前へ次へ
5/13

第五話 スペースファンタジーポエム

 SFファンタジー、剣と魔法のファンタジーなど、「ファンタジー」の類の原稿は強敵ぞろいだ。ネット小説やライトノベル(ラノベ)には、「文法完全無視の文章」「ラノベ独特の文化、すなわち内輪にしか通じないお約束ルール」が跋扈している。書いている本人はそれが「特殊なノリ」であることにまるっきり自覚がない。内輪ウケでしかない未熟な表現を堂々と常識であるかのように書かれてくるのを、どこまで直すかで毎度苦労する。


『今や、宇宙に多数のスペースコロニーが浮き人類は、地球より宇宙人口の方がもう、多くなっていた。其処に地球連邦と宇宙連合の対立が起こり正に、戦争が起ころうとしていた。

「それって私に死ねって事?」青い髪に碧の瞳の持った少女は叫んだ。てか誰だよそれ。否、それは正にこの物語の主人公のミルルと言う十七歳の高校生。超ツンデレキャラの彼女はミニスカの裾を風に旗めいて上から目線で怒鳴り叫んだ。』


 日本で最も有名なリアル系のロボットアニメの設定に似た話だなあ。小説を書くなら、ある程度は独自の設定にしようよ。あと「旗めいて」って、ここは「はためかせて」だよ。

 そして「てか誰だよそれ」って言ってるおまえこそ誰だよ。「三人称・客観」の視点で小説を書いているはずが、「ツッコミ役」の何者かの意思が作中に登場してしまう。よくある失敗だ。でも、説明しても理解できない人が多いんだよな……。暗澹たる気分になる。

 ここで小説の「視点」についてちょっと解説する。

 一人称というのは「私」「僕」など自分を指す言い方。二人称は「あなた」「君」など相手を指す言い方。三人称は「○○さん」「太郎」「花子」など、名前をきちんと挙げる言い方。一人で語れる一人称、相手がいないと成立しない二人称、それ以上の人数が登場するから各人を名前で呼ぶ三人称、というわけだ。

 この小説は、作者が「誰でもない語り手」の立場で「誰々が~」と三人称でキャラクターを動かしていく「三人称・客観」の視点で始まっている。この「客観」は「神の視点」とも言い、語り手はすべてを見通している代わりに「語り手の意思」は存在しないことになる。

「主観」はその逆で、具体的な「○田×子さん」などの、意識・意思を持った「語り手」が自分の見聞きしたことを自分で語る。語り手の「○田×子さん」が自分で見聞きしたこと以外は作中に出てこない。出てくるとしたら「○田×子さん」が後で聞いて知った、などの条件が必要となる。

 この「視点」というものを理解していない書き手が、「ファンタジー」のジャンルにはやたら多いのである。

 原稿の「地の文」(セリフでない、ナレーション部分の文章)に「超○○」「てか~だよね」とあるが、これは、三人称客観の小説ではおかしい。「超楽しい」のような言葉はあくまで「口語」、おしゃべり言葉であり、書き言葉ではない。

「語り手である主人公がおしゃべりをする形で語られる」という一人称主観の小説なら、作中のナレーションが「○田×子さん」個人の口調でいいので、「てか超、それってありえないし」とか「○○なんですう~☆」と書いてあってもいい。でもこの原稿は、それがダメな「三人称・客観」を選択しているはずなのだ。

「ミニスカ」は「ミニスカート」、「キャラ」は「キャラクター」と書いてくれ。「ツンデレ」は、一般の人に等しく通じる言葉ではない。「他人の前ではツンとして冷たいが、二人っきりになるとデレデレする女の子」のことを「ツンデレ」と言うのだが、これはアニメから派生した、一部の文化圏や年齢層でのみ通じる語句だ。

「上から目線」も「イマドキ表現」であり、辞書に載っている普遍的な言葉ではない。辞書に載るようになったら使っていいが、あくまでも現時点では「特定の時期に、大衆に広く使われた言葉」でしかない。これを一般の言葉として作中に使うのはダメなのだ。なぜなら、「語り手」には主観はないから。二十一世紀の今、一時的に流行している言葉を使うのは「主観のない神的存在」ではなく、特定の「誰か」だ。

