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5-4 (仮) シロの鍛錬

お茶会を無事に終えた後、俺はシロをぎゅっと抱きしめたままほぼ一日を過ごす羽目になった。

まあ慣れたもので俺はあまり気にならなかったのだけども、この館で働く従業員さんと目が合った時に驚かせてしまったのは申し訳なく思う。

そしてフリードはスルーしてきた。

もう既に俺の扱いに慣れているのだろう、さすがは有能な執事である。


それにしてもやはりシロは軽い。

本当に、食べたものを感じさせないほどに軽いのだ。

これもファンタジー! ……で済むのか?

とか考えていた晩御飯の事。


「そういえばシロ来なかったわね。もしかしてずっと抱きついてたの?」


その通りである。

晩御飯の時間になって、流石にお行儀が悪いから降りなさいと言ってようやく降りたくらいだ。

今日はずっとウェンディもいたのだが、段々と膨れっ面になっていくのがとても面白くて可愛かった。

後でぎゅっとしてあげよう。


「ん」


シロはというと気にもせずにクリス特製の晩御飯を一心不乱に食べ続けている。

それにしても良く食べるなあ……。


「そんな羨ま、じゃなかった。そんな事してるなら来れば良かったのに」

「こっちのが大切」

「わからなくもないけど、そんなんじゃいずれ追い抜くわよ」


シロはそんなソルテの挑発を気にもせず食事を続けているが、小さくぽつりと「……それはない」と呟いた。

聞こえていたのは俺だけだったのかもしれないが、確か犬の聴力は人の約4倍くらいだったはず。

もしかしたらソルテやレンゲにも聞こえていたのかもしれない。



その日は特に問題もなく普通に晩御飯を食べ終えると、俺はウェンディとシロとお風呂に入りそのまま部屋に向かった。

ちなみに今の部屋割りは俺1人、紅い戦線で3人、シロとウェンディで2人となっている。

朝錬などもあることから俺を起こすまいと三人部屋にしたのだ。

その時、ウェンディとシロのどちらが俺と同じ部屋になるのか争ったのだが、公平にするために俺が一人部屋になったのだ。

それに、三人で寝るとなると一つのベッドになるだろう。

この部屋のベッドはキングサイズではないし、わざわざ用意してもらうのも悪いので一人でとなったのだ。


少し寂しくはあるが久々にベッドを一人で使えるというのも悪くは無い。

大の字になって寝たり、寝相を気にしないでいいのも気が楽でよかった。

まあ、朝になったらシロかウェンディが忍び込んでいることもあるのだが……。


そんな一人で寝ていた夜、ふと何の知らせかわからないが夜中に目が覚める。

ベッドの横に置いてある水差しから水をコップに注ぎ一口のみ、月明かりに気がつくとなんとなくベランダに出てみた。

すると、館の庭で黒い影が俊敏に動き回っているのが見える。


「あれは……」

「お早うございますご主人様。あれはシロですよ」


独り言だと思っていたのだが、まさか返答があるとは。

声のした方を振り返ると寝巻き姿でベランダに出ているウェンディがいた。


「起きてたのか?」

「いえ、シロが出て行く気配がしたので今さっき起きたというのが正しいですね」

「シロはなにをしているんだ?」

「多分ですが……いつもの鍛錬だと思います」

「いつもの?」


こんな夜遅い時間にか?

それにいつものって、毎日続けているのだろうか。


「シロは、ご主人様との時間を大切にしていますから鍛錬に時間を割くとしたら夜になってしまうんです」


なるほど……な。

通りで普段シロが鍛錬をしている姿を見た覚えが無いわけだ。


「あれ、前見た時の服と違うな……」


以前、シロがダーダリルの手先から俺を助けてくれた時の服は忍び装束のような軽装だった。

正直心配になるレベルの格好だったのだが、今目の前で動き回るシロの服とは同じ軽装でも明らかに違う。

今はなにか黒い布切れのような何かを(ひるがえ)している。

そして、シロの体は真っ黒な布で包まれたような格好だ。


黒い装束を着た白い髪を持つシロが月光の下で縦横無尽に駆け回ると、白い線が残光のように動き、その後を黒い線が追走しているように見える。

そして、動きっぱなしなのである。

時折立ち止まっては目にも止まらぬ速さでナイフを繰り出しており、仮想敵と戦っているのかバックステップや後方宙返り、高く飛んで前方宙返りなどをする事もあり感嘆の息を漏らすばかりであった。


「凄いな……」


アイナやソルテ達の鍛錬とは異質といわざるを得ない。

俺が頭の中にある鍛錬は紅い戦線(レッドライン)の三人が行なっているようなものだ。

だが、シロのそれはなんていえばいいのか、濃度が違う。

仮想敵は存在し、シロの攻撃は素振りではなく肉を絶ち、敵の攻撃は全力で避ける。

強くなる為というより、目の前の敵を確実に倒すような動き。

そして、一体を倒せばすぐに次の敵がやってくる。

止まる気配もなく、待ってくれるわけも無い。

そんな印象を受けるような濃い、鍛錬ともいえないような実戦のような印象を受けた。


「シロは……ご主人様のものになる前からずっとこうなのです」

「俺のものって、ヤーシスのところにいた時からか?」

「はい。ヤーシス様の館に来た時は荒れていて、近づく者は皆傷つけるような存在でしたよ」

「シロが? 嘘だろ」


今あんなにもまったりゆったりとしているシロが荒れてたって……、想像もつかないんだが。


「というかシロはどうして奴隷になったんだ?」

「ヤーシス様が北へお出かけになられた際に魔物の死骸の横で倒れている所を拾ったそうです。魔核が魔物の身体を修復する前に助けて、治療を施した後にその治療代替わりにと奴隷になりました」

