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1-9 異世界生活 計画と販売

猫耳奴隷少女との出会いの後、冷めきった牛串と白パンを腹につめると俺は資金を得に冒険者ギルドに向かうことにした。


そしてその道中『働かないでまったりスローライフ計画』の変更を考えていた。

奴隷がいるのであれば下手に人を雇うよりも管理がしやすい上、住み込みで働かせることができるのではないだろうか。

仮に奴隷というのがただの身分ではなく、スキルなどによる縛りや制約があるのならば裏切られる心配もない。

正直他人を雇う上で一番心配なのは売り上げを持ち逃げされることや、寝首をかかれる事である。


つまり、俺の『働かないでまったりスローライフ計画』の要である従業員は奴隷にしようと思う。

当然だが! ブラック企業を容認しない俺が経営者となるわけだから奴隷と言えど福利厚生、有給休暇、賞与、昇給ありのホワイト企業を心がけるつもりだ。

具体的にはまだ何も決まってないんだけども可能性の一つとして考えておこう。


となると、先ほどの商人が言っていた。


『貴方とは長い付き合いになりそうだ』


って言葉は案外当たっているのかも知れないな。

ヤーシス奴隷商館か。

少しお金が貯まったら顔を出してみるのも悪くないかもしれない。

そこで奴隷について細かく聞いてから判断しよう。

まだ住む家もないしね。


とかなんとか考えているうちに着きましたのは冒険者ギルド!

看板には剣と盾が重なり合って描かれており、入り口がなんとウェスタン風の二枚扉だ。

その二枚扉をキィっと押して中に入ると、中の人間が一斉にこちらに視線を向けてきた。


おいおいやめてくださいよ。

怖いっす。超怖いっす。

部下が失態を演じた時の会議室に入ったときのあの空気よりもどんよりとした重圧がかかる。

入り口から一直線上に受付があるのだが、その一直線上以外を円形のテーブルとイスで固められている。

机と机の間を通るのだが、あからさまにイスを大きめに引いていたり足を引っ掛けようとしているのか伸ばしたままぷらぷらと揺らしている。

帰ろうかな……そう考えているとそんな異質な空間にオアシス発見!

受付のお姉さんヘルプ! 今にもとって食われそうなんです! ああ、今あの人こっち見ながらナイフ舐めた! キッタネエ!


「ほらほら。新人さんが困ってますからいじわるはやめましょうねー」


受付嬢さんからの鶴の一声!

ザザッと皆が皆イスを正すもやはりこちらをちらちらと見ているようだった。


「いやーすみませんね。この子達ってば貴方のような貴族がお嫌いでして」

「いやあの……俺貴族じゃないんですけど」

「あれえ? そんな変な格好してるから変わり者の貴族様なのかと思いましたよー。もうなら早くいってくださーい」


変な格好……Yシャツにスーツは変なのか……。

せめてネクタイは外したほうがいいのだろうか……。

まあ確かに、この世界の雰囲気には合わないよね。


「それで、今日は何の御用ですか? 冒険者の登録でしたらオススメできませんねー。弱そうですし」


この子意外と口が辛辣だ!

頼まれたって登録なんかしねえけど!


「あーえっと回復ポーションと、ネックレスの買取を頼みたいんだけど……」

「「「「「「「「!!」」」」」」」」


ん?

