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新メニュー開発

 今日も無事一日が終わる。

 閉店作業をしていると、カウンターの中で宝具を磨いていたますたぁがふと思い出したように言った。


「ねぇ、ティノ。なんか最近お客さん少なくない?」


「…………そうですか?」


 気づくの遅いです、ますたぁ。


 目を逸らし、てきぱきと作業を続ける。既に喫茶店が開店してから二週間が過ぎていた。

 ふりふりした制服にも、ホール作業にも慣れた。慣れていないのはますたぁの料理だけだ。


 ますたぁが心底不思議そうな表情で言う。


「おかしいなあ、取材もうまくいったはずなのに……」


「な、なんででしょうね……」


 ハンターズブレイドの取材は本当にかわいそうだった。


『伝説の包丁、シルエットから生み出された料理は、古今東西の料理を食してきた筆者をして見たことすらないものだった。ゼブルディア皇城の荘厳さを見事に表現したプレートは恐らく未知を求めるトレジャーハンターの要望にも十分応えるものだろう。具体的な味についてのコメントは今回は控えさせていただく。喫茶店『森羅万象』。ぜひ一度その目で人類未踏の世界をご覧あれ』


 一口でティノと同じように気絶してしまった記者の男が書いた記事は、嘘こそついていなかったが、その内に秘めた強い感情が滲み出ていた。


 城を食べさせられ、おまけにノックアウトされたのだ。

 味についてのコメントが控えられているのは、きっとティノ同様に味について記憶が残っていないからだろう。

 悪評を流されていない事からプライドが見えるが、まるでおすすめであるかのような言い方がされているのは自分が犠牲になったんだから他の奴らも味わえという醜い感情故、だろうか?


 だが、ティノには責める権利はない。悲しいことに、ティノは加害者側なのであった。


「あんなに絶賛されたのにお客さんが増えないなんて………おかしい」


 おかしいのは貴方です、ますたぁ、と、ティノは思った。


 当然である。ハンターは保身に長けている。既に何人も被害にあったハンターがいる時点で、客など増えるわけがない。

 もともと客をハンターに限定している時点で飲食店としてはかなりのハンデを背負っているのだ。むしろ、まだ数人でも毎日お客さんが来ている辺り、レベル8の威光が如実に出ている。


 そこで、スタッフルームに引っ込んでいたシトリーお姉さまがやってきた。


 シトリーお姉様はいつもますたぁににこにこしているイメージだったが、ティノはこの喫茶店のスタッフをやるようになって、シトリーお姉さまがますたぁに曇った表情を見せる事もあるのだという事を知った。


 困り顔でシトリーお姉様が言う。


「味以外でお客さんを増やす方法、ですか……」


 …………。


 シトリーお姉様、問題点は『味』です。そういうところですよ?


 むしろ味以外は一流である。ハンターズブレイドの取材でも外装内装は言うことなしと評価されている。

 まさか味にあまり頓着しないハンターが、味が原因で来ない事があろうとは……。


 シトリーお姉様はむーむー唸っていたが、小さな声で言った。


「……お酒を出しますか」


「ここは喫茶店だよ? そもそも、お酒出すのって、何か資格とかいらないんだっけ? 喫茶店の開業の届け出以外にさ」


 むしろティノは、ただの喫茶店の開業の届け出で攻略難易度レベル10の料理を出してしまうますたぁの気が知れない。

 バレたら間違いなく、捕まりますよ? しかも擁護のしようがない。


 そこでティノは恐る恐る進言した。


「あの……ますたぁ。いっそ、修業料理の店にするなんてどうでしょう?」


「修業……料理……?」


「はい。修業料理です。ますたぁの料理でヘンリクの偏食が治ったと聞きます。その……色々な食事に慣れるのはハンターにとって重要ですから……修業料理専門店にすればお客さんもきっと――」


 発想の転換である。ますたぁの料理はこの世のものとは思えない味だが、ヘンリクの偏食を治したように、修業や矯正には使えなくもない。

 ますたぁのメニューを食べ切れるようになった日にはどんなまずいポーションも笑顔でがぶ飲み出来るようになるだろう。


 ハンターのサバイバルスキルは過酷な冒険の中磨かれる。最初は持っている食の嗜好も生存競争の中、消えていく。好きは残っても嫌いは消える。

 ますたぁの料理は間違いなくそれを食したハンターの意識を変えるはずだ。


 お金を払ってますたぁの料理を食べるなど言語道断だが、お金を払って修業を受けるならまだ認められるに違いない。


 ティノの真剣な言葉に、ますたぁが呆れたようにため息をつく。


「ティノ、何でも修業に繋げるその意識は立派だけど、僕は僕の料理を皆に楽しんで欲しいんだよ」


 それは……それこそ、修業では?


