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公爵家のギディオン、(完全に予定外に)現る

 王太子に殺される未来を、避けるにはどうしたらいいのか。


 七歳になった私が、用意周到にも考えた作戦その一は、こうだ。――「魔術」という生きていくための保険を確実にものにしつつ、バラル州の貴族の男性のもとに嫁ぐ。法律上、貴族は貴族としか結婚ができないのだ。

 もちろん、王太子にはかすりもしない人生を送るのだ。夫となる人の家は、できればクロウ家から馬車で三十分以内に行ける距離であって欲しい。そうすれば結婚しても、頻繁に実家に顔を出せる。

 計画を温め始めてから、いくつもの年月が過ぎた。が、計画はちっとも進まなかった。

 ――バラルが田舎すぎた。うすうす気が付いてはいたけど。出会いが、ない。決定的にない。

 同じ年頃の貴族が、近所にいなかったのだ。

 そんな風に進むべき道に悩みながらも、穏やかに五年が経った。


 そして十二歳の夏。

 二度目の私の人生が、大きく動き出した。


 このど田舎のクロウ家の屋敷の近所で、一人の貴公子が目撃されたのだ。

 その男性の情報を一番最初に私に教えてくれたのは、執事のアーノルドだ。

 ちなみに我が家の執事は、巷で人気のタイプの執事――つまり黒髪に眼鏡を掛け、線が細くて頭が名探偵ばりにキレ、美青年で「お嬢様、お帰りなさいませ」などというタイプのキャラではなかった。

 うちの執事のアーノルドは、若いけれど美青年ではなく、かなり逞しい体格をしていた。端的に言えば、全身筋肉だ。

 ある日私に紅茶を持ってきてくれたマッチョのアーノルドが、楽しげに教えてくれた。


「珍しいこともあるもので、最近お屋敷の外の畑や近くの森で、どこかの貴族のお坊ちゃんをお見かけするんですよ。森で腹筋をしていたら、何度かすれ違いました」

「やだ、マッ…アーノルド。あなた森で運動なんてしてるの?」

「はい。森の中で体を鍛えると、良い酸素が吸えるからか、筋肉が喜ぶんですよね」

「そ、そうなの。――それにしてもこの辺りにどこぞのお坊ちゃんがいるなんて、珍しいわね。何しに来たのかしら」

「丘か動物でも見に来たんですかねぇ。この辺りの森は、動物が多いですから。むしろバラルにはそれくらいしかありませんし」


 私の前の皿にアーノルドが小さなクッキーを載せる。丸いクッキーの上に、アーモンドが一粒飾られている。

 クッキーを口に運びながら、考えた。

 もしやそのお坊ちゃんは、鹿狩りに来たんだろうか。貴族の少年の間では、牡鹿を狩って剥製を屋敷に飾るのが流行しているのだという。

 大きな牡鹿を捕らえ、「僕、こんな大物を撃ったよ!」と得意げに父親に報告するものらしい。

 その少年が狩猟に来たなら、看過できない。なぜなら周辺の森はクロウ家の領地だからだ。そこに住む動物も、森の果実も、川の魚も領主である祖父の所有物になる。

 勝手な狩猟は許されない。

 それに祖父は狩りが嫌いだったから、申請されても許可しないのだ。


「私も後で森に行ってみるわ」


 注意しないと。

 だがアーノルドは私の考えを別な方向に解釈した。彼はおかわりのお茶を私のカップに注ぎながら、お茶目なウィンクを寄越した。


「お嬢様と同じ年頃のお坊ちゃんに見えましたよ。お友達になられては?」

「そ、そうね。会えたら話してみるわ。素敵な情報をありがとう」

「いやぁ、お礼なら、私の筋肉に言ってやって下さい! 自分はなんにもしてないんで」


 マッチョ執事は照れたように頭をかきながら、笑った。




 初夏の明るい日差しが心地よい、昼過ぎだった。

 屋敷の裏手に広がる森に早速入っていく。

 初夏はベリーの季節で、森にはベリーがたわわになっていた。私はベリーを摘みがてら、その少年とやらがいないか目を光らせた。この時期は毎年、ベリー摘みをするのがクロウ家の習慣だった。

