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エンペラーターキーコカトリス

 営業停止になって早一年あまり。空っぽのまま一年が過ぎ去ってしまった店内で、ますたぁがテーブルをばんと叩いてティノに宣言した。


「今年はターキーを焼きます」


「………………突然ですね、ますたぁ」


 どうしてこのますたぁは本業のハンターより料理をする時の方がやる気なのだろうか? そしてどうしてその両方で試練を課してくるのか?


 とりあえず、使わないならこの店舗、誰かに貸した方が良いと思うのですが…………家賃をずっと払い続けているシトリーお姉様がとても可哀想だ。

 そして、すわデートのお誘いかと喜び勇んでやってきたティノに謝って欲しい。


 ますたぁは、喜んでいいやら悲しんでいいやら呆れていいやら、微妙な表情をするティノに言った。


「そこで、ティノにはターキーを採ってきて欲しいんだけど……」


 …………市場に売っているのを買いましょう、ますたぁ。


 と、つっこみを入れかけたところで、ティノに電撃が走った。去年の記憶が鮮明に蘇る。


 ああ、そうでしたね。去年はお砂糖でできためちゃくちゃ強いゴーレムと戦ったのだ。《嘆きの亡霊》と一緒に挑んで凍死しそうになったアレだ。できあがった一流のパティシエによるケーキは美味だったはずだが、全く記憶に残っていない。


 ますたぁ、どうしてこの時期に変な事をやろうとするのですか? 冬はハンターは街に引きこもるのが普通なのに……。



「そう。噂で聞いたんだけど、エンペラーなターキーがいるらしいんだよ。ターキーの中のターキー、エンペラーターキーコカトリスって言うらしいんだけど」


 それは……ターキーではなく、コカトリスでは?


 コカトリス。雄鶏と蛇を合わせたような幻獣である。ティノは戦ったことがないが、猛毒を持ち、嘘か本当か、人を石にする強力な能力を持っているらしい。砂糖を取りに行ってゴーレムと戦わされた昨年と比べればマシだと思ってしまうのはティノが麻痺しているのだろうか?


「わかりました。コカトリスですね」


「エンペラーターキーコカトリスね」


 わかりました、わかりました。エンペラーでもターキーでもコカトリスでも何でも狩ってきますよ。さすがにエンペラーは無理ですけど。


 と、そこでティノは周囲をキョロキョロと見回し少し沈黙すると、


「………………ところで、もう冬ですね」


「そうだねー、早いねー」


「帝都の外は雪も降っているみたいです。とても寒そうです」


「いつも思ってたんだけど、盗賊(シーフ)ってやたら寒そうな格好してるよね。寒くないの

?」


 それは身体の動きを阻害しないためである。精神を鍛えるためもあるし、身体を動かしていると暖まるので生半可な事では凍えたりしないというのもある。そもそも、マナ・マテリアルの力でハンターは頑丈なのだ。ますたぁに言うことではないが――って、そうじゃない!


 手の平をふーふーしながら、上目遣いでますたぁに言う。


「そんな事ありません。私も寒いです。せめて……その…………帽子とか、マフラーとかあればまた違うのですが……」


 ほら、ますたぁ。去年みたいに帽子を被せてマフラーを巻いてください! 役得の一つくらいあってもいいはずだ。去年はすぐにシトリーお姉様に剥がれてしまったが、今年はそうはいかない。一年あればティノだって学ぶのだ。


 何を言わんとしているのかわかったのか、ますたぁの眼が丸くなる。

 そして、そわそわしているティノに申し訳なさそうに言った。


「あー、ごめんごめん。さっきシトリーとリィズが来て、あげちゃった。巻いて欲しいっていうからさ…………」


「!? ……………………きゅう」


 遅か……った!?

 さすがスマート姉妹、行動が早すぎる。どうやら去年から成長したのはティノだけではなかったらしい。


 先を越されたショックに否が応でもやる気を失うティノに、ますたぁがふと思いついたように言う。


「あ…………あれ、あれ。マフラーと帽子はないけど、あれならあるよ! ちょうどこの間手に入れたんだ。あれあれ…………仮面」


「…………ますたぁ、なんで貴方はそんなに仮面が好きなんですか」


 いりませんよ、仮面なんて。以前仮面関係では酷い目に遭っているし、そうでなくても…………寒いと言ってる後輩に仮面を渡さないでください!


