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②彼女の瞳に彼は映らない

 

 翌日の午後。

 級友達が教室で交換留学のチケットを手に入れるための選抜テストを受けている間、ギディオンは時間を持て余し、一人学院の森の中を散歩した。

 学院の森は広大で、歩いていると王都近郊にいることを忘れてまるで農村にいるかのような、長閑(のどか)な気持ちにさせてくれる。

 秋の心地よい風を受けながら、木立に挟まれた道を歩いていく。

 木々の上を飛んでいく小鳥たちの愛らしい鳴き声に耳を傾けていると、ふとギディオンの足が止まった。

 道の先にある、一際大きな木の根元に、一人の少女が座っていたのだ。

 木の幹に背中を預け、首を少し(かし)げた姿勢で目を閉じているのは、リーセルだった。

 同じくテスト時間を森で潰すことにしたらしい。

 もっと早い時間にここにきていたのか、リーセルは寝てしまっていた。

 閉じられた目は開く様子もなく、木の根の上に落ちる右手は、微動だにしない。

 ギディオンは足音を立てないようにゆっくりと彼女に近づいていった。

 読書の最中に寝てしまったのか、分厚い本がリーセルの膝の上で開きっぱなしになっていて、風に煽られてパラパラとページが捲られていく。

 その拍子に本に挟まっていた紙製のしおりが、風でひらりと舞い上がった。


「あっ…」


 ギディオンは思わずしおりを追いかけた。

 風に乗って、しおりは不規則に左右へ飛んでいく。

 何度か右手が宙を掴み、ようやくしおりを人差し指と親指で捉える。

 ギディオンは手の中のしおりをじっと見た。

 その紙には見覚えがあった。

 学院の近所にある菓子屋の包装紙だ。赤地に緑色の蔦が絡まる模様が描かれ、なかなか見栄えのする包装紙なのだ。リーセルはそれを長方形に切り、上部に穴を開けてリボンを結びつけ、ハンドメイドのしおりにして使っているのだろう。

 自分はその包装紙をいつも、どうしていただろう。


(すぐに捨ててしまっていた。再利用したことなど、一度もなかった)


 物を大切にしなかった自分をかすかに恥じながら、リーセルの前に進んだ。そのまま芝の上に、膝を突く。

 彼女を起こさないようにそっとしおりを本に挟むと、それ以上本が煽られないように、静かに表紙を閉じる。

 手を伸ばせば触れられそうな距離で静かに寝ているリーセルの顔を、見つめる。


(君に、触れたい……)


