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コンスイタケのデラックスパフェ

「うーん……いけません、ますたぁ。パンはパンでもフライパンは、食べ物ではありません…………はっ!」



 ティノが目覚めると、そこはいつもの自分の部屋ではなかった。

 一瞬で覚醒し、周囲を確認する。

 ふかふかのベッドにロッカー、簡易なキッチンに、シャワールーム。壁に掛けられた時計は、もう朝の五時である事を示している。


 頭をこんこん叩き、記憶を遡る。

 最後の記憶はお店を閉め、ますたぁから出された賄いを食べた所で途切れていた。


 喫茶店『森羅万象』にはホールとキッチンの他にも幾つか部屋がある。ティノが眼を覚ましたのはその中の一つ、休憩室だ。


 森羅万象には他にもあまりにも美味しいますたぁのご飯に気絶してしまった客を並べておく死体安置室があるが、休憩室はスタッフ用である。


 店が開店した直後は何もなかった部屋だが、いつの間にか様々な設備が追加され、今では住むのに支障がないレベルまで備品が整えられていた。

 赤字のはずなのにパトロンの熱の入れようが見て取れる。


 ここ最近、森羅万象にはお客が少しずつ戻りつつあった。全てますたぁの新作、ポイズン料理の力である。


 ポイズン料理とはその名の通り、有毒の素材を使った料理だ。


 どうやらお姉さま達の採ってくる素材は有害無害関係ないらしい。

 そしてそれらの食材(?)とますたぁの恐ろしい神算鬼謀が組み合わされた結果できあがったのが――ハンターの毒耐性を絶妙に上げるポイズン料理だった。


 トレジャーハンターにとって毒耐性を上げるのは急務である。

 宝物殿に満ちるマナ・マテリアルはそこを探索するハンターのあらゆる能力を上昇させるが、麻痺や眠り、毒などに代表される状態異常系の耐性だけは上げるのが難しい。


 何故ならば、ハンターの能力が最も上昇するのが、生と死の間だからだ。

 毒耐性を上げるのに最も効率的な方法は限界ギリギリまで毒を摂取することであり、普通の人間にはそれはできない。


 毒は恐ろしい。毒の塗られた刃は時にかすっただけで死に至る事すらあり得る。

 それらの状態異常を齎す攻撃はハンターにとって致命的なものであり、なんとしてでも対策せねばならないものであった。一部の宝具で対策してもいいが、いざという時の事を考えれば自前で耐性を持つに越したことはない。


 そして、ますたぁのポイズン料理はその需要をピンポイントでついていた。


 ますたぁの料理はやばい。一口で気絶するし、それにプラスして毒が混入されているとなれば、客など来るわけがない。


 だが、その料理に含まれている毒が、客のハンターの毒耐性を見極めぎりぎりまで調整されたものだったら話は別だ。


 客がどれだけの毒に耐性があるのか外から見極めるのはかなり難しい。

 故に、安全地帯での毒耐性の向上は、これまで誰もが一度は考え、しかしなし得なかった偉業だった。


 それを、ますたぁは客の顔すら見ずにやってみせた。


 相変わらずの恐ろしい手腕である。


 ますたぁ、普通に飲み物に混ぜるとかでは駄目だったんですか……。



 しかも、何故かますたぁのポイズン料理は普通の料理よりもちょっぴりマシなのだ。

 味は相変わらず記憶に残っていないが、その事実だけはティノの脳に深く刻まれている。


 ポイズン料理は加熱しているらしいので、もしかしたらそのせいかもしれない。ますたぁ、普通の料理も加熱してください……。




 ますたぁの、ある意味おいしく、味の方もちょっぴり美味しい新メニューの情報が出回ったのか、昨日の客はここ最近で一番だった。

 といっても、一日限定十組しか入れていないのでたかが知れているのだが、お客さんの「きゅう」の声を聞くのは森羅万象のホールを始めてしばらく経つティノでもまだきついものがある。


