5-10 (仮) 王都一武術大会予選 -開催直前-
御者の女の子が言うとおりすぐに闘技場に到着した。
降りた際に頬を染めて微笑み、軽く頭を下げてくれた際に確認したのだが、彼女は間違いなくおっぱいだ。
それだけは自信を持って太鼓判を押せるほどに見てすぐにわかった。
「はあー……凄いなー……」
目の前にあるのは10人以上が同時に入る事の出来る巨大な入り口。
そして円形に平がる巨大な建造物だ。
イタリアのコロッセオを数世紀後に再現したような感じだろうか。
実物は見た事がないので、断言はできないが多分そんな感じだと思う。
「大きいですねえ……」
「だなあ……」
「主、外に屋台が並んでる!」
「まずは隼人達に合流してからな」
「はーい」
えっと、隼人の話だと中に入ってからは一般と貴族で道が分かれるって言ってたな。
それで貴族側の入り口の先で待ってるって言っていた。
「とりあえず中に入ろうか」
「そうね。それにしても人が多いわね……」
「だな。やはりこういった大きな行事は楽しみなのだろうな」
「庶民には貴重な娯楽っすからね! 自分もやっぱりお祭りや大きな行事は上がるっすよー!」
確かにレンゲの言うとおり、心の中で高揚感が上がっていくように思える。
うきうき? わくわく? 逸る気持ちを抑えながらも、足が普段より心なしか早くなっている気がする。
だが人ごみのせいでそういうわけにも行かないんだがな。
「貴族様用の通路はこちらになります!」
大きな入り口は中央で左右に分けられており、人が多い右の道が一般用の入り口、人が少ない左の道が貴族用の道となっており、中央に案内をしている騎士がいるようだ。
流石に貴族を一般と共にあの人ごみに紛れさせるわけには行かないための配慮なのだろう。
そしてそんな空いている道を歩むと、当然一般側からの視線を受ける事となる。
「視線が突き刺さるな……、というか妙に俺が見られている気がするんだが……」
「当然だろうな。ここにいる皆は全員主君の奴隷なのだから」
そういえば奴隷紋がついているし、首輪もついてるもんな……。
そうなると必然的に彼女達を見た後に俺に目がいくわけか……。
「それに私たちを知ってる人もいるでしょうしね。これでも一応名の知れた冒険者なんだから」
「ん、それもあるけどウェンディの魔乳が悪い。男は本当に脂肪が好きで困る」
「魔乳ってなんだよ……」
それに言っておくが脂肪といっても腹と胸についているものではまるで違う。
まるで! 違う!
「男を惑わす魔性の乳」
「あら、私のおっぱいはご主人様を惑わすだけですよ? ご主人様専用ですから」
「むう。なかなか堪えない」
「ええもちろん。他の男性の視線や評価など私には必要ありませんし。ご主人様に気に入っていただけるのであればそれだけで十二分に満足ですから」
「勿論俺は気に入ってるが、他の男に無作法な視線を向けられるのはちょっと嫌だな」
「それでしたらこうすればいかがでしょうか?」
そういって俺の腕を抱きしめるようにするウェンディ。
その大きな胸を隠しているつもりなのだろうが、男にとっては腕に押し付ける事によって形を変える胸は魅力にしかならないだろう。
更に言うならば、視線の圧力が強くなっていくのが良くわかる。
「ほら、アイナさん。反対側が空いているのでチャンスですよ。協定を結んだのですから援護します」
「ああ……だが人目があるのだが……」
「遅い。その一瞬の躊躇が全ての勝敗を分けるという事実に気がついていない時点で相手にとって不足しかない」
「そうねアイナ。あんたに負けるわけには行かないの!」
それだけ言うと反対側に衝撃が走る。
察するにシロかソルテが突撃してきたんだろうな。
「あらシロ。連合を結んだからってここを譲る気はないわよ?」
「ん、別にいいよ。シロはこっちに行く」
そういうと背中側からよじ登り、俺の肩から足を出して首の後ろに座るシロ。
「主と合体」
「シロ! 公の場でご主人様の上に乗るなど失礼ですよ!」
「主、ダメ?」
「別にいいよ。ただ暴れるなよ」
「ご主人様、あまり甘やかしたらダメですよ!」
「ウェンディは絶対に乗れないから羨ましいだけ」
「べ、別にそんなことはないです。それに、私は既に……」
「ウェンディ、ストップだ」
それ以上はいけない。
周りを良く見てみると、殺意と血涙と歯軋りの気配がする。
もう前以外見れないよ!
「うう、このままじゃまたオチ扱いされそうっす……。こういうのはソルテが適任だと思うんすけど……」
「しょうがないわよ。レンゲ、世の中早い者勝ちなのよ」
「もうこうなったら前から抱きつくしか!」
「流石に俺が潰れると思うんだが」
「うううう! 八方塞がりじゃないっすかああ!」
そういわれてもな……。
それに前からしがみつかれたら流石に変だろうよ……。
って、あ、こら首にしがみつくな。
足を腰側に絡ませるな!
