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5-12 (仮) 王都一武術大会予選 -アイリス-

「あやつ顔から転びおったぞ? 大丈夫なのか?」

「ひー……ひー……」


今それどころじゃないんですけど。

いやまあ心配は心配なんですけども、腹が、腹が物理的によじれそうなんです!


「これ、答えぬか」

「ひんっ! こ、これ以上するなら姫殿下とはいえ放り投げるからな!」

「ほーう良い度胸じゃな。やってみよ。わらわの近衛は音も無くその首を刎ねるぞ?」


ぐぬぬぬぬ……。

俺の危機察知能力を舐めるんじゃない。

頭の中でアラートが嵐のように鳴り止まないから絶対にやらないぞ!


「こら、アイリス。あまり迷惑をかけてはいけませんよ?」

「そういう義姉上こそ、隼人卿が困っているようじゃぞ?」


シュパリエ様はしっかりと隼人の隣を確保して観戦することが出来るようになったようだ。

それにしても隼人、随分疲弊しているな。

俺がくすぐられている間に一体何があったんだ。


「そ、そうなのですか? 私、何か隼人様を困らせるような事をしていたのですか!?」

「こ、困ってませんから! アイリス様、変なことを言わないでください!」

「にししし」


こ、この娘、楽しんでやがる。

ああ、隼人がまたあっちの姫殿下の相手にかかりっきりになってしまった。

あっちの姫殿下は感情が豊かすぎるのか笑顔も落ち込みも全力全開である。

遠まわしに言うならば、めんどくさそう……。

いやでも、とんでもないレベルで綺麗なのには変わりないんだよなあ。


「まあ、本当に放り投げられてここでお主の首が飛ばれても困るからな。大人しく寄りかかるとしようか」

「そうしてください……」

「でも何もせぬのも暇なのじゃー」

「予選見ようよ……」

「むう。お主先ほどから時折言葉が気安いな」

「それは申し訳ない」


先ほど笑いすぎてそういった敬いとかの心は飛んでいったよ。

こいつは、ただの悪戯好きな落ち着きの無い子供だ……。


「まあわらわは王族なれど王位継承権のない自由人じゃからな。そこまで気にせんでやってもよいがな」

「ん? どういうことだ?」

「ふむ。黒い髪、黒い瞳なところを見ると隼人と同じ『流れ人』か。ならば知らぬのも当然じゃな」


アイリスは足を上げて片側に寄せると一度膝から降りる。

そして何をするのかスカートを翻すとそのまま俺の膝を合わさせてから向かい合うように座りなおした。

向かい合う形なので姫殿下のスカートは今俺の下半身ごと包み込んでいる形である。


「ほれ、腰を支えよ」

「はいはい」


言われたとおりに腰を支えると、体重をかけて寄りかかってくる。

がくんとあちら側に倒れないようにバランスを取るのだが、目線を合わせる為に姫殿下が位置を調整しているので大変に危険である。

もし倒しでもしたら俺の首は胴体と放れることになるかもしれない。


「うむ。やはりこちら向きの方が話しやすいな」

「まあ、人と話すときは相手の目を見て話しましょうって言いますしね」

「なんじゃそれは? 動物界では目を合わせるとお前を食うてやるという威嚇じゃぞ?」

「俺達は人じゃないっすか……」

「人も動物じゃ。だからさっきからおぬしはわしを食うてやるといっておるわけじゃな。わらわ怖い」

「逆だと思う。絶対に姫殿下が俺を食べるんだと思う」

「食うてやろうか?」


チロリと舌を出し妖艶さを演出しているの……か?

ははは、10年早いわ!


「むう。心なしか馬鹿にされた気がするのは気のせいか?」

「気のせいだと思います」

「今迄で一番良い笑顔じゃな」

「気のせいだと思います」


気のせいだと、思います。


「むう、頭を撫でるな! 無礼じゃぞ!」

「はいはい。よしよし」


はぁ、もうだめだ。

この子は子供。

甘やかし尽くしてくれるわ!


「ぬううう……この手腕、お主数々の女を泣かしてきたようじゃな。心地よい!」

「恐悦至極」

「ほう。アマツクニの言葉であるな」

「そうなのですか? どうして姫殿下は知っているのです?」

「うむ。わらわは教養もあるので知っておるのじゃ!」

「なるほど。流石ですね」

「ふっふっふ。もっと褒めよ!」


褒める代わりにうりうりと撫でレベルを上げる。

俺の撫でレベルは5段階あるぞ。

それにしてもやはりアマツクニは日本文化に近いものがあるのかな。


「さて、話を戻すか。手はそのままで良いぞ。その代わり片手じゃがしっかりと支えよ」

「かしこまりました」


俺は撫でていない方の手で支えはするのだが先ほどよりも体重はかかっておらず、補助的な役割だけでいいようだ。


それにしても姫殿下の髪はさらさらである。

ティアラに気をつけながら優しくなでていくと、手触りのいい毛質でこちらとしても撫でがいのある髪を持った頭であった。

これは生まれ持ったチートと言える『にゃんこ極楽極上マッサ』を出す時が来たのかもしれない。

これを使うとどんな猫でも腰砕けになってしまう極上の撫で術であり、病み付き間違いなしで撫で撫でを条件に芸を仕込めるほどの気持ちよさなのだ。

ふっふっふ。姫殿下も虜となるが――


「わらわの両親はもういないのじゃ」


……ふざけている場合じゃなかった。

なんて事だ、かなり重い話じゃないか。

何が『にゃんこ極楽極上マッサ』だ。

そんなもの、なんの役に立つっていうんだ。

俺は、俺は……


「まあ普通に生きてはいるがな」

「え、そうなの?」


なんだよ心配したじゃないか。

あやうく戒めとして俺の撫で術を全て永久封印するところだったぞ。


「うむ。現国王、まあ叔父上なのじゃがわらわの父上は叔父上の兄でな。なんというか優秀なのじゃが自由な人で、王位継承権を放棄して弟である叔父上に譲り、自分は好き勝手に生きると他の家族と共に雲隠れしたのじゃ」

「それって庶民からしたら……」

「叔父上が何かしたのかと疑われたのではと思ったのじゃろう? じゃがまだ前国王であるじーじが生きておったからな。正式な宣誓として認められ、永久に王位継承権を放棄して王族としての地位も捨ておったわ」


まじかよ。

王族に憧れなんて無いが、それでもその地位を捨てるってどんな事情があったんだ?