 それに、イマドキ表現や流行語は、ほんの三年もしたらもう「死語」になっているかもしれないし、十年後には意味そのものが伝わらないかもしれない。「生の」言葉は旬を過ぎたら腐って使えなくなるものだ。数年後、「上から目線とか昔使ったよね」「ツンデレとか、何ソレ」と嘲笑されるかもしれない。

 あと「怒鳴り叫んだ」みたいに動詞をいくつもくっつけるのが「ラノベ文法」「ファンタジー文化言葉」の典型的な特徴。誤りではないし、意味がわからないわけでもないが、やたら「話し歩いた」り、「光り飛んだ」り、「走り振り回した」り、動詞が合体する。

 この冒頭だけで、編集者としてはこれだけ愚痴が出る。実際、大きな問題は「てか誰だよそれ」という一部分だけなのだが、他の細かいツッコミどころが満載な時点で、後ろの出来も推して知るべしである。


『ミルルが睨み付ける先には小鬼のアビが蹲って居た。

 アビは私の元に宇宙空間の彼方から、やって来た異星人で、背は五十センチ位の、頭の天辺に一本の角が有り、小人。幼児体形で年齢不詳。ある夜突然頭の中に呼び掛けられて窓を開ける様言われたらベランダに浮いて居て、私は本当に吃驚したって訳。

 ミルルはアビの首根っこを掴んで窓から外に放り出した。』


 ほら、やっぱりだ。途中で「三人称・客観」から「一人称・主観」に視点が転じて、また「三人称・客観」に戻っている。「ミルルが~」という客観描写の後、ミルル視点の「私の~」という主観描写になってしまった。これじゃ読者が「今、自分は誰の立場なのか?」ということを判断できなくて混乱してしまう。「読めば『私』がミルルってすぐわかるじゃん」……というのは、私だってもちろんわかる。でも、ルール上はダメなのである。

 あと、無駄に漢字が当ててあるのもこのテの作品の悪しき特徴。読みづらい……。


『窓が目の前でピシャッと閉められ、ドンドン窓を叩いたが一向に開けて貰えず、やれやれ又女王様の癇癪だと諦めた。こういう時は暫く地球を散策して時間を潰すのが一番だ。

 一方ミルルは、部屋でため息を一人吐いていた。アビはミルルに、地球を守る為にロボットに乗れと言い出したのである。この展開漫画かよ。否アニメか。』


 今度は断りもなくアビ視点の語りになり、さらに三人称に戻っている。しかも、最後に「漫画かよ。否アニメか」って言ってるのは誰だよ。

 今はまだミルルとアビしか出てきていないが、これはこの後、キャラクターが増えるたびに視点がコロコロ入れ替わり、「今、誰目線で読めばいいの?」と、読者の立ち位置がごちゃごちゃになっていくことは間違いない。

 ところで、物語の舞台は「地球」なのが前提の文章になっているが、彼らがいるのが地球だという説明はどこにも出てこなかった。これはさりげなく説明不足。舞台が地球かコロニーかは説明がないとわからない。作者は、自分が「舞台は地球」とわかっているから、読者もわかっていると勝手に決めつけて話を展開してしまっている。


『そこに……

 青く輝く雷が……?

 いや違う、彗星の様な、隕石の様な……?

「うわああああーー!」視界がホワイトアウトして行って……


 ここは何処……? 海の底……?

 どうなったんだろう。何も判らない。体が動かない……


 目を開けると、宇宙空間に漂って居た。そんな莫迦な……。


 頭の中に声がした。

「目覚めなさい、選ばれし者。貴方はこの銀河を統べる為、遙か古の文明社会から送られた能力者。今こそ真の力を呼び覚まし、星々をその手に収め、護るのです」

 母なる声。この声は知って居る。何か、とても懐かしい……。


 するとそこに。

 新たな光。

 輝く機体。幻……? 天使の羽が見える。天使……救世主?


 アビは目を覚ました。今見たのは……?

 帰らなくちゃ。ミルル、彼女の存在は……そう、きっと……。』


 なんもわかんねえよ! なにが起こったんだよ!

 文章の流れから、ミルルの目の前に謎の光が降ってきて、何か謎のメッセージを受け取ったのかと思った。でも「アビは目を覚ました」……ってことは、この謎の光とかメッセージとかを受けたのはアビだよね?