 ギディオンは自分がリーセルに嫌われているらしい、ということに一年生のうちに気がついていた。

 二人にとって、これは二度目の人生なのだ。

 一度目の人生では、自分たちは愛し合っていた。だが時が戻り、二人の愛はなかったことになった。あの日々はもう、ギディオン一人の記憶の中にしか存在しない。

 今のギディオンにとって、リーセルと笑顔をかわし、互いに触れ合ったのはもう九年も前だ。

 それでも、彼女の頬の柔らかさも、手の滑らかさも、髪の冷たさと重さも、何もかも覚えている。

 そっと額に口付けると、はにかむようにして微笑んだ可愛らしさも。

 一度目の人生で、王太子と王宮魔術師として生きていたあの頃。

 自分はリーセルとたびたび約束を交わし、王宮の花園や小さな森で二人で会ったものだった。

 こっそり王宮から持ち出した菓子を食べあったり、魔術で遊んだり。

 いや、何より二人でいるだけで、全てが輝いて見え、気持ちは満ち足りた。


「ぅ、ぅうんーー」


 リーセルがモゴモゴと口を開き、首を動かして右から左に傾ける。起きてしまったのかと一瞬緊張をしたギディオンだったが、リーセルはそのまままた静かな寝息を立てている。

 触れたいが、触れられない。

 右手が、震えた。

 あの甘い日々だけでなく、ギディオンの右手は愛したリーセルの最期の時も、はっきりと覚えていた。

 右手の拳をきつく握りしめ、震えをどうにか抑える。

 何もかも、昨日のことのように鮮やかに瞼の裏に焼き付いている。

 あの時、リーセルの胸を王太子(じぶん)の剣が貫く寸前。リーセルの胸のペンダントが、彼女を守ろうとするかのように剣先に割り込み、儚く砕け散った。

 次いで彼女の命を奪う時に己の右腕全体に剣を通して受けた衝撃と重みは、他人の体に生きている今ですら、まざまざと思い出される。

 ギディオンは左手で自分の右手首を、爪がくいこむほど強く握って胸の痛みに耐えた。後悔と、懺悔と、ーー圧倒的な未練に。

 呼吸を整え、自分は王太子のユリシーズではなく、公爵家のギディオンなのだと言い聞かせる。

 木々の向こうの校舎の方から、授業が終わるベルの音が聞こえた。

 まだ一つ目のテストが終わったところだ。

 ギディオンは立ち上がると、静かにリーセルを見下ろした。

 寝ている彼女の邪魔になるべきじゃない。小さな溜め息をつきながら、彼女に背を向ける。

 落ち葉や小枝を踏んでしまわないよう、注意をしながらギディオンは自分の居場所を探してさらに森の奥へと、入っていった。




 そして迎えた十月。

 王立魔術学院から十名の生徒たちを迎え、国立魔術学院の四年生のクラスはいつになく興奮に包まれていた。

 十名の留学生たちは、二クラスに分かれて、それぞれ五名ずつ授業を共に受けることとなった。

 リーセルのクラスに来たのは、五名のうち四名が男子生徒で、端正な顔立ちの男子生徒ばかりだったので、とりわけ女子生徒たちが色めき立っていた。

 彼らがやってきて、二日目。

 その日四年生たちは学院の温室で、「治癒茶」の葉を摘む授業を受けていた。

 校舎の裏に立つ温室は、ガラスばりの立派なもので、肌寒い季節にもかかわらず、中は日差しの恩恵を受けて春のように暖かい。

 ひとクラス三十五名の生徒たちは、温室の一角で中腰になり、低木に茂る長く尖った葉を、選別しては腰から下げたカゴに摘んでいく。

 リーセルはこの日、留学生のオーガュストと「ペア」を組まされていた。

 ペア、とはこの季節だけ作られる、留学生を孤立させない為のシステムだ。

 留学期間中、毎日ペアを変えて一日を過ごし、より多くの生徒と交流し、教え合うのが目的だ。

 もちろん、学院長の最後の悪あがきがここにも働いており、王立学院から来ている生徒たちは皆、必ず首席のギディオンと次席のリーセルと順番にペアにさせていた。

 あっちの学院に帰ったら、「凄く優秀な生徒がいた」「国立は美男美女だらけだ」「国立の方が良かったかもしれない」「国立は学院長がさぞ優秀なんだろう」と吹聴してもらうためだ。


 治癒茶は、見た目は紅茶葉によく似ているが、紅茶の名産地として有名なアリガー山の山麓にしか自生しない、貴重な品種だ。

 魔力を込めた魔石を肥料として与え、飲むと魔術の使いすぎからくる疲労に非常によく効く。

 魔力を増強する効能はなかったが、だからこそ試験前には特に飲むことが推奨されていた。

 だが魔力を浴びて育ったせいか、摘み方にはかなりのコツが必要だった。


「リーセル、摘むの上手いね。俺は葉が千切れちゃうんだけど」


 オーガュストは苦笑しながら、隣に立つリーセルに言った。黒髪を短く刈りそろえた、なかなか精悍な男子生徒で、ペアになれなかった女子生徒たちが少し羨ましそうにリーセルを見ている。

