第4章 風雲急を告げる男 3
「ふーむ」
「うーん……」
工場に並ぶ工作機械。
大小さまざまだが、何をするためのものかもわかりはしない。
それらを一つ一つ、腕を組み、あごに手をやりながら、名探偵のように見て回る。
これじゃないと、首を振る。
これも違うと、首を傾げる。
そして、あらかじめ目を付けていた工作機械を前にした時に、わざとらしく大きな声をあげる。
「これだ! どうやら、ここから強い恨みを感じる」
泣き出しそうに震える小沢。
この機械は、唯子の父親の工場から譲り受けたもの。
さっき見た記憶と比べても、大事に使われているのは間違いなさそうだ。スイッチにぶら下げられたお守りも、そのままにしてある。
「ちょっと、スイッチを入れてみてもらえませんか? さあ」
躊躇する小沢に構わず、けしかける。
その心境は、良心の呵責で押し潰されそうになっているはず。
だが煽る。
圧力をかけ、追い込む。
少し潤んだ目の小沢が機械のスイッチを入れると、大きな音を立てて動き出した。
しばらくその音を聞いた後、頷きながら、さらに責めるように声を掛ける。
「どうです? この音を聞いていると、怒りが伝わってきませんか?」
怒りの音ってどんな音だ。
自分で言っておきながら笑えてくる。そんな音などあるものか。
だが、やましさのある小沢には、絶大な効果を発揮する。
「確かにこいつは、忙しい時に調子が悪くなったり、操作するのにコツが必要だったりと気難しいんですよ。言われてみれば、怒っているのかもしれない。裏切った奴に、こき使われてるんですからね――」
もはや信者の発言。
勝手に曲解して、言われた通りのような気になっている。
だが、忙しい時ほど稼働率が上がるのだから、故障が多くなるのは当然。
それに、これほどの機械なら操作にコツがいるのも当たり前。
そして、音だって怒っているつもりで聞けば、そんな風にも聞こえてくる。
「――こいつはね、川上さんの所にあった機械なんですよ。借金の形に譲り受けました。鳴海沢さんが、強い恨みを感じるのも当然です」
「でもこの機械、安いものじゃないですよね? 借金の形に取れるほど、小沢さんは債権を持ってたんですか?」
「いえ、水野江さんが協力してくれた礼だと言って、資産価値をかなり安く見積もらせて回してくれたんですよ。他に欲しがる工場もなかったんでね」
そこまでして水野江が手に入れた工作機械に、興味が湧く。
しかし、この茶番劇もそろそろクライマックスだ。
興味は後回しにして、芝居をやり遂げねば。
「川上さんは、倒産で全てを失った。恨みを鎮めるには、あなたもそれなりのものを失わなくてはならないでしょう」
「やはり、金ですかね……。少しお待ちください」
ここからでも窓越しに、事務所の様子がよく見える。
言い争う夫婦。見て見ぬ振りをしておく。
こんな怪しげなお祓いに金を払うなんて、妻に同情する。
だが、それは家庭内の問題。こっちの知ったことではない。
鼻息荒く、戻ってきた小沢。
そして手渡された封筒。結構な厚みだ。
後ろを向いてコソコソなどせずに、堂々とその場で中身を確認する。
三十万円。なかなかの大金だ。
小沢なりの、唯子の父親に対する誠意ということか。
「こんなに、大丈夫なんですか?」
「ええ、パチンコで負けたと思えば安いもんです」
ギャンブル好きは、散財する時に大抵この言葉を使う。
なぜ、負ける前提なのだろう。
負け続けたせいで、負け犬根性が染み付いてしまったか。
「これで充分ですよ」
「え、いいんですか?」
三十万円の内、十万円を数えて返却する。
温情ではない。これも策略。
人は得てして、返却分を得したと思いがちだ。差し引き、二十万円支払っているというのに。
それで、金のためではないと思ってくれれば好都合。さらに、返却した十万円で家庭サービスでもしてくれれば、妻の留飲も少しは下がるというもの。
いわば、騒ぎたてられないようにするための保険だ。
そして、封筒を目の前の機械に載せ、いよいよ儀式の開始。
祈りを捧げるようなポーズで、片膝をつき、両手を組みつつ、小沢に指示を出す。
「これから川上さんに、あなたの誠意と反省の報告をします。聞き届けられれば、恨みは鎮まっていくでしょう。あなたも目を閉じて、川上さんに対する謝罪を強く心の中で思ってください」
ここでも『聞き届けられれば』という卑怯な言葉で、保険をかける。
結果に納得がいかないと後から言われても、誠意や反省が足りなかったことにすればいい。
そして、五分ほど祈りを捧げてみせる。
ゆっくりと目を閉じ、声に出さず口だけを動かし、一から三百までを数える。
これだけで、何やら祈りを捧げているように見えるものだ。
そしてゆっくりと目を開き、声を掛ける。
「お疲れ様でした。これにて終了です」
「あ、ありがとうございました」
懐に封筒をしまい、小沢の方へと向き直る。
そしてとどめに、作り話で最後の保険をかける。
「川上さんからメッセージを受け取りました。この機械を大事にしてやってほしいとのことです。ギャンブルにうつつを抜かしていたら、許さないそうですよ。真面目に頑張らないといけませんね」
「はい、亡くなった川上さんのためにも頑張ります」
一応、小沢の当初の依頼は工場の不振。
今回の件で、この男が心を入れ替えるかは怪しいものだが、ギャンブルをやめて真面目に仕事に取り組めば、自然と業績は上がるだろう。
結局、占いなど何の関係もない。当たり前すぎる結論。
「そういえばあなたは、川上さんが亡くなった理由はご存知ですか?」
「仕事仲間から、川上さんが自殺したって聞いて驚きました。遺書にも理由は書いてなかったらしいんですが、どうして自殺したんですか?」
こっちが聞きたい。
唯子が気にかけていたから、知っていればと思ったが空振り。
まさか、逆に尋ねられるとは。
「それは、教えてくれなかったですね。どうしても、秘密にしておきたい理由があるのかもしれないですね」
仕事を完遂して、小沢の工場を後にする。
彼は晴々とした顔で何度も何度も頭を下げ、感謝の言葉を繰り返していた。
二十万円を支払ったことで、罪は償ったと自己満足に浸っているのだろう。
そういう意味では俺の行動も人助けか。そして、その報酬が二十万円だったという話だ。
しかし、すごく眠い。
小沢の記憶を、相当に集中して見続けたせいか。
このまま、歩きながらでも寝てしまいかねない。
ちょうど通りかかったタクシーを捕まえ、自宅の住所を告げると、そのまま睡魔に襲われる。
(また、悪夢にうなされるのかな……)