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卒業パーティの告白①

 卒業パーティが開かれる日は、朝から寮の中が大騒ぎだった。

 身支度に余念がない女子たちは、早朝から自分磨きに精を出していた。

 寮の浴場は混み合い、廊下にまで長い列が伸びる。

 食堂ですら、顔にパックを貼り付けている女子に出くわすので、びっくりしてしまう。

 学院の外に出て美容院に行ったり、髪に飾る花を買いに行く子達も多かった。

 ほとんどの子達が馬車を呼び、卒業パーティに行くために寮を離れると、学院は静寂に包まれた。


 夕暮れの美しい、静かな学院の中を三つの影が一列になって進んでいた。

 私とマック、それにシンシアの三人だ。

 私たちは日が暮れると食糧を背負って、学院の森に入った。

 寮から森までの道を歩きながら、マックは意気揚々と語った。


「シェルン州じゃ、お祝いの日の食事は野外料理と決まってるんだよ!」

「じゃあ、シェルン式の卒業パーティね」


 森の中の開けた一角に荷物を下ろすと、マックが小さな焚き火を起こした。その周りを囲むように、持参した折り畳み椅子を置く。

 辺りは木の葉擦れの音しかせず、学院の広い森は今、私たちだけのものだ。

 焚き火の上に置いた金網に、マックとシンシアは次々と食料を並べ始めた。

 蒸したジャガイモやウインナー、それに切ってきたピーマンや人参などだ。

 食べ慣れた食材だけれど、こうして外で網の上で焚き火で調理をすると、普段以上に美味しそうに見える。

 ベーコンは肉汁が金網の下に滴り落ちて、ジュッと美味しそうな音がしている。更にベーコンの周りも火に炙られて、香ばしい香りが漂う。こうして聴覚にも嗅覚にも訴えてくるので、たまらない。

 早く食べたくて、喉を鳴らしてしまう。


「俺のおすすめはイモだね。皮がパリッパリに焼けて、中はホクホクしてめっちゃウマイよ!」


 マックはイモ番のようにジャガイモの前に陣取り、やけ具合を見張った。


 日が暮れると春先の風は少し冷たく、私たちはポットに入れてきた茶だけでなく、ワインも開けた。

 お酒は十六歳から飲めるのだが、学院の学期期間中は禁酒しなければならないため、こういう特別な夜はワインが飲めるだけで、ぐっと雰囲気が上がる。

 マックは焼けたジャガイモの上から十字に切り込みを入れるとバターを載せ、さらにその上からみじん切りにしたカリカリに焼けたベーコンを散らす。バターが熱で溶け、小さくなりながらジャガイモの上を滑っていく。