 そして、お姉様達はずるい。防寒着はコカトリスを狩らされるティノに譲るべきではないのか? 楽しみの部分だけ持っていくなんてあんまりだ。大人げなさ過ぎる。


 言葉に出せば間違いなく折檻されるであろう事を考えているティノに、そこでますたぁがぽんと手を打って言った。


「そうだ、あれを貸してあげようか? 着ると快適になるシャツの宝具! 『完璧な休暇パーフェクト・バケーション』って言うんだけど……」


 それは…………以前ますたぁが着ていた派手な柄のあれでは? ぺらっぺらの薄着なのにあらゆる環境に適応できる馬鹿げた宝具である。


 シャツ……ますたぁが着ていた、シャツ……………柄物のシャツ……冬に、雪が降っている所で、柄シャツ……………………………………………………くっ!




「い、行ってきますッ! すぐに狩ってくるので、待っててくださいッ!」


 駄目だ。ますたぁのシャツを借りるのは魅力的な案だが、無地ならばまだしもあんなちゃらんぽらんなシャツを着た姿をますたぁに見られるなんて耐えきれない。


 ティノは涙を拭くと、旧喫茶店『森羅万象』を飛び出した。






§ § §





 対象の名前を元に聞き込みを行い、馬車に揺られること数時間、辿り着いたのは、多量のマナ・マテリアルを吸収した者特有の気配を振りまく者が大勢集まった山小屋だった。


 使い込んだ傷だらけの鎧に剣。隻眼の壮年の男が、軽装のティノを見ると、唇を歪め侮蔑を込めた笑みを浮かべた。





「くくく……嬢ちゃん、そんな軽装でカトリスを狩ろうってのか。自殺行為だな」




「???? カトリス??」





「しかも、エンペラータ・鬼狐(きこ)・カトリスを狩ろう、だって? 一個大隊で挑んでも危険だ」


「そもそも、一人でどうやってカトリスの弱点を突くってんだ! 歴戦のカトリスハンターでも無理だ。お前は腕が八本あるってのか!?」


「HAHAHAHA!」


 よほどおかしな事を言ったのか、ティノには全く意味がわからないが、山小屋に詰めていた戦士達が一斉に嘲笑をあげる。


 カトリス…………知らない魔物です、ますたぁ。






 ……………………てか、嘘でしょ!?? エンペラータって何!? そんな話、ある!? いやいやいや…………区切り!!



 混乱で目を白黒させるティノを見て何を思ったのか、口々にカトリスハンター達が言う。



「チッ。仕方ねえなあ。命懸けになるが、久々のルーキーだ。先輩としてカトリス狩りの妙ってのを教えてやるか」


「物好きだねえ…………だが、付き合うしかないようだ。しかし、カトリスの基本も知らないド素人の癖にエンペラータ種を狩ろうとは、ど偉い新人が現れたもんだね」


「死んでも化けて出るんじゃねえぞ! あんたも知ってるだろうが、エンペラータ種だけはやべえ。これはカトリスハンターの常識だ」


 何この世界、怖い。カトリスハンターって何?



「な、何か間違えたみたい。帰ります!」


「待て待て! 安心しろ、嬢ちゃんは運がいいぜ。今日は絶好のカトリス狩り日和、経験豊富な腕利きのカトリスハンターが勢揃いだ。全員で囲めばエンペラータ種だろうがなんとかなるはずさ」


 カトリスって…………何?


 逃げだそうとするが、カトリスハンターの一人が出口を塞いでくる。

 そして、混乱のあまり眼をぐるぐるさせるティノの前で、前代未聞のエンペラータ種カトリス狩り大作戦が始まった。













今日のキルスコア:0(エンペラータ種のカトリス狩りを試みてこれは偉業)


今日の教訓:

カトリス狩りは過酷。

決めつけは危険。ますたぁの話はしっかり聞くこと。



※普通に負けました。ただでさえ強い上にノーマルカトリスの群れを率いるエンペラータ種はやばいらしいです。

次はお姉さまとシトリーお姉さまを連れてこようと思います。

メリークリスマス!

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