 森を進みながらベリーを摘み、腕にかけたカゴをいっぱいにする。緑の葉の間から赤い宝石のように顔を覗かせるベリーは丁度熟れ頃で、森の中にたくさん実っていた。

 ベリーはとても便利だ。パンに混ぜて焼いたり、ジャムにしたり、コンポートにしたり。

 色々と使い道がある。

 明るい真昼の日差しが林の木々の上から、線状の光となって降り注ぐ。時折、適度に涼しい風が心地よく吹いている。

 ベリーの果汁で汚さないよう、濃い紺色のドレスを着て、私はベリー溢れるカゴを片手に、森の端までやってきた時。どこからか微かに声が聞こえた。

 足を止め、耳をそばだてる。


「たす、け……っ、誰か!」


 声は森の向こうから聞こえた。

 はっと息を吸い込み、急いで走り出して森を抜ける。森の先は原っぱが広がっていて、その向こうには川が流れている。草原の中の小さな森から流れる川で、小川と言ってもいいくらいの小さな川だ。

 その川を、何かが――いや、人が流されていた。


(大変! 助けなきゃ!)


 急いでカゴを放り出して川に向かうが、川の中のその人物を見とめるや、私は立ち止まってしまった。流されているのは、少年だった。


(嘘でしょ。……神様、嘘だよね)


 信じがたい思いで川を凝視しながら、恐る恐る更に近寄る。

 金色の髪の少年が、両手をバタつかせて川を流れている。


「たっ……、助け、てっ!」


 水面に沈みそうになりながら、彼は救助を求めている。

 目の錯覚だと思いたい。

 だが、彼はこの国の超名門貴族の四家――四大貴族の一つである、公爵家の直系の者にしか着用が許されない、濃い赤色のマントを身につけていた。

 それを着ることができる少年は、今一人しかいない。

 私の目の前の結構浅めの川で溺れているのは、間違いなく、ランカスター公爵家の後継ぎ、ギディオン・ランカスターだった。

 なんでか知らないが、このレイア王国の建国の英雄を祖に持つ超名門、ランカスター公爵家のお坊ちゃんがみっともなくも、どんぶらこっこと目の前の川を流されている。

 近所の子どもたちは川遊びをするような、穏やかな川なのに。むしろどうやって溺れているんだろう。ずっと晴天続きだったから、水嵩が増しているはずもない。ある意味、すごい芸当だ。

 それに一体、どうして彼がここに。

 助けなきゃ、という気持ちに急に、ブレーキがかかる。

 ギディオンはあのアイリス・ゼファームの幼馴染なのだ。前回の私を、散々苦しめて最終的には死に至らしめた、あの聖女の。

 ギディオンとアイリスの母親は親友同士で、二歳差の二人は兄妹同然に育ち、アイリスは彼を「お兄様」と呼んでいた。彼女が聖女となった後の彼は、まるで彼女の保護者のようになっていた。

 王宮内で急速に派閥を拡大していったゼファーム侯爵家派の中心人物として、いつも私をその美貌で冷たく見下ろしていた。


(それに待って。あの穏やかな川よ。そのうち浅瀬に引っかかって、自力で歩けるはずよね……)


 川岸に辿り着く前に、私は足を止めた。


(だめよ。助けてはだめ。非人道的な選択かもしれないけど、あのくそランカスター家となんて関わりたくない)


 私は震える拳を握りしめ、相変わらず助けを乞う少年が叫んでいる川に背を向け、家に戻ろうと踵を返した。

 森の中に飛び込み、少し走ったところで、足を止める。


(やっぱり、ダメだわ。こんなの、人としていけないよね……)


 胸に抱きしめたカゴが、ミシッと軋む音がした。動転して強く抱えすぎたらしい。

 大きく息を吸い込んで、後ろを振り返る。

 前回の人生では、ギディオンとは王宮で初めて出会った。彼は名門公爵家をいずれ継ぐ存在ではあったが、当時は私と同じく、王宮魔術師だった。

 ギディオンは非常に整った容貌をしていたが、傲慢で冷酷なところがあるともっぱらの噂で、私はあまり近づかないようにしていた。更に彼は出世街道をひた走っていたので、私たちは所属部署が違った。

