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馬上槍試合

 三年生最後の槍の授業では、ついに初めての槍試合を行った。

 馬に乗って、本格的なジョストをするのだ。

 ジョストはレイア王国の国技でもあるので、たとえ授業の一環でもなかなか力が入っていた。

 ヘルメットと防具を身につけ、二チームに分かれて、一対一の試合を行う。

 より多くの勝者がいたチームの勝ちだ。


 休み時間の間に鉄板が入った簡易の防具を上半身に着込み、ヘルメットを被りやすいように低い位置で髪の毛を結ぶ。

 張り切って校庭に出ると、私は出鼻を挫かれた。

 キャサリンナが体調不良で今日の体育の授業を見学することになったのだ。


「ぜってー仮病だろ。片腹痛いぜ」


 同じくヘルメットをかぶったマックが、私に耳打ちする。


「そんな。大丈夫かしら」


 するとマックは意外そうに片眉を上げた。


「えっ、キャサっちの心配なんてしてあげてんの?」


 マックは全然仲が良くないのに、キャサリンナを勝手にキャサっちと呼んでいた。

 それを一年生の時にある日知ったキャサっちは大激怒したのだが、マックは全くやめようとしなかったので、最近では彼女も注意するのを諦めたようだった。

 それどころか、最近では「キャサっち」とマックが呼びかけると、振り返って返事をするようにすらなっていた。


「違うわよ。そうじゃなくて、キャサリンナが試合に出ないとなると、私の対戦相手がいなくなるんだけど」

「ああ、そっちの心配ね。――それはアレだろ。毎度のギディオンサマの登場じゃね?」


 マックの予想は大当たりだった。

 オールバック先生は、ギディオンの武装服をせっせと綺麗に整えてあげようと袖を引いたり裾を伸ばしているキャサリンナに「校庭の隅に座って大人しく見学していなさい」と叱り付けると、次いでギディオンに私の対戦相手を務めるよう言ったのだ。

 それではギディオンが二回試合に出ることになってしまうが、彼なら体力的にも問題ないと思われたのか、誰もそれは指摘しなかった。


 広い校庭の片隅にある、芝の広場に槍専攻の生徒達が集まる。私とギディオンの試合は、今日の授業の初戦だった。

 固唾を呑んで皆が見守る中、私とギディオンがそれぞれ馬の背に乗る。

 まだチームの勝敗が全く見えていない段階なので、初戦を担当するのは、気が楽だった。

 けれど私のこの一戦にかける想いは、真剣そのものだった。


 馬にまたがり、互いに馬首を向かい合わせ、五十メートルほどの距離を空けて睨み合う。

 丁度中間地点に立つのが先生で、国立魔術学院の大きな校旗を手に持っている。杖とペンが交差する刺繍が施され、黄色の組紐で縁取られた重厚で立派な校旗が、風にわずかに揺れる。

 先生がその旗を空高く振り上げれば、試合開始の合図だ。

 馬を止めて同じく騎乗したままじっとしているギディオンと向き合うと、興奮と冷静さという相反する感情が交互に沸き起こる。

 こうして馬の上で長槍を構えると、神経が研ぎ澄まされていく。

 槍を専攻する他のクラスメイト達も周りにいるはずなのだが、ヘルメットは目の部分しか空いておらず、視界が悪い。私が今見つめるのは対戦相手だけだ。

 周りの歓声は一切忘れ、倒すべきギディオンのみに、意識を集中させる。

 普段は重たい槍が、こうして実戦の場で構えると、重さを感じない。


(絶対、倒す!)


 心の中で強く宣言する。

 盾の持ち手を強く握りすぎて、左手は爪に痛みすら感じる。

 ジョストでは魔術を使ってはいけない。たとえ落馬しそうになっても、風を起こして受け身をとることはできない。

 だからこそ、この魔術学院では珍しく、本当に一対一の真剣勝負なのだ、という気がした。

 オールバック先生の向こうで、ギディオンは乗馬のお手本のような背筋の伸びた綺麗な姿勢で長槍をもち、私の方にその先を向けていた。

 携える盾は、少しも揺れていない。――私の盾は、風や緊張のせいで小刻みに震えているというのに。

 ヘルメットの中で、自分しか聞こえないような小声で宣言する。


「前回の私は、こんな機会が巡ってくるとは思いもしなかったわ。覚悟しなさい、ギディオン・ランカスター。今度のリーセルは、違うわよ」


 絶対に、私が勝つ。


 先生が勢いよく校旗を持ち上げた。間髪容れずに馬の脇腹を蹴り、走らせ始める。

 ギディオンもほとんど同じタイミングで駆け出していた。

 先生が身を引き、コース上にいるのは私とギディオンだけとなり、彼の姿がどんどん大きくなっていく。

 そして互いが槍の長さと同じ距離になった瞬間。

 バキャッ、と大きな音を聞いたのと、激しい衝撃が全身を襲ったのは、ほとんど同時だった。

 視界が体の動きについてこれず、何がどうなったのかわからないうちに、私の足は空を切っていた。体が右斜め後ろへと傾き、倒れまいと踏ん張る時間もない。お尻が鞍から滑り落ちる。


「炎の刃、守りの風!」


 先生の呪文が聞こえた時には、私はすでに自分の負けを自覚した。

 私は馬の背から二回転しながら落下し、足に鐙を引っ掛けながら、地面に転がった。先生がとっさに魔術で(あぶみ)のつなを切ってくれなければ、馬にひきずられて怪我をするところだった。その上、落馬の衝撃を和らげるために先生は風のクッションを作ってくれていた。

 校庭の地面に突っ伏して顔中を砂まみれにしながら、悔しすぎて泣きそうになる。

 何も、何が起きたのか分からないくらい、一瞬だった。あまりにもあっという間に、決着がついてしまった。


(なんて、なんて情けない!! カッコ悪すぎるーー!)


 呻きながら起き上がると、体の上からパラパラと木のかけらが落ちる。右手に握りしめていた槍は根元で折れ、そこから先は破片となって辺りに散らばっていた。

 落馬した時に、折ったらしい。


「勝者、ギディオン・ランカスター!」


 先生が勝者の名を呼ぶと、相手チームが歓声をあげた。キャサリンナもなぜかそれに混ざり、飛び跳ねて喜んでいる。

 どう見てもすこぶる元気そうだ。


「大丈夫?」

「怪我はない!?」


 同じチームの生徒たちが助け起こしに来てくれるが、しばらくの間ショックで立ち上がれなかった。


「一瞬だったよ。全然、ギディオンの動きが見えなかった…」

「気にすることないよ、僕らが対戦しても同じく負けてたと思うよ」


 皆がなんとか慰めてくれるが、あまりにも力の差が歴然で、呆然としてしまう。

 いつもの授業での彼が、いかに手加減をしてくれていたかが、身をもって分かった。

 私の槍は、彼の盾に多分かすりもしていなかった。あまりにも僅かな時間で決着がついてしまって、それすら確信がないのだけれど。

 ヘルメットを脱ぐと、向こうのチームの輪の中に戻ったギディオンが、こちらを見ているのが分かった。

 私は悔しくて、その顔を直視することができなかった。

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