 ますたぁ、貴方はしっかり味見するべきです……。


 ただでさえタレ目なシトリーお姉様の眉が完全にハの字になっていた。もはや打つ手ないらしい。


 と、そこでますたぁが初めて思案げな表情を作った。


「でも、そうだな……確かにティノの言う通り、ちょっと刺激が足りていなかったかもしれないね」


「!?」


 刺激が足りない!? 刺激が足りないと、今言いましたか!? このますたぁは。

 あらゆる料理を食してきた記者やかなりの耐久力を誇る高レベルハンターを一口でノックアウトする城料理よりも刺激があるものなんて、ティノにはとてもイメージできない。


 ますたぁは真剣な表情で言う。

 それはティノの大好きな表情だったが、もう嫌な予感しかしない。


「森羅万象に足りないのは、トレジャーハンターらしさか?」


「い、いえ、クライさん。トレジャーハンターらしさは……十分かと――」


「実はちょっと……前々から温めていた、アイディアがある」


 ますたぁ、シトリーお姉さまが焦ってます!

 あの、ますたぁが「カラスが白い」と言ったらカラスを白くするシトリーお姉さまが焦っています! やめてください!


 声に出さず表情で訴えるティノにちらりと視線を向けると、ますたぁはにこにこしながら厨房に入っていった。


 さては……今日もだめなんですね。




§ § §





「お待たせ。ベニデーモンタケのポイズンスープだ」


「普通料理名にポイズンとか、つけますか?」


 もはや一言つっこむ気力しかない。


 ティノとシトリーお姉さまの前に出されたのは、澄んだ色のスープだった。

 珍しい事にちゃんと匂いがする。スプーンで中に浮いた綺麗な色のきのこをつつき、恐る恐る尋ねる。


「ちなみに……食材は、何を?」


「? そりゃもちろん、ベニデーモンタケだよ」


「なるほど……ベニデーモン――ベニデーモンタケ!?」


 顔をあげ、まじまじとますたぁの顔を見る。ますたぁが眼を丸くする。漆黒の瞳にはぽかんとしたティノの表情が映っていた。


 信じられなかった。




 いちごのショートケーキにいちごを使わなかったますたぁが、ベニデーモンタケのスープにベニデーモンタケを使う!?

 ビーフカレーをまな板で作ったますたぁが、ベニデーモンタケのスープにベニデーモンタケを使う!?




「これは…………もしや進歩では?」


 呟き打ち震えるティノの隣で、シトリーお姉さまがますたぁを見上げて言った。




「クライさん……ベニデーモンタケは……毒です」


「!?」


「うんうん、そうだね。だからハンター向けだ」


「!? !????」



 ますたぁ、ハンターでも毒は食べませんよ?


 恐る恐るスープを見下ろす。もう一度言うが、珍しいことに、スープからはしっかり匂いがした。


 完全に麻痺していたが、よく考えれば、ポイズンスープの時点でそりゃ(ポイズン)なのだろう。



 いや、でもしかし、いつもポイズンじゃない料理でポイズンな効果を受けているのだからポイズンな料理ならポイズンじゃないのでは?



 完全に混乱しているティノの前で、シトリーお姉さまが毅然とした表情で言う。


「クライさん……直球で驚きましたが、さすがにハンターでも毒は――魔獣も殺す猛毒ですよ!?」


「…………あれ? でもシトリー達、昔美味しい美味しいって言いながら食べてなかった? 大した毒じゃないし、耐性出来るからって」


「…………そ、それは、クライさんがにこにこ採ってきたからで――誰が搬入したんですか、それ……」


 どうやらやばいきのこのようだ。そりゃ、やばいきのこでなければ名前にデーモンなんてつけないだろう。道理であった。


 シトリーお姉さまの焦りが果たしてきのこの毒性によるものなのか、それともますたぁの手料理を食べることに対するものなのか、判断がつかない。


 ますたぁはしばらく目を瞬かせていたが、じっとスープを見下ろし、首を傾げて言った。


「…………大丈夫、加熱したから」


 それは…………本当に大丈夫なんですか!?


 トレジャーハンターの大半は毒物に耐性を持っているが、それだって程度がある、


 シトリーお姉様はしばらくますたぁの顔とスープを交互に見直していたが、覚悟を決めたように頷くと、スプーンを取りスープをひとすくいする。

 そして、それを口元に持ってくると、ますたぁを見上げてにっこり笑った。



「ベニデーモンタケの毒に、加熱は、意味ありません」



 シトリーお姉さま、そういうところですよ!?



 止めるまもなく、シトリーお姉さまは笑顔のまま、スープを口に含んだ。


 しばらくそのままの姿勢で固まっていたが、その眼が大きく見開かれる。




「!? たべられ…………きゅう」



 なな、何ですか、その反応!?


 これまで、ますたぁの料理を一口食べて何かを喋る余裕のある者などいなかった。


 まさか……本当に進歩しているのだろうか?



 というか、もしやますたぁ……薄々気付いてはいましたが、貴方の料理、わざとじゃないんですか?



 ますたぁはしばらく安らかな表情で倒れるシトリーお姉様を見ていたが、何を納得したのか、大きく頷き、ティノを穢のない瞳で見る。


「ティノ、見た? シルエットは有毒の素材すら料理する」



 あ、はい。食べろって事ですね、ますたぁ。


 ティノは覚悟を決め、ゆっくりとスープに口をつけた。





「あ…………………………きゅう」





§ § §






 今日のキルスコア:2

 ※シトリーお姉さまとティノ。


 今日の教訓:

 マイナスとマイナスをかけるとプラスになる。



 メニューにポイズン料理が追加されました


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