「うわ〜、うまそ。俺って天才」


 マックが自画自賛しながら三人分を用意し、配膳しようとすると、シンシアがそれを制止した。


「まだよ、マック。サワークリームを載せなきゃ、完成じゃないわ。あなたったら、本当にシェルン出身なの?」

「はぁ? そんな小洒落たもん、ウチじゃ使わねぇーし!」


 眉根を寄せるマックを無視して、シンシアは瓶入りのサワークリームをすくってジャガイモの隣に添えた。

 そうして全人類の母親かと思うほどの慈愛に満ちた笑顔で、私に皿を手渡した。


「さぁ、シェルン郷土料理を、召し上がれ!」


 フォークを刺すと、パリッと皮が割れ、蒸気が上がる。ベーコンと一緒に口に入れると、熱々のジャガイモと、サワークリームの冷たさが不思議な味わいだった。

 ジャガイモの甘味と、バターやベーコンの塩気が丁度いい。

 熱さをこらえながら、私は感想をまだかまだかと待つ二人に言った。


「すっごく美味しい!」

「でしょう!?」


 マックとシンシアは破顔一笑した。

 私はスープ作りを担当した。

 寮の台所で切ってきた野菜とコンソメを、小鍋に入れてグツグツと煮る。


 私たちはウインナーをツマミにワインを飲みながら、椅子に座って火を見つめてこれまでの学生生活を振り返った。

 シンシアは正直なところ、勉強について来れずに途中で退学する羽目になるんじゃないかと、入学時は不安だったと言った。


「無事、ここまでこられたのは、本当にリーセルのおかげよ。いつも勉強と実技を教えてくれて」

「全然、私なんて大したことしてないよ〜」 

「しかも、夢にまで見た憧れの王宮魔術師の切符までゲットしたじゃん!」


 マックが笑いながら、シンシアの空になったカップにワインを注ぐ。


「ありがとう、マック。でもね、一個だけ、想像通りにはいかなかったことがあるの」

「何だよ、それ?」


 問い返されたシンシアは、なぜか言いにくそうにもじもじと座り直した。

 恥ずかしそうにしているので、「何、知りたい!」と私も声を掛ける。

 シンシアは照れ臭そうに頭を掻きながら、ポツリと言った。


「――その、……彼氏が一人も出来なかったことよ……」


 その直後、マックが爆笑した。


「そっか、そうだな!」

「そんなに笑うこと!?」


 シンシアは赤くなって怒ったが、私は笑えない。

 なぜなら私もこの五年間に彼氏が一人も出来なかったからだ。

 マックがすぐにそれに気づき、笑いをなんとかこらえながら、私たちに言った。


「まぁまぁ、二人とも。これからは華の王宮に勤めるんだから。王宮で女性がうっとりしちゃうような、素敵な男性たちと出会う機会が、多分山ほどあるから」


 マックはワインを自分のカップに継ぎ足しながら、「俺も可愛いお嬢様、探そ〜」とニタついている。

 シンシアは瓶に残ったサワークリームをスプーンで掻き出し、勿体なさそうに食べながら言った。


「王宮に入ったからと言って、ご令嬢は簡単には捕まえられないわよ。馬上槍試合で優勝でもしない限りね」


 馬上槍試合は王侯貴族に古くから愛される競技で、四年に一度王都で開催されるその試合の優勝者は、国王から「王の一の騎士」として讃えられ、爵位とそれに付随する領地を与えられる。何より「最も強い男」としての名誉が得難く、価値あるものだった。

 そうして決まる王の――いや、レイア王国一の騎士は、優勝後にその場で、自分にメダルを授ける乙女を選ぶ権利があった。そして指名されたメダルの乙女は、その後に一の騎士に嫁ぐのが伝統となっていた。

 次の開催は来年だ。

 学院の授業でも馬上槍試合の授業があったが、マックは得意な方だった。


「ま、来年俺が出場して優勝したら、誰かいい奴を二人に紹介してやるから。安心してよ」


 それは心強いわ〜、と私とシンシアはほぼ同時に返事した。


 おしゃべりに花を咲かせ、たっぷりと飲み食いをし、焚き火も小さくなってきた頃。

 夕食は食べ終え、あとはデザートを残すのみになった。デザートはマシュマロで、火に炙って食べるのだ。

 手のひら大のマシュマロを刺した木の枝を持つと、ふと空を見上げた。

 焚き火の煙が吸い込まれるように夜空へ舞っており、輝くダイヤを散らしたような深い空が、美しい。

 私達は宴の終わりを噛みしめながら、白いマシュマロを火に近づける。

 沈黙を破ったのは、シンシアだった。彼女は焚き火を見つめたまま、口を開いた。


「ねえ、リーセルはギディオンに卒業パーティに誘われたんでしょ? 一緒に行かなくて、本当に良かったの?」

「当たり前でしょう。いやよ、ライバルと行くなんて。同情でダンスに誘われても切ないし」


 するとシンシアは首をゆっくりと振りながら、気遣わしげな目で私を見た。


「違うわ。彼は同情で誘ったんじゃないと思う。――私、ギディオンはリーセルのことが好きなんだと思うわ」

「何言ってるの! だって、ありえないんだよ。そんなの」

「リーセル、知ってた? 私たちが図書館に行って勉強している時、彼はいつも本を手にしていたけど、ちっとも読んでいなかったわ。彼は、勉強しているフリをして、いつもリーセル、あなたを見つめていたわ」

「うそ! そんなことないって」

「あなたが体調を崩して図書館に行けなくて、私一人が図書館に行った時は、ギディオンはあなたが来ないとわかるや、さっさと寮に帰ったもの」

「そんな。じゃあ、いつも図書館で真面目に勉強なんてしてなかった奴に、私は毎回テストで負けていたって言うの!」

「リーセル、そういうことを言ってるんじゃないって分かってるでしょ。茶化したらギディオンが少しかわいそうよ」


 茶化すしかない。

 ギディオン・ランカスターがどれほどこの学院で紳士だろうが、アイリスはそう遠くない未来に聖女になるし、ランカスター家の彼は私の敵になる。


「リーセルって、貴族なのに実は俺より王族や上流貴族が嫌いだよなぁ」


 マックは不思議そうに言った。

 表面を焦がしたマシュマロにかじりつき、熱そうに顔を歪めながらも、食べ進めている。


「そうかもね。――私、王太子とギディオンが怖いの」


 マックとシンシアは少し驚いたように同時に顔をあげた。固まったような表情で幾度か瞬きをしつつ、そのまま黙っていた。

 今、私が何かを話そうか迷っているのを、薄っすらと感じたのだろう。


「あのね。……私ね、十九歳まで生きたことがあるの」


 

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