 リーセルは、照れたように小さく笑った。


「私、結構摘み慣れてるの。ーー貸してみて。こんな風に、風の魔術を使いながら、指を使って」


 リーセルが手を伸ばし、オーガュストの前の枝に触れ、詠唱で指先にかすかな風を起こすと、その瞬間に葉をプチッと摘み取る。

 その腕前に、オーガュストは純粋に尊敬の眼差しを送る。


「すごいなぁ! 茎も綺麗に切れてるね」

「ありがとう」

「葉の選び方も上手だね。柔らかくて、煎じたら美味しそう」

「葉の先が、少し金色になっているのが美味しいやつなの。黄金茶って言って、疲労回復効果もより高いんですって」

「リーセル、君ってなんでも知ってて、本当に凄いなぁ!」

「褒めすぎよ、オーギュスト」


 オーガュストは声を立てて笑った。


「また間違えてる! オーギュストじゃなくて、オーガュストね」

「ごめんなさい。ちょっと発音が難しくて…」


 恥じらいから赤くなるリーセルを、オーガュストがさらに笑う。

 頬を染めて神秘的な紫色の瞳を瞬いて恥じらうリーセルが、とても可愛く思える。

 お高く止まっている王族や上流貴族ばかりの王立魔術学院の女子たちと、なんと違うのだろう。気取らないリーセルが、初々しく好ましく感じられてならない。


「変わった名前だって、よく言われるんだよねぇ。ははは。――それで次は、どの葉がおすすめ?」


 リーセルは両手で枝を弄り、その中から柔らかそうな一枚を選んだ。右手で葉の根元をそっとつまみ、すぐ隣に立つオーガュストに言う。


「これよ。絶対美味しいわ。そのまま食べられちゃうくらい」


 オーガュストはリーセルの手の上から、葉を摘んだ。二人の手が一瞬重なり、二人が同時に「あ、ごめん」とつぶやいた。


「なんだ、あの二人。いい雰囲気だな」


 リーセルたちの様子を少し離れた位置から見ていたアランが、ペアのギディオンに耳打ちする。

 毎年交換留学生たちの間で、恋が芽生えるのは有名な話だった。

 卒業まで学院を越えて愛を温め、卒業後に結婚をしたカップルもいるとか。

 同じ王立学院から来たアランは、おもしろそうにリーセルたちを観察していた。

 オーガュストが詠唱し、葉を摘もうとした矢先、リーセルがそれを慌てて止める。


「風の向きが逆よ。手前から起こすの」

「向きまで魔術で調整できるの? どうやって?」

「こうよ。見てて」


 一枚の葉を二人で摘まみ、まるで手を繋いでいるかのようだ。

 葉の位置が少し奥にあるため、リーセルが爪先立ちになっていて、ぐらりとふらつく。オーガュストはさっと腕を伸ばし、リーセルの制服の腰のあたりを掴み、彼女を支える。


「あ、ありがとう」

「う、うん」


「うわぁー、恋の芽生えってやつ? 今の見たギディオン? オーガュストのやつ、それでも葉を離さないし」

「見たよ。確かになんだか良い雰囲気だね」


 ギディオンは愛想笑いを浮かべ、そう答えるのが精一杯だった。

 見たくないと思っても、気になって見てしまう。

 オーガュストはリーセルの制服ではなく、今や腰にしっかりと手を当てて、彼女を支えている。

 今すぐ二人に駆け寄り、リーセルに触れているあの手を、引き剥がしたい。

 もやもやとした感情を押し殺しながら、自分の茶摘みに集中する。

 しばらく経った頃、アランがおかしそうにギディオンの肩を叩いた。見ればアランのカゴはちっとも葉が増えていない。どうやらずっとリーセルたちを観察していたらしい。


「オーガュストの奴、あの黒髪の女の子といい感じじゃないか? さっきから何回も『極小かまいたち』の出し方、教えてもらってるよ」


 見れば二人はまだ一枚の葉を二人で摘まみ、一緒に摘んでいた。

 ギディオンが腹立たしいことに、オーガュストはわざと遠い位置の葉ばかり選び、リーセルは期待に応えようと少し困った様子ながらも、必死に背伸びをして彼が選んだ葉に手を添えている。

