5-13 (仮) 王都一武術大会予選 - シロの戦い -
とりあえず出せた……。
試合開始の合図が始まると同時に、リングにいる9人が雄たけびをあげながら各々が近場の敵に武器を振るった。
あるものは二対一となり吹き飛ばされて速攻でリングアウトになり、ある者は追いかけているつもりが追いかけられている事に気がつかずに横薙ぎに吹き飛ばされてリングアウトとなっていく。
肉肉しいというか、ダイナミックな戦闘だが予想よりも試合展開は早いようである。
アイリスは先ほどと同じく一度降りてから向きを変えて再度深く座りなおし、背もたれである俺にぐあっと体重をかけてくる。
支えろという催促がないので、深く座っているからかどうやら今回は支えなくても良さそうだった。
「ご主人様、こちらをどうぞ」
「ああ、ありがとう」
ウェンディが木製の筒のようないれものに入った芋みたいな『モイ』を棒状にして揚げた食べ物を渡してくれる。
軽く塩が振られている程度だが、かりっとした外側と、ほくほくとした食感が美味しいフライドポテトっぽい食べ物である。
それを片手に持ち応援する事にした。
乱戦まっただ中で色々な意味で一際異彩を放っているのはマスク・ザ・シロ選手、もといシロ。
腕をだらんとたらしたまま顔を伏せ、ゆらゆらと揺れている。
その状態は不気味で出場者達も襲おうにも少し足が重いように思えた。
そんな事は関係ないと突っ込んでいく騎士甲冑の男もいるのだが、シロはひらりひらりと相手の攻撃を回避していた。
騎士甲冑の男は空振りばかりで疲れたところに、蛮族のような軽装の男のタックルで吹き飛ばされ更に持っていた武器で追撃をされ、リングアウトとなっていった。
リング上では不気味に見えるのかもしれないが、俺から見るとただ落ち込んでいるように見えるんだが……。
両耳もペタンと垂れていて、尻尾にも元気が無いように思えるが大丈夫なのだろうか。
登場で転んだ時にどこか怪我でもしてしまったのだろうか?
それとも格好良く決めるつもりが失敗して恥ずかしくなってしまったのだろうか。
マスクのせいで表情を読み取れないのがもどかしい。
「マスク・ザ・シロー! 頑張れー!」
「ふむ……あやつ強いな」
大きな声でシロに聞こえるように叫んでみると、シロの耳がピクリと反応し、顔を上げてこちらを見るのだが背中からなんとも言えないオーラが見える気がする。
なんと言えばいいのだろう……。
ショーウィンドウに飾られていた服を買うか買うまいか悩んでいたら、数日後いつの間にか売れてなくなってしまった時の顔、といった感じだろうか。
「むう。ペロキャンは噛み砕いてはやはりダメだな。おい、次の食べ物を貰えるか?」
シロに声をかけてすぐに、アイリスが俺の袖を引く。
今はシロが……ああ、わかったからぐらぐらしないでくれ。
「ああ、ちょっと待ってくれ。えっと、これでいいか?」
「ふむ。モイスティックか。構わぬが油が気になるな……、食べさせてくれるか?」
「いいけど……はい、あーん」
「あーん。うむ!」
アイリスは俺の持ったモイスティックを半分ほど咥えて噛み切ると、満足そうにしていた。
「あーん」
「はいはい」
残りの半分を食べる為に自分から催促を始め、それに従ってモイスティックをアイリスの口元に近づけていく。
すると残り半分を食べる為にアイリスは深く咥えようとしたので指に唇が触れてしまう。
「お主、指に口付けさせる為に中寄りで持っておったな?」
「そんなわけないだろ。ほら、まだ食べるか?」
「次は口に咥えてわらわの接吻を求めるつもりか?」
「お望みならそうしよう」
「なっ……!」
そういって俺は冗談9割でモイスティックを咥えてみる。
「お、お主不敬であるとは思わないのか?」
「んー? 食べる食べないはアイリス次第だろう?」
アイリスから一本取れたので、にやにやしているとアイリスは悔しそうに唸る。
先ほどから主導権をずっと奪われていたのでしてやったりである。
「……よかろう。動くなよ」
「ふぁ?」
「……あーん」
そう言って体の向きを座ったまま変え、口を開けて近づいてくるアイリスの顔。
いや待って、流石に拒否すると思ったんだが。
徐々に近づいてくる顔。
子供とはいえ整った容姿で綺麗な顔が目を瞑って口を開けて近づいてくるとドキドキする。
しかも、背もたれとなっていた為に逃げ場が無い。
ここで頬を横に向けてしまうとほっぺにちゅうとなるのだが、これはこれでまずい気もする!
