5-11 (仮) 王都一武術大会予選 -開催-
「たっだいまー! いっぱい買ってきたわよー!」
トリトンが去ってから少しすると、アイナ達三人が帰ってきた。
魔法の袋を渡していたはずなのだが、何故か三人とも両手にも食べ物を持っているんだが一体どれだけ買ってきたんだ……。
「流石王都ね。見たことの無い食べ物がたくさんあったわ!」
「少々買いすぎたかもしれないが……、まあでも11人も居ればこれくらいはいるだろう」
「まあシロもいるっすし……あれ? シロはどこにいったっすか?」
「ああ、うん。すれ違ったのかなー? シロも買出しについていったはずなんだが……」
「じゃあもっと増えるってことっすか!? 流石に食べきれるっすかね……?」
「いや、いざとなれば魔法空間に収納するから別にいいよ」
「そう? 良かった無駄にならないで……」
シロが誰に対して黙っておきたかったのかわからないし、ソルテには出ないって言ってたからな。
俺から話してしまっていいものかわからないので一応黙っておこう。
「あ、そろそろ始まるようですよ」
隼人が目を向けると、俺もその後を追うように一般席と貴族席の間にある一際高い位置に設けられた観戦席に目を向ける。
すると、一人の老いた男性……というか、随分と高貴っぽい服装で王冠をつけた男が立ち上がり皆から見えるようにと前の方に歩き出す。
「隼人、あれって……」
「はい。現ラシアユ王国国王。ナルベイン・ラシアユ・アイゼンビルク様です」
おおお……あれが国王か。
あ、いやあれ扱いは失礼だな。
あの方がこの国の王様か……。
『あーおお、この道具は便利だな。大きな声をあげないで済むとは』
『陛下、全て聞こえております……』
あ……あれって俺の……。
『む。おほん。皆の者。長らく待たせたな。開会式を始める』
ォォォオオオオオオオ!!!
と、大賑わいを見せる一般席。
それに比べて貴族席はというと拍手が聞こえる程度だ。
俺は釣られて叫びそうになったのだが、あの時点で周囲の空気を悟り拍子抜けしてしまった。
むう……あっちで一緒に騒ぎたいな。
『堅苦しい挨拶で長引かせるつもりは無い。今日行なわれる予選出場者も、明日から行なわれる本選出場者も、皆奮起して汝等の強さを見せよ! 以上だ!』
オオオオオオオオオオオオ!!!
おお、好感の持てるいい王様だな。
俺が高校時代にいたとある長話で有名な校長先生の話では、貧血で倒れる生徒が何人も現れるくらい長かったからな。
一度、『立ったまま寝るなら構いませんよ。寝れたら10万円差し上げます』と言われ、立ったまま寝てみせたのだが10万円くれなかったのを今でも俺は覚えている。
教師が近寄ってきて肩を揺すって『起きろ』っておかしくないか?
校長が立ったまま寝てもいいと言ったんだぞ?
っといかんいかん。
今は昔話を思い出して不祥事で捕まった校長を懐かしんでいる場合ではない。
『それでは、進行を頼むぞ』
『こほん……あーあー……調整中調整中……ん、んんん! ごほん。あーあー。よし。陛下からご命令を賜りました神官騎士団副隊長です! 本日から三日間実況解説役を務めさせていただきますのでよろしくお願いいたします』
お、副隊痴じ……副隊長だ。
そうだよな。実況解説をするならやっぱり副隊長だよな!