 ふと気づけば、森の向こうからは何も聞こえなくなっていた。風のささやきしか聞こえない。


「まさか、沈んじゃった!?」


 なんてこと。――なんて間抜けなの……。 

 カゴを再度放り出し、森を出て川へ走る。心臓がバクバクと早鐘を打つ。

 木々の間を出て視界が開けると、川の前に少年がいるのが見えた。今しも川から上がったようで、よろめきながら川から離れている。


「大丈夫!?」


 溺れていなかったことに安堵し、声をかけながら駆け寄る。

 少年はずぶ濡れの髪を後ろに払った。金色の髪の毛からボタボタと水が落ち、いつもは風に靡いているのであろうマントはいかにも重たげに肩からぶら下がっている。

 少年が顔を上げて視線が合うと、私は息を呑んだ。

 その瞳はまるで南国の穏やかな海を閉じ込めたような、碧色だった。

 抜けるような白磁の肌。

 少年はただただ、美しかった。あのギディオンに、この子ども時代あり。


(教会の壁に飾ってある天使の絵みたい……!)


 綺麗過ぎて、目が潰れそう。

 くるりと上に向かってカールする長い睫毛に縁どられた瞳は、まるでガラス玉のように無機質で、透明感に溢れている。睫毛を湿らせる水が、少年をより美しくひき立てている。

 纏う服もとても質が良さそうなもので、オーダーメイドなのかサイズが絶妙にぴったりだ。――ずぶ濡れだけど。

 純白のシャツに、細かな格子模様の綺麗なズボンをはき、少年用とは到底思えないほど煌びやかな腕輪やベルト飾りをつけている。

 少年は肩で息をしながら、口を開いた。


「何か、拭くものを貸してもらえる……?」

「う、うん。タオルを取ってくるから、ここで待ってて!」


 猛ダッシュで川から再度、森に飛び込む。


 小枝や葉っぱが落ちている森の小道をひたすら走り、息を切らして家を目指す。

 クロウ家に戻ると、アーノルドと廊下で出くわした。


「お嬢様、そんなに急いでどうされたんです?」

「川に落ちた子に、タオルを貸したいの。例の森のお坊ちゃんよ」

「えっ、なんですって!?」


 驚くアーノルドを無視して奥の部屋に入り、クロゼットからタオルを引っ張り出すと、玄関に戻る。だが外に出たところで、私は叫んでしまった。

 少年が我が家の前に立っていたのだ。


(川で待っててと、言ったのに!)