 しかし、毎回気絶しているがこんな翌日の朝まで気絶するのは初めてだ。失態である。


 必死に記憶を探る。


「そうだ……コンスイタケのパフェだ。きのこでパフェをつくらないでくださいッ!」


 ティノは反射的にベッドにパンチした。


 とても美味しそうな見た目のパフェだった。

 案の定味は覚えていないが、見た目だけだったらこれまでティノが食してきたパフェの中でも三指に入っていた。


 おまけに、ひんやりしていた。ますたぁの料理は見た目と匂いと温度(と、もちろん味)が全くばらばらなのだが――どうやらそれも少し変化しつつあるようだった。


 それがいいことなのか悪いことなのかわからないが――。


 こんなに長く目覚めなかったのは、コンスイタケがその名の通り眠りの効果を持っているためだろう。

 それなりに状態異常耐性を持つティノをまさか六時間以上も前後不覚にするなんて……恐ろしいきのこである。

 明らかに喫茶店で出てくるようなものではないし、その辺に生えているものでもない。


 多分、そういうのに詳しい錬金術師(アルケミスト)であるシトリーお姉さまが仕入れたのだろう。


 ますたぁ、そんな事ばかりしてると捕まりますよ……。



 起き上がり、乱れた服装を手で軽く整える。

 最近のティノは森羅万象の手伝いのため、ハンターは休業中だ。

 喫茶店は不定期に休みがあるので、その時はハンターをやってもいいのだが、宝物殿の攻略には時間がかかるしあまり現実的ではない。



 ちなみに、給料はもらっていない。



 森羅万象の開店はお昼だが、その前に準備もしなくてはならない。


 シャワーを浴びて、制服を取り替えて――。


 と、その時、やる事を頭に並べていたティノの耳に、がたがたという音が入ってきた。店内の方からだ。

 ますたぁが店に来るのはお昼近くである。


 ……もしかしたら、泥棒? 


 帝都の一等地の大通りにある喫茶店。

 店長は音に聞こえる最強のハンター、《千変万化》。

 副料理長は顔色一つ変えず虐げるシトリーお姉様であり、お客さんもみんなハンターのこの店に――泥棒?