 オーガュストはリーセルが爪先立ちにならないといけない位置の葉ばかりを選んでいるのだ。そして、さも当然のようにリーセルを支えている。

 ギディオンはこの二日間のオーガュストの教室での様子を思い出しながら、アランに問いかけた。


「オーガュストは風の魔術書の七巻を読んでいたよね」


 思った以上に声が暗くなってしまった。


「えっ、そう? そこまで把握してないな〜」

「確かに、七巻を机に置いていたと思う」

「よく見てるね…」


『極小かまいたち』は風の魔術書の五巻に載っている術だ。

 オーガュストは習得済みの魔術のはずだ。


(リーセルに触りたいから、わざとできないフリをしているのか)


 そう気づいてしまうと、我慢ならなかった。

 ギディオンは、葉など見ずにひたすらリーセルの顔に視線を釘付けにしているオーガュストの横顔を見ながら、言った。


「ちょっと注意をしてくるよ」

「えっ? 注意?」


 きょとんと目を瞬くアランに対し、ギディオンはひどく冷静な表情で、淡々と答えた。


「摘むのにあんなに時間をかけていたら、煮詰める時間がなくなってしまう。他の生徒達の大半が、既に温室の外で鍋と火の支度を始めているよ。授業の進行にもかかわるしね」

「確かにそうだけど。さすが教室長だね。――って、ギディオン? どこ行くの?」


 アランは急に木から離れたギディオンに声をかけた。

 ギディオンは自分のカゴの中にぎっしり詰まっていた葉を片手で取ると、アランのカゴに押し込んだ。


「先に外に出て、煮出しててくれ」

「えっ!?」


 そう言い残すなり、ギディオンはリーセルとオーガュストの元に歩いて行った。

 リーセルは葉を慎重に押さえながら、詠唱を始めようと口を開いたところだった。その刹那。

 シュパパパッ、と空を切る音がして、オーガュストの持っている葉や、近くにある葉がごっそりと枝から外れて舞い上がった。

 五十枚近い葉が、まるで小さな竜巻にでも煽られるように、低木の上でくるくると旋回する。

 驚いて振り返ると、ギディオンがすぐ後ろに立ち、両手を腰に当ててどこか冷たい碧色の瞳で、オーガュストを見下ろしている。

 オーガュストは唖然としてから、喘ぐように言った。


「い、今の何? 君がーーええと、」

「ギディオンだ。私が摘んだ」


 思わずリーセルとオーガュストは、ギディオンの両手を見た。腰に当てられ、指先一つ葉に向けられていない。

 通常、魔術は手から繰り出す。水風火の三元素を、手で取りまとめて形に変えるからだ。

 最高峰の魔術学院で学ぶ生徒達であっても、手を使わずに魔術を行う方法など、想像もできなかった。

 オーガュストは驚きのあまり、喘いだ。


(いやいや、っていうかそもそも詠唱すら聞こえなかったけど……)


「詠唱は?」

「ああ、忘れていた」


 しれっと答えるギディオンに、オーガュストは目をみはった。

 二人が話している間にも、ギディオンがさっき謎の魔術で一気に摘んだ葉が、くるくると束になってアランの腰のカゴに飛んできて、まるで巣に帰る生き物のように、中に収まっていく。

 詠唱という言葉の補助すらなく、魔術を操る同い年のギディオンに、オーガュストは開いた口が塞がらない。

 自分のカゴとギディオンの間で、視線を何度も往復させる。

 これはこの学校ではありふれた光景なのか、近くにいる他の生徒達は、「さすがギディオン」とチラリと見てくるだけで、それ以上の驚きは示していない。


(なんだこれ。国立魔術学院、とんでもない生徒がいるんだな……)


 無表情に目の前に立つギディオンは、まるで温室の精霊のような美貌があった。見たこともない大技を披露したと言うのに、一切自慢するそぶりもなく、涼しげに立っている。

 ギディオンは困惑するオーガュストに、爽やかに問いかけた。


「よかったら、後で今の術を教えようか?」

「ほ、本当に?」

「風の魔術書の十一巻の二章に載っているんだ」


(なんで章まで覚えてるんだ? っていうか、十一巻って、王宮魔術師レベルだし……)