歩きづらい……。
「あ、イツキさん! こちらで……また凄い事になってますね……」
それは今の俺の状況を言ってるのかそれとも一般列にならぶ人たちの視線のことを言っているのか、はたまた両方かと聞いてみたいところなんだが、うん。聞かなくてもわかるからいいや。
「ほら、ひとまず降りろ……貴族席ってことは他の貴族達の前を歩く事になるかもしれないし、失礼かもしれないだろう」
「んー……。シロはいい?」
「だーめ。なんでシロだけいいと思ったんだ……」
「子供っぽければ許されると思ったのに……」
わからなくはないが、今回はやめてくれ……。
隼人の近くだとどんな相手がやってくるかもわからないしな。
「あはは……えっと、それじゃあ向かいましょうか。 他の皆が先に席で準備をしていますので」
「準備? ただ座ってみるだけじゃないのか?」
「一般席はそうなのですけど、貴族席はまた少し特別で……まあ行けばわかります」
「そうだな、じゃあ行きますか」
こうして俺たちは一般客の様々な意味の篭った視線を背中に隼人が用意してくれた席に向かうのだった。
そして着いた先に待っていたのは驚きの光景……。
「え、こういう感じ?」
「ええまあ……貴族の要望、というかわがままの結果こうなったようです」
席についてまず驚いたのは椅子が見覚えのあるソファーだった事だ。
それが二組あり、間には小さな円形の机。
それとカーペットが敷かれており一つのスペースがかなり広く取られている。
しかも区画が全て整理されており、ココは一番前なのだが後ろを見上げると何処も同じように分けられているようである。
「お兄さんたちはこちらをお使いください。それと屋台で買ってこられた物はこちらにおいて食べながら観戦できます」
「なるほどな……。なんというか、家でテレビでも見てるような感じだな……」
「なんでも貴族の方が地べたに座りたくないとおっしゃり、ソファーを用意させた後に利便性を求めた結果持参ならば可能となったそうです」
「ってことはやっぱりこれ隼人のところのソファーか」
「そうですね。僕達は魔法の袋があるので楽に済みましたけど……」
そういって振り返った隼人につられて後ろを見ると、数人の男がソファーを運んでいるところだった。
その横では貴族と思われる男が待機しており、周りの人が慌ただしくカーペットを敷き机を運び込みと急がしそうである。
忙しそうな人たちの首についている首輪と手の甲を見ると奴隷紋があるので、彼らはあの貴族の奴隷なのだろう。
「貴族なのに魔法の袋を持っていないのか?」
「魔法の袋は持っていても、あのサイズのソファーが入る魔法の袋はないのでしょうね……」
あーなるほど。
そういうことか。
やはり魔法の袋は大事だったな。
空間魔法を取得していて良かった。
「さて、それじゃあどうするか……まだ始まるまで時間はあるのか?」
「そうですね。まだ一般の入場も完了していませんし、時間はあると思いますよ」
「それじゃあ屋台でも冷やかしに行くか?」
「ああ、それならば私たちで買ってこよう」
「そうね。それくらいは私たちがするわよ」
「そうか? じゃあ適当につまめるものと飲み物を買ってきてもらえるか?」
「わかったっす! 美味しいものを買ってくるっすよー!」
お金と魔法の袋を渡して三人に買出しを頼むと、隼人とシロが内緒話をするように手を当ててこっそりと話していた。
「主、シロも買出し行ってくる。あの三人じゃ心配」
「いや、買い物くらいあの三人でも出来るだろう……」
流石に侮りすぎだろう。
しかもシロよりずっと大人なんだぞ……。
「ですがご主人様? シロも食べたいものがあるのではないでしょうか?」
「んー……それもそうか。なら追加でお金を渡すから行ってきな」
そういって更に金貨を渡すと、シロはそれをしっかりと握り締める。
「ん、じゃあ行ってくる!」
「いってらっしゃい。転んで落としたりするなよー」
「ん!」
シロは返事をすると謎の袋を持ってアイナ達の後を追いかけていった。
「それで、何をたくらんでるんだ?」
シロを見送った後、事の真相を知っているであろう隼人とウェンディに問いかける。
「あはは、僕からは何も言えません……」
「私からも……。シロがきっと後で教えてくれますから!」
「はぁ、まあいいけどさ」
あの袋の中身は未だにわからないが、なんとなく展開に気がつかない俺じゃない。
そんな事を考えると隼人の傍に一人の男が現れた。
「失礼致します隼人卿。本日はご機嫌いかがでしょうか?」
「ああ、トリトンさん。お久しぶりです」
「はい。お久しぶりでございます。早速ですが今回はどなたかにお賭けなさいますか?」
「えっと、出場者リストを見せていただいてもいいですか?」
「勿論でございます。そちらの旦那様も是非ご参加ください」
「ああ、ありがとう」
そういって受け取ったのは今回の予選に参加している人の出場者リストと、グループ分けの結果だそうだ。
参加人数は40人。1グループ10人で本選に参加できるのは4人というところか。
今日の賭けでは本選に上がる4人を当てればいいのだろう。
渡されたリストを見てみると、それぞれの選手の名前と特徴や戦闘スタイルなんかが書かれている。
名前は後回しとしてやはり見るならば戦闘スタイルと筆者のコメントだろうな。
『見るからに体が大きくパワータイプだと思われる』
『アマツクニの美少女剣士。一対一ならば……』
『見た目は可愛らしい女性だが、知る人ぞ知るやり手の店主』
『大きなおなかで大丈夫か? 動けるのか?』
などなど、多種多様な評価が書かれている。
そして最後には、『あくまでも筆者による独断と偏見によって書かれており事実とは異なります』と小さく書いてあった。
このコメント欄だけでも十分に面白いと読み進めていくのだが、最後の一人に目がとまる。
『とても小さい身体の女の子。だがあの英雄推薦枠からの出場者。吉と出るか凶と出るか……』
……。
えっと、名前は……。
『マスク・ザ・シロ』
すぅー…………。
「隠すつもりがあるのか無いのかはっきりしてくれ!」
突っ込まざるを得ないだろう!