 あまりにも無謀である。店の食材にされるのが関の山だ。


 念の為拳を握り、いつでも戦闘に入れるように態勢を整えつつ、店内を覗く。


 そして、ティノは目を見開いた。


「お、ティーじゃん。あんたこんな朝からいるの?」


「お、お姉さま!? どうして、こんなところに――」


 店内に立っていたのは、レベル6ハンター。ますたぁのパーティメンバー兼幼馴染であり、同時にティノの師匠でもある《絶影》のリィズ・スマートだった。


 副料理長であるシトリー・スマートの姉でもある。


 お姉さまはいつも通り、動きやすい盗賊(シーフ)ルックだった。

 こんな朝なのに、そのピンクの双眸は輝き生命力があふれている。お姉さまはティノの疑問に目を瞬かせて言った。


「どうしてって、そりゃ――仕入れに決まってるでしょ? ちょうどよかった、運ぶの手伝って?」


「え? あ……はい」



 よく見ると、薄暗い店内にはうっすら血と肉の匂いが漂っている。店の前には頑丈そうな木箱が幾つも積まれている。

 なるほど……いつ食材を運び込んでいるのか謎だったが、朝にお姉さま達が頑張っていたようだ。


 積み上がった木箱をぐるりと眺め、お姉さまが舌打ちする。


「ったく。最初は一頭まるごと運んでたんだけど、騎士団がうるさくて……」


「…………な、なるほど……」


 そりゃそうである。早朝と言っても外は大通りだ。今も少なくない数の馬車が行き来している。

 この喫茶店が扱っている食材から考えても、一頭まるごとなんて運んできたら大騒ぎになるのは目に見えている。


 だが、そんな事反論したら訓練で半殺しにされてしまうのだろう。

 大人しくお姉さまの指示に従い、食材の搬入を始める。


「ティーッ! ディープリザードは毒入ってるからそっちの冷蔵庫じゃねえ!」


「は、はい!」


「その草は違法だから床下ッ!」


「え!? あ、は、はい……」


「その牙と木の実は調味料だから削って瓶!」


「え? え?」


「サンダーフィッシュ、まだ生きてるから注意して活け締めッ!」


「ひんっ!?」


 慌てて箱を受け取った瞬間、ティノの全身に激しい痛みが走った。

 ぐらりと身体が揺れ、ぎりぎりで台を掴んで耐える。かつて雷に打たれ雷耐性をつけていたティノでなければ気絶していたかもしれない。


 変な声をあげるティノに、お姉さまが素っ頓狂な声をあげる。


「あーーーーッ!? 電気が抜けただろーが、この馬鹿ッ! 何やってんの!? 他の食材も全部だめになっちゃったでしょお!?」


「!? ご、ごめんなさい……」


 かつて味わった落雷に匹敵する強烈なスパークだった。攻撃力だけ考えれば討伐適正レベルは3から4はあるだろう。


 身体の痺れに涙目になりながらも謝罪するティノに、お姉さまが罵声を浴びせかけ――。


「私に謝るんじゃねえッ! クライちゃんに謝れッ! …………まぁ、いっか。クライちゃんの腕なら大丈夫でしょ」


「そ、それは、どっちの意味ですか!?」


 ますたぁがサンダーフィッシュなんて料理しているの見たことないんですが……電気が抜けたって、抜けちゃ駄目なんですか?


 そもそも、味が記憶に残らないのだから素材の新鮮さなどあってないようなものだ。


 お姉さまは悲鳴のようにあげたティノの問いに答えず、大声でティノを叱責した。


「うっせえ! ほら、クライちゃんが来る前にさっさと全部確認するぞッ!」




§




「お、よしよし。今日もいい食材仕入れてくれたね」


 お昼近くになり、やってきたますたぁがにこにこしながら言う。


 ますたぁ、この食材達は朝のうちにお姉さまが頑張って取ってきたんですよ? 処理も全部やったんですよ? 小人が全部やってくれているわけじゃないんですよ?

 せめて、もうちょっと褒めてほしいものだ。


 だが、ピンクブロンドの小人は上機嫌だった。

 もう朝から仕事をしてくたくたのティノとは真逆に、お姉さまが機嫌良さそうに言う。


「でしょー? でも、ティーがサンダーフィッシュの電気抜いちゃったの。ごめんね?」


 片目を閉じて謝罪するお姉さまに、ますたぁがハードボイルドな笑みを浮かべる。


「ふっ。構わないよ、それくらい。シルエットの前にその程度の差異、誤差みたいなものだ」


 …………それはどっちの意味ですか、ますたぁ。


 早朝の作業はティノの想像以上に多かった。

 肉を食べられる形にするのは当然として、余った食材の売却までやっていたのだ。

 こんなに食材を仕入れて余ったらどうするのだろうか。手伝いを始めてからずっと頭の隅にあった疑問の答えが、ここにあった。


 どうやらますたぁを甘やかしているのはシトリーお姉さまだけではなかったらしい。


「それに今日は、サンダーフィッシュじゃなくて、昨日ティノにも出したコンスイタケを試そうと思ってたんだよ」


 試すって――お客さんで遊ばないでください、ますたぁ!!


 ってか、メニューはどうしたんですか! メニューは! 喫茶店はシェフが出したいものを出す店じゃないんですよ!?


 そこで、お姉さまが身を乗り出す。


「そういえば、ティーから聞いたんだけど、お客さん減ってるんだって?」


「……いや、そんな事ないよ。昨日は結構、多かった」


 多かったと言っても、五組しか来てませんでしたよね?

 ますたぁの答えにお姉さまは花開くような笑みを浮かべた。


「今日は時間あるしぃ、私がちょっと、客引きしてあげる」


「客引きって……君、そういうの向いてないでしょ?」


 ますたぁがしかめっ面で言う。ティノも同意だ。


 お姉さまは他者に迎合したりはしない。


 三度の飯よりも修業と闘争が大好きな、同じクランのメンバーからも怖れられる存在だ。

 仲間からすら怖れられているのだから、敵からどういう扱いを受けているのかは言うまでもない。


 お姉さまじゃあホール作業も無理です。

 ティノも笑顔は苦手だが、客をすぐに殴ったりはしないのでなんとかなっているのだ。


 ますたぁのもっともな言葉に、お姉さまは満面の笑みで言った。



「簡単、簡単。暇そうな奴らを引っ張ってくりゃいいんでしょ? 目指そ? 最高連鎖」



 あ、これ、ダメなやつです……ますたぁ。


 ますたぁが反論する前に、お姉さまが音一つ立てずに消える。



 影すら残さぬ神速。故に、つけられた二つ名が《絶影》。



 扉の外、大通りの方で絹を裂くような悲鳴があがった。





§






 今日のキルスコア:78

 ※76連鎖とお姉さまとティノ。


 今日の教訓:

 コンスイタケはとても効率が良い。



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