 するといつの間にかギディオンの隣に来ていたキャサリンナが、なぜか酷く自慢げに顎を反らして言った。


「ギディオンは、この国立魔術学院の首席なのよ。万年首席なの」


 途端にオーガュストがハッと息を呑み、両手をポンと叩く。手を離したせいでリーセルが一瞬ぐらつき、それを見たギディオンの左頬がぴくりと微かに引きつる。

 オーガュストは興奮気味にギディオンを見た。

 国立魔術学院には、ずっと首席の座を守り続けている凄い生徒がいるらしい、という情報は王立魔術学院でも噂になっていた。その噂の生徒が、四年生だとは知らなかった。


「聞いたことがあります! 師匠! お噂はかねがね、我が校にも漏れ伝わっております!!」


 なんで敬語? 師匠? という周囲の空気もなんのその、オーガュストは尊敬の眼差しをギディオンに送った。


「えぇええと、ところで昨日から気になっていたんですけど、お名前のランカスターって、もしやあの公爵家様の?」


 腕組みをして胸を逸らしたキャサリンナが、食い気味に答える。


「そうよ。このギディオンは、ランカスター公爵家のご長男よ」


(す、凄いな。なんていうか、立ち位置からして何もかも異次元だよ)


「ウワァぁぁ! ぜひお友達になってください!! あの、さっきの魔術教えてください!!」


 それを受けて、なぜかキャサリンナが「よろしくてよ」と尊大に頷きながら許可を出した。




 十分後、リーセルは茶葉をグツグツと温室の外で煮出していた。

 ペアのオーガュストはさっきからずっとギディオンにまとわりついている。ギディオンが魔術であっという間に火を起こし、鍋の湯を沸騰させていくのを、アランとキャサリンナを筆頭とするギディオン親衛隊たちと一緒に、いちいち感心しながら見学している。

 リーセルの鍋は異様に強火になっており、もくもくと怨念のように湯気が鍋から立ち昇っている。

 鍋の前に仁王立ちになり、まるで呪い薬でも煎じているような姿に、近くにいたシンシアが思わず声をかけた。


「大丈夫? なんか、お湯がすっごくドス黒…、濃い茶色になっちゃってるけど」

「平気よ。飲めれば味なんて関係ないもの」

「オーガュストったら、リーセルを放り出して。……ちょっと素敵な雰囲気になっていたのにね」

「どうせ私は首席じゃないもの…」

「あ、あら、そっち? そっちに怒っていたのね……」


 後ろの鍋で作業していたマックは、沸騰した湯に茶葉を投入し終えると、カゴに残った余りの茶葉を口に放り込み、ムシャムシャ葉を味わっていた。一旦手を止めると、リーセルの肩を慰めるように軽く叩く。


「ま、結果オーライでしょ。そもそもね、オー()スト君、たとえいい感じになったとしても、ありゃどう見てもすぐ浮気するタイプだね」

「そ、そうだね。オー()()スト君、ね」

「マックったら、そんな言い方ないわ。それに二人とも間違ってるから。彼の名前はオー()()スト、よ」

「それ、マジでどう発音してるんだよ?」


 マックを無視したシンシアは、溜め息をつくと桶の中の水をリーセルの焚き火にかけ、火を止めさせた。


「それにしてもいくら教室長だからって、ギディオンったら、ちょっとらしくなかったわよね。急に二人の作業に手出ししてきて」

「……十一巻、私も早く読まなくちゃ」

「そ、そこは真似しなくていいんじゃない?」

「つーか、十一巻ってどこで売ってんだよ? 学院の購買部で見たことないぞ」


 負けるものか、とリーセルは心の中で呟いた。

 目の当たりにさせられた魔術師の卵としての腕の違いが、悔しかった。


 こうしてギディオン・ランカスターは無駄にリーセルの反感を買い、さらに嫌われていくのであった。







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