「親は……」

「いないそうです。ただ、姉のような方が一人いて今より小さい時に生きる術を習ったと言っていました」

「……そこから、一人で生きてきたのか」

「多分、そうだと思います。誰も信じず、誰も頼らず、自分の身を守れるのは自分だけだと、態度で表すように外に出ていました」

「それで良く帰ってきたな……」

「あの家に帰ればご飯が食べられる。そんな認識だったみたいですよ」


奴隷としての自覚はなく、飯を食う場所って思ってたのか。


「そんな状態でウェンディとはどうして話すようになったんだ?」

「私がご飯を作って差し上げていましたから。そこから少しずつお話をしていただけるようになりました」


あー……。

うん。シロの事だから助けてくれたヤーシスに多少の気は許しつつも、ご飯をくれるウェンディの方にある程度の心は許し始めたって所か。

今じゃ仲良く喧嘩する毎日だけどな。


「ヤーシス様は基本的に夜ならば自由にさせていたのですが、ヤーシス様としても商売ですからお昼は商品として屋敷にいてもらいたかったようですけどしょっちゅう抜け出していたようです」

「なるほどな……もしかして、俺に出会ったのってシロが抜け出してた時なのか?」

「その通りです。丁度商談があり、戦える奴隷をと御所望の方が来る予定でしてヤーシス様が探しに出かけた時だったと記憶しています」


だからヤーシスはあの時、慌てていたんだな……。


「えっと、でも俺と出会ったときってそんな片鱗すら見えなかったぞ」

「えっとそれは……」

「内緒」

「「シロ!?」」


ぴょんっと俺とウェンディの間にあるベランダの手すりの上に飛び乗ってきたのは、普段どおりの格好のシロであった。

あの黒装束はどこにしまったのだろうか、ナイフは腰に納めているようだが見当たらなかった。


「ウェンディ話しすぎ」

「ごめんなさい。でも、ご主人様に聞かれたらお答えしないといけませんよね?」

「そうだけど……。でも、余計な事言っちゃダメ」

「でも俺は、シロとウェンディの事はなんでも知りたいぞ」

「うー……っ! まだ、だめ!」


シロは顔の前で手をバッテンにする。

少し見えた顔が紅く染まり恥ずかしがっているようだ。

思えばシロの本気で照れた顔など初めてかもしれないな。


「なんだよう。恥ずかしがるなよう」

「恥ずかしがってない。まだ内緒なの」


顔を俺に見せないようにして照れ隠しをしているし、完全に恥ずかしがってるじゃないか。

そのままジーっとシロの顔を見ようとすると、必死に顔を見られまいと避け続けている。

はぁ、可愛い。


「もういい。ウェンディの秘密もバラす」

「シロ? シロ待ちなさい。何を言うつもりですか?」

「昨日の夜寝る前にお菓……」

「シロ! それは聞かれてません! 個人情報の流出です!」


お菓……お菓子か。

まあ個人の自由だが、寝る前に食べるのはどうかと思うぞ。

だが今回はそれよりも面白いものがあるので見逃すとしよう!

まだ顔が紅いぞシロ。


「あっはっは。シロ、照れ隠しか?」

「うー! 主の意地悪!」


ウェンディの話も気になるが、今回はシロの照れている方を弄りたい。

せっかくの機会だ。

次がいつになるかもわからないしな。


「ふふん。今宵のご主人様は私の味方です!」

「むう。虫歯と肥満に悶え苦しめばいい……」

「ご主人様! ちゃんと食べた後は歯磨きをしてますから! 私、綺麗ですからね! ねッ!」

「疑ってないよ。ウェンディはいつもいい匂いがするしな」

「ご主人様ぁ……。シ、シロこそ今汗臭いですよ!」

「ん、なら主お風呂入ろ! その後一緒に寝よう」

「っな! ずるいです! お風呂に入るなら私も入ります!」

「ウェンディが入るとお湯が無くなる」

「今日一緒に入ったじゃないですか!」

「そうだっけ? 覚えてない」

「記憶力も鍛えてください!」


相変わらず仲がいいのか悪いのか……。

でも、このやり取りを見ているとなんだか幸せだなって思える。

三人だから起こる出来事。

誰か一人でも欠けたら、二度とない光景だ。

そう考えると自然と笑みが浮かんだ。


「主? 何故笑う?」

「ご主人様?」

「あはは、ごめんごめん。あーせっかくだし三人でまた入ろうか」

「ん、主が言うなら」

「はい!」


さて、お風呂でシロに何を聞こう。

お姉さんの事とか、あの黒い服の事かな?

でも一番は、俺と出会った時の事だな。

きっと恥ずかしがって何も答えないのだろうけど、今日はシロの照れた顔が見れればいいな。

それでもいつかシロの口から聞いてみたいなとは思うんだけど、シロは話してくれるかな?

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