「追いかけてきたの? これで拭いて」

「ありがとう」


 少年はタオルを受け取ると、顔から拭き始めた。

 少し遅れて玄関から出てきたアーノルドが、私の隣に立つ。彼は明らかに少年の赤色のマントを凝視していた。


「どちらのお坊っちゃまですか?」


 少年は腕を服の上からタオルで押さえ、水分を吸収させようとしながら言った。


「ランカスター家のギディオンと言います。助けていただいて、」

「ランカスター? あの公爵家のランカスター家の?」


 アーノルドは驚いて少し大きな声を出した。


「すぐに、お着替えをお持ちします。――お嬢様、客間にご案内なさってください!」


 私にそう言い残すと、アーノルドは家の中に走って戻った。多分、服を探しに行ったのだろう。

 視線を戻すとギディオンは私の方に右手を差し出していた。


「ギディオン・ランカスターだよ。君は?」


 その手を、取れない。

 だって彼はあの聖女の腰巾着なのだ。

 これは私が経験したことがない過去だった。

 本当はこんな出来事はなかったはずなのだ。私は王宮に行くまで、ギディオンに会ったことなんてなかったのに。

 私が前回と全く同じ日々を歩んでいるわけではないように、少しずつ未来も変わってきているのだろう。

 躊躇しているとギディオンは更に手をこちらに伸ばした。


「しっかりタオルで拭いたよ。濡れていないよ」


 仕方がない。このギディオンは私とは初対面なのだし、ゼファーム侯爵家のアイリスだってまだ聖女ですらない。

 私は苦々しく思いつつも、手を伸ばして彼と握手をした。

 ギディオンの手は、濡れていたのに思いの外温かかった。


「私はリーセル・クロウよ。ここに住んでるの。――公爵様のお屋敷に比べれば、うちってばボロくて廃墟みたいでしょ。あはは…」


 笑ってよ。

 笑うところなんだけど。

 ――少年は笑いもせず、半分が廃墟寸前の我が家をまじまじと見つめていた。

 咳払いをして気を取り直し、うちに入るよう呼びかける。

 まさか外で着替えろとは言えない。

 敷居をまたぐ前に、ギディオンはマントを握って硬く絞った。水が大量に芝の上に落ち、吸い込まれていく。

 前髪をはね上げ、その拍子にも水滴がキラキラと散る。

 客間まで案内すると、ギディオンはマントを肩から取り外しながら、言った。


「助かる。後でランカスター家からお礼を送らせ…」

「いえ、結構です!」


 ギディオンを一人にして早足で客間を出ると、銀のトレイを持ったアーノルドがこちらに歩いてきていた。どうやらランカスター家のお坊ちゃんのために、紅茶を入れたらしい。

 しかも見れば我が家で一番上等のカップに入れている。茶菓子に銀の皿いっぱいのクッキーやタルトまで載せて。


「……アーノルド、うちはレストランじゃないのよ」

「何をおっしゃいますか。あのド級名門貴族のランカスター家のやんごとなきご嫡男ですよ? 失礼があったら大変です」


 そういうなりアーノルドは私にトレイを押し付けてきた。

 何のつもりかと眉をひそめて見上げると、彼は私を説得するように言った。


「お嬢様がお持ちください。お近づきになるまたとないチャンスでございますから!」


 いやいや。私は近づきたいとは思っていない。

 それどころか、全力でランカスター家を避けたいのに。


「それに私のような体のデカイ男がお茶をお持ちしても、人は喜ばないものですから」


 執事が何を言う。

 呆れながら渋々トレイを持って、頃合いを見計らって客間の扉をノックした。

 既に着替え終わっていたギディオンは、戻ってきた私を見るなり輝くような笑顔でカップを受け取った。椅子に腰掛ける暇もなく、紅茶を飲むと碧の瞳を煌めかせ、にっこりと笑う。


「ありがとう。紅茶のお礼に、何か僕からお礼を…」

「いえ、結構です!!」


 ギディオンとはこれ以上関わりたくない。さくっと別れたい。私は彼らに関わったせいで、将来胸をぶっ刺されて死ぬことを、知っているのだ。

 ギディオンは幾らか残念そうに肩を竦めると、飲み干したカップをテーブルに置き、屋敷の外に出ていった。

 前庭に出ると、彼は私に言った。


「僕の愛馬を見なかった? 自分が流されてしまって、馬がどこに行ったか分からない」


 置き去りにされた愛馬は、おそらく上流で待ちぼうけているのではないか。

 それにしても、公爵家の御子息が一人でこんな田舎をうろついたらだめじゃないの。

 仕方がない。川に沿って歩けば、すぐに見つかるだろう。


「わかった、一緒に探すから。あなたの乗ってきた馬は、何色なの?」

「茶色だよ」


 森の中を歩きながら、私は一生懸命茶色の馬を探した。




 私の予想に反し、馬はなかなか見つからなかった。

 川は分岐箇所がない、穏やかなものなのに。

 こうなるとギディオンの馬は、勝手に川を離れて走っていったとしか考えられない。公爵家の馬は意外とアホなのかもしれない。


(って……。あれっ!?)


 ふと気がつくと、近くにギディオンがいなかった。さっきまでは、私のすぐ後ろを歩いていたのに。


(やだ、どこに行ったの!?)