 しかも「光……」「機体……」「天使……」だけ言われても、全然わからない。こういう、読者にわからないポエムを延々と繰り広げる「ファンタジー」も多くて、本当に困る。


 結局このポエム部分でアビが何を見たかという説明はないまま、アビはミルルに「あなたは古の……(この点々が何を意味するかはやはり、不明)」と告げ、いよいよミルルがロボットに乗ることになる。その初搭乗シーン。


『ウィィィーーーーン。

 真紅の機体。眩い光。ミルルは一瞬、その姿に懐かしい記憶を呼び覚まされた。

 ああ、何だろう、この感覚。水の中の様な、宇宙空間の様な……。

 グイーン。

 優しい掌。昔、同じ風景を見た気がする。

 浮遊感。視界はもう、機体の紅に。目を閉じる。

 包む様な感覚。母の胎内にも似て。父の胸の中にも似て。

 さあ、立ち上がれ……。

 グイッ。グオォォォォ……

 咆哮。刹那、アビが輝く。何……?

「僕もそこへ……」

 えっ、どういう事?

 スクリーンの中でアビが変化して行く……アビ?

 天使? 白い羽……そして、ちょっと、それって……

 マジで、イケメンじゃん。夢心地から我に返る。ええーーーっっっ!

 消えた……。

 機体は目の部分を真紅に輝かせ、とうとう起動した。レバーを引いて立ち上がる。すごい。私、操縦してる。

 今、まさに紅攻駆動機アズマインがその真の姿を現したのである!』


 全然、何が起こったのかわからない……。

 多分、真紅の機体を前にミルルの心に何か不思議な感覚が蘇って、機体が手を差しのべてそこに乗って、ふわっとコックピットに運ばれて、そのコックピットの感覚が胎内のようで胸の中のようで、機内の何かをグイッとやったら機体が咆哮して、そしたらアビが突然光を放って機体の中に入ってきて、スクリーンにアビが映ったかと思ったらアビがイケメンの天使の姿に変化して消えて、機体が起動して、レバーを引いたら立ち上がった……ってことなんだと思うけどさ。それをこの断片的なポエムから読み取れって?

 確かに、私は編集者だから、無理に読めと言われれば読み取れなくはない。でも、これを「小説」として書店に並べて売るの? 消費者である読者に「読解しろよ」って言うの? 機体についても、色以外何の説明もないんだけど。

 あと一つ気になるのが、その、作品タイトルにもなっている機体の名前「紅攻駆動機アズマイン」は、サツマイモの「ベニアズマ」? これは聞くべきか、聞かずにおくべきか……。カッコいいと思ってても、ウケると思ってても微妙だし……。「サツマイモみたいな名前だけど、いいの?」って聞いてあげるのが編集者の務めのような気もするけれど……。


 このSFファンタジー、このまま「三人称・客観」だったり「一人称・ミルル視点」だったり「一人称・アビ視点」だったり、さらに「一人称・敵の大将視点」だったり「一人称・降臨してきた大天使視点」だったりと語り手が転じて大混乱をきたし、盛り上がる場面が片っ端から意味不明のポエムになって説明不足のまま終わった。

 ラストシーンは、こんな感じだった……。


『アズマインの紅の輝き……そこに大天使の輝きが交錯する。

 それは、奇跡の光。

 宇宙全体に光が……。


 ああ、終わるんだ……。


 アズマインは光の海に消え、傷ついたコロニーまでもが……戻って行く。

 ミルルはアビの腕に抱かれたまま……。天使の翼。輝く翼。


「ミルル!」

 懐かしい声に振り返ると、何と、そこには……!

「まさか……まさか!」

 ミルルの瞳に涙。

 アビは微笑む。

 そして、宇宙は……愛の光に満たされ、新しい時代の到来がやって来たのだった……。』


「到来がやってきた」ってなんだ。まあそれはいいとして、最後、誰が「何と、そこには」いたんだよ。多分、その前のシーンで死んだっぽかった母親なんだろうけど。

 この作品、一体どうやって直したらいいんだろう……と、途方にくれた。だって、私自身がこのストーリー、半分かそれ以上、読み取れなかったんだもん。

 ファンタジーポエム、げに恐るべし。

前へ次へ目次