飽きっぽいますたぁのアソート
差し出された綺麗な紙箱。そこに順番に納められていたものを凝視し、ティノは目を瞬かせた。
「これは…………チョコレート?」
「うんうん、そうだね。お土産用に作ってみたんだ」
ますたぁが、力の抜けるようなのんびりとした表情で言う。
飾りのついた紙箱に整然と収められていたチョコレートはとても綺麗で、腕利きの職人が生み出したもののように見える。
店頭に置いてあったら思わず買ってしまいそうだ。
だが、ティノの胸中に到来したのは、「ますたぁ、更に被害者を増やすつもりですか」の一言だった。
ますたぁの料理は人種問わずあらゆる者の意識を刈り取り「きゅう」と言わせる。だが、これまでは他の喫茶店がよくやるような持ち帰りなどはやっていなかった。
もちろん、ますたぁの料理を一口食べてそれを持ち帰ろうなんて者はいないだろうが、それが被害をこの程度で収めていたのだ。
ますたぁの如何にも美味しそうなお菓子が箱詰めされ出荷される。
ティノはますたぁを尊敬しているが、そんなティノから言わせて貰ってもそれは――テロだ。
人と違った肉体を持つ
ますたぁが小さく肩を竦める。いつもハードボイルドなますたぁのあまりハードボイルドではない仕草にティノは心臓がどきりと鳴った。それは多分恋ではない。
「なんかシトリーに厨房を任せて思ったんだけど、注文ごとに料理するの面倒だなーって」
「……そ、そうですか……」
色々な意味で、ティノは震えた。
ますたぁ、注文ごとに料理してたんですね……適当に出したいものを出しているんだと思っていました。
そもそも美味しそうなカレーをまな板で、たった1とんで作っている時点でメニューなどあってないようなものなのではないか。
というか……もしかして、そのセリフは……料理人失格では?
「ということで、試しにぱぱぱっとチョコレートアソートを作ってみた。召し上がれ」
「………………………………は、はい」
やっぱり私が味見するんですね。
ますたぁのチョコレートは甘くないので甘いもの嫌いなシトリーお姉さまでも食べられるが、あいにく今日はシトリーお姉さまはいない。二人っきりだ。
これが市販のチョコレートだったらどれほど気が楽だったか。
長い葛藤の末、隅のハートの形をしたチョコレートを摘みあげる。
「…………ちなみに、何味ですか?」
「それはストロベリーだね」
「それは………………普通ですね?」
全く信用せずにチョコレートをえいやとばかりに口に入れる。
しばらくもぐもぐと口を動かし、もぐもぐと口を動かせるという事実にティノは放心した。
ついに、ついにティノはますたぁの料理を克服したのだ!
我に返り、首を横にぶんぶん振る。そんなティノに、ますたぁが顎に手を当てて言った。
「普通かな? 奇をてらうのが面倒になってね」
「いちご…………です」
「? だから、ストロベリーだって言ったじゃん」
違う。違うのだ! ティノが言いたいのはそういうことではない!
これは、チョコレートではなくただのいちごだ! ストロベリー味ではなく、ストロベリーそのものなのだ!
食感や形はチョコレートだが、食べてみるといちご以外の何物でもない。
ティノの中の名探偵が言っていた。
このストロベリー(チョコ型)は、ストロベリーを材料にしている!
へたを取ってないのが減点だが、それ以外は減点しようもないただのいちごである。いや、きっとかなりいいいちごだ。
ティノは無言で隣のチョコレートをつまみ、口の中に入れた。もぐもぐと口を動かし、ごくんと飲み込む。
「………………キャベツの、味がします」
「一玉丸々使ってるからね」
「他に材料は使ってないんですか?」
「混ぜるのが面倒になって…………」
どうやらますたぁは料理に飽きてきたらしい。まるで悪びれないますたぁの表情に、ティノは口を噤んだ。
キャベツ一玉の味をまるまる凝縮したチョコレートはチョコレートとしては失格だが、食べられない事もない。
味と見た目と食感が違い過ぎて脳が誤認を起こして気持ちが悪いが、これまで食べた料理と違って口に入れても気絶しない。
だが、果たしてこれは料理と呼べるのだろうか? 素材の味を生かしているというか、素材そのままだ。
恐る恐る次のチョコレートを口の中に入れる。舌に触れると同時に広がった匂いと味に、ティノは目を見開いた。
食感は違うが、間違いない。
「これ、は……………………洋菓子店アルブスのデラックスショートケーキッ!」
「よくわかったね。ティノならわかると信じていたよ。僕のおやつだ」
ますたぁがにこにこと拍手して見せる。
他の店で買ってきたケーキを材料にしないでください!