『陛下に置かれましては、解説中にはしたない言葉や大きな声などが出てしまう場合もありますが、どうかご容赦をお願いいたします』
『よいよい。祭りなのだ。多少の事は無礼講で構わん』
『っは! ありがとうございます。 すぅぅぅ……。そぉぉぅりぇではあああああ!!! 選手!! の入場だぁぁああああああああ!!!!!』
『おおお!?』
陛下から許可を取り次第アクセル全開で行きやがった。
れのあたりが巻き舌になって、これからプロレスラーでも現れるのかと思ったぞ。
ほら、王様もいきなりの変容に驚いているし。
「ん? なあ隼人」
「はい。なんですか?」
「あの、王様の横にいる見目麗しき女性が隼人を見ているように感じるんだが、気のせいか?」
「あー……あー……。いえ、気のせいではないと思います……」
王様の横に控えて座っているのは、驚くほどに綺麗な少女と幼女。
まあまず国王様の親族関係であることは間違いないだろう。
よもや愛人……という事はあるまい。
少女は真っ白なドレスで、ティアラをつけており透明感のある優しそうな女性。
初めて出合った頃のウェンディを幼くした感じが一番近いだろうか。
そして幼女の方。
薄いピンク色のドレスで少女同様にティアラをつけて着飾っている。
幼女の方も綺麗は綺麗なのだが、幼女らしい愛らしい感じよりは少し釣り目でにししとか笑いそうだ。
印象としては見るからにいたずらが好きで、使用人などを困らせている気がする。
「なあ、隼人」
「なんですか?」
「あの、王様の近くにいる娘っ子達が護衛を率いてこっちに向かってきている気がするんだが、気のせいか?」
「いえ……気のせいではないと思います」
ですよね……。
あの少女の方、隼人に気がついてからの行動が素早かったもん。
となると、だ。
「なあ、隼人」
「なんですか?」
「もしかしなくてもあの子がお前さんの婚約者か?」
「ええ……まあ……」
「ってことはやっぱり姫殿下か……。へえ、綺麗で羨ましいな!」
「それ本心ですか?」
「いや、綺麗なのは事実だけど全然。王族と関わりとか持ちたくないし……」
「正直すぎます! いや、でも本当に良い方なんですよ……?」
いやだって絶対に間違いなく面倒事に巻き込まれる気がするし。
まあ、あれで裏があるとか言われたら俺はこの世の全てが信じられなくなるかもしれない。
いや当然ウェンディ達を疑うなんてことはありえないのだけど、それ以外のな。
「でさ、その王族様らしき方がこっちに向かって来てる訳なんだけど、俺逃げて良い?」
「もう遅いです……」
「……どうすればいい?」
「私的な訪問ですので観戦に集中していていいですよ……多分」
「まだ選手紹介なんだけど……」
『エントゥォリイイイイイイナンバアアアアアアアアイレエエエエエヴンンンヌ!! パウウウウウウウウロオオオオオオオオオ!!』
『お、おい。喉が切れてしまうのではないか?』
『あ、ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ。慣れてますから』
『う、うむ』
ほら、副隊長がテンションあげすぎて王様に心配されてるよ。
あれ見てあははーとか笑ってればいいの!?
ああ、もうだめだ多分近くまで来てる。
ソッチ向けない!
臣下の礼だの、貴族の礼儀作法なんてまったく知らないんですけど!
よし、隼人が観戦に集中してていいって言ったんだからな!
これで怒られたら隼人のせいにするからな!
「隼人様! もう、いらしているのでしたらどうしてこちらに来ていただけないのですか?」
「あー……あはは御機嫌ようシュパリエ様」
「様なんてよしてください……。シュパリエと、呼び捨てで構いませんよ? その、夫婦なのですから……」
あーやはり姫殿下ですよね……。
という事はもう一人の幼女は姫殿下(小)だな。
「あの、まだ夫婦というわけでは……」
「隼人様はお嫌なのですか……?」
「いえ! そういうわけじゃなくてですね……。僕は冒険者もしていますから、いつ命を落すかもわかりません。それなのに婚約者の段階で夫婦というのは……」
「相変わらず真面目なのですね。そういったところも大好きですけど、でも、仮の話でも命を落すなど言わないでください……」
「あああ、泣かないでください。えっと、ど、どうすれば……」
『エントゥォリィィィィイイイナアンバアアアアトゥエンティイイイイイワアアアアアン! ボオオオオオオムボボオオオオオオ!!!』
『うう、耳が……』
あー……うん。
っていうか、そろそろ王様も怒るんじゃなかろうか……?
だが自分で構わないといった手前怒れないのかもしれない。
明日はきっと副隊長は別の位置で解説をしていることだろう。
それにしても隼人、たじたじである。
見てないけどね!
一瞬でもそっちに目を向けて目が合ってしまったら、貴族的な挨拶をしなければいけないだろう。
そこで失態を犯すよりも、隼人の指示に従って観戦に夢中だとアピールしたほうが良い。
だが、現実とは無常なものなのだ……。
前だけを見続けていた俺の前に、すっと暗い影が差す。
別に選手入場を見ていたわけではないのだが、目の前に突然顔が現れればそちらに気を取られざるを得ない。
特に何かを見ていたわけでない目線をしっかりと定めると、自然と視線が交差する。
するとあらゆる情報が目から入ってきた。
ピンクのドレス。
煌びやかなティアラ。
少し釣りあがった瞳。
うん。ここまでくれば流石にわかるよ。
「お主……何処を見ておる?」
「えっと……」
「ふむ……わらわの身体を嘗め回すように見るとは……お主、病気じゃな」
「えっとそのような事はございませんが、申し訳ございません。突然の事で驚いてしまって……」
ちなみに、その病気不治の病だからな。
俺は大きい方が好きなので、違いますから!
「ふーむ……」
……なんでしょうか?