『勝者ああああああ! マスク・ザ・シロ選手うううううう!! あっという間の出来事でした! 残っていた人数は4人でしたが、マスク・ザ・シロ選手が突然消えたかと思うとその場で四人とも倒れてしまいました! あ、あれ? マスク・ザ・シロ選手、猛然とリングを後にしています。トイレでも我慢していたのでしょうかー!!?」
お、どうやらシロが勝ったようだ。
勝った瞬間は見ることが出来なかったが、今日は沢山労ってやろう。
帰ったらお肉を沢山食べさせてあげよう。
とりあえず、今目の前の問題が片付いたらだが……。
「ほれ……逃げるでない」
「いやいや、まずいだろ」
「先に仕掛けたのはおぬしだろう? 責任は取らねばな」
何でこの幼女、こんなにも艶かしい雰囲気を出せるのだろうか。
この子がこのまま大人になったらいけない気がする。
確実に傾国の美女に成長するだろう。
さっき舌なめずりした時は確実に子供がふざけているだけだったが、今は色気が加わっていた。
「あわわ、あわわわわ」
「ど、どうするっす!? 止めたほうがいいんすか?」
「わからん、わからんが……」
「どうしましょう! どうしましょう!!?」
下から見る彼女達も困惑している様子だ。
ちらりと隼人の方を見るが、あちらはあちらでシュパリエ様がモイスティックを咥えて隼人に迫っているところでそれどころじゃないようだ。
「そうは、させないっ!!」
何かの影が上空を通り過ぎた、と感じたと同時に首がものすごい勢いで横に向けられる。
どすんっと、小さな衝撃が向けられたほうからすると同時に、目の前には良く見知った顔が口を開けて近づいて来ていた。
「あーん」
ぱくっと、唇と唇がギリギリ触れ合わないくらいのところまで顔が近づいていた。
その突然の来訪者にアイリスもさぞ驚いているところだろうが、それよりもだ。
「もくもくもくもく」
「……シロ?」
「ん。ただいま」
シロは少し普段よりもトーンを沈めて話しているような気がした。
「主、ただいま」
「ああ、おかえり」
きょとんとしたまま、俺は残り少しになったモイスティックを口の中におさめて咀嚼を始める。
「お主、何者じゃ?」
「主の奴隷。シロ。そっちこそ、誰?」
「わらわを知らぬか?」
「うん。知らない。早く主の膝から降りる。そこはシロの場所」
俺の隣に座るシロと膝の上に座るアイリスが、バチバチと視線を交えて火花を散らしているように思える。
ただ、アイリスはどこか楽しそうに不敵に微笑んでいた。
「おぬしの場所、か。じゃが今はわらわの場所じゃ」
「それはない。シロが座るから」
「実力行使か?」
「その可能性もなくはない」
「ふむ。そうなるとわらわも力を振るわねばならぬが?」
「さっきからこそこそ動いている護衛程度なら、相手にもならない」
「ほーう……。わらわの『シノビ』に気づいているのか」
え、え?
シノビって忍?
アイリスの護衛って忍者なの?
「どれだけ巧妙に紛れていても、足音を消していたり呼吸法でわかる」
「ふむ……さすがじゃな。じゃが、わらわに手を出せば困るのはお主の主じゃぞ? わらわはこれでも王族ではあるからな」
「膝を争った結果激情した王族が手を下した、なんてお笑い話を賢い王族がするとは思えない」
「ふむ……。わらわに対して一歩も引かぬほどこの膝が大事か?」
「当然。そこはシロの場所」
「出来ればお互い穏便にしてくれ……」
間に挟まれている身としてはこの空気、辛いです!
小さい女の子二人が俺の膝の上の権利を主張するという良くわからない構図だが、そもそも俺の膝は俺のものである。
「じゃがな、わらわはお主に今大会中はここの権利を許されたはずなのじゃがな」
「そうなの?」
「まあ、な。仮にも王族だし、断わるわけにもいかないだろう」
「どうして主なの?」
「なんとなくじゃよ。じゃがわらわの勘は良く当たるのでな。そして間違ってなかったぞ。お主の主は良い男じゃった」
「むう……主が許可したなら何もいえない……」
しゅんっと耳を折って項垂れるシロ。
「ふむ……じゃが、わらわはお主も気に入った。わらわに対して一歩も引かぬ胆力なかなかであるな」
「ん……」
「そうしょげるな。お主、チーム戦には出んのであろう?」
「ん、個人戦だけ」
「では明日のチーム戦は二人でここに座らぬか? お主の身長では普通に座ったら見難いであろう?」
「……いいの?」
「勿論。わらわはお主の主の友であるからな。友の隣人ならば大事にするのがわらわである!」
どんっと、小さく薄い胸を叩きその小さく薄い胸を張って主張するアイリス。
「ん! 仲良くする!」
「うむ! ではお主とわらわも友であるな! わらわをアイリスと呼ぶがいい。困った事があれば何でも言うがよいぞ!」
「んっ! シロはシロ。さっそく困った。主の女癖が悪い。すぐ他所の女にちょっかいをかける」
「去勢してしまえばよいのではないか?」
おい。
恐ろしい事をさらっというんじゃない。
きゅってなったぞ。
マイサンがしぼんだぞ。
「それはシロも困る……」
「シロ。お主まさか既に手篭めに……?」
「してほしいのにしてくれない……」
「難儀であるな……。お主は幼女は範囲外か?」
「範囲外だ……」
「そうはいっても先ほどかなりドキドキしていたようだが? お主の心音が早まるのを確かに感じたぞ?」
あれは……ノーカンだ。
ちょっとギャップにドキっとしてしまっただけであって俺はロリコンじゃない!
多少ストライクゾーンが広すぎるだけの普通の男だ。
そして大きなおっぱいが大好きな、一般的な男だ……。
「ふむ……シロ安心せい。この男、幼女もいけるようじゃ」
「本当!? 主、シロと子供作る?」
「作りません! もう少し大きくなるまで待ちなさい!」
「はあ、戦闘民族であればもう既に2、3人は生んでいる年じゃぞ? 何を意地を張っておるのかのう」
意地ではなく男としての一線を守っているのである。
そりゃ、シロが年頃になってそれでもって言うならばこちらとしては断わる理由は無いといえば無いのだが、今は子供のような存在なのだ。
その頃に父性が俺の中に宿っていれば抱く事が出来るかわからないが、その時はその時である。
「あ、そういえばシロ、試合中元気がなかったけど大丈夫か? 怪我したのか?」
「「「「「……」」」」」
え? ん?
「……大丈夫。怪我なんてしてない」
「これは……お主鈍感か?」
「失礼な事をいうな! 俺は女性の機微に聡い方だ!」
「難儀じゃな、シロ……」
「ん……」
「というかシロ、内緒にしていたのにいいのですか?」
「もういいの……」
ウェンディが苦笑いをし、シロが項垂れる。
ちょっとこの空気よろしくない。
何か俺が空気読めてないみたいになっている。
俺はシロの心配をしただけなのにどうしてこうなった……。