変えられた進路
バラルから魔術学院までは、道中ずっと晴れやかな気持ちでいっぱいだった。
これで、穏やかで明るい未来が約束されたようなものだ。
無事にバラル州魔術支部からの内定書をもらい、その喜びをマックやシンシアと分かち合った。
将来の道筋が決まり、あとは残された半年ほどの授業を受ければ、学院生活も終わりを迎える。
暑い夏が終わり、涼しい風が秋の訪れを感じさせる。
そんな爽やかな昼下がりだった。
授業がない日曜日には、最近はほとんどの生徒たちが王都の中心部に出かけていた。皆、卒業パーティのための買い物に余念がないのだ。
ドレスやアクセサリー、ヘアスタイルなど、準備しないといけないことがたくさんあるのだろう。
暇な私とマックとシンシアの三人は、図書館からの帰りにふと事務棟の前で立ち止まった。
事務棟の前に学院長が立ち、私に気づくや否や、激しく手を振っておいでおいでをしてきたのだ。
彼は転がるように私のところまで駆けてきた。
「リーセル君! 今、呼び出しをかけるところだったんだよ。君に、朗報があるんだ!」
図書館で借りた本の束を抱えたまま、私は学院長室に引き摺られていった。
シンシアとマックが動揺しながら、事務棟の前に残る。
焦げ茶色の両開きの風格ある扉を開けると、学院長は私を来客用の革張りのソファに座らせた。その丸い顔はなぜかはち切れんばかりに紅潮し、嬉しそうだ。
学院長はしわくちゃの顔を更にシワだらけにして、ローテーブルを挟んだ向かいのソファにどかりと腰を下ろした。丸く大きな学院長のお尻がソファに沈み込み、座面が深く窪む。
彼は座るなり、話し出した。
「リーセル君、素晴らしいお話があるんだよ。……なんと!! 実は、学院の卒業生は来年から、成績上位五名までは王宮魔術師として自動的に王宮に採用されることになったんだ!」
「……それって、どういうことです?」
「君は次席だったね。つまり、幸運なことに君は来年の4月から、王宮に採用されることになった! ジャジャーーん! 凄いことだ!」
まるでものすごく嬉しいことがあったみたいに、学院長は興奮して喜んでいる。
くらり、と軽い目眩がした。
聞き間違いであって欲しい。だが無情にも学院長は至極嬉しそうに続けた。
「いやいや、首席のギディオン君まで王都魔術支部なんかに行こうとするし、次席の君も王宮から内定を貰っていないから、今年の五年生はどうなってるのかと本当に気を揉んだよ〜」
「私は王宮を志望していなかったので…」
「しかも、先ほど王宮から連絡があったんだが、なんと! ジャンジャカジャーン! 君の配属先は王宮魔術庁警備部になったらしい。しかも、魔術師として王太子殿下の身辺警備にあたる、『近衛魔術師』に決まったとのことだ! うむ、大変な名誉だな!」
急速に全身から冷や汗が出る。
焦りのあまり、頭に血が上っていく。
何が、いったい何が起きているの。私と学院長のあまりのテンションの差に、変な汗が出てくる。
焦りすぎて上ずる声で、学院長に言う。
「ですが、――私は既にバラル州の魔術支部に採用が決まっております」
学院長は人差し指を立て、顔の前で左右にふると、なぜか得意げに言った。
「心配ご無用だ。そちらには王宮から既にリーセル=クロウの内定を取り消すよう、命じてあるそうだ。晴れて君は、王宮魔術師だっ!」
「そんなぁぁぁ!」
「驚く気持ちは、よく分かる! うむ、これほどめでたい話はないぞ」
学院長は私の絶望を勝手にただの驚きと解釈した。
ホクホクとした無邪気な笑顔を浮かべて、私に向かって何度も頷いている。
(王太子の近衛魔術師ですって……? 自分を殺す王太子の警備だなんて、どんな皮肉よ!!)
手が震えて仕方がない。なんとか学院長に食い下がる。
「そんな話、私は困ります……」
「遠慮はいらないよ! それに王宮に勤める魔術師は王都魔術支部と比較しても、三倍近い給与だ。待遇も良い」
「私、バラルの魔術支部に勤めたいんです! 王太子の近くで働くなんて、ご免です!」
「こ、コラ! 無礼なことを言うんじゃないよ、リーセル=クロウ」
学院長が血相を変えて、私に注意をする。
「魔術学院は国からの多額の支援のもとに成り立っているんだよ、リーセル君。特に魔術は国家の財産でもある。魔術師なら誰もが自由に勤め先を決められるわけではないんだよ」
大人の事情をなんとか理解して欲しい、と学院長は私を説得した。
泣きそうになりながら学院長室を出ると、出口でシンシアとぶつかった。
鼻を押さえる私を見て、マックは首を傾げた。
「どうしたの? 目が真っ赤だよ、リーセル」
「来年、バラルの魔術支部に行けなくなったの」
「はっ!? なんで?」
「今年から制度が変わって、王宮が私を近衛魔術師にするって」
二人は目を見張ったあとで、顔を見合わせた。
「近衛魔術師って王宮魔術師の中から新人が毎年選ばれるやつよね」
「確か、貴族の魔術師からしか選ばれないんだよな」
そう。でも身の危険があることから、ショボい家の貴族の新人が選ばれるのが、慣習化していた。つまり、クロウ家におあつらえ向きだった。
切ない。
「王宮なんて行きたくないのに」
「わ、私たちも卒業後は王宮に行くのよ。色々と、助け合える。だから大丈夫よ」
シンシアはなんとか私を慰めようと、私の腕にそっと触れた。
その穏やかな茶色い瞳を見つめ返しているうち、気持ちが幾らか凪いでいった。
「そーそー。毎日また、一緒に昼メシ食おうぜ!」
私が黙っているとマックは心配そうに尋ねてきた。
「王宮勤めは、おいしい話だと思うけどなぁ。随分嬉しくなさそうだね。――バラルのご家族の体調が悪かったりするの?」
「そうじゃなくて――。私、あの殿下が怖いんだよ」
「へ? 王宮じゃなくて、殿下が?」
「なぜなの、リーセル?」
答えられない。
十九歳で彼に胸をぶっ刺されて殺される記憶があるのだ、なんて口が裂けても言えない……。
するとシンシアが私の両手を握った。
「大丈夫よ、私たちがいるわ」
その手を、そっと握り返す。シンシアに大丈夫だと言われると、根拠がなくても大丈夫な気がしてくる。
それに、また全てが同じわけじゃない。