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スノーホワイト

 年の瀬が近づき、ゼブルディアにも薄く雪が積り始めていた。

 (ティノには余り関係ないが)トレジャーハンターにとって冬は余り活動しない時期だ。マナ・マテリアルで強化されていても寒い時は寒いし、場合によっては野営で凍死する可能性もある。雪が積もれば戦闘も覚束ない。


 だから、大抵のハンターは冬場は街で鍛錬したり細々とした街の人々の手伝いをする。ティノもまた、師匠であるお姉さまに強制的に宝物殿に連れ込まれない限り慣例に従っていた。

 新しいコートを着て《始まりの足跡》のクランハウスのラウンジに向かう。広々としたラウンジには珍しいことにますたぁが一人、ぽつんと真ん中の席に座っていた。


 頭の上には真っ赤な帽子を被っていて、マフラーまで巻いている。服装はいつもと同じなので、非常に目立っていた。


「ますたぁ、おはようございます! どうしたんですか、一人で?」


「ああ、ティノ、おはよう。いや――そろそろ年末だし、ケーキでも作ろうと思ってね……」


「ケー…………キ……?」



 ますたぁ、それは一人でいた理由にはならないのでは?



 そんな疑問が頭を一瞬過ったが、すぐにそれは膨大な記憶(トラウマ)に押し流された。


 ケーキ。いちごを使っていないいちごのショートケーキ。ショートケーキの形をした何か。


 冷たい何かが、朝からますたぁに会えてうきうきしていた気分を塗りつぶしていく。ティノは笑顔がひきつるのを止められなかった。


 ますたぁが運営していた喫茶店『森羅万象』が閉店に追いやられてから既に数ヶ月が経過していた。あれからますたぁがシルエットを振るう機会は一気に減ったが、食べ切れた者は強くなれるけど誰も食べ切れない喫茶店の話は今でも語り草になっている。



 ティノは冬なのに、何パーティも屯していてもおかしくない昼間なのに、ラウンジに誰もいない理由を察した。



 なるほど……皆逃げ出したのですね。そして、私が久しぶりにきゅうする羽目になるのですね……わかりました。わかりました、ますたぁの望みがそれならば私は甘んじて――甘んじて受け入れます……。



「それで、材料を揃えたんだけど、砂糖だけが足りなくてね」


「え、お砂糖ですか……?」


 思いもよらぬ言葉に目を丸くする。

 帝都は栄えている都市だ、当たり前だが砂糖も流通している。それなのに足りなくなるというのもおかしいが、そもそも貴方のケーキ、砂糖なんて使っていないのでは?



「ただの砂糖じゃない。スノーホワイトっていう高級な砂糖だ。一流のケーキには一流の砂糖が必要なんだ。完成したらティノにももちろん分けてあげるよ」



 まず必要なのは一流のパティシエでは?



 砂糖を買いに行くくらいならばティノも手伝うのは吝かではないが、さすがに自分がきゅうと鳴くために自分で食材を買いに行くのはあんまりだ。

 確かに、ティノは親愛なるますたぁのためならば己の身を投げ打つくらいの覚悟はあるが、働いたら少しくらいはご褒美が必要だと思うのだ。


 葛藤に呑まれているティノに、ますたぁが足を組み直し、腕を組む。



「もうケーキを作ってくれる人も見つけて依頼しちゃったんだけど……困ったなあ」


「……え? ますたぁが作るんじゃないんですか?」


「いや…………僕もたまには食べたいし……」


 ますたぁが目を丸くして答えた。



 いや、ますたぁ貴方、それは……貴方、もう!



 だが、これはきゅうと鳴く気満々だったティノには朗報だ。

 シトリーお姉さまという無尽蔵の財源と巨大クランのマスターとしてのコネを持つますたぁが集めるものは何もかもが最高峰だ。最高のパティシエが最高の食材を使って作った最高のケーキを最高のますたぁと食する気分はそれこそ最高だろう。


 今年も酷い目にあったが、何度もきゅうと鳴き続けたかいがあったというものだ。


 ティノは拳を握りしめると、力を込めて言った。



「ますたぁ、私にお任せください! 帝都中を回ってでも買ってきます!」


「え? ほんと? 悪いなぁ……あ、外は寒いから帽子を貸してあげるよ」



 ますたぁがにこにこしながら、被っていた帽子を外し、ティノの頭に被せてくれる。


 心臓の鼓動が少しだけ速くなり、闘志が沸いてくる。

 帽子まで貸してくれたのだ、トレジャーハンター、ティノ・シェイドのプライドに掛けてこの依頼(クエスト)、なんとしてでも完遂しなくてはならない。

 今回はご褒美だって待っているのだ。


「ついでにマフラーもどうぞ」



 マフラーを首元に巻かれ余りの緊張に硬直していると、その時、ラウンジに元気のいい声が響き渡った。



「クライちゃーん! ダメダメ、スノーホワイトもうないって! 帝都中を回ったけど、見つからなかった」


「!! お姉さま!?」


 入ってきたのはティノの師匠、リィズ・スマートだった。お姉さまはティノ(というより、赤い帽子とマフラー)を見て一瞬目を丸くするが、すぐにますたぁに向き直る。


 どうやら、既にますたぁはお姉さまにも依頼していたらしい。お姉さまはティノと同じくらいますたぁに心酔している上に、ティノと同職で、ティノの五倍(控えめな表現)は強い。

 そんなお姉さまが見つからないというのだから、きっともう帝都にはスノーホワイトはないのだろう。ますたぁのために頑張ろうと決意した瞬間にやることがなくなってしまった。


