩を組まれて、ボックス席へと連れられる。
目の前には唯子が、怯えるように縮こまっている。
「あ、あの……。ご、ごめんなさい……。あの時は言いつけを守らなくて……」
「ああ、まったくだ」
「ほ、本当にすみませんでした。私にできることなら、なんでもしますから……」
「お、なんでもだってよ。どうするよ、おまえさん。童貞捨てさせてもらっちゃうか? ガハハハハ――」
下品すぎる。だが、重くなりそうだった雰囲気が一気に晴れた。
唯子と睨み合ったところで、何か得るものがあるわけでもない。
ここは剣持の冗談に乗じて、水に流すか。
「――それにしても、おまえさんすごいよな。名前は出てねえけど、この街の二つの大事件を解決した名探偵ってやつだな。ハッハッハ」
「え!? 水野江工業だけじゃなかったんですか?」
「いやいや、やめてくださいよ。そんなつもりじゃなかったんですから」
運ばれてくる、飲み物に料理。
一通り揃ったところで、剣持が乾杯の音頭を取る。
離れたカウンター内で、マスターもグラスを手に取る。
「それじゃあ、俺の命の恩人に乾杯!」
「乾杯!」
「…………」
その音頭じゃ、さすがに『乾杯』の言葉は口に出せない。
みんなそれぞれにグラスに口をつけると、雑談に花が咲く。
「ついこの間の凪ヶ原総合病院の一件も、解決したのはこいつだぜ」
「調べてるって言うんで、お手伝いはしましたけど……。すごいです、鳴海沢さん」
「いやいや、ほんとにやめてくれって」
「水野江工業の事件も大騒ぎだぞ。おまえさん大活躍だな。不正会計を筆頭に恐喝やら独禁法違反やら、それに社長の脱税に贈賄と次々と暴かれてるみたいじゃないか」
ワンマン社長の悪事が明るみになった後の、会社の対応は早かった。
罪は水野江一人だけのものではないはずだが、全て押し付けられた形だ。
トカゲのしっぽ切りは見事。と、いうほかない。
もちろんこの先、水野江も黙ってはいないだろうが、後は法にお任せだ。
「それで、このお金なんですけど、やっぱり鳴海沢さんに差し上げます」
「山分けって話だったんだから、それはあんたの取り分だろ」
「でも、鳴海沢さんの言う通りにしていれば、一億だったわけで……。それを私が出しゃばったせいで……」
「い、一億!? そ、そいつがいくらになったってえんだよ」
「一千万です。山分けにしたんで、一人五百万ですね」
「十分の一か。まあ、それでも大金だな」
一時は無償譲渡と言っていたが、唯子も説得に応じて一千万円ならと妥協した。
ただ働きにならずに済んだのは幸いだが、一億は間違いなく取れたはず。
やはり、もったいない。
まあ、この能力があれば食うに困らないので、そこまで気にはしていないが。
でもやはり、もったいない……。
「お父さんのお墓を少し立派にさせてもらったんで、全額ではないんですけど……。でも、残りは受け取ってください。お願いします」
「わかったよ。じゃあ、素直にいただくとしよう。それじゃ、お父さんの話が出たついでに……。って、そういえばまだ紹介してなかったね。この人は剣持さん。外科医だ。そして、こっちは川上唯子さん。不動産屋勤務」
「ああ、この子がね……。はじめまして、お譲さん」
「はじめまして、よろしくお願いします」
今さらすぎる紹介。
だが紹介しておかなければ、お互いになぜこの場がセッティングされたのかもわからないだろう。
接点は唯子の父親。調べてもらっていた結果を、剣持から報告してもらうためだ。
「剣持さん。話してもらっていいですか? 川上さんのお父さんのこと」
「ウォッホン……。まず川上幸弘さんは、凪ヶ原総合病院に一回だけ来院したらしい。カルテも残ってた。んで、こっそり入手したカルテの写しがこいつなんだが……。ほんとに話しちまっていいのかい?」
「お願いしますよ。ちゃんと前に宣言しておいたんで、構いません」
「え? え? 何の話ですか?」
「――君のお父さんの自殺の理由だよ」
唯子に動揺が走る。
両手で両頬を押さえ、視線を泳がせている。
聞きたさ半分、聞きたくなさ半分と言ったところか。
そんな素振りの唯子を見て、剣持も躊躇しているが、話を続けるよう促す。
「このカルテに書かれている病名は、簡単に言っちまえば『ガン』だ。かなり末期のな。身体中に転移してて、痛みもずいぶんあったんじゃねえかな……。もう、手の施しようがない状態だ」
「それじゃ……。父はそれを苦にして……」
「そういうことだと思うぜ。こいつに聞いたが、借金を背負ってたらしいな。きっと病院代も惜しんで、借金の返済に充ててたんだろうよ。そこまでになる前に、自覚症状もあったはずなんだが」
「お父さん……ごめんなさい。気付いてあげられなくて……」
俯く唯子。膝に乗せていた両手を固く握り締める。
涙を膝にポツリポツリと滴らせていたが、やがて肩を大きく振るわせ始める。
そしてこみ上げてきたのか嗚咽も漏れ始め、そのまま顔を両手で覆った。
「その先、延命したところで先は見えてる。だから、自ら命を絶ったって考えるのが自然だろうよ。経済的負担をかけねえためにもな」
「…………」
「――だから言っただろ? 黙っているのが愛情ってこともあるって」
そう告げると、唯子は涙でくしゃくしゃになった顔を上げ、こちらを睨みつける。
「でも……でも、ちゃんと教えてくれれば、そんな誤解もなかったんですよ? ちゃんと教えてくれれば……ちゃんと見送ることだってできたのに。何も、自殺なんて選ばなくても……」
「クソ真面目なあんたのことだ。病気を告げればあんたは間違いなく、自分を犠牲にしてでも延命しただろ? どれだけ医療費がかかろうと。だからきっと、それを見越して自ら命を絶ったんだよ。あんたの人生の負担にならないようにって」
「そんなことされても……。あたしは、嬉しくなんかないのに……」
俺自身早くに両親は亡くしたし、もちろん子供なんていなから、親の気持ちなんてわからない。でも唯子に真実を伝えながら、彼女の父親の不器用な思いはなんとなく感じ取れた。
「遺書に記さなかったのも、きっとあんたを思ってのことだろ。真実を知ったらあんたは自分を責める、今まさにこうしてるみたいに。そんなこともお見通しだったんだよ、あんたのお父さんは。この上なく愛されていたと思うね、俺は」
「そんな……、そんな事実を今さら知って、私はどうすれば……」
再び俯く唯子。そして感極まったのか、人目もはばからず声をあげて泣き出した。
ソファーから床へと腰を落とし、机に突っ伏しながら肩を震わせる。
そんな唯子の頭に手を載せ、軽く撫でる。
剣持に目で合図を送り、後は一任。
俺はゆっくりと立ち上がると、一言だけ言い残し、そのまま店を後にした。
「――自分の人生なら、自分で決断することだな」
凪ヶ原編 完
『エセ占い師【凪ヶ原編完結版】』はこれにて完結とさせていただきます。
ご拝読ありがとうございました。
なお、同タイトルの連載向け改訂版も公開しています。
こちらの序盤は内容はほぼ同じですが、主人公の能力について若干の手直しと、構成を練り直したものになっています。こちらの方も、よろしくお願いいたします。
URLは下記になります。
https://ncode.syosetu.com/n5112ep/