…………と言いたいが、好きに料理するよりもマシだろうか。
なんだろう……この…………なんなんですか、これ?
いつものようにきゅうと鳴くのも困るが、こう珍妙なものを差し出されると別の意味で反応に困ってしまう。
やはり料理は味と食感と匂いと見た目が相応でなければ駄目だ。トレジャーハンターとして培われた判断能力が鈍ってしまいそうである。
ますたぁが難しい顔で唸る。
「まぁこれはこれで手間がかかってるからな……ちなみに、箱は米で作ったんだ。これが本当のライスペーパー…………」
「……その包丁、何でもありなんですね……」
まるで闇鍋でもつついているような気分だった。
チョコレートの一つを口に放り込み、覚えのある味に顔を顰める。
「これは……回復ポーション、飲むタイプ、ミドルクラスですね!」
「よくわかったね」
「たまに使いますから……」
お世辞にも美味しいとは言えない味だが、吐き出すほどでもない。吐き出すほどまずいのは魔力回復ポーションの方だ。
続いてその隣にあったチョコレートを口に入れる。口いっぱいに広がった苦味に、ティノは慌てて飲み込んだ。
あまりの苦さに舌が痺れている。今のチョコレートが魔力回復ポーションだ。
魔導師が苦しめられ、時に引退する理由になるとまで言わしめた激まずのポーションである。
表情に出ていたのか、ますたぁがアドバイスをくれた。
「ああ、その隣のチョコレートが水だよ」
「…………ますたぁは自分の発言に疑問を抱かないんですか?」
水と言っても、チョコレート状では喉の乾きも癒えない。
他のチョコレートも恐る恐る、順番につまんでいく。
どうやらますたぁは厨房にあるものを片っ端からチョコレートにしたらしい。塩味や砂糖味、レモンや生魚、竜肉味まで、中には吐き出しそうになるものもあったが、どうにか飲み込む。
きゅうと唸らずにすんでいるあたり、どうやらいつも食べているものよりはマシらしい。
と、その時、ますたぁがふと尋ねてきた。
「売れると思う?」
「…………ま、まあ」
お菓子としては美味しくないが、冷静に考えるとチョコレート状のポーションというのは新しい。
一応固形のポーションというものも存在はするが、ポーションは大体他のものと混ぜると効果が薄まるのだ、純粋なポーションを固形化するというのは初めてではないだろうか?
もしかしてシルエットって……凄い宝具なのでは?
「いやぁ、そうか。売れるか。お遊びで手抜きで作ったものなんだけど――でも、手抜きって言っても、作るのかなり面倒だからなぁ。一個一個包丁を入れないといけないし――」
ますたぁが機嫌良さげに言う。どうやら、ますたぁの料理は手を抜けば抜くほど美味しくなるらしい。どういうことですか……。
最後に箱に残ったのは十字架の形をしたチョコレートだった。つまみ上げたところで、ますたぁが口を挟む。
「お、それ、結構自信作」
「え!? ……………………何で、作ったんですか?」
思わず上目遣いで確認するティノに、ますたぁが声を潜めて言った。
「マナ・マテリアル」
「…………へ?」
「マナ・マテリアルだ。空気中のマナ・マテリアルをうまいこと包丁で捌いてみた」
「…………」
予想外の言葉に、まじまじとチョコレートを見つめる。
マナ・マテリアルというのは世界中に満ちたエネルギーである。
トレジャーハンターは空気中のそれを吸収する事で人外じみた力を得るに至るし、マナ・マテリアルが特別に濃い場所にはその力が集積し宝物殿や幻影、そして宝具が生み出される。
ハンターと密接した関係にある物質だが、その存在を強く意識するものはいない。
何故ならば、マナ・マテリアルは普通目に見えないからだ。
目に見える形に変化したものが宝物殿や幻影、宝具であり、しかしそうなった時点でそれはもうマナ・マテリアルとは呼べない。
それが今、傾国の包丁により形を持ち、ティノの手の平に載っている。
「これは……大丈夫なんですか?」
トレジャーハンター全盛期と呼ばれるこのご時世。マナ・マテリアルに関する研究は各国で固く制限されている。
マナ・マテリアルとは、ともすると世界を滅ぼしうる強力なエネルギーなのだ。
まるで喉元に刃を突きつけられているような気分だった。ごくりと唾を飲み込み、ますたぁを見る。
ますたぁはにっこりと笑みを浮かべた。
「召し上がれ」
大丈夫かどうか、はっきり言って下さい、ますたぁ。
…………。
ぱくり。
「きゅう」
§ § §
今日のキルスコア:1(ティノ)+お客さん(7組)
今日の教訓:
ますたぁは神。
ますたぁの気まぐれアソート売上:3件