今なんか後ろから凄まじい視線を感じたんだけど。振り向くの怖いよ……。


「あー……なるほど。んー……。ではまずポーションを出してもらえますー?」

「あ、はい」


なんだろう。

なんか目に見えて露骨に態度が悪くなったんだけど。

とりあえず言われるままにポーションを魔法の袋から出していく。


『回復ポーション(劣)  10個

 回復ポーション(劣+1) 4個

 回復ポーション(劣+2) 2個

 回復ポーション(微)   5個

 回復ポーション(微+1) 3個

 回復ポーション(微+2) 1個

 回復ポーション(小)  10個』


締めて35個。

まあ最低でも一万ノール以上にはなるだろう。


「はー……随分と低級ばかりですねえ。いつもみたいに馬鹿高い中級以上じゃないんですかー」

「え?」


やっぱり低級なのか……。もしかしてこれじゃ買い取ってくれないのかな。

そんなことを考えていた時、肩にぶつかる衝撃とともにそれは起こった。


「やあフィリル嬢! 今日は何かいいクエストがないかな!」


ガラガラガッシャーンパリーンパパリーン。


あー……何の音かな……っていうか、ちべたい……。

まさか、まさかね。うん。

まさかだよね。


「クスクス……」「やあね。笑っちゃ可哀想よ」「だってよダーッハッハッハ!!」


そしてあっという間に冒険者ギルドに連鎖した笑いの大合唱が生まれた。


……。

頭から被ったポーション類。

辺りに散乱したポーションの器の破片。

ニヤニヤと笑う俺を突き飛ばした冒険者。


「あーあー。もう。気をつけてくださいよー」


そんなことを言ってはいるが目の奥底が笑っている。


「ざまあねえな。製薬ギルドのクソッタレが」


ポタポタと髪から雫が滴り落ちる。

訳がわからない。

俺はそもそも錬金ギルドだ。

製薬ギルドってなんだよ。

『錬金』で『製薬』が出来るのに『錬金』とは別スキルで薬が作れるのだろうか。

いや、今はそんなことが問題じゃない。


俺の、丹精込めて、作った、ポーションが、壊されたんだぞ。

怒りを表に出したいが、目の前にいる男はどう見ても屈強な冒険者だ。

腰に下がっている大きめのファルシオンのような剣から多少なり腕の立つ男なのだろう。


嗚呼……なんで俺は攻撃系のスキルを取ってなかったんだろう。

歯が砕けそうなほど今更な後悔をかみ締める。

こんな理不尽があるのか。

そうだよな。ここ、異世界だもんな。

日本で生活していると平和ボケが過ぎるんだもん。

もっと楽に商売できるもんだと思ってたわ。


怒鳴りつけて殴りつけたい気持ちを無理やり押し込んで飲み込む。

今は我慢だ……。

大丈夫。俺は冷静だ。

俺は、冷静だ。

だが体は勝手にその男に向かって拳を振るっていた。


頭でわかっていても、ユルセナイモノハユルセナイ。


「何をやっている!」


迎撃しようと剣を抜いていた男を、自身の剣で止め俺の拳を片手で受け止める女性。

真紅の鎧、紅蓮の長髪。そして炎を象ったような紋章のついた剣を持つ女性だ。

そして拳は握り受け止められたまま一ミリも動かせない辺り相当強い。まあ俺に強さなんてわからんが。


「おい……紅い戦線(レッドライン)のアイナだ」「なんでアイナさんが」「ソルテさんもいるぞ」


紅い戦線(レッドライン)? なんだそれ。

いつの間に現れたんだよ。

こんな目立つ鎧なのに今の今まで全く気がつかなかった。


「見、見てただろ。そいつが殴りかかってきたから迎撃しようとしただけだぜ」

「ああ、見てたとも。貴様が彼を突き飛ばしてポーションを棚から落としたところからな」


アイナと呼ばれた女性が睨み付けると男のほうは剣を納め両手を前にして「わかった、悪かった」というように引いてみせた。


「君も拳を納めてくれないか?」


何言ってんだこの女?

……っとダメだ。ふう……。クールダウンクールダウン。

ある意味苦汁は飲んだ状態だが、ようは助けられたのだろう。

もしこの女性がとめに入ってくれなければ俺は、殺されはしないまでも切れられてはいただろうし。

まあいいさ。いや良くはないんだけど。


「……わかった」

「すまないね……。同僚が失礼をした」

「全くだ。ふざけてんのか」

「ちょっとあんた!」

「いいんだソルテ。本当にすまなかった」


口が悪いくらいは許してほしい。

っというかこの人に謝られたところで腹の虫が収まるわけがない。

あとそこの受付嬢。この人たちが来てから脂汗が止まってないぞ。


「はぁ……まあいいや。今日は帰る」


とぼとぼと出口へと向かうと冒険者達が道を開けてくれる。

って言ってもどうすっかな……。

残りの残金は7400ノール。後払いでいいといわれたポーションの製作道具代も含めると錬金室に入れもしない。

こんなことなら安くてもインゴットを大量に作っておけばよかった!


あれだけ頑張ったポーションが水の泡だよ。

これからは錬金ギルドに売ろう。

安くてもいい。買い取ってくれるだけましというものだ。


「ああ、そうだ。俺は製薬ギルドじゃねえ。錬金ギルドだ。間違えんな」


扉を潜りざま間違いを一つ訂正しておく。

大方製薬ギルドと錬金ギルドを間違えたのだろう。

製薬ギルドがどんな存在かは知らないが、それこそ俺には関係ない。


背後からなにやら声が聞こえるが今はそれどころじゃない。

これからどうしよう……。

最悪翡翠を売ってしまうか、それともレインリヒに頭を下げて錬金室代の後払いが可能か聞くくらいしか思いつかない。

とりあえず錬金ギルドに向かうことにしたのだった。

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