 私は頭を抱えた。


「もう、家に戻ろうかな。放っておいても良いかな……?」


 これ以上、ランカスター家に関わりたくない。なぜなら私の生死に関わるからだ。

 薄情にもまた帰宅を決意すると、近くから悲鳴が聞こえた。


「助けて! リーセル!」


 なんだ、今度は何事だ。

 哀れっぽいその声を頼りに森の中を進むと、そこには小さな沼にハマって動けないギディオンがいた。

 恐る恐る聞いてみる。


「ギディオン、――な、何をしてるの……?」

「見ての通りだよ! 沼に足を取られて、動けない」


 ギディオンは沼(?)のど真ん中にいた。

 一歩踏み込んだ時点で沼に足を取られただろうに、どうしてそのままズンズン奥まで進んだのか。

 お陰で彼の所まで手や長い木の棒を伸ばしても、とても届かなそうだ。


「どうしてそこに入っちゃったの?」

「足元を見ていなかった! 助けて!」


 身体が動かない。

 頭の中より身体の方が、よほど正直なようだ。

 ギディオンは腰まで沼に沈みながら、私に向かって声を張り上げた。


「リーセル、早く助けて!」

「助けないとダメ……?」

「な、何を言って……。当たり前じゃないか!! 早くして!」


 この沼ってこんなに深かっただろうか?

 ハマった人を、今まで見たことがない。

 腰より浅い程度だと思っていたのに、ギディオンは既に胸の上まで沈んでいた。

 距離を考えると、魔術を使って助けるしかない。

 仕方なく、私は右手を掲げた。

 目を閉じて、森の中を巡る風を五感で感じる。

 風を手繰りよせ、すべての流れをここに引き寄せるのだ。

 ゴゥ、という音を耳にし、目を開ける。

 既に顎まで浸かるギディオンに手のひらを向け、集めた風を一気に彼の周囲にぶつける。

 凄まじい水音とともに、沼の泥水が爆風に吹き飛んでいく。ギディオンの後ろ一帯を黒く染め、泥が宙を舞う。

 沼の水分を泥ごと吹き飛ばし、枯渇させる。小さな沼なので、それほど難しくはない。


「ギディオン、今のうちにこちらへ!」


 叫んで手を差し伸ばした私は、目をむいた。

 ギディオンは沼の中でしゃがんでいたのだ。あんな体勢をしていたら、そりゃ胸まで浸かるだろう。それよりなぜ、沼の中でしゃがむ?

 訳がわからない。

 ギディオンは立ち上がると、頭の中が疑問符で埋め尽くされている私の前まで、颯爽と歩いてきた。


「感謝するよ、リーセル。君は僕の命の恩人だ」


 全身泥だらけのギディオンは、黒く汚れてもなお美しい顔で微笑んだ。


「見事な魔術だったね。――魔術学院は受験しないの?」


 魔術は国家の財産で、特に優秀な子は王都近郊にある魔術学院に集められ、そこで腕を磨いて将来国のために働く。私には一応、魔術学院を受験できるレベルの魔力があった。


「したいとは思っているけど」

「王立魔術学院と、国立魔術学院のどっちを狙うの?」


 どうしてそんなことを聞いてくるんだろう。

 前回の私は、家計を支える魔術師になる為に、国にある二つの魔術学院のうち、王立魔術学院に入学した。王立魔術学院はもう一つの国立魔術学院と比べて、卒業後の就職が圧倒的に有利なのだ。王立卒業者は、ほぼ間違いなく魔術師として花形の就職先である王宮魔術師になれる。王宮とのコネクションが強く、王宮内の魔術庁に採用してもらいやすいのだ。十九歳で死んだ私はそのようにして、王宮魔術師になったのだ。

 だが同じ轍は踏みたくない。今回は進学するなら、敢えて国立魔術学院を志望したい。


「国立の方かな」

「そうなんだ。――王立の方を受けたら? そっちの方が、就職先が良いと聞くよ?」

「ううん、私は国立がいいの」

「そうか。――どうかな、助けてもらったお礼がしたいんだけど、今度王都に観光にでも来ない? 学院の見学もできるし。何かお礼をさせ…」

「あっ! 台所のかまどの火が、つけっ放しだった!」


 ギディオンの発言を遮ると、私は彼を置いて自宅に逃げ帰った。小さな嘘をついて。

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