 ますたぁが腕を組み、眉をハの字にする。




「そっか……困ったなあ……本当に困った。スノーホワイトは冬が旬なんだよ」


「だからねえ…………外に探しに行こうと思うの。もうちょっとだけ、待っててくれる?」


 お姉さまが満面の笑みで言う。ますたぁが目を丸くする。



 外! その手があったか。

 さすがお姉さま、その徹底的なまでのストイックさはティノが見習うべき点だろう。


 ゼブルディアは大国だ。帝都の他にも大都市は幾つもあるし、帝都になくても他の都市にある可能性は低くはない。

 都市間は離れているが、走って行き来できない距離ではないし、お金を出せば馬車だって借りられる。高級なお砂糖一つでそこまでする者もなかなかいないだろうが、是非もない。


「じゃあ、悪いけどお願いしようかな」


「お姉さま! 私も! 行きます!」


「ティー、やる気ねえ……そんな帽子まで被っちゃって」


 お姉さまが珍しく闘志に燃えているティノを見て、目を瞬かせる。


 お姉さまの事だ、きっとスノーホワイトが流通している街も調べがついているはずである。街の間は走らされる可能性はあるが、別にこういう機会じゃなくても走らされる事はあるのだ。多大なる苦労の先にこそ、喜びがあるのである。




「じゃあ、行ってくるねぇ。楽しみに待ってて!」


「ますたぁ、待っていてください! なんとしてでも持ち帰ります!」



 お姉さまがぶんぶん手を振る。ティノも師に習い、手を振りながら己の強い決意を示した。





§ § §





「ところでお姉さま、外って――移動って何を使うんですか?」


「んー? 馬車。もう用意してるから」


 ティノの問いに、お姉さまがあっけらかんと答える。


 お姉さま、今日は随分準備がいいのですね……てっきりティノは雪の中裸足で走らされると思っていたのに、馬車に載せてもらえるのは完全に予想外である。


 修行じゃなくてお使いだからだろうか? 


 お姉さまと一緒にクランハウスを出て正門に向かう。


 そこには大きな馬車と、ますたぁのパーティ――《嘆きの亡霊》のメンバーが勢揃いしていた。


 自由人が揃っている嘆きの亡霊が一箇所に集まっているのを見るのは久しぶりだ。

 厳密に言うとリーダーのますたぁがいないのだが、シトリーお姉さまやルークお兄さまはともかく、いつもは大体行方不明のエリザお姉さままでいるのを見て、ティノは一瞬呆然とした。




 …………お使いに随分本気なのですね、お姉さま。

 確かにシトリーお姉さまやルークお兄さまはますたぁに対して、恐らくスノーホワイトよりも甘いのだが――。



「おー、やっと戻ってきたか、準備できてるぜ! ん……? ティノ?」


「なんか、ティーも手伝ってくれるんだって」


 無数の視線がティノに集まり、何故か少しだけ恥ずかしくなり、身を縮める。

 ルークお兄様は数度目を瞬かせていたが、すぐに眉を顰めた。



「おー、そうか! だが、ティノじゃ死ぬんじゃないか? スノーホワイトが取れんの、レベル7宝物殿だぞ」



 …………え?


 思いもよらぬ言葉に、ティノは笑顔のまま凍りつく。お姉さまは固まるティノの背をぽんぽん叩いて言った。



「へーきへーき、ティーもやる気だしぃ、鉄は熱いうちに打てって言うでしょ?」


「なるほど……それもそうだな!」


 それもそうじゃありません、ルークお兄様!


 聞いてない、聞いていませんよ、私は! レベル7? 今レベル7って言いました!? 



「ん…………」


 朧げな目つきで宙を見ていたエリザお姉さまがふとティノに近づくと、帽子の上から頭を撫でてくれる。エリザお姉さまの賞賛は珍しいが、今このタイミングで欲しいものではなかった。


 唯一、頼りになるルシアお姉さまが顰めっ面で言う。



「でも、ティーじゃ、まず寒さに耐えきれないのでは?」


「へーきへーき、凍りついたら火にかければいいだけだから。だよね、ティー? アンセム兄もいるし――」


「………………………………うむ」


 へーきじゃ、へーきじゃありません! アンセムお兄様も、葛藤するくらいなら頷かないでください!


 いくらマナ・マテリアルで強化されたティノでも氷漬けになって生きていられる自信はちょっとない。

 お姉さまならば平気なのかもしれないが、レベル7宝物殿とやらは予想外である。


 ティノは、他の街に、お砂糖を買いに行くと、思っていたのだ!


 スノーホワイト!? スノーホワイトって、どんなお砂糖ですか!




 そこで、それまで黙ってティノの被った帽子とマフラーを見ていたシトリーお姉さまがニコニコしながらぽんと手を打った。






「そうだ! ティーちゃん、宝物殿まで服を脱いでマラソンすれば寒さに耐性ができるんじゃない? 現地に近づけば少しずつ雪も多くなってくるし、一石二鳥でしょ?」





 なんてこと、言うんですか、このお姉さまは!





「お、それいいな。俺もやろっと」


「ふーん、シトもたまには良いこというじゃん」




 ティノはちょっと頭のネジが外れた二人の言葉に、全てを理解した。



「わ、わかりました! きゅうと言えばいいんですね。きゅうきゅうきゅうきゅうきゅう――――きゅううううううう!」

















 今日のキルスコア:11(ティノが11キル)


 今日の教訓:

 スノーホワイトはとても甘い

 甘い話には罠がある




 ※スノーホワイトはお砂糖でできたとっても強いゴーレムの欠片でした。冬になるとめちゃくちゃ強化されるので流通が殆どないそうです

クリスマス記念短編。






本編、書籍五巻、漫画三巻発売中です。

ティノも頑張っているので、そちらもよろしくおねがいします( ´ー`)

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