じろじろと値踏みされているように全身を見られているんですけど……。
「お主は隼人の友人か?」
「ええ。友人です」
「そうか。ならば安心じゃな」
そういうと姫殿下(小)は俺の肩を押して背もたれに背中を付けさせると後ろを振り向きぴょんっと膝の上に乗ってくる……乗ってくる!?
「え、いや! 何をなさっているのですか!?」
「ふむ。上からでは遠くてつまらぬのでな。この席ならば近いであろう?」
「いや。だったらどきますって……」
「そうなるとわらわの背では見づらいのじゃ。それにこの席ならば隼人卿もおるし、安全じゃろ? それにあそこはうるさいしな」
『エントゥォリイイイイイナンバアアアサアアアアアティイイイイ!! クリスト……ファアアアアアアアアア!!!』
『よく続くものだな……。段々と癖になってきそうだ……』
王様。麻痺してます。
気をつけて、その先はいけない。
「それならば隼人の膝の上、それか護衛の方の膝上に乗れば……」
「隼人の膝上は義姉上が座るかも知れぬからな。護衛は鎧をつけておるのだぞ? 硬くて座り心地も悪い椅子にわらわに座れと?」
「あー……いえ。でも俺不敬で首が飛ぶんじゃないですか?」
「ん? わらわの行動を制限できる者などおらんよ。わらわが決めたのだから問題ない」
「えええ……」
「まあまあ。王族であるわらわとこんなにも親密になれるなど、光栄なのじゃぞ? 甘んじて受け入れろ」
有無を言わさぬ王族からの命令である。
仮令王族との結びつきなど欲しくはなくても、長いものには巻かれる主義である俺が断われるわけもない。
だが、今の状況がまずいということはわかってるのだ。
助け舟を求めて隼人の方を見るが、隼人は隼人でシュパリエ様の相手に必死の様子。
「ほら、アイリスだってここで見ようとしてます! 私もよろしいと思うのですが……?」
「いやいや……王様が寂しがってしまいますよ?」
「お父様にはお母様がついてますから、問題ありませんよ」
「まだいらっしゃってないじゃないですか……」
「すぐに来ますもん。……どうしてもダメですか……?」
「えっと……護衛の方も大変ですし……」
「ううう、隼人様ぁ……」
あーこれはダメだ。
俺の助けなんて出来ないよね。
わかった。
じゃあ他の仲間は……。
「頭を上げよ。今日は祭りじゃ。そなた等も楽しむが良い」
「「「「っは!」」」」
あ、ダメだ。
全員前を向いていてこっちを見ない。
辛うじてウェンディだけは気にしてくれているようだが、下手な事をすれば俺の立場が悪くなると何も出来ない様子だ……。
「ほれ、手が緩んでおるぞ。もっと強く抱き締めよ」
「はいー……」
言われたとおりに小さな腰をきゅっと抱きしめるように強く抱く。
姫殿下(小)もとい、アイリス様はその抱いた手の上に手を重ねて身体を預けきっている。
本当に、首がいきなり飛んだりしないですよね……?
「ふむ、座り心地がよいな」
「そうですか……?」
「うむ! どうじゃ? これからわらわの椅子にならんか?」
「勘弁してください……」
「むう。贅沢じゃのう。まあ今回だけは甘んじて椅子となるがよい」
「それは諦めました……」
「それでよい。わらわの心証を上げておけば便宜を図ってやることも考えてやるぞ」
「はいー……」
出来ればそんな状況に陥りたくなど無いんですけど……。
『エントゥオリィィィナンバアアアアアフォオオティイイイイ!! マスクウウウウ・ザ・シロオオオオオオオオオ!!!!』
お、シロの番だ。
そういえばアイリス様ってシロよりも軽いんだよなあ。
ちゃんと食べているのだろうか?
「これ、動くな。くすぐったい」
「すみません」
「にしし。兄上がおればこんな感じかのう?」
絶対に手を出せない俺の身体をつんつんと突くアイリス様。
あまりのくすぐったさに身体を身もだえさせるのだが、それが気に入ったのか何度もつんつんと突いてくる。
「あ、あはは!、やめてくださははは!あふふやめろっての!」
「む。不敬じゃな。にししもっと続けてやる」
「ダメだって! あははははは!」
下手に扱わないようにだけを気をつけていたら、いつの間にかタメ口になっているのにも気がつかなかった。
そのせいでまだ暫くの間悪戯をされ続けているのだが、もはや冷静にその事に気がつく事など不可能だった。
『おっとおおおお!? マスク・ザ・シロ選手! 派手にアクロバットに登場したのだが最後の最後でこけたああああああ!!!!』
あははは、シロ!?
うひひ、はは。大丈夫なのか!?
ふふふふ、ごめん! 見てなかった!!