ということはあれか!
あの袋の中身はマスクか!
マスクをウェンディに作ってもらっただけか!
というかなんでそれを俺に秘密にしてたんだ……?
「えっと……どうかいたしましたか……?」
「いや、すまん……ちょっとな」
賭博商人のトリトンさんは訝しげにこちらを窺ったのだが、申し訳ない。
さぞ情緒不安定に見えたことだろう……。
「えっと……ちょっと聞いてもいいか?」
「はい。選手についてのご説明なども勿論させていただきますよ」
つい先ほどの奇怪な行動など忘れてくれたかのように普通に接してくれるトリトンさん。
この人きっといい人だ。
「あの、この選手なんだが」
「おや、隼人卿からの推薦枠ですのでご存知なのでは……?」
チラリと隼人を見ると、隼人は視線をそらしている。
「えっと、じゃあ質問を変えるが、身内でも賭ける事は出来るのか?」
「ええ勿論。予選はどなたかお一人だけとなりますが」
「このマスク・ザ・シロは隼人推薦枠なのに賭けていいのか?」
「正直悩みましたが、小さな体の女の子に引っかかって賭けない方もいますので、やはりお一人に限ると堅実な方を選ぶ傾向にあるようです」
「でも前回ミィっていう前例もあるだろう?」
「はい。ですがバトルロイヤル形式ですと小さな身体は不利ですし、今回は地方の名うての冒険者も参加しているのでそちらに人気が集まっているようです」
「なるほど……」
「その口ぶりからするとかなりお強いのでしょうか?」
「強いのです……。多分ミィよりも強いのです……」
「ミィ様より? 流石にそれは……。ミィ様よりも小さな女の子でしたよ?」
「本気でやった事は無いのでわからないのです。でも、シロは強いのです……」
ああ、シロって言っちゃったよ。
一応マスク・ザ・シロって呼んであげたのに。
隼人も苦笑いだし、ウェンディも笑顔が硬いな。
「ふむ……評価をどっちつかずにしておいて良かったですね……」
「ちなみに倍率ってどうなってるんだ?」
「予選から本選に上がれば掛け金が倍になり、本選で一勝する毎に賭けた額の半分が増える事になります」
「へえ。ん、でも本選の賭けはどうなるんだ?」
「それは別ですね。本選の賭けは誰が1位になるかと、3位までに誰が入るかの二種類の賭けになります」
「それって例えばこのマスク・ザ・シロが本選に出場したらさらに1位か3位までに入るかも賭けられるものなのか?」
「ええ勿論。別途賭け金は戴きますが当然賭けられますよ」
「そうなのか。ちなみに掛け金の上限は?」
「1000万ノールまでですね。1万ノールから賭ける事ができますよ」
結構な額だな……。
まあでもせっかくだし、それにシロが出るのならば賭けてみようじゃないか。
「それじゃあこのマスク・ザ・シロに1000万ノールで」
「わかりました。それではこの賭札をお持ちくださいませ」
お金と引き替えに渡されたのは金属の板。
そこには番号が振られており、作者の銘が掘られている。
『賭札 王国に認められた賭博商人のみが作成する事を許された鉄製の板。
複製、加工は重罪となっている。 作者 トリトン』
久々に鑑定してみるとどうやら賭け事専用の札らしい。
それと作者名にトリトンとあるのだが、もしかしてこの男錬金を使えるのだろうか?
まあでも錬金はただのスキルだし、錬金スキルがあるからといって錬金術師にならなきゃいけないわけじゃないか。
「大会終了後に出入り口にいます私の所に来ていただければ、結果に応じてお支払い致しますので忘れずにお持ちください。それと、加工、複製は禁止となっていますのでお気をつけください」
「了解。忘れないようにするよ」
賭博商人トリトンは、俺との契約を終えると次は隼人と話を始める。
どうやら隼人もシロに賭けるようだが、まあ当然といえば当然か……。