それにどうしてこの子だけは王宮にいるんだ?


「父上はわらわにも共に生きないかと聞いてきたんじゃがな……」


途端に顔を伏せて表情を隠す姫殿下。

そうだよな、今思い出しても辛い出来事だよな。

この子はきっとこの小さな体で父親の分も王族としての責務を果たそうとしているのだろう。

一体どれほどの重圧なのか、俺には想像する事もできない。


「阿呆かと断わってやったわ!」

「は?」


ん?

ゴメン聞こえたけど良く聞こえなかったわ。

なんて言ったの?


「誰がこの贅沢三昧の生活を捨てるものか! わらわの王位継承権を放棄する事を条件に叔父上に好き勝手させてもらえるように頼んだのじゃ! 父上の残していったものは全てわらわの物! 資財も近衛もわらわの物! まあ、近衛から二人は連れて行かれたがの!」

「つまりあれか? 王位なんぞに興味は無いが、金と権力を使って好き勝手に生きると」

「その通り! 美味いものを食べ!、好きな時に好きな場所に行き!、結婚相手を無理矢理決められる事も無く、王位継承戦などという面倒事にも巻き込まれん素晴らしい生活じゃ!」

「おまけに父親の抱えていた元近衛に護衛をさせているわけですか……」

「まあの! 父上の近衛は特殊じゃが普通の護衛よりも安心じゃぞ!」 


なるほどなあ。

というか、俺のさっきの真面目な考察は掠りもしなかったのかよ。

何か恥ずかしい!

何が責務だよ。

実は良い子って事もなくそのままだったのかよ。

それにしても、だ。


「姫殿下……」

「なんじゃー文句あるかー!」


姫殿下は口を開けて威嚇をしているのだが、俺的にこの顔がもの凄く可愛いと思う。

子供ががおーってやっているような感じである。


「とても羨ましいです!」

「んあ!?」


ある意味俺の理想の生活じゃないか!

安心安全で働かずに生きる。

美味いものを食べて美味い酒を飲み、美人を侍らせ好き勝手に生きる。

まさか俺の理想がこんなところで行なわれていたなんて。


王位継承権なんてめんどくさそうな事を排除しておいて、好き勝手にする権利を得ているあたりがまた素晴らしい!

国王様にとっては余計な諍いがなくなり、自分の子供を次の王位に迎える事ができるようになる。

自分は自由を手に入れる。

さすがは王位を捨てた男の娘である。

この自由さは父親譲りなのだろうな!


「そ、そうかそうか! お主、わかる男だな!」

「姫殿下こそ! くぅー! 羨ましいですな!」

「気に入った、姫殿下ではなくアイリスでよいぞ! この話を聞いた貴族達のあの侮蔑交じりの顔をされるかと思ったのじゃがわかる男にはわかるものじゃな!」

「いえいえ、理想的な生活じゃないですか!」

「うむうむ! アマツクニで言う酒池肉林であるな!」

「酒池肉林ですな!」


酒を以て池となし、肉を懸けて林となすの方の酒池肉林である。

決して肉林は肉欲ではない。

今回は別なのだ!


「あの、ご主人様? そろそろシロの試合が始まるのですが……」

「え!? もう4戦目!?」

「はい。えっと、姫殿下と楽しそうにお話をしておりましたのでお声かけしなかったのですが、さすがにシロの試合はお声かけをと思いまして」

「ありがとう! 見逃すところだった!」

「なんじゃ? お主の仲間か?」

「ええ、うちの可愛い子です」

「ふむ。ならばわらわも見るとするか。お、それはチュパキャンじゃな。わらわにも貰えるか?」


レンゲが食べていた棒つき飴のようなものを指差し、催促するアイリス。

突然話しかけられたレンゲは困惑したまま自分の持っていたチュパキャンとアイリスを交互に見ていた。


「いや、魔法の袋にまだ入ってるだろう?」

「っは! そうでしたっす! 今お持ちいたしますっす!」

「いいのか? あれ屋台で買ったものだぞ」

「わらわはよく街を出歩いて屋台の物も食べるぞ? 真の美食家とはあらゆるものを食してこそじゃ!」


それだと虫の食べられない俺は真の美食家にはなれないな……。

なれなくても困らないからいいけども。


「こちらになるっす!」


魔法の袋に腕を突っ込みチュパキャンを取り出すと自分の持っていたチュパキャンをソルテに預け、恭しくアイリスに献上した。

本体には触れないように両手で持ち頭を垂れるようなものなのだろうか……。


「うむ。良き働きじゃ!」

「ははあっす!」


レンゲは頭を下げたまま後退し、ソルテからチュパキャンを受け取るとまた口の中に放り込んだ。

それとほぼ同時に副隊長が大きく息を吸い込む音が聞こえた。


『それではあああああ! 第4試合! 開始いたします!』

『『『『うおおおおおおおお!』』』』


俺はどうしてこの熱狂っぷりに気がつかなかったんだろうか……。

次回は戦闘にようやく入りますね。

バトルロイヤルですけど。

……これ、5章